配信日時 2024/11/05 08:00

【情報戦争を生き抜くためのインテリジェンス(26)】特別編「レバノンにおけるポケベル爆破事件の真相」 (1)      樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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おはようございます、エンリケです。

インテリジェンスのプロ・樋口さん(元防衛省情報本
部分析部主任分析官)がお届けする
『情報戦を生き抜くためのインテリジェンス』
の26回目。

今回は特別編をお届けします。
テーマは「レバノンにおけるポケベル爆破事件」。
複雑な情報戦の裏側が明らかにされていきます。
この事件は、単なる爆発事件ではなく、巧妙に仕組
まれた心理戦、そして国際的なパワーゲームが影
響しているといわれています。
樋口さんの洞察は鋭く、国家レベルのインテリジ
ェンスと最新の軍事動向を背景に、核心へと迫っ
ていきます。特に、事件の背後に見え隠れするイ
スラエルとヒズボラ、さらにはイランの関与につ
いても詳細な分析がされており、私たちが知るべ
き「真実」が浮かび上がってきます。
この特別編は、数回にわたって連載される予定です。
情報戦が加熱する現代において、樋口さんの解説を
通じて、その背景と未来を読み解いていきましょう。


さっそくどうぞ。


エンリケ



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情報戦争を生き抜くためのインテリジェンス(26)

特別編「レバノンにおけるポケベル爆破事件の真相」
(1)


 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

───────────────────────

□はじめに

今回から、また寄り道をしてレバノンにおけるポケ
ベル爆破事件について、数回に分けて分析したいと
思います。

まず、事件の概要を明らかにした上で、過去のイス
ラエル軍とヒズボラの戦いの経緯などから、今後の
動向について述べたいと思います。

結論を述べるならば、レバノンにおけるポケベルの
爆破事件は、2023年10月7日のハマスなどのイスラ
エル侵攻と密接に絡んでいます。イスラエルは、従
来にない形での大規模な攻撃を受け、多くの民間人
が誘拐されました。

イスラエルの情報機関および政府は、初期対応に失
敗しました。多くの民間人が人質に取られ、その際
の映像などが残っており、国民全体はいわばPTDS
(心的外傷後ストレス障害)に陥った状態です。

そのため、イスラエルの(報復)攻撃は、ハマスだ
けでなく、ハマスと連携して行動しているヒズボラ
に対して行なわれ、従来の報復よりもより過敏にか
つ執拗に行なわれると思います。

したがって、イスラエル政府は、人道的かつ国際的
なイスラエルに対する非難も意に介さず、何として
も両組織のほぼ壊滅を目指し行動しているものと考
えます。

実際にハマスやヒズボラを壊滅してしまうことは困
難でも、少なくともハマスからのイスラエル人の人
質の解放と今後最低20年は両組織が、イスラエルに
対して大規模攻撃ができないような状態を達成しよ
うとしているのではないかと考えます。

その際、イランからのヒズボラへの支援をどのよう
に断つかも重要になってきます。

イスラエルはガザとレバノン正面で戦っていて、そ
の目標達成までは、イランへの本格的な対応は困難
だと考えます。当面は、ヒズボラやハマスの背後に
いるイランからの武器や資金の供給を断つための限
定的な空爆やミサイル攻撃を行ない、一方でイラン
からのミサイル攻撃を防護することに手いっぱいだ
と考えます。

今後どの時点で、イスラエル政府が目標を達成でき
たと考えるか、また、米新政権(11月1日執筆時では
不明)が来年どの程度中東問題に介入しできるかが、
カギとなってくると思います。

▼ポケベル爆破事件の概要

レバノンの各地で2024年9月17日(火)午後3時30
分ごろ(現地時間)、ポケットベル(ポケベル)タ
イプの通信機器数百台がレバノン南部地域とシリア・
ダマスカスで相次いで爆発し、少なくとも9人が
死亡し、2,700人以上が負傷しました。ポケベルの爆
発は、シリアでも報告されました。

レバノンのシーア派組織ヒズボラは、この爆破事件
は、イスラエルによる犯行だとしています。

ヒズボラ指導部は、以前からスマートフォンがイス
ラエル当局により、ハッキングされ、メンバーたち
の位置情報や会話の中身が漏洩することを警戒して
いました。

そのため、メンバーにスマートフォンを持ち歩かな
いよう指示していました。

2024年2月ヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスラ
ラは、レバノン南部のヒズボラ構成員とその家族に
対し、携帯電話の使用を控えるようにテレビ演説で
呼びかけてから、ポケベルの携帯が急速に広まりま
した。

また、翌18日にはレバノン各地でトランシーバー数
百台が同時に爆発しました。

レバノン保健省は、この爆発で子ども2人を含む37
人が死亡し、3,400人以上が負傷したと発表しました。
レバノン政府はイスラエルによる攻撃だと断定し、
強く非難しています。

アメリカ当局もイスラエルの攻撃だと判断していま
す。9月19日付のワシントン・ポスト紙は、「アメ
リカ当局者は、攻撃の背後にイスラエルがいること
を認めている」と報道。「アメリカ当局者2人は、
イスラエルが攻撃前にはアメリカに詳細を知らせな
かったが、攻撃後に諜報機関を通じてワシントンに
伝えたと述べた」と報じました。

▼爆発の原因

どのようにしてポケベルを爆発させたかですが、大
きく2つの見方があります。

(1)通信機器にマルウェア(悪質なソフトウェア)が
仕組まれていて、通信機器内のリチウム電池が加熱
されて爆発した。(ウォールストリートジャーナル)

