配信日時 2024/06/11 21:00

葬儀。【117号】

〇〇さん、こんばんは。

高橋ゆりこです。

今日は、どんな1日でしたか?


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前回すぐ満席になってしまった個人セッション。

枠が少し空いたので、若干名募集します。


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父の葬儀の前に、

私は、父の事業を相続することに腹を括りました。


私がやらなきゃどうにもならない。

このまま放り出すわけにはいかない。

やれるところまでやってみよう。


そう腹を決めた。


葬儀には1000人ほど来て下さったと記憶しています。

ほんとありがたかったです。


すでにお骨になってしまっていて、

顔を見ることができないことを残念がる方がたくさんいらして、

申し訳なかったですが、

強く父が生前何度も言っていた本人の意向だったので、

父の気持ちを尊重できてよかったとおもっています。


母が喪主ではありましたが、

葬儀すべて私が取り仕切り、

葬儀の最後の挨拶も、私がさせて頂きました。


古いパソコンの中を探したら、当時私が挨拶したときの原稿が残っていました。


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私は故人の長女、由利子でございます。

遺族を代表いたしまして、ひと言ご挨拶申し上げます。


本日は、お忙しい中、またお足元の悪い中、父 高橋実の葬儀にご参列いただきまして、

誠にありがとうございました。


私は故人の娘ですので、父と言わせていただきます。

父の死はあまりに突然でした。今でも信じられない気持ちです。

自分で空港の駐車場まで車を運転し、元気に研修旅行に出かけて行ったのに、

その旅先で倒れるとは思いもよりませんでした。


父は体調に異変を感じたとき、一緒にいる方に迷惑をかけまいと、

自分で電話をして救急車を要請したそうです。


父は最期まで本当に気遣いの人でした。


そして、父はとても働き者でした。

お酒も飲まず、タバコは本当にたくさん吸いましたが、毎日仕事や地域の活動に邁進しておりました。

家族を愛し、郷土を愛し、日本という国を愛していました。


日々、膨大な量の本と新聞を読み、テレビの報道をチェックし、

常に様々な分野の最新情報を得る努力をしていました。


父はものすごい情報収集力とすばやい判断力で、

私にたくさんの知識と知恵と経験を与えてくれて、ここまで育ててくれました。


誰よりも義理堅く、面倒見がよく、やさしい父でした。


人生の師であり、偉大な父でした。


父の口癖は、

「人間にとって一番大切なものは命だ。しかし、命よりも大切なものがある。それは信用だ。」


本当に毎日のように、私や家族に対して言い続けてきた言葉です。


この父の教えを守るのが、私の使命であると思っております。


私はまだ37才の未熟者で、父の杖なくしてやっていけるか不安でいっぱいですが、

諸先輩方、お付き合い頂いている会社の方々のお力添えをいただいて、

残された家族・親族と共に一丸となって精一杯の努力をして参ります。


ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。


生前の父の強い希望により、火葬式は家族だけで行いました。

もう少し一緒にいたかったのですが、父の希望通り送ることが、

遺された家族ができる最後の感謝の形であると考え、父の希望通り密葬いたしました。


本日は、こんなに多数の方々に暖かくご参列賜り、故人もさぞかし嬉しく思い、いつものように、

「いやぁすみませんね!」と言っていることでしょう。


本日は誠にありがとうございました。


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挨拶で何を言ったか、13年経ってまったく覚えていなかったのですが、

こんなことを話したんですね。私は。


37才のゆりこさん、とてもとてもがんばったね。



(つづく)




〇〇さんの明日もきっと大丈夫。




最後までお読みくださりありがとうございます!


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