〇〇さん、こんばんは。
高橋ゆりこです。
今日は、どんな1日でしたか?
今日は、
記念すべき100号!!!
1月に突然思い立って始めたこのメルマガ。
毎日送りつけているのに、読んでくださりほんとうにありがとうございます。
今日は記念すべき100号なので、
父が私に遺してくれた手紙をシェアします。
父は、
新松戸ホテルの増築工事をバブルの最後にやってしまったため、
開業したときにはバブルが崩壊していたというタイミングの悪い男でした。
それまで順風満帆だった事業経営が、
これで一気に債務超過になり、父はここから苦しい20年を生きます。
バブル真っ只中に事業資金を借入れたので、
当初の借入額は20億円。
債務超過とデフレの世の中で返済と資金繰りに苦心していた父は、
毎年自分の誕生日に遺書を書くことを習慣にしていました。
いざというときは自分が死んでどうにかするために、
父は自分自身に多額の保険金もかけていました。
毎年父が書きなおす遺書は、
お仏壇になぜかいつもあげられていました。
なので、
13年前。
父が、研修先の由布院で急逝したとき、
この遺書をすぐに読み、親族たちにも読ませました。
(この遺書のおかげで、事業承継その他諸々何も揉めずに進められたので、ほんとうに父には感謝です)
我が家には金庫があるのですが、
そこには金目のものは一切入ってなくて、
手紙やアルバムなどの大切な思い出の品がたくさん保管されています。
そこにも何かあるかも?と思って、
金庫を開けてみたら、
私宛の手紙が保管されていました。
今日はその、父が私に遺した手紙をシェアしますね。
---------
由利子。
俺の人生の中で由利子に毎度毎度励まされ、何度立ち直ってきたか、数限りなくあります。
逆が当たり前なのに、娘に力付けされつづけてきた俺は、何とも徳のない男でした。
お父さんはこの家を継ぐとは思ってもおりませんでした。
兄貴から、おじいちゃんが亡くなった後「お前やれよ」と言われ継いだのですが、
何だか宿命だったと思えるようになりました。
兄貴が跡取りだったので、お父さんはお母さんと小さな家庭を持ち、静かに暮らし、
いつかお母さんに
「遠いところまできてお父さんと一緒になったけど、まぁよかった幸せだったよ」
と言わせて人生終いたいと思っていた。
それが、跡取りになって、毎日毎日目まぐるしく変化させ、
お母さんを苦労に苦労をかけ通しの年月を経させ、挙句の果てがこのざまです。
楽しいことなど何もしてあげられなかったダメな男でした。
由利子。
お前をずーっと見て触れ合って来たが、お前は似てないよと言うかもしれないが、
お前はおばあちゃんによく似ている。
諦めない根性(お父さんもだいぶ励まされたありがとう)
敵に立ち向かう根性(一発やられたら三発返すお前の小っちゃい頃が目に浮かぶ)
創意工夫・思いやり・本が大好き等々
全てにわたり、素晴らしい。
俺はいい子がお母さんのおかげで授かり、本当に幸せな男だった。
由利子は長生きして幸せに暮らしてくれ。
ちゃんと見守ってるから。
---------
こんなに実の親に褒めてもらっちゃって申し訳ないってくらい、
褒めてもらって本当にありがたいです。
メルマガにシェアするために、久しぶりに読んだら、
めちゃくちゃ泣いてしまった。
ほんとうに見守ってくれてるのかなぁ。
だといいなぁ。
これを読むと、
父がこんなふうに私を見つめてきてくれていたんだなって思えて、