高橋ゆりこです。
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前回のメルマガにも、たくさんのご感想をありがとうございました。
(ここのところメッセージをたくさんいただけて、すごく嬉しいです!)
それだけ多くの人が、この構造の中で苦しんでいるんだね。
私にメッセージを送った。
それは小さいけど、ものすごく大きな一歩。
だからこの先はきっと大丈夫。
今日は、前回の続きとして
「加害者が変わるとき、変われないとき」
について書きますね。
前回のメルマガはこちら。
モラハラの裏側。
https://ameblo.jp/chu-lip-7/entry-12940475966.html
中川瑛さん(GADHA代表)のお話は、印象に残る言葉がたくさんあったのですが、
この言葉も、とても印象深いです。
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「二度と加害をしない」と自信を持って言う人は、
残念ながらまたくり返す。
いっぽうで、
「またやってしまうのでは」と怖さを抱えている人は、
くり返さない。
怖さは悪ではない。
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変容の判断基準は、
「怖さを抱えているか?」
たしかに、
山口達也さんや、清原和博さん。
彼らは、
「またやってしまうのではないか。」という強い怖さを今でも抱えていることを、正直に語っています。
そして、日々、依存症の回復と啓蒙活動を地道に続けています。
一方で、
「絶対にもう繰り返さない」と言い切っていた田代まさしさんは、
何度も再犯をくり返してしまっています。
「自信」よりも「怖さ」こそが、変容の鍵。
変容とは、怖さを抱えながら進む勇気によって起きる。
「怖さ」は、自分の内側を見つめる力。
「怖い」という感情があるとき、
無意識ではなく「意識的に自分を観察」しています。
衝動と理性のあいだに「間(ま)」が生まれている。
その「間(ま)」がある限り、人は反射的に暴力や支配の行動を取りません。
心理学ではこの力を「メタ認知」と呼びます。
「メタ認知」とは、
「今、自分は怒ってるな」と気づける力のことです。
自分の感情を、少し離れた外側から見つめられる力。
この力が育まれている人ほど、再発率は極端に下がります。
そして、
「怖さ」は同時に謙虚さのサインでもあります。
「自分は大丈夫」と思っている人ほど油断し、
再び同じパターンに陥る。
けれど「怖い」と感じている人は、
自分の加害を過小評価していません。
だからこそ、慎重に、学び続けようとする。
(車の運転も一緒だよね)
脳科学的にも、
「怖さ」を感じるときには、
前頭前皮質(思考・判断)と扁桃体(感情)が同時に働き、
「自分を止める」神経回路が活性化します。
「怖さ」はブレーキの役割を果たしているんです。
「怖さを抱えている」ということは、
自分の加害の現実を直視し、
他者の痛みに想像を向けているということ。
共感の回路が作られ始めた証です。
中川さんが運営するGADHAでは、
「加害者を二度と加害させない」ことを目指していません。
間違えないことは、ありえない。
間違える前提で、学び直せる環境をつくる。
真の支援だなって感じました。
加害者を裁くのではなく、
「間違いを認め直し、ケアする人に変わる」責任を本人が引き受けられるよう支える。
中川さんによると、
加害者の変容サポートの、
8割以上は「言語化のサポート」だそうです。
たとえば。
妻の容姿を「太ってる」などとディスる男性に対して、
「その言葉は、どういう理由で、どういう目的で言ったのですか?」
と問いかける。
すると、多くの人が答えられない。
まれに「見たままを言っただけです」と言う人がいても、
「どうして見たままを言ったのですか?」と問いかけると、
もう答えられない。
加害とは、反射的な行動。
考えていない。感じていない。
ただやってしまっているだけ。
そこに、「問い」を差し込む。
理由を言葉にしていくうちに、
本人が少しずつ気づいていく。
「自分は相手を下げることで、自分の価値を保っていたのかもしれない。」
そう気づいた瞬間、初めて「痛み」が生まれます。
加害者が変わるのは、この「痛み」を感じられたときです。
痛くても、
自分の心のしくみと真正面から向き合うことができたら、人は変わり始めます。
「すべてを受けとめてほしい」と相手に求める加害者には、
「あなた自身は、相手のすべてを受けとめられていますか?」
と、中川さんは問いかけるそうです。
自分ができていないことを相手に求めている理不尽さに気づかせるために。
このお話を聞いて、私はこんなことを思いました。
自分ですら自分の全部を受けとめられていないのに、
そんな自分を受けとめることを、どうして相手に丸投げするのか。
ずいぶんと乱暴な話です。
これって、自分で受けとめられないから相手に丸投げしてるんだよね。
子どもか!って話です。
(だから加害者になってしまうのだけれど)
愛するとは、すべてを受けとめることではないです。
人は分かり合えない。
だって別の人間だから。
親子であろうと夫婦であろうと、分かり合えないものなんです。
それが自然なんです。
もし少しだけ分かり合うことができているなら、それは奇跡だ。
そんな奇跡的な相手とめぐり逢えているなら、
大切に丁寧に関係を育んでいく必要がある。
私は、
「愛する」とは、「相手を理解しようとする思い」だとおもっています。
「相手を理解しよう」というプロセスには、
「自分とは違う存在を尊重する」姿勢が含まれているから。
「あなた」と「私」を分けながらつながる。
それが健全な愛のカタチなんじゃないかなっておもうんです。
「すべてを受けとめなきゃ」「分かり合わなきゃ」と思うと、
それは「融合願望」に変わり、共依存の入り口になってしまう。
「理解しようとする努力」は「愛」だけど、
「理解させようとする執着」は「支配」
この違いが、
「愛する」と「縛る」を分ける線。
中川さんは、
放っておいても、加害は治らない。
でも、学んだら変われる。
家庭は密室です。
その中で「自分が悪かった」と認めるのは、とても怖い。
だからこそ、外に「学び直せる場」が必要なんです。
と仰っていました。
彼がGADHAをつくったのは、まさにそのため。
「間違えないこと」よりも、
「間違えたあとに学び直せる環境」をどう整えるか。
そこに、支援の本質がある。
加害者の変容は、
「もうやらない」と言い切ることではない。
怖さを抱えたまま、問い直し、学び続けること。
そして。
支える側もまた、
「完璧な更生」を求めるのではなく、
間違いながらも歩き続ける姿を見守る覚悟が必要です。
変容とは、
「光」ではなく「影」を見つめる勇気。
その勇気がある人は、ゆっくりでも確実に変わっていきます。
けれど、
そのプロセスを見つめる側にも、痛みが伴うことがあります。
相手を信じたい気持ちと、自分を守りたい気持ちのあいだで揺れる。
そんなときは、
相手の変容を背負わないでください。
「信じること」と「背負うこと」は違う。
あなたの役割は、
相手の痛みを代わりに持つことではなく、
あなた自身の幸せを取り戻すこと。
何度でも。
中川さんが、講演の中で、何度もくり返し伝えて下さったあの言葉をここに書きます。
-------
被害者は、加害者を理解しようとしなくていい。
加害者を許そうとしなくていい。
加害者を変えることより、自分の安全と幸せを優先してほしい。
加害者の痛みは、加害者自身が引き受けるべきものです。
被害者がその回復まで背負う必要はありません。
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自分の幸せに繋がるほうを選んで生きて行こうね。
まだまだお伝えしたいことがたくさんあるので、
このテーマ、もう少し続きます。
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