〇〇さん、こんにちは。
高橋ゆりこです。
昨日、勢いで作ったこのメルマガに、
早速、ご登録下さりほんとうにありがとうございます!!!
思っていたよりたくさんの方がご登録くださって、
ちょっと、いや、だいぶ、嬉しいけどプレッシャー笑
しかも。
「今年は経営やビジネスについて発信していくぞ!」
と、このメルマガを勢いで作ったけれど、一体何について発信したらいいんでしょうか?(ぉぃ)
いや、あのね。
今から言い訳をします!
私、商売をしている家に生まれ育って、そのまま今に至っています。
GWや夏休みや年末年始などとは無関係な家で育ちました。
いや、無関係どころか、逆に忙しかった。
ケーキと焼菓子のお店も経営していたので、
GWやお盆や年末年始は、
ご進物用のご注文が殺到するし、
クリスマスのケーキ商戦では、
小学生の私も駆り出されて生デコレーションを700台売るような時代でした。
レストランも経営していたので、
暑気払いやクリスマス会や忘年会や、各種パーティの予約も入るので、
毎日ずっと両親は仕事です。
ふだんより、盆暮れ正月は、とても忙しくて、いつも以上に親は家にいませんでした。
父が13年前に、母が11年前に、急逝したのですが、
両親と家族旅行には、結局一度も行ったことがないままでした。
父と一緒にとか、母と一緒にとか、
繁忙期を避けて、どちらか片方の親と旅行に行くことは何度かありました。
でも、両親揃って一緒に行くことはありませんでした。
複数の24時間営業年中無休の事業所を経営していたので、
何か事業所で事件事故災害などが起きたときに、
すぐに駆けつけられるように誰かが残ってないといけないって、両親は思っていたんです。
家で大人が話している話題は、商売や仕事の話ばかり。
年中無休の事業所や24時間営業の事業所を複数経営していたので、
我が家の大人たちに「勤務時間」という概念がそもそもない。
その日いくら稼げるか?いくら稼げたか?
明日いくら稼げるか?
ということだけが、働く上での基準。
平日と休日の区別も大してない。
小学生までは、
お店を閉めた後、帰ってきた親に起こされて、
(夜0時過ぎなのでかなり眠い)
居間に、売上金をガサーっと出して、
小銭を50枚ずつチラシで巻いて棒金を作るお手伝いを毎日する生活。
高校生からは、
店を手伝うようになって、経営の片隅に入るようになります。
結婚して子どもができてからは、
繁忙期を外して家族で旅行に行くことはできるようになりましたが、
それでも、店が心配で長くて2泊が限度でした。
(これは私のメンタルブロックです)
(3年前に3泊しようとしたら高熱出して行けなかった)
(風邪じゃなくコロナでもなくアレルギーでした)
(ウソでしょwwwってなった)
ばーちゃん(初代社長)の口癖は、
「うちはぜんぶ日銭商売だから強い」
日銭商売とは、
毎月決まった日に給与が振り込まれるのではなく、
その日の売上が直接現金収入として手元に入る商売のことです。
ばーちゃんのもうひとつの口癖は、
「外で宗教と政治と野球の話はするな!」
この言葉の意図は、
うちは商売をしているから、
出会う人はすべてお客様かお客様予備軍。
宗教も政治も野球も、それぞれ個人の主張や価値観が強く出るもので、
話題にすると対立や反感を生みやすい。
商売をしているのだから、
対立や反感を生む可能性がある行動は一切するな。
という意図でした。
どちらの言葉も「地の時代」っぽいね。
そんな家で生まれ育って今に至るので、
今の私にも「勤務時間」という概念がないし、
いくら稼ぎたいのか。そのためには何をする必要があるのか。
ということが、働く上での基準。
平日と休日の区別も大してありません。
生まれ育った家の気質が、気づけば、当たり前に染み込んじゃってた。
子どもの頃は、
どこにも連れて行ってもらえないし、
親は常に仕事で家にいないからさみしいし、
何でこんな家に生まれちゃったんだろう?
って神様を憎んでたけど、
今は、自分がこの家に生まれたことをとても感謝しています。
20代が終わるまで、
当時経営していたすべての事業所の仕事を覚えるべく、
複数の事業所を飛び回る生活でした。
朝6時半から駅前のケーキ&喫茶のお店
昼14時からホテルの清掃や事務所で経理
夕方17時からレストラン
夜23時からカラオケボックス
帰宅は深夜2時すぎな毎日。
その他、臨機応変に、銭湯や居酒屋などにも、人が足りない事業所に入っていました。
親の七光りだと思われたくなくて、
人の七倍働いてみせる!って、
若かったので根性で頑張っていましたけど、
この生活を5年続けた結果、うつ病になりました。
ある朝、とつぜん、布団からまったく起き上がれなくなったんです。
(この時のことについては、いずれ書きますね)
経営者の立場で経験してきた26年間には、
ほんとうに色んなことがあったのですが、
(社長だった父や母の急逝も大事件だった)
(このときのことも、いずれ書きます)
今、強く強く思うのは、
私は、一般的な会社では務まらないということ。
20代は勢いと根性で頑張りましたが、
私は、場所や時間に縛られることが何よりも嫌いだということが、
時を経るに連れて、ものすごく自覚するようになりました。
今の私は、
月に3~4回しか会社に行きません。
でも実は、
9年前までの私は、
ずっと年がら年中会社にいました。
毎日会社に行って、
朝から晩まで、あちこち社内や事業所内をうろうろして、
会社や事業所のすみずみまで把握しようと努力してたんです。
設備のこと、スタッフのこと、シフトのこと、お客様のこと、商品やサービスのこと、
問題は山積みで、考えることだらけ。
父のようにできない。
母のようにできない。
苦悩だらけでした。
スタッフは、長年父や母についてきてくれた人たちばかり。
私が子どもの頃からずっといた人たちですが、
娘の私が経営者になったからといって、
父や母と同じようについてきてくれるわけじゃなかった。
どうやったら、父や母と同じように、
スタッフに信頼してもらえるのか。ついてきてもらえるのか。
そればかり考えて必死でした。
9年前、
とあるきっかけがあって、
会社に毎日行くことや、
会社や事業所のすべてを把握しコントロールしようとすることを手放しました。
そこから、
場所や時間に縛られない、
「経営者」という立場での働き方や、
ブログやSNSで集客し、
オンラインで様々なサービスをお届けできる「ナレッジワーカー」という形の働き方を、
手に入れました。
私には、この形がものすごーーーく性に合っています。
それもこれも、
ふだん、信頼できるスタッフが、
会社も事業所もしっかりと運営してくれているおかげです。
ほんとうにほんとうにありがたい。
たくさんの人に支えて頂いています。
勢いで、
経営やビジネスや生き方について発信するメルマガを作っちゃいましたけど、
実は、どんなことをお伝えしたらお役に立てるのか、
まーったく見当がついてない状態です。
まずは、
これまで私が経営者という立場で経験した様々なことをシェアしていきますが、
/
こんなこと聞きたい知りたい!
\
をぜひ教えてください。
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どうかお願い!
ご質問やリクエストをお寄せくださーい!
(他力本願)
第1号から謎に長くなってしまいましたが、
今後もどうぞよかったらお付き合いください。
最後までお読みくださりありがとうございます!
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高橋ゆりこ
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