(2)通信機器に高性能の爆発物が仕掛けられていて、
特定の信号が送られることにより爆発が引き起こさ
れた。(BBC)

というものです。

しかし、その後新たな情報が明らかになるにつれ、
ポケベルの電池の隣には爆発物が仕掛けられており、
遠隔起爆用のスイッチも備えられていたとされるな
ど(NYT)、次第に(2)の可能性が高いことが明らか
になってきています。

▼爆発の景況

イスラエルの報道機関によると、ベンヤミン・ネタ
ニヤフ首相は9月15日(日)、安全保障閣僚に対し、
ヒズボラとの戦闘で国を追われた7万人以上のイス
ラエル人が帰還できるよう、必要なことは何でもす
る。これらの住民は「北部の治安状況が根本的に変
化しない限り」帰還できないと述べています。

そして同月17日の火曜日には、ポケベルを作動させ
る命令が発せられました。

情報機関と国防当局者の話によれば、爆発を起こす
ためにイスラエルはポケベルを鳴らし、ヒズボラの
幹部から発信されたかのようなアラビア語のメッセ
ージを送ったといいます。

午後3時30分ポケベルにメッセージが届いて、それ
を知らせるアラーム音が5秒ほどなった後に爆発し
ています。

アラームが鳴れば、ポケベルを持っている人は、画
面を確認しようと手に持ち顔に近づけます。その時
間を考慮したタイミングで爆発が起こるように設定
されていたと考えられます。

別の報道によれば、すべてのポケベルにエラーメッ
セージが送信され、振動を引き起こしたため、ユー
ザーは振動を止めるためにボタンをクリックせざる
を得なかった。そのタイミングで、内部の少量の爆
発物が爆発したとされています。

いずれにしても、多くの人は爆発物の入ったポケベ
ルを頭(顔)に近づけますので、爆発により死亡し
たり、死亡は免れたとしても頭に致命傷を負ったり、
失明したり。手を失ったりした人が多かったと考え
られます。

午後3時台のメッセージの発信というのも、より多
くの人がポケベルを携帯している時間帯を考えて実
行されたと考えられます。

爆発からすぐに、レバノンは混乱に陥りました。い
たるところで爆発し、負傷者が非常に多いため、救
急車が通りをうろうろし、病院はすぐにパンク状態
になりました。

▼爆薬に使われたPETNとテロに使われた過去の
事例

2024年9月17日と18日にかけて、レバノンとシリア
全土で同時に爆発したポケベルやトランシーバーに
は、爆薬「PETN(ペントリト)」
3グラム(0.11オンス)がバッテリー内に仕込まれ
ていました。

PETNは、ピクリン酸エチルテトラニトレートと呼ば
れる化学爆薬です。この化合物は、強力な爆発力を
持ちながらも安定性が高く、通常は軍事用でテロリ
ストによる使用が警戒される物質です。

過去のテロでの使用例は次のようなものがあります。

・1980 年 パリのシナゴーグ爆破

・1983年 ドイツ人左翼テロリスト(ヨハネス・ワイ
ンリヒ)によりベルリンにあったフランス文化セン
ターで使用され、24人の死傷者と建物に損害が発生

・1999年 トランス・アラスカ・パイプラインを狙っ
たテロ計画で使用するため即席爆弾が製造に使用。
犯人は王立カナダ騎馬警察によって逮捕

・2001年 アルカイダのメンバーが靴に忍び込ませて
アメリカンエアラインの航空機の爆破を試みたが失


・2009年 下着に忍ばせていた爆弾によるデルタ航空
機爆破テロ未遂事件発生

ロイターがレバノン情報筋や爆弾専門家などの話と
して伝えたところによると、ポケベルのバッテリー
パックの内部には2層になったリチウムイオン電池
があり、爆薬の入った薄い正方形のシートが間に挟
み込まれていました。隙間には起爆装置と同じ役割
がある可燃性の物質も盛り込まれていたようです。

バッテリーパック内に火花を発生させることで可燃
性の物質に火がつき、爆発を引き起こした可能性が
あります。

こうした爆弾では起爆装置に小型の金属製を使うこ
とが多いのですが、今回はポケベル内部には金属部
品が使われなかったようです。

ロイターが別の関係者の話として報じたところ、ヒ
ズボラは今(2024)年2月、業者からポケベルを受け
取った際に空港のセキュリティーチェックで用いる
スキャナーで爆発物の有無を調べたといいます。

ヒズボラもチェックしているのですが、その際、ア
ラームは作動せず、不審なものは報告されなかった
ようです。

さらに、細工をしたポケベル本来の性能などに不信
感を抱かないよう、何者かが偽サイトで同ポケベル
を紹介するページを作成していたことも分かりまし
た。

ここまで用意周到に準備をするのは、国家の情報機
関レベルしか考えにくいと思います。

次回はポケベルの流入経路などついて概説します。



(つづく)

 


(ひぐち・けいすけ)



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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
元防衛省情報本部分析部主任分析官。防衛大学校卒
業後、1979年に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議
事務局(第2幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。
陸上自衛隊調査学校情報教官、防衛省情報本部分析
部分析官などとして勤務。2011年に再任用となり主
任分析官兼分析教官を務める。その間に拓殖大学博
士前期課程修了。修士(安全保障)。拓殖大学大学
院博士後期課程修了。博士(安全保障)。2020年定
年退官(1等陸佐)。著書に『2020年生き残りの戦
略』(共著・創成社)、『2021年パワーポリティク
スの時代』(共著・創成社)、『インテリジェンス
用語事典』(共著・並木書房)、近刊『ウクライナ
とロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)



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