配信日時 2024/01/25 21:00

自力じゃどうにもならない【第6号】


〇〇さん、こんばんは。

高橋ゆりこです。



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(まだ5こしかないけど 笑)



他力からものすごいご縁が繋がり、

F支店長のご尽力で借り換えの内諾を頂き、


2018年12月末の年も押し迫った日に、

ホテル事業の売買契約を締結しました。



この年の3月に、

「引き継いだものを手放すのはアリなんだ。」という気持ちが湧き上がり、

悩んで悩んで手放す決意をして、


実際に動き出した6月からたった半年です。



金額が数億円という規模だったので、短くて1年、長くても2年はかかるのでは?

と思っていたのですが、

常識では考えられない本当に短い期間で形になって、

ほんとうに驚きました。



契約の条件は、

契約日に手付金を買主より受領し、2019年3月1日に、売却代金の残金清算と建物の引渡し。

ホテルは現況引渡し。

ホテル以外の店舗はスケルトン渡し。

入居している2つのテナントさんの契約は買主が引き継ぐ。

私の従業員たちは、買主さんによる当ビルにおける新事業にて再雇用する。


というものでした。



ここまで、


ほんとうに売買契約が締結できるのか。

そんなことが現実化するのか。


まったく信じられなかったので、

全事業通常通り営業し、経営を進めながら、

売買の話をごく内密に進めていました。


従業員の一部を除き、ほとんど誰もが知らない状態でした。


通常通り営業していたので、閉めるための準備を何もしていない状態。



この日からたった2ヶ月で、

全事業を閉めて、

翌年3月1日に建物を明け渡す必要があります。



そんなことできるのか????

間に合うのか?????



いやいやいや。


できるのか?とか、間に合うのか?とかじゃなく、


やるしかないのだ。

間に合わせるしかないのだ。



やるしかない。間に合わせるしかない。という意識で、

ここから私は全力疾走を始めます。



とにかく建物引渡しまで2ヶ月しかありません。


しかも、ただやめて引渡せば良いわけではなく、

ホテル以外はスケルトン渡しする必要があります。


ホテル以外のレストランとカラオケの3店舗全ての備品と設備を撤去しなければなりません。


まず、

営業はいつ終わりにするか。


備品と設備の撤去をするための期間として2週間確保するため、


2019年2月16日(土)で、

ホテルビル内すべての店舗の営業を終了することに決めました。



たった1ヶ月半で、

レストラン2つとカラオケボックス1つの備品と設備をすべて撤去するとか、

到底私だけの力ではどうにもなりません。


ここから私は、

他力に他力に他力に頼りまくりました。


出入りの業者さんのツテ。

地元の商工会議所青年部の先輩後輩たちのツテ。

ホテルや飲食店の常連様のツテ。

学生時代の同級生のツテ。


私が思いつく限りのありとあらゆるツテというツテを頼りまくりました。


引き受けて下さった皆さんは、

もうそれはほんとうに全力で急ピッチで最優先で協力してくださり、


2019年2月26日に、

ものの見事に、ホテル以外のすべての店舗の備品と設備を撤去することができました。


飲食店のテーブルとイスなどの大物も、

飲食店のたくさんの厨房機器も、

たくさんのでっかい冷蔵庫も、

食器もカトラリも調理器具も棚も、

なんもかんも全て。


怒涛の10日間でした。



足を向けて寝られない方々が、この10日間でさらに爆誕しました。



特に高校の同級生のEくん。


気が遠くなるほどの数のテーブルと椅子を処分する方法のアテがなく、

途方に暮れていたときに、このことをふと話したら、


その2日後に、

同業のお仲間さんを連れて大型トラックでホテルまで来てくれて、

すべてのテーブルと椅子と棚などを、

ひたすら解体してトラックに載せて処分してくださいました。


神だった。

ほんと神だった。


ありがとうございました。

ご恩は一生忘れません。



よくやれたなって思います。



こうやって書いてみると数十行で終わるけどさ。

もうほんとうにほんとうに何が何だかわからない2ヶ月間でした。


やることも考えることも山積みな上に、迅速に決断し処理し手配をしていく必要がある。


脳も身体もフル回転。


ちょっと人間技じゃないというか、

頭おかしいスケジュールよね。


私の頭がおかしかったんだな。


冷静にモノゴトを見ることができずに必死だったんだなって、

この当時のことをこうやって振り返ると感じます。


たくさんの方に、

ほんとうに多大なるご尽力を頂くことになってしまいました。



引渡日の条件について、

もっと協議して、

もっと余裕をもった引渡し日にするべきだった。



でも、

あのときの私にはすべてのことが初めてで、

スケジュール感も、作業のボリューム感も、

まったくイメージができなかった。



そして逆に、


「自分の力じゃどうにもならない!!!」

という状況に追い込まれていたからこそ、


(いや、自分で追い込んだと言える気がするけど)



「たくさんの他力に頼るしか無い!!!」

と、もうのっけから他力に頼りながら爆進していったから、


すべての事業を、

2ヶ月という異常に短い期間で、

一気に閉めることをやり遂げられたのかもしれません。



ところが。



すべての備品と設備を撤去できることになっていた2月26日の前日。


2月25日。


大事件が起きるのです。



この続きは次回に。




〇〇さんの明日もきっと大丈夫。




最後までお読みくださりありがとうございます!



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高橋ゆりこ
info@yurikoba.com 

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