〇〇さん、こんにちは。
高橋ゆりこです。
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今日は、
「あなたのために」と言う人は、
相手ではなく自分を満たそうとしてる。
というお話。
10年近く前。
友人だと思っていた人から、
「あなたのためを思って心を鬼にして言ってるのよ」
と言う前置きで、
かなりびっくりする辛辣な内容のメールを貰った。
でも、当時の私には、
彼女が本当に私のためを思ってそのメールを書いた。
とは、まったく思えなかったんです。
当時の私は、
かなり感情が暴走しやすいタイプだったので、
注意をされても当然なことをしたのですよ。
だから、
私の至らなさについて指摘されたこと自体には、
全く傷つかなかったです。
当時の私が傷ついたのは、
「メール」というツールを使って
「相手が傷つくような言葉」を使って
私を非難する「やり方」に対してでした。
私だったら、
これは面と向かって直接言う内容だよな。
という内容だったんです。
私が思う、
相手のことを大切に思っている場合の、
伝える手段も、
言葉選びも、
彼女のそれは、私とは全く違うものだった。
私の「普通」とは違った。
私だったら、
大切な友だちに厳しい指摘をする必要がある場合は、
絶対にメールという手段は使わない。
そして、
面と向かって指摘するとしても、
言葉は慎重に選ぶ。
私は、
言葉は本当に大切だと思っていたので、
(これは今でもですが)
言葉の選び方ひとつで、
相手を幸せにすることも、
傷つけることもできる。
言葉ってすごい力を持ってる。
魔力が宿っていると言っても良いくらいの力がある。
そう思ってるんですね。
だから、
このメールを貰った時、
「彼女は私のことを大切とは思っていないんだろうなぁ」
と捉えたんです。
私が選ぶ方法と違うから、
「私は大切にされてない」って思った。
このマイナスな捉え方は、
私の認知の問題だから、
今の私からはツッコミどころ満載ですが、
今日はそこは本題ではないので置いておきますね。
「メールでは誤解が生じやすいから直接会って話を聞きたい」
と返信すると、
約束の日、彼女は別の友だちを連れてきました。
そして彼女はほとんどしゃべらず、
来ることを知らされてない同席した別の友人から、
ひたすらダメ出しをされました。
これらの彼女の選んだやり方に対して、
当時の私は、深く深く傷ついたのでした。
叱られるようなことをしたので、
ダメ出しはされて当然。
でも、私は彼女と話をしたかったのだ。
彼女の気持ちを、
彼女の口から聞きたかったのだ。
だけど、
メールで指摘されて以来、
二度と彼女の口からその件について、
私が話を聞くことはできませんでした。
(今も聞いていません)
この時のことを思い返して今思うことは、
私の中には、
私は大切な友だちに、
メールというツールを使って、
相手を傷つけるような言葉を使って、
大切なことを伝えたりはしない。
というマイルールがある。
ということ。
さらに、
大切な友だちには、
他人の口を借りずに、
自分の口で自分の想いをきちんと伝える。
というマイルールもある。
(これは今もあるなー)
だから、
=彼女にとって私は大切な友だちでは無い
そう捉えたんですね。
大切な友だちとして扱ってもらえなかった。
という悲しみ、ですね。
怒りはどこにもなかった。
悲しみと、途方に暮れるというか、
呆然としていました。
でも、
これはイコールではない、と今は分かっています。
マイルールは人によって違うのだから。
彼女は、大切な友人に対して、
メールで傷つけるような言葉を使って何かを伝える。
人の口を借りて、自分の想いを相手に伝える。
ということに、抵抗がないのかもしれない。
ルールに善悪はない。
私が、それを好きか、嫌いか。
そして、
私はそういうことをする人が今でも嫌いだ。
ということ。
思い返してみると、
彼女は、ことあるごとに、
「ゆりちゃんのためを思って」
と言う人でした。
このメールの事件のさらに5年くらい前。
彼女と久々に再会したとき、
私はヘビースモーカーでした。
(1日2箱くらい 笑)
タバコを吸っていた私に対して、
「お母さんなのに、タバコなんか吸っちゃダメだよ。
ゆりちゃんのためにも、子どものためにも良くないよ!」
と、彼女は言いました。
当時の私は、
「あははー正論だねー」
と笑って流したのだけど、
実は結構カチンと来てたんです。
授乳中でもないし、
家の中では吸ってないし何が悪いのよ?と。
その場は、
子どもがいない大人しかいない飲み会の席。
「余計なお世話」
と、当時の私は不快感を抱きました。
正論て、むかつくよね(笑)
吸わない方が良いことなんて、
分かりきってるっつの!
