配信日時 2021/05/07 12:00

幸せになるための努力。

〇〇さん、こんにちは。

高橋ゆりこです。


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今日は、頂いたご質問にお答え致します。


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私は、

子供の頃からいつも目の前の問題を、

克服するために自分なりに努力を重ねてきました。


例えば、

毒親との関係、学校での仲間外れ、受験の失敗、

恋愛の苦手、ブラック企業勤務、病気、再就職の困難←今ここ。

※過去の問題は克服・解決して乗り越えています。
 

一つを克服すると、自分では全く予想していなかった分野の

新たな問題が出てきて、50歳の今、ヘトヘトになってきました。


そして、

新たに出現した問題に対し、

「なんで防げなかったんだ!私は馬鹿だ。無能だ」

と責めて、自己肯定感がダダ下がり中です。
 

幸せになるために努力してきたのに、

一つのことしか目が行かないせいなのか、

常に問題を抱えている人生を改善したいのですが、

どうしたら良いのか分からなくなってきました。


この先にも予測できない不幸が来るのではないかと戦々恐々とし、

なにをどう予防すれば良いのか分からなくて動けない状況です。


心の勉強などもやって来たつもりなのですが・・・。
 
ゆりこさんから見て、どのように思われますか?


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ご質問をお寄せ下さり、ありがとうございます。


私から見て、どのように思うか?


「この方は、努力して克服し乗り越えることが大事なんだな~。」

と、思いました。



>克服するために自分なりに努力を重ねてきました。

>過去の問題は克服・解決して乗り越えています。


↑この部分に、

「私はこれまで過酷な人生を努力して克服し乗り越えて来ました!」

という自負のような気持ちが詰まっているように見えます。


過去に起きた苦難を、

克服・解決して乗り越えてきたご自身のことを、

誇らしく思っていませんか?



>幸せになるために努力してきたのに

>常に問題を抱えている人生を改善したいのですが、
 

「幸せになるために努力してきた」

とのことですが、

質問主さんにとっての「幸せ」とは、

具体的にどういう状態を指していますか?


どういう状態になったら、

「幸せ」だと感じられますか?


質問主さんにとっての「幸せ」って具体的に何ですか?


頂いたメールから私に見えてくる、

質問主さんにとっての「幸せ」は、


質問主さんが頭で考える幸せではなく、

質問主さんの潜在意識にとっての幸せは、


バカにされない私であること?

負けない私であること?

克服できる私であること?



実際にお話を伺っておらず、

頂いたこのメールだけが情報源なので、

ピッタリくる言葉かどうかは分からないのですが、


とにかく、

「勝ち進んでいる私」

「屈しない私」

のようなイメージが安心するのかなって感じます。


そのために、


苦難を克服・解決し続けることが必要。


なんじゃないかな。



苦労を乗り越えた私は、

認められる。
素晴らしい。
価値がある。


この思いを紐解くと、こうなる。


そのままの私は、

認められない。
素晴らしくない。
価値がない。


だから、

「乗り越えるための苦労」を、

次から次へと用意する必要がある。


「常に問題を抱えている」必要がある。



だって、そうしなきゃ、

克服・解決し続けることができないから。



だから、自ら、

克服すべき問題を創り出しているんです。

(もちろん無自覚だと思いますが)



問題を克服・解決できたとき、

「やっぱり私は克服できる人だ!」

という喜びを感じたり、

自己肯定感が爆上がりしませんか?


「私は頑張って生きている!」

って生きている実感が湧いたりしませんか?


苦難を乗り越えてきた私というこれまでの経歴が、

自分を評価する上での価値に繋がっていませんか?



あ。もしかして!

「今回はもう無理かも。克服できないかも。」

と感じたり、


>「なんで防げなかったんだ!私は馬鹿だ。無能だ」

と自分を責めて、

自己肯定感をダダ下げておいての~


克服できた!!!
解決できた!!!


やっぱり私ってスゴイ!!!


というジェットコースター感覚が、

お好きなのかな?


