高橋ゆりこです。
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11月半ばころ、
「最短距離で現実を動かすセッション」の募集をします。
乞うご期待♪
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重いテーマが続いたので、ブレイクしておりましたが、
DV・モラハラについて、
もう少しお伝えしたいことがあるので、書きますね。
このテーマは重いけれど、とても大切なことだから。
これまでの記事。
許さなくていい。離れていい。
https://ameblo.jp/chu-lip-7/entry-12940368137.html
モラハラの裏側。
https://ameblo.jp/chu-lip-7/entry-12940475966.html
変われる人。変われない人。「怖さ」が鍵を握ってる。
https://ameblo.jp/chu-lip-7/entry-12940664018.html
「感じない」は、加害者も被害者も創り出す。
https://ameblo.jp/chu-lip-7/entry-12941477049.html
中川瑛さん(GADHA代表)が、モラハラをしていた当時、
いちばん怖かったのは、
妻が無言でいること。
そして、妻が部屋に引きこもってしまうこと。
だったそうです。
「見捨てられるかもしれない」
「嫌われたんじゃないか」
その恐怖で頭が真っ白になり、
その瞬間、怒りで相手を動かそうとしてしまう。
加害者の根っこには、深い孤独と見捨てられ不安があります。
加害者の多くは、子どものころから、
「がんばれば愛される」
「結果を出せば認めてもらえる」
という「条件つきの愛」の中で育っています。
泣いたらうるさいと怒られる。
怒ったら生意気だと言われる。
休んだら怠けてると言われる。
そうやって、素直に感情を感じることすら否定されながら育った人も多い。
ありのままの自分では価値がない。
というメッセージを、加害者は無意識のうちに刷り込まれて育っています。
子どもにとって、親の愛は命そのもの。
親から愛されないことは、死と同じくらいの恐怖。
だから、
親に怒られないように、
褒められるように、
愛されるように、
常に相手の顔色を読み、期待に応え続ける。
これが慢性的に続くと、脳が学習するんです。
「自分のニーズよりも、相手のニーズを優先しないと、生きていけない」
このタイプの人は、
ずっと「相手の反応」で生きてきた。
だから、
相手がどう動くかによって、自分の行動を決める。
相手が黙ると怖い。
相手が離れようとするとパニック。
その恐怖を止めるために、
相手をコントロールしようとする。
「怒る」「責める」「言いくるめる」
これらは「支配」ではなく「安心を取り戻すための必死な防衛」なんです。
怒りは、恐怖を隠すための蓋です。
「見捨てられたくない」「わかってほしい」
その裏にあるのは、いつも恐怖。
恐怖を隠すために怒りで行動してしまうので、
結果的に、それが加害行為になってしまう。
支配の根底には、
「見捨てないで」「そばにいて」「愛して」という叫びがあるんです。
その想いの他の伝え方を、加害者は知らない。
支配しているつもりはない。
攻撃しているつもりもない。
ただ、必死に愛を伝えていただけ。
だからこそ、加害を自覚したとき、
彼らは激しく苦しみます。
自分が相手を傷つけたという現実を直視する痛みです。
けれど、
それは加害者の課題であって、
被害者がその苦しみに寄り添う必要はありません。
加害者は、
これまで相手から「幸せ」も「ケア」も与えられてきていたのに、
それを自分で受け取り拒否してきただけ。
それを受け取れなかったのは、本人の課題なので、
被害者が背負うことではありません。
そして、もうひとつ。
この構造のいちばんの苦しさは。
「やった側は覚えていない」という現実。
とんでもないくらい、覚えていないんです。
15年前の話。
私は当時、夫に長男の保育園のお迎えをお願いしたとき、
舌打ちで返された挙句、ひどいイヤミを言われました。
そのときのことは、以前のメルマガでも書きました。
モラハラ夫が別人に変わったワケ
https://1lejend.com/b/detail/Ugevje/5062002/
(バックナンバーに飛びます)
当時の私は、そのことをmixiの日記に記録しています。
けれど、夫はその記憶をまったく覚えていません。
この日記から6年ほど経ったある日。
この日の夫の行動を再現して話してみたんです。
すると。。。
「え?誰それ?怖っ!えー誰それ?俺知らない。」
と夫は本気で怯える。
「いや、あなたが言ったんだよ。」と伝えても、
夫は本当にまったく覚えていない。
殺意が湧くほどに、覚えていない。
こっちは何年も苦しんで、必死に心の勉強をして関係性の修復に取り組んで、
やっと笑って言葉にできるようになったのに。
その一言で、すべてがなかったことにされたような感覚になった。
やった側は、ほんとうに覚えていないんです。
これは、いじめの加害者にもよくある話。
mixiに証拠が残っていなければ、
「ほんとうにあったこと」すら、誰にも証明できなくなる。
被害者にとって、
これは絶望にも似たむなしさです。
中川さんは言いました。
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「やった・やってない」の議論の先に、何があるのかを見なくてはいけない。
相手との関係を良くしたいなら、
どうしたらいいかを、加害者自身が考えるべき。
ときには、「そんなことはやっていない」と言いたい自分も含めて、
それでも相手の主張をすべてを認め、受けとめ、
信頼関係を築き直すしかない。
自分は不完全で、脆弱な存在なのだと受け入れて生きていくしかないんです。
傷つけたのは事実なのだから。
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「覚えていない」というのは、
罪悪感から自分を守るための防衛反応です。
自分の中にある「加害者的な自分」を直視することは、人間にとって最大の恐怖だから。
脳は、
「自分が悪い」という現実を認めることが、あまりに苦しすぎるとき、
その記憶を切り離してしまう機能を持っています。
加害者の無自覚は、
悪意の欠如ではなく、
痛みの回避なんです。
(だからって、被害者のこっちは、そんなこと知ったこっちゃないけどね。)
その「痛み」を自分で引き受けない限り、
人は何度でも同じことを繰り返します。
加害者が向き合うべきは「やった・やってない」ではなく、
「相手がそう感じた事実」です。
被害者が「怖かった」と言ったなら。
「そんなつもりじゃなかった」ではなく。
「怖い思いをさせたんだね」と受けとめる。
そこからしか、関係の再構築は始まりません。
そして。
何度もくり返し言っているけれど。
その変化を支える責任は、加害者にある。
被害者は、加害者の成長や癒しを背負わなくていい。
被害者がすべきことは、
「自分の安全と幸せを最優先にすること」
加害者の痛みを理解しようとしなくていい。
加害者の過去を癒そうとしなくていい。
その痛みは、加害者自身が引き受け、加害者自身が乗り越えるべきものです。
やった側は、覚えていない。
でも。
覚えていないことは免罪符にはならない。
自分がしたことを受けとめる勇気だけが、
その人を変える力になる。
そして、被害者は、
相手を変えるより、
自分の光を取り戻すほうがずっと大事。
あなたは何も悪くない。
もう背負わなくていい。
あなたの幸せは、あなたの手の中にあります。
あなたの優しさは、誰かを救うためだけにあるんじゃない。
あなた自身を守るためにも、使っていいんだよ。
離れる勇気を出しても大丈夫だからね。
〇〇さんの人生に沢山の幸あれ!
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