この、
次男が号泣しながら、リビングに戻ってきて、
「お母さん。お父さんが酷い!お父さんが!お父さんが!!!」
「お母さんが良かったー!!!」
と、嗚咽しながら一生懸命訴えてきたときに、
もし私が、
「うんうん!お父さん酷いね!お母さんもほんとうに酷いとおもうよ!!!」とか、
「うんうん!お母さんが良かったよね!そうだよねー!お母さんがいいよねー!」とか、
次男を過剰に肯定したとしたら?
「それでいい、合ってるよ、あなたは間違ってない」と、私は次男に伝えたことになります。
これは、ジャッジだよね。
共感ではない。
もしくは、
「お母さんも同じ気持ちだよ!分かるよ!」と、伝えたことにもなる。
これは、同意だよね。
共感ではない。
ジャッジも同意も、
お母さんである私が、次男に対して、
「それで間違っていない。お母さんも同じ気持ちだ。」と伝えることになるわけで、
一見味方になってあげて安心を与えてあげられているように見えるけども。
のんのんのん。
次男自身の、
「自分が何を感じ、何を思い、どう判断して、どう行動したいのか?」
この力を培う機会をまるっと奪うことになる。
当時、この場面でもし私が、
過剰な肯定を次男に示していたら、
次男が当時私に伝えてくれた、
「自分では上手に拭けてるか分からなかったから、お父さんに仕上げに拭いてもらおうと思ったの。
でも、思ってたよりすごく強く拭かれて痛かった。もっと優しくお尻を拭いてほしかったんだよ」
と、自分の気持ちをこうやって言語化することはできなかったとおもう。
自分の気持ちを言語化できなければ、
ほんとうはどうしたいのか?
ほんとうはどうして欲しかったのか?
も、次男は自分じゃ分からないまんま。
分からなければ、相手に自分の気持ちを伝えることができない。
この場面では父親が相手ですけど、
この「自分の気持ちを自分で言語化する力」って、
他者とのコミュニケーションの基本でカナメ。
もし、あのとき私が、過剰に肯定したり同意したりしていたら、
次男は、夫に対して、
「お父さん、もっと優しくお尻を拭いてほしかったよ」
と自分から言いに行くことはできないから、
父親から、
「優しく拭いたつもりだったけど、痛かったんだね。ごめんね。」
と返ってきて、
「うん。次はもっと優しく拭いてね。」というやり取りをして仲直りすることは無かったとおもう。
否定も肯定もせずにただ聞く。
相手の想いをそのままの重さで受け止める。
これってすごく大切なことだなと私は強く感じています。
話している本人が、
自分が何を感じ何を思っているのか?を話していくうちに整理するサポートになる。
過度な肯定(ジャッジや同意)は、聞き手の感情や思いを入れることになるので、
話している本人の気持ちの整理の邪魔になるのね。
子どもの話を聞くときって、
否定しないようにして無理に肯定したり、
親が自分の不安をかき消すために肯定多めになったりしがち。
肯定は良いものって思いがちだけど、
過剰な肯定は、
子どもが自分の気持ちを言語化する機会を奪ってしまうの。
私の子どもたちが、私にいろいろ話をしてくる理由は、
私が否定も肯定もせず、ジャッジも同意もせず、
ただただそのまんま話を聞くから、
私と話しながら、自分の気持ちを自分で整理して言語化できるすっきり感があるのかもしれないね。
しらんけど。
いま、離れて暮らしている、長男とも次男とも、
10分話せばもう満足で電話を切りたくなっちゃうお母さんなので、
だいぶ薄情なんですけど、
電話を切りたがっても、ずっと話を聞かされております。
幸せなことですね。
そんなわけで、昨夜30分も長男の話を聞かされて苦痛だったよ、というお話でした。笑
そうそう。
「ギャルって意外と真面目でいい子が多いよね。」って言ったら、
「そう!いいギャルだったよ!」って返ってきたよ。笑
いいギャルと仲良く楽しくキャンパスライフを送ってくれ。
ちゃんと相槌打って会話のキャッチボールした私えらーい。
〇〇さんの人生に沢山の幸あれ!
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