配信日時 2025/02/12 21:00

台葉ファイナル大宴会。【263号】

〇〇さん、こんばんは。

高橋ゆりこです。


今日はどんな1日でしたか?


 
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昨日、Facebookの思い出機能で、6年前の2月11日の投稿がたくさんあがってきました。


6年前の2019年2月11日は、

経営していたビジネスホテルと飲食店4つを閉店する6日前。


この日。

全国津々浦々から、UMI仲間が30名も、台葉に集まってくれたんです。


この時の企画の内容を私は一切知らされていませんでした。


UMI同期たちが、こっそりFacebookグループを作って、

「台葉ファイナル大宴会」について丁寧に企画をしてくださっていたようです。


当日朝、Facebookのタイムラインに、全国各地にいるUMIの仲間が、


「今飛行機に乗った!」

「今新幹線に乗った!」

「今特急に乗った!」


とあげていて、


「もしかしたら、みんな私のところに来てくれるの???」

とドキドキしながら、店に行って待ってたら、

みんな私のところに集まってくれたんです。


たくさんの愛を受け取った奇跡のような1日でした。


あのとき来てくれたみんな、ほんとうにありがとう。



2019年2月17日をもって、

私は、経営していたビジネスホテルと、台葉を含む飲食店4つを閉業しました。


事業を手放す決意に至るまでの道のりは、

だいぶ過酷だったなぁと、おもいます。


二度と戻りたくねえ!!!笑



2011年10月。

突然、父が亡くなります。

まだまだ働き盛りな63才。

私が37才のときです。


ビジネスホテルは、24時間365日年中無休で営業だったので、昼夜関係なくトラブルが発生しました。


昼間はもちろんのこと、

夜であっても、常に枕元に携帯を置いて、いつでも電話に出られる状態で寝ていました。


何が起きるか分からないので、3泊以上の旅行はせず、海外にも行きませんでした。

連絡が来たら、すぐに店に戻れる場所へしか行かなかった。


事業を続けて行くことは、ものすごくエネルギーを要することだった。


「事業を維持していくためには、こうあらねばならない」というメンタルブロックが私は強すぎたんですよね。


もっとゆるくゆるく事業を続けていくやり方はごまんとあると思います。


でも、当時の私には、このやり方しかできなかったし、このやり方をしていたからこそ、手放す決断へと繋がったのだと思います。


溜めに溜め込んだ我慢やマイナスが、大きな変化を起こすための大きな原動力になった。


あの苦労があったからこそ、やめよう!!!って思えた。

とにかく全力で走り続けていた私にとっては、維持し続けることがほんとうに苦しかったです。


資金繰り、人材確保、設備のメンテナンスや修繕、お給料、返済、その他もろもろ、

やることも、考えることも、沢山。


1事業でも大変なのに、それが4事業もあったので、もう常に頭はフル回転状態でした。


当時、100人弱の従業員を抱えていたので、

彼らの生活のことも考えなければなりません。


私には辞めるという選択肢はなかったんです。


常に、

続けて行くためにはどうすればいいか?

生き残るためには何をしたらいいか?

について考え、策を練り、行動し続け、

常に、業績アップと経費削減に勤しむ日々。


宇宙の法則を学んでからは、

とにかくプラスの結果を生み出すために必要な意識と行動を模索し試行錯誤を繰り返しました。


企画したものは、どれも上手く行ったの。

売上も上がった。

いろんな商品や新たなサービスを生み出し、必死に進んでいました。


この時の試行錯誤から、

今もなお、たくさんご支持を頂いている、


台葉の台湾ごはんと火鍋の通販
https://taiwantaiyo.stores.jp/


台葉の仕出し弁当
https://gochikuru.com/store/5531/


この事業が2017年に生まれて、今も私の事業を支えてくれています。

(いつもたくさんご注文下さりありがとうございます!!!)