私自身が、

数年前までそうだったから、知ってるの。


色んな人から、


「すごいね-」
「頑張ってるね-。」
「わたしにはできないよ。」
「かっこいいね。」
「強いね。」


って、称賛してもらえてさ。


苦難を乗り越えている私って、

実はすごく気持ちいいのよ。


特別な人になったような気がするしね。


世間や、幸せそうな人を、見下して。

自分のプライドを守れるの。


何の苦労もなく幸せそうな人のこと、

いいなぁと思いつつも、

どこかで見下してる。


「のうのうと暮らしてるあなたたちとは違うのよ。」

って。

かつての私はそんな風に生きていました。


早くそこから抜け出ないと、

一生ずーっと波瀾万丈です。


>新たな問題が出てきて、50歳の今、ヘトヘトになってきました。
 

ヘトヘトになってきたんですね。

そろそろ、この生き方のやめ時ですね。


でもね。

波乱万丈って、

大変そうに見えるけど、実はラクなんです。


ただ目の前の苦労を、

一生懸命に乗り越えていればいいだけだから。


乗り越えれば、

達成感は味わえるし、

他者から称賛されたりもするし、

色々手に入るものがある。


それに比べて、

幸せになるには相当な覚悟がいる。


苦労を乗り越えなくても、

役に立たなくても、

自分に価値があると、

自分自身が認めなければならないから。


ただ存在するだけで、

私は愛される・許される。

ということを受け入れる覚悟が必要だから。



常に問題を抱えている人生を改善したいのなら、


「苦難を克服・解決できる私」

を手放す必要があります。


手放さないと触れることができない世界がある。


問題を克服・解決するとき、

自分以外の他者に、

助けを求めることはできていますか?



自力で頑張ることは、もちろん大事。


だけど、

自力だけでは、

できることも限られてるし、

拡がる範囲も限られている。


でも、

他力が入ることによって、

他力に応援されることによって、


沢山の視点が入るので、

選択肢も無限に広がる。


これは、すごく大きなことです。


人はみな、自分の狭い枠の範囲で、

モノゴトを、世界を眺めがちです。


問題を一人で抱え込んで、

孤軍奮闘しがちです。



自分の人生に、

他者の視点をどれだけ沢山入れることができるか?



ここが、

人生を豊かにする大きな鍵だなって、

これまでの経験から確信しています。



私の人生にとって最も良い形は、

私が思いつくものの中にあるとは限らない。


私の予想だにしない、

私の枠の外にある形の方が、


往々にして、

私にとって最も良い形であることが多い。


これまでのやり方、これまでの生き方で、

問題は克服・解決できてきたけど、


欲しい人生は手に入らなかった。



それならば、

これまでのやり方は間違っているということ。


今、自分が思いつく形を行動しても、

今までと同じパターンなだけで、


今までと同じ結果しか生まない。

今までと同じ人生しか歩めない。


かつての私は、

「人生とは、試練を克服し続けるものだ」

と思っていました。


過酷で苦しくてしんどいものが人生だと思っていました。


克服してナンボ。
乗り越えてナンボ。

と思っていたんです。


でも、人生は、

克服しなくてもいい。

乗り越えなくてもいい。


克服したければ克服すればいい。

乗り越えたければ乗り越えればいい。


どんな選択肢でも良い。

それは、自分で自由に選べる。


私の人生は、

自分の責任でいかようにもなる。


この真実に気づいたとき、

私は自分の人生を真剣に生きられるようになりました。


もちろん、

それまでの人生を真剣に生きてなかった、

というわけではありません。


私なりに、

一生懸命に、真剣に、懸命に、生きてきました。


でも、人生に対峙する意識のどこかには必ず、

「誰かのせい」
「何かのせい」

という意識がありました。


この結末の責任者は私ではない。

私以外の、他の誰かの、他の何かの、責任なのだと。


そんな意識がどこかにあったから、

自分の人生に起こる全てが私の責任だ。

とは思っていませんでした。


自分以外の誰かを悪者にして生きる人生をやめて、

悪者を克服しようとする人生をやめたら、


ものすごーく生きることが楽になりました。


克服すべき問題(悪者)を創り出していたのは私自身だ。

と気づけたことは、本当に大きかったです。

 

私の人生がこうなのは、私のせいじゃない。

という意識から、

私の人生がこうなのは、すべて私の選択の結果で自分の責任だ。

と腹を括って覚悟が決まったら、


全ては自分のせいだから逃げられないけど、

逃げられないからこそ、


いかに自分の心と身体に対して誠実に生きるか。


ここを大切に生きるようになりました。


そうしたら足枷が外れて、ものすごく自由になった。

まぁ、その足枷は、

自分で付けた自作自演だったけどね。


足枷が外れた私の人生は、

自由で楽チンで幸せです。


乗り越えたいものだけを乗り越え、

乗り越えたくないものは乗り越えない。


いま私は、

心と身体の赴くままに生きています。



最後に改めて、

「ゆりこさんから見て、どのように思われますか?」

この質問にお答えしますね。


「苦労を乗り越えるために」

次から次へと、

自分で苦労を用意していることに気づこう。


もうヘトヘトならば、

「苦労を克服できる私」であり続けることをやめよう。



こちらの過去記事も参考になるかな。


応援される人になる

お手本のような自作自演

克服しなくてもいい





〇〇さんの人生に沢山の幸あれ!




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必ず回答するかはわかりません。

できるだけ、メルマガやブログで回答していきます。


いくつもご質問を日々お寄せ頂いていますが、

答えられていないものがいくつもあります。

すべてのご質問にお答えできないことをご理解下さい。



最後までお読み下さりありがとうございます!



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高橋ゆりこ

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