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おはようございます、エンリケです。
インテリジェンスのプロ・樋口さん(元防衛省情報本
部分析部主任分析官)がお届けする
『情報戦を生き抜くためのインテリジェンス』
の16回目。
前半には、公開情報のみで情報分析する人への、
樋口さんからの貴重なアドバイスがあります。
ありがたいことですね。
本編は明治情報員列伝のつづき。
きょうは明石大将です。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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情報戦争を生き抜くためのインテリジェンス(16)
明石元二郎──陸軍10個師団に相当する活躍
樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)
───────────────────────
□はじめに
まずノルドストリーム爆破事件についての続報につ
いて書きます。
拙著『ウクライナとロシアはどう情報戦を戦ってい
るか』(並木書房、2024年2月)において、2022年に
ロシアとドイツを結ぶ海底の天然ガスパイプライン、
ノルドストリームで起きた爆発について、実行犯の
背後にどの国や組織がいるのかについてACH(競
合仮設分析)を試みました。
しかし、有力なエビデンスが見つからず、2023年12
月の時点ではACHでは判断できないとの結論に至
りました。
その後、関係国のスウェーデンは2024年2月、「こ
の事件の管轄権がない」として爆発事件に関する捜
査を取りやめ、集めた証拠をドイツの捜査当局に引
き渡しました。
また、デンマークも同2月に「刑事事件として告訴
する十分な根拠がない」として、捜査を打ち切りま
した。
しかし、ドイツ当局は捜査を継続していたようで、
ドイツの公共放送ARDや米ウォールストリートジ
ャーナル(WSJ)紙など複数のメディアは、今年
(2024)8月14日に、ウクライナ人の男が爆発に関与
していたとして、検察当局が逮捕状を取ったと一斉
に伝えました。
それらによると、その男は、ウクライナのダイビン
グスクールでインストラクターとして働いていたウ
ォロディミル・Zで、パイプラインに装置を設置す
るために海底まで潜ったとされています。
その後、ウォロディミル容疑者はポーランドで暮ら
していたとみられるものの、最近、ポーランドから
行方をくらましたということです。
今年6月にドイツ当局がワルシャワの地方検察局に
逮捕状を送ったが、ポーランドの国境警備隊にこう
した情報が伝わっておらず、7月にウクライナに出
国した際に拘束されなかったとされます。
また、検察当局は、この男に加えて、ほかにも2人
のウクライナ人が海に潜ってパイプラインに爆発物
をしかけた可能性があるとみていると伝えています。
WSJによれば、ノルドストリーム爆破作戦は、ウ
クライナの小規模チームによって実行されましたが、
当初はゼレンスキー大統領によって計画が承認され
たものの、その計画をCIAが知るところとなり、
ウクライナ政府に中止が要請され、計画は撤回され
ました。
しかし、大統領の中止命令にもかかわらず、当時ウ
クライナ軍総司令官だったワレリー・ザルジニー氏
が「(破壊工作班を派遣した後では)発射された魚
雷と同じように中止できない」と作戦を強行したと
されます。ザルジニー氏は今年2月、軍総司令官を
解任されています。
もっとも、ウクライナ大統領報道官はこうした報道
におけるウクライナ政府関与の主張を否定していま
す。
また、今回の報道では、逮捕状が出た人物が、ウク
ライナの軍や情報機関と直接のつながりがあるかど
うかは明らかになっていません。
今回のエビデンスも決定的なものではないことから、
犯人の背後関係にいる国を特定することは困難です
が、このような形で少しずつ真相が解明される時が
来ると思います。
機密情報に触れることなく、情勢を分析するものに
とって、重要なのは、時折判明する情報をこのよう
にこまめに追っていく非常に地道な作業が必要だと
思います。
さて、本文は今回も引き続き明治期の情報将校の活
躍です。
川上操六は参謀本部次長となり多くの将校を情報本
部要員として各地に送り込みましたが、その適任条
件は次のような志を持つものでした。
「情報将校は、国家のために生命を捧げるばかりで
なく、その名誉を投げ出して情報勤務する覚悟をも
たなければならない」そのうえで「平素の情報獲得
は命がけの戦いであり、それが軍事諜報の本質であ
る」と強調していました。
明石元二郎もその川上の眼鏡に十分叶う情報要員で
した。
▼一人で20万人の兵の働きをした明石元二郎
明石元二郎(あかしもとじろう(1864~1919))は、
1864(元治元)年福岡県に生まれました。
特に、日露戦争における謀略活動によって、後世に
名を残しました。その活躍について、ドイツ皇帝ヴ
ィルヘルム2世は「明石一人で20万人の兵に相当す
