〇〇さん、こんばんは。
高橋ゆりこです。
今日はどんな日でしたか?
下記の講座すべて、明日3月6日にて募集〆切りいたします。
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ありがたいことに、質問お寄せ頂いています。
嬉しい!ありがとう!!!
順々にお答えしていきますね。
その前に、今日は、経営している銭湯の店名「松戸ヘルスランド」についてのお話をば。
私が経営を引き継いだ銭湯は、昭和40年に祖母が創業しました。
それまでは、高橋家は農家だったんです。
でも、昭和39年に祖父が脳梗塞発作で倒れて半身不随になり働けなくなりました。
昭和40年代に、半身不随の祖父の自宅介護が始まりました。
祖母は、とても頭の良い人で、
「このまま農家をやってたら、相続税で土地を物納することになって何も残らなくなってしまう!」
と考え、策を練りました。
商売を興して祖父名義の事業借入(借金)をする。
→相続税が発生しないようにするため。
日銭商売にする。
→毎日現金が入ってくれば、咄嗟の物入りのときにも対応できるから。
この2本柱と、当時の世情から、
「銭湯」という業態を選びました。
ずっと畑として使っていた駅から徒歩数分の自宅からも徒歩数分の土地に銭湯を建てて、その建築費と設備費は、祖父名義で借入を起こしました。
祖父が倒れた1年後の昭和40年のことです。
頭良すぎるし、行動早すぎる。
大正生まれ尋常小学校が最終学歴の農家の嫁とは思えないですよね。
祖母は、ほんとうに頭がよく働き者な人でした。
そのとき、祖母がつけた銭湯の名前は、
「源湯(みなもとゆ)」
祖父の名前が源之助なので、名前から「源」の文字を取りました。
昭和は、家にお風呂がない家も多く、衛生観念の高い日本人は銭湯が大好きだったため、かなり繁盛しました。
そこで、別の駅から徒歩数分の畑で使っていた土地に、2店舗目の銭湯を建てました。
こちらも、祖父名義で借入を起こしています。
祖父は、昭和49年7月にこの世を去ります。
私が生まれた3ヶ月後です。
銭湯を興して9年後。
無事に、借金を背負ったままこの世を去ったので、相続税はかからず、土地を物納せずに済みました。
祖父の自宅介護も10年やりきりました。
祖母あっぱれすぎる!
絶対に真似できない。
強くて頭が良くて働き者のスーパーばーちゃんでした。
(70才超えてから、ホテルの客室管理のコンピューターの使い方を覚えて使いこなしたばーさんです)
時は過ぎ、昭和から平成になり、昭和40年に建てた建物も設備も、25年以上経ち、老朽化してきました。
祖母は79才になっていて、脳梗塞の発作を1回起こし、家でゆったり過ごすようになっていました。
父は44才で働き盛り。
この頃はもう、父が事業承継をして、父が中心となって事業経営をしていました。
銭湯を全改装してリニューアルオープンする計画を父は練り始めます。
当時、名古屋で発祥したスーパー銭湯が大阪にも進出し一大ブームが始まった頃。
父はこのスーパー銭湯に目をつけ、大阪のスーパー銭湯に何度も視察に行き、大阪のスーパー銭湯の経営者や公衆浴場の経営者との繋がりを深めます。
そして、スーパー銭湯のようにバラエティに富んだ湯船がある浴場の建築を行った業者さんを、何度も何度も足繁く通い詰めた結果、紹介してもらえることになったのです。
うちのお風呂は公衆浴場で、一般浴場ではありません。
公衆浴場は公衆衛生について定められている公衆浴場法という法令の定めに従う施設です。
様々な法令の縛りがあります。
スーパー銭湯は一般浴場というカテゴリで、公衆浴場法の縛りがありません。
なので、色んなことが自由にできる銭湯です。
当時の昭和な銭湯のスタイル、覚えてますか?
広めの浅い湯船と狭くて深めの湯船。
湯船と湯船の間に仕切りがあって、そこに利用者が油温の調整ができる水道の蛇口がありました。
余談ですが、
私、銭湯の娘ですが、熱いお風呂がものすごく苦手でね。
(今でもです)
(湯船の設定温度は39~40度)
子どもの頃、いつも湯船の淵に体育座りして、この水道から水をジャージャー出して、足でちょんちょんと温度を確認して、入れそうな温度になったら、水道の蛇口の真下にすかさず入ってじっと動かない。
という入り方をしてました。
(動くと、せっかくぬるくなったお湯が周りの熱いお湯と混ざって熱くなっちゃうから)
すると、常連のお客さんたちに、
「そんなジャージャー水で埋めてんじゃねえ!ぬるくなっちまうだろうが!」
といつも叱られてました。
何であんなに熱いお湯平気なん?
43度とか44度とかだったよ???
年取ると、皮膚感覚が麻痺して熱いの分からなくなってるんじゃ?
(ちょっと高齢者ディスりになってるな)
(ちなみに、松戸ヘルスランドは、私の代になってから「ぬる湯」です)
(このぬる湯にした経緯もエピソードがあるので、今度シェアしますね)
話を戻しますね。
平成初期当時は、昭和の銭湯のままの設備のところしかありませんでした。
そんな中で父は、公衆浴場である街の銭湯を、スーパー銭湯のようにレジャー感覚で楽しめる施設にしたいと考えたんです。
当時、銭湯は番台が当たり前だった形式も、スーパー銭湯に倣ってフロント形式に。
公衆浴場な街の銭湯なのに、サウナまでつけました。
32年前の平成初期当時、松戸どころか関東には、こんな銭湯一軒もありませんでした。
父ちゃんすげえ画期的革新的!!!
父ちゃんが精魂込めて練りに練って考えた浴室がコチラ。

32年経った今でも現役です!
古いけどめっちゃキレイにして頑張っています。
なんか、ぜんぜん「松戸ヘルスランド」の名前の話にたどり着かない。。。
長くなっちゃったので、続きは明日にしますね。
〇〇さんの明日もきっと大丈夫。
最後までお読みくださりありがとうございます!
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