〇〇さん、こんにちは。
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次男の学童で起こした事件について、
メールを下さった方からメールが届きました。
これまでの経緯。
母も子も体験から学ぶ。
謝罪や弁償はしたのですか?
まさかの共感。
頂いた内容をそのまま転載致しますね。
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そもそも私の方が場違いな意見なんだろうなと思いながらメールを送っていたので、
高橋さんが、まさか共感を得られるとは1ミリも思っていなかったと書かれていたことに驚きました。
ここは今までの高橋さんの発信に共感される方が集まり主流派となっている前提で運営されている場だから、
高橋さんは共感を得られる前提の安心した意識で書かれているのだろうと思っていたのでした。
以下は、「まさかの共感」の前、「謝罪や弁償はしたの?」を拝読した後に書いたものです。
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↓
自分が被害者なのに、
相手が平身低頭平謝りしてきて、
何だかものすごく居心地が悪く釈然としない気持ちになった。
という経験、ありませんか?
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子ども同士のことで相手側から丁寧過ぎる謝罪をしていただいた経験、実際ありました。
こちら側から何か伝えた訳でもなく思いがけずでした。
私の場合は、子どもへの気遣いをきちんと表現してくれたことが単純に嬉しくて、
逆の立場になったら私もそうありたいなという気持ちになりました。
丁寧な謝罪が好印象だったことから、
それを不快や負担に感じる人がいるかもしれないという発想がそもそも無く、
ハッピーエンドな状況しかイメージできておらず、今回のような意見になったのだと気付きました。
最初に高橋さんからのご返信全体を読ませていただいた時にまず感じたのは、
「違和感」でした。
私が思い付かない発想で細かく分析もしてくださっているけれど、
私ではない誰か別の人を想定して書かれているのかな?というようなしっくりこない感じ。
まず、双方の経験や長年培ってきた性格や今いる立ち位置などの前提条件に、
かなり大きな違いがあり物事の見方に重なる部分が少ないのだろうということ。
そして、私の一回の文章だけという少ない情報から、
高橋さんなりの解釈で読み解いていただいた私という人物像は、
情報の足りない部分を高橋さんご自身のご経験による物事の見方や個性で、
補足され反映?投影?されているため、結果として実際の私とはかけ離れたものだったこと。
ただ、高橋さんから見たら私はそういうふうに見えたということは事実であるということ。
みんな人は様々な違った背景を持ち、
各自にとっての最善と考えることを選択しているということなんだなと今更ながら思い至りました。
出過ぎた発言に不愉快な思いをされたようでしたら大変失礼致しました。
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メールをありがとうございます!
全くもって不愉快な思いはしておりませんので、ご安心くださいね。
むしろ、メールを下さって、本当にありがとうございます!!!
私は、毎日メルマガを書くにあたり、
登録してくださっている読者さまたちは、
概ね私に共感を持ってくださって、
興味を持ってくださって、
ご登録してくださっているんだろう、という感謝の思いを持っていますが、
全面的に何を発信しても共感を得られ
る。
という安心した意識は持っていなかったです。
ズレた発信をしたら、
嫌われてしまう、離れてしまう、かもしれない。
という思いを持っています。
だから、
なるべくフラットに、正確に、伝えたい。
という思いが強いです。
常々、メルマガやブログに、
「攻撃されたくない」
という強いブロックが私にはあることをお伝えしてきておりますが、
「誤解されたら攻撃される」という自動変換がくっついているので、
このような意識が、私には強く働きやすいです。
今回頂いたメールを読ませて頂いて、
「違和感」とメール主さんは書いてくださっていて、
その視点で改めて私の書いたものを見てみると、
「メール主さんの仰るとおりだ!」と感じました。
今回も、
「攻撃されたくない」というブロックが反応して、
また私は無意識に「責められた」「攻撃された」と捉えていたんですね。
頂いた質問に対する回答を書くに当たり、
私自身の中に湧いた様々な思いや感情をかなり噛み砕いたつもりでしたが、
それなのに、この捉え癖がやっぱり発動した。
「責められている」という前提は疑わずに、
そのままの前提で書いてしまっていたことに気づきました。
だから、メール主さんは「違和感」を感じ、しっくり来ないと感じた。
率直にお伝え下さって、本当にありがとうございます!
お伝えくださらなかったら、自分では気づけなかったです。
そこで、
「責められてないとしたら?」
「愛の視点だとしたら?」
という視点で、改めて前回頂いたメールを読んでみました。
そうすると、質問主さんは、
次男や私を責めているのではなくて、
「相手の子は大丈夫だったんだろうか?」ということにすごく意識が向いている。
ということが分かりました。
メール主さんが書いてくださっているように、
「双方の経験や長年培ってきた性格や今いる立ち位置などの前提条件」が全然違う。
だから、
私の意識が向く場所と、
メール主さんの意識が向く場所が、
全然ちがう。
それこそ、
良い悪いではなく、
正しい間違いじゃなく、
違う。
だから、
メール主さんに「違和感」を与える返信となってしまったんですね。
メール主さんはおそらく、
プラス意識に囲まれた環境で育って、
今もそういう中で過ごされている。
「丁寧な謝罪が好印象だったことから、
それを不快や負担に感じる人がいるかもしれないという発想がそもそも無く、
ハッピーエンドな状況しかイメージできておらず、
今回のような意見になったのだと気付きました。」
と、2通目に書いてくださっていることからも、
プラス意識の交換、プラスの結末なイメージの中に、
質問主さんは常にいらっしゃることが分かります。
「恐れ」や「不安」や「責められたくない」という意識とは無縁なんだとおもいます。
一方、私はずっと、
「恐れ」や「不安」や「責められたくない」という思いを強く抱えて育ってきたため、
長年、そういう世界観で生きてきました。
そのため、
そういう「前提」で世界を見てしまう癖があり、
なかなか抜けないんですね。
だいぶ緩めては来ましたが、まだまだ発動してしまう。
なので、
今回質問主さんとやり取りをさせて頂いて、
世の中には、こういう「愛の世界」に住んでいる方がいらっしゃるのか!!!
と、正直、ショーゲキを受けました。
世界が、視野が、めちゃめちゃ拡がりました。
本当に、本当に、ありがとうございます。
愛の世界に住んでいるからこそ、
私と次男のことだけではなく、
相手側のお子さんやお母さんのお気持ちにまで意識が向く。
とても、暖かで優しい視点だなぁと感銘を受けました。
私の「攻撃されたくない」は本当に強固なんだなと。
改めて痛感。