配信日時 2025/03/31 12:52

控えめに言って激動じゃね?

〇〇さん、こんにちは。

高橋ゆりこです。


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本日、長男は松戸ラストDAYです。

先ほど、スーパー銭湯に出かけて行きました。


無料券持ってたの忘れてたらしい。

(長男が大好きな銭湯なんです)

(ちなみに私が経営している銭湯ではありませんw)

(うちの銭湯も好きらしいけど、それ以上に好きらしい)


彼は、いつも通り、マイペースで自由。

今日も我が家は平和です。笑


長男が引っ越しをすることもあり、結構まじめに断捨離をしていました。


そしたら、2013年3月31日、12年前の今日ライブハウスで行った、

高校の同級生と組んだバンドのライブDVDが出てきて、

思わず全編観てしまいました。


7才のちっこい長男が最前列にちょいちょい映ってて、とてもかわいいです。


このバンドは、2012年1月に結成しました。


なぜそんなにもハッキリ覚えているのかと言うとですね。


結成3ヶ月前の、2011年10月7日に私の父が急逝したんです。


父は多角経営の事業をしてたし、

家は本家だし、

私は跡取り娘でひとりっ子だし、

母は手続きのことは一切何も分からないし。


だから、

私がひとりですべての作業を、太田と松戸を行ったり来たりしながらやっていました。


そう、父が急逝した当時、私は夫の転勤で群馬県太田市に住んでたんです。

松戸-太田間の片道100キロ通勤が3年半を迎えたころでした。


当時、ホテル2軒、飲食店4軒、不動産業1軒、銭湯1軒、コインランドリー3軒あって。

それぞれの店舗や業種の許可証とか免許の名義変更が必要で、

松戸だけじゃなく千葉市に行かなきゃいけない手続きもあって、

ほんとうに毎日あちこち飛び回ってました。


このとき、県知事の許可証や免許に「鈴木栄治」って書いてあってね。

当時千葉県知事だった森田健作さんの本名が鈴木栄治だと初めて知りました。

(どうでもいい豆知識w)


相続と事業承継と夫婦不仲と、いろいろ重なって、

私はヘトヘトのボロボロメンタルになってて。


その愚痴と弱音を、当時の私はmixiにこっそりと超限定公開で、

(夫も見れない数少ない友だち限定の公開範囲で)

書き連ねていました。


そんな私の状態をすごく心配してくれた同級生のドラムくんが、

「ゆりぷー バンド組もうぜ。バンドやって一緒に元気になろうぜ!」

って声かけてくれて、


そこから、バンドを一緒にやったら楽しそうな同級生に声をかけてみたら、

あっという間に、ベース、ギター、キーボードも集まって、

2012年1月末に初めて柏でスタジオ入りしたのです。


ありがたかったな。


おかげさまで、ちょー元気になったよ。


歌って、音楽って、仲間って、素晴らしいね。


そもそもは、ゆりこを元気にするきっかけで始まったバンドだったので、

別にライブとかやるつもりはなくて、

みんなの心の癒やしな感じで、ゆるーく月1でスタジオ入って遊んでいました。


ところが。


2012年に、

「卒業20周年だから大同窓会やろうよ!」という話が他の同級生から持ち上がり、


「同級生でバンドやってるならライブやってよ!」

と急に降って湧いたような話が出てきて、


そこから急遽、大同窓会の後夜祭的な位置づけで、

ライブハウスで私たちのバンドがライブをする流れになったのです。


同級生バンドだったので、ライブ当時全員39才で。

働き盛り、子育て盛り。


バンドメンバーの子どもたちは、小4~3才という年齢層。


そこで、

ライブで子どもの出演コーナーを創ることに。


この子どもの出演コーナーのアイディアは、当時7才だった長男が出したの。


『「夢をかなえてドラえもん」を、子どもたちも一緒にステージで歌ったら楽しいんじゃない?』って。


「それいいねー!!!」

って大人は全員一致で賛同したのですが。。。


あまのじゃくだったんです。当時の長男。

(19才の今は、結構空気を読むようになった)


自分で提案したにもかかわらず、

長男は、ライブ前の数ヶ月の間で、

「出る」「やっぱ出ない」を何度も繰り返していました。


そして、

ライブ前夜の時点では「出る」だったのですが、

当日ライブハウスに行ったら「やっぱ出ない」になってね。


「嫌な気持ちになっちゃうなら、ムリに出ずにライブ楽しんでね。

でも、観てて途中でやりたくなったら、いつでも参加してね。」


と伝えておいたけど、

結局、長男は出演しませんでした。笑


ライブ中の長男は、最前列でノリノリで参戦したり、

子ども出演コーナーに出る子たちの出入りを、マネージャーのように甲斐甲斐しく世話してた。


彼以外、全員女子だったのが嫌だったのかなぁ。

あとで聞いてみよっかな。

覚えてるかな。


Facebookに12年前にシェアしたライブ映像を1曲だけこっそりどうぞ。

https://www.facebook.com/yuriko.takahashi1/videos/595597253786347



あれから12年。

干支一周だ。


このライブの翌年には、母が急逝し、

さらにその翌年には、子ども(次男)がひとり増え、

夫が海外赴任になってワンオペ育児を8年やり、

ホテル事業2つと飲食実店舗事業をすべてを手放し、

次男は高松へ行き、

長男は明日北海道へ行く。


控えめに言って、激動な12年だった気がします。


4月から、私は新たなフェーズに入るので、さらに激動になるやもしれん。


気分は、かかってこいやー!状態。

(別に誰とも戦わないけどw)


今おもうことは、

とにかく心理のお仕事にこの10年携わってきてほんとうに良かった、ということです。


しっかり感情を感じきって手放すことができるようになったので、

感情もどきや思考に巻き込まれなくなった。


自分が何をしたいのか。

自分はどうなりたいのか。


明確に意図して動けるようになった。


自分の人生を、自分の足で自分の意思で歩き創れるようになった。


理不尽なことが起きても、

予想外・想定外なことが起きても、

必ず私にとって良い方に向かう。


そう自分と自分の人生を心底信頼できるようになったから、

ブレずに適切な対応ができるし、前を向いて進んでいける。


どんなマイナスなことも、未来のプラスに繋がってることが、腹の底から理解できてるから。


これってものすんごい大きいことだなっておもう。


不安や疑念などで、自分を消耗させることが無くなったから、

そのまんまの自分を受け留めて生きられるようになったから、

自分を抑えずに思いをそのまま表現できるようになったから、

自分の必要なことにまっすぐエネルギーを注げるようになったから、


もちろん不安はあるけど、でも私は、未来に、ワクワクと希望と光ばかりを感じるの。


12年。

干支一周。


試練は多かったけれど、学びと成長の宝庫でした。


がんばって生きてきてよかった。


なんで私ばっかり?

なんでこんなことばっかり?


そうおもうことがものすごい多い人生ですけど、楽しいし面白いです。私の人生。


人生おもしろがってナンボ。


深刻になるとロクなコトにならない。


何が起きたって、

真剣におもしろがって生きてやれば良いのだ。



〇〇さんの人生に沢山の幸あれ!



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noteはじめました。
基本的に、メルマガを横流ししてますw

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