って、当時の私は思っていました。
現在、
タバコをやめて9年くらい経つけれど、
やめどきが来たから、
(気が済んだから)
きっぱりやめられたんだと思う。
今後はタバコを吸うつもりはないけれど、
あの時の私は、
群馬県太田市在住で松戸まで通勤していたので、
通勤往復4時間を毎日こなす必死さや、
父や母とのやり取りでストレスフルだった。
タバコを吸うことは、
あの当時の私にとっては、
ストレスを解消する手段のひとつだったのです。
それを他人にどうこう言われたくないよ。
思い返すと彼女は、
こういう種類のお説教?のようなものが多い人でした。
「ゆりちゃんは、女の子なんだから、○○」とか、
「ゆりちゃんは、お母さんなんだから、○○」とか。
彼女にとっては純粋なアドバイスだったのかもしれない。
だけど、
いちいち正論でバッサバッサ切りつけてくるので、
彼女の言動に不快な思いをすることが多かった。
まぁ、図星だったから不快。
っていうのもあるけどね(笑)
私の未熟な部分、至らない部分を、
ぐさーっとぶっ刺されるから、
毎回イラッとしていたんだと思う。
そして、
彼女の私に対するアドバイスには必ず、
枕詞「ゆりちゃんのために」
がついていた。
あの頃の私は、
厳しい指摘こそ受け取らなきゃいけない。
と、なぜか思っていて、
毎回頑張って受け取ろうとしていたけど、
なかなか受け取れなくて。
心の底ではいつも拒絶していた気がする。
と、今思い返すと気づくのです。
彼女は、
私のことを心配するふりをして、
本当は何を得ようとしていたんだろう?
求められてもいないのに、
私の心に土足で入りこもうとしてまで、
何を得たかったんだろう?
「あなたのおかげで」と感謝されたかったのか。
「正しいことをした」という自己満足が欲しかったのか。
優しさという仮面をかぶった
「支配」
「依存」
だよなーなんて。
今は、こういうことを言われても、
間違いなく華麗にスルーしますが、
そもそも全く言われなくなったんですよ。
こういうことを言われることを、
当時の私は自ら呼び寄せていたんだな。
失礼なことを言われることを許しちゃってた。
厳しいことを言ってくれることを、
しっかり受け止めなければ、
これは愛なんだ。
と、当時の私は思いこもうとしていたけど、
そうやって、
失礼な扱いを受けることを許してたんだ。
本当に「私のために」してくれていることなのか。
本当は「自分を満たすために」していることなのか。
見極める目が大事。
「あなたのために」という傘をかぶって、
「自分を満たすために」何かをしてくる人に、
相手をしてあげる必要はない。
もっと厳しいことを、
ガンガン指摘してくれる友人が、
私には沢山いるんですけど、
その人たちの言葉に抵抗感や不快感を感じたことは一度もない。
厳しすぎる言葉の中にも、
溢れんばかりの私への愛を感じられるから。
それが答えだよね。
そういう言外の思い(意識)って、
しっかりと相手に伝わるものだという証だ。
人の心に土足で踏み込んで、
自分のために、
相手に優しさや正しさを押しつけてないかな?
自戒をこめて。
〇〇さんの人生に沢山の幸あれ!
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