でも、

どんなに売上が上がっても、どんなに利益が出ても、


父が、バブル最後にビジネスホテルを大増築し、開業直前にバブル崩壊したために作られた、

12億という事業負債の額が多すぎて、

何をやってもすべては返済に消えていくだけ。


という状態でした。


消耗がハンパない。

しんどい。つらい。終わりが見えない。


事業体を維持していくことは、

嫌いではなかったけど、楽しくもなかったです。


父と一緒に14年。引き継いで7年経った2018年の3月。


赤子の頃からお世話になっていて、

両親が亡くなってからは、毎年元日に私たち家族を呼んで一緒に家族として過ごさせてくれる

親戚のおばあちゃん家に遊びに行った時のことでした。



毎年たけのこ掘りをして、栗拾いをして、

子どもの頃から駆け回っていたおばあちゃん家の裏山が、

造成工事で切り崩され始めていたんです。



びっくりして、

「ばあちゃん!ナニコレ?どうしたの?」と聞くと、


「売ったんだよ。固定資産税はかかるし、私が死んだら相続税もかかる。

残しておくと子どもたちが大変だし、まだ私が生きてるうちにと思って処分した。」


というのです。


ばあちゃんは、私と同じ跡取り娘です。


私と同じく、お婿さんをもらって、

先代から引き継いだ財産を、できるだけ減らさずに次の世代に渡すという考えを、

私の父と同様に強く持って、家を守って生きてきた女性です。



先祖代々引き継いできた土地を、ばあちゃんが売った。


衝撃でした。


ばあちゃん家は農家で、農地を沢山持っていたのですが、

ばあちゃんの母親が亡くなったとき、

相続税として、かなりの土地を国に物納することになってしまいました。


私が中学3年生のときでした。


朝4時に起き、夜は9時に寝て、

毎日質素な食事で倹約しながら、

農家として一生懸命に働いていたじいちゃんとばあちゃんが、

お葬式のあと、私に言った言葉が忘れられなかった。


「何のために一生懸命働いてきたんだろう。働くのがバカバカしくなった。

残った土地を大事にしながら、これからはお金も使って生きようと思う。」


そんなことがあったから、土地に対して強い思い入れがあったばあちゃん。


私もこれだけ思い入れがある裏山なのだから、

その家で生まれ育って今まで生きてきたばあちゃんには、

もっともっと思い入れがあったと思います。


ばあちゃんは、サラッと私に話したけど、

本当に色んなことを考えて考えて考えた結果だったんだと思う。



ずっと変わらずあった景色を、

ずっと変わらないと信じ込んでいた景色を、

重機が壊していく光景を呆然と眺めながら、


寂しさと同時に私は、


「アリなんだ」って思ったんです。



売ってもいいんだ。手放してもいいんだ。


私の中に、初めてその選択肢が生まれた瞬間でした。

守って次の世代に渡さなくてもいい。


そこに気づいてしまったら、

もう苦しくてたまらない事業運営を続ける気力が保てなくなりました。



やめたいやめたいやめたい。

やめるためには、どうしたらいいんだろう?

どうすれば、やめられるんだろう?


一生懸命考えて、

やめるために必要な行動を、ひたすら続けていたら、

様々なご縁が奇跡のように繋がって行って、

そのおかげで、無事に円満に手放せることが現実的になって行きました。


結局、

父が興したビジネスホテル事業体は、2019年に、開業38年目で私が幕を閉じました。



今考えると、

どうして「売る・手放す」という選択肢が自分の中に1ミリも生まれもしなかったのか?

本当に不思議ですが、

それこそがメンタルブロックなんですね。


「引き継いだものは、維持して次の世代に渡さなければならない」

この考えにガチガチに縛られていて、それしか選択肢は無いと思い込んでいたから、


自分では、

見えない。気づけない。思いつかない。


この「手放す」選択肢に気づいてしまったあとは、

「もっと早いタイミングでできただろうに、ここまでしんどい思いして引っ張っちゃって」

とか思うんですけど、


でも、やっぱりこのときが、私にとっての最善のタイミングだったのだと思います。


これだけしんどい思いをしなければ、

やれるだけのことは全部やろうと走り切らなければ、

ギリギリのところまで精神的に追い詰められなければ、


「やめよう」という大きな大きな決断はできなかったから。



そう思うと、

自分をとても過酷でしんどい環境に、本当に長い間置き続けてしまいましたが、

やりきった自分に対して、

ごめんねという気持ちと大きな感謝の気持ちが湧きます。


尊敬の念まで湧いてきます。笑


いやぁ、マジでほんとよく頑張ったよ。私。


しかし。

決断したら万事OKではなく。


手放す決断してから、事業を閉める過程も、さらに売却が完了になるまでも、

それはそれはほんとうにほんとうに大変で。

そ~と~過酷な道のりでした。。。


昨日、思い出機能であがってきた、

台葉ファイナルのUMI大宴会について、

当時参加してくださった皆さんがあげてくれた投稿を懐かしく眺めながら、

走馬灯のように、当時の記憶が私の中を駆け巡ったのでした。


なんか、もうすぐ死にそうな終わり方ですけど、、、

まだ死にません。たぶん。笑




〇〇さんの明日もきっと大丈夫。




最後までお読みくださりありがとうございます!



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