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何かすごいタイトルですが…笑
今日のタイトルは、
先月、姉妹のように育った親戚のお姉ちゃんとの会話で出た言葉です。
母は、国際結婚で、
台湾から昭和40年代の日本に嫁いで来ました。
結婚した当初は、
嫁いできた家で辛い目に遭うことが多く、
私を産んだ後もそれは続きました。
そのため、
赤子や幼子だった頃の私を連れて、
徒歩数分ほどの親戚のお宅に、
しょっちゅう裸足で逃げていました。
一度逃げると、
2ヶ月ほど匿ってもらって、また家に戻る、
ということをくり返していたことは覚えています。
子どもだった私には分からないけど、
その間、大人の間で何か話し合いがなされたんでしょうね。
私が小学4年生になるくらいまでは、
年の3分の1くらい、
私はこの親戚のお家で暮らしていました。
そこのお家には、
私より2才上のお姉ちゃんがいました。
私が赤ちゃんの頃から、
妹のようにかわいがってくれて、
小学校にあがってからも、
いつも一緒のベッドに寝てくれていました。
私は心から信頼していて、姉妹のように育ちました。
先月、
このお姉ちゃんのお家に、
おすそ分けを届けにいったときのことです。
とうもろこしを渡しながら、会話をしました。
「長男、転学することになったよ。」
「へーそうなんだ。どこに行くの?」
「ネットで通学できる高校なんだ」
「いいじゃん!長男に合ってそうだね。」
「うん。合ってるといいなー。」
「もし、ゆりちゃんのお父さんとお母さんが生きてたらさ。
こうは行かなかったよね。
首根っこ捕まえて、長男を引きずってでも学校に行かせそうじゃん?
転学なんて絶対許さなかったに違いないよね。」
「確かにー!!!!絶対にそうなってたとおもう!間違いないわ!」
2人で声を合わせて、
「死んでてよかったー。」
2人して、ゲラゲラ笑いました。
酷い。
なんちゅー会話 笑
でも。
本当にそうなんです。
父も母も、もし生きていたら、
絶対にそうなっていた。
長男は相当追い詰められて、逃げ場を失っていたかもしれない。
100歩譲って、
父は真摯に話せば理解してくれる可能性はある。
でも母は、
1万歩譲っても、理解は示さない確信がある。
生まれてからずっと苦労の連続だった母は、
とても頑なだったし、
母が思う幸せの形に、
ものすごく強い思い入れを持っていたから。
やはり、この世界は完璧。
うまくできているね。
実の親に向かって本当に申し訳ないけれど、
ほんとうに2人共死んでてよかった。
長男のことだけではなく、
私自身が、
両親が亡くなったことで、
私はどう生きたいのか。
私は何を大切にして生きたいのか。
自分と真摯に向き合うことができた。
親がどう思うか?とか、
親の期待に応えなければ、
という意識から開放された。
亡くなったことは悲しかったよ。
今でも寂しいよ。
だけど、
やっぱり死んでよかったって思う。
父も、母も、
自分の人生を本当に真剣に生きた。
自分が大切にしたいと思う者たちを、
命を懸けて全力で大切にして生きた。
その姿を私はずっと近くで見てきた。
だから、
父や母の意志とは違う選択を、
もし私が選んだとしても、
私が大切にしたい者たちを、
親とは違う形で、私は私の形で、
全力で大切にして生きるなら、
父も母も応援してくれると思うから。
このことに気づいてから、
今まで以上に感謝を込めて、
お仏壇のお水やお供えをしています。
死んでてよかったとか、
親不孝なことを考えるような娘だけれど、
でも、怒ってないと思います。
そんなことでは、
父も母も怒らない。