る」と激賞しました。当時の参謀次長の長岡外史は、
「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」と評した
などとされています。
明石は幼少期から聡明であったとされますが、その
反面容儀(ようぎ)には相当無頓着であったことが、
たびたび指摘されています。それは、大人になり陸
軍士官学校に入ってからも同じで、士官学校からの
外出などのための服装検査では必ず不合格になった
とされているほどです。
このような容儀や日常生活面では、およそ軍人らし
くなく問題があっても、こと学業面や図画・工作・
体育などの面では陸軍士官学校、陸軍大学校でも群
を抜いていたようです。陸大を優秀な成績で卒業し、
1891(明治24)年に参謀本部第2部員となり、そこ
で川上操六に見いだされました。
1894(明治27)年ドイツに留学。1895(明治28)年日
清戦争に従軍しました。1899(明治32)年、川上参
謀総長が急逝し、後任には大山巌が就任しましたが、
その大山の下1901(明治34)年、フランス公使館付
き武官としてパリに着任しました。そして1904年に
は、ロシア公使館付武官として勤務していました。
日露戦争の開戦により活動拠点をパリからストック
ホルムに移し、諜報・謀略活動を継続しました。参
謀次長児玉源太郎中将の「欧州のことは貴官に一任
する」との命令により、現在の価値にして数十億円
という巨額の工作資金(機密費)を受領し、ロシア
国内における撹乱工作などを開始しました。
長岡外史(ながおかがいし)参謀次長の回想による
と、その総額は100万円(現在(1995年)の約80億円
程度)にのぼるという。だが明石は金銭に几帳面で
帰国後、余った謀略費用27万円を返還し、使途不明
金はシベリア鉄道の便所に落とした数百ルーブルの
みだったとの逸話も残っています。
ロシアに反抗する諸政党の党首などと接触・協力し、
反政府活動、反乱の蜂起を画策し、ロシアの対日戦
争継続の意図を挫折させようとしました。
反抗諸勢力の活動は1905年にかけて激化し、同年6
月の黒海での戦艦ポチョムキンの反乱では指導者に
資金援助。反乱将兵には武器、弾薬の補給輸送も試
みました。
この明石の目を見張る活動について山縣有朋は「明
石は恐ろしい男だ」と言ったとされます。
▼『落花流水』とは
この間の明石の活動の報告書(復命書『落花流水』)
は、のちの陸軍中野学校における謀略の教範の手本
ともされました。
その落花流水は以下のような項目と概要で構成され
ています。
ロシアの歴史
・ロシアの歴史の概観と不平党(反政府党)が日露
戦争の勝敗に影響を及ぼすことに言及
第二節 ロシアの土地及び農制、州郡会「ゼムスト
ヴォ」
・これらの現状・問題点について言及。ゼムストヴ
ォとは、クリミア戦争敗北後のロシア社会の近代化
をめざしたアレクサンドル2世が、農奴解放令に加
えて、1864年に設置した地方自治機関である。
第三節 虚無主義、無政府主義、夜会主義の起因
第四節 ロシア国内の不平党(反政府党)の類別
第五節 今日まで継続する諸運動に関係ある主なも
の次の通り
・諸運動に関係する重要人物の概要
第六節 不平党(反政府)運動の顛末
・不平党は秘密結社であり、本当の党員を
探し出すことは困難
・不平党と関係を構築した経緯について解説
第七節 結論
・ロシアの人口は多いが、各民族、個人が
まとまっていない。それは、協調性に欠けるロシア
人の先天的性質を反映している。
・ロシアで皇帝政治が続く限り大きな兵力
を維持。わが国の兵力も怠り
なく準備が必要
第八節 鶏鳴狗盗記(*)-間諜(スパイ)および諜報
勤務
・ロシアの形勢を探るうえでロシアの新聞
は有益。なぜなら、ロシア国内、国外の新聞に対す
る統制を行っていない。各新聞の評価列挙
・明石が運用したスパイおよびその助手の
活動について
・通信文書の簡単な暗号方法について
・不平党の党員の軍事情報についてはあま
り価値なし
・秘密情報部に属しているものや新聞記者
は我のスパイとして有益
・スパイ勤務は軍隊を持つ国であれば重要
な業務だが、我が国ではその方法、手段、経験が少
なすぎて実行は困難。また、卑しい、恥ずかしい、
後ろめたさがあるなどの理由から、将校が任務を嫌
がる傾向あり。
将来この問題や課題を克服するための施策必要
第九節 奇談一束(きだんいっそく)
諜報・謀略活動における際の珍しい話や
エピソードをまとめたもの
(*「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」とは、「鶏鳴」
は鶏の鳴きまねのうまい者、「狗盗」は犬のように
人の家に忍び込むのが上手な者を指し、鶏の鳴き声
をまねして人をだましたり、犬のように忍び込んだ
りしてものを盗むこそ泥という意味があります。
そこから、立派な人とは言えないが器用な才能の持
ち主、取るに足らない才能の者、いやしく下らない
人間、こすっからい小人物などを意味する四字熟語
です。
本来の意味は上記のとおりです。明石