〇〇さん、こんばんは。
高橋ゆりこです。
今日は、どんな1日でしたか?
父を火葬せずに松戸まで連れて帰ると決めて、
別府の葬儀屋さんにその旨連絡したところ、
いくつか手配する必要があることを教わりました。
まず、
亡くなった人は、法令上、霊柩車でしか運べないとのこと。
葬儀屋さんから大分空港までの霊柩車と
羽田空港から実家までの霊柩車
この2つの手配が必要と知りました。
また、
飛行機では、
お骨なら客室に持ち込めますが、
お棺を客室に載せるわけにはいかないので、
(当たり前!)
航空会社に、お棺を載せる旨を申請する必要があるとのこと。
初めて知ることばかりだった。
考えてみれば当たり前だけど、
そんなことやったことないから機会がないし知らないよね。
なので、
大分空港までの搬送を、
教えてくれた葬儀屋さんにお願いし、
羽田空港からの搬送を、
松戸の葬儀屋さんに連絡してお願いしました。
そして、
母と私の分の航空券の往復チケットを予約し、
葬儀屋さんに大分発の帰りの便をお伝えし、
航空会社に連絡をお願いしました。
そうこうしているうちに、
夫が長男を連れて店に到着したので、
車で実家へ。
実家はある程度キレイに片付いてはいましたが、
仏間の奥の8畳間に父を寝かすためと、
訪れるであろう弔問客をもてなすスペースを確保するため、
片付ける必要がありました。
翌日母と私が大分に父を迎えに行くので、
夫と長男が実家の片付けをすることになりました。
母は精神的にかなり参っていたし、
伯母や叔父も感情的になっていて頼れない状態で。
私がしっかりしないと。
何度もそうくり返し心のなかでつぶやきながら、
ひとつひとつのモノゴトを前に進めて行きました。
翌日、母と大分空港へ飛び、
タクシーで父がいる葬儀屋さんに向かいました。
到着すると、係の方が迎えてくださり、
父の元へ案内してくださいました。
お部屋に入り、布団で眠っているように見える父に母は駆け寄り、
「お父さん!迎えに来たよ!どうしちゃったの!?何してるの!?」
と、お父さんの身体を擦りながら、たくさん話しかけていました。
その様子を見ていた私は、
「えっ。死んでるのに、そんな話しかけるんだ。」
って圧倒されてしまった。
私は、自分が産んだ長男に対して、
コミュニケーションが取れない赤子期の長男に、
まったく話しかけずに無言育児をした人間ですので、
亡くなってコミュニケーションが取れない父に話しかけるという感覚はゼロで。
母の父への愛情深い行動に触れて、
私は、
自分の父への薄情さを突きつけられたように感じたのでした。
今思い返すと、
父親が突然死んで、
私はかなり精神的ダメージを受けていたのに、
「私がしっかりしないと!」と気丈に振る舞うために、
感情や思いにフタをして、
心のスイッチを切って、無にして、
必要な行動をひとつずつ進めてた。
私しかできる人がいないと思ってたから。
この頃は、他力に頼ることが全くできないころだったので、
すべてをひとりで抱え込んだんです。
夫にも頼らず、母にも頼らず、親戚にも頼らず、
ぜんぶひとりで抱えました。
だから、
父と対面したときに、
「ああ、ほんとうに死んじゃったんだ」
と思っただけで、
他には何も感情が動かなかったのは、
私が薄情だからじゃなくて、
必死だったからだって今なら分かる。
でも当時の私は、
自分がひどい親不孝な娘だと突きつけられたように感じて、
父をさすりながら父にたくさん話しかけている母の姿を、
苦しい気持ちで、ただ眺めていました。
(つづく)
〇〇さんの明日もきっと大丈夫。
最後までお読みくださりありがとうございます!
バックナンバーはこちらから
https://1lejend.com/b/eHSbylTya/
**********
高橋ゆりこ
info@yurikoba.com
**********
配信解除はこちらをクリックしてください。
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=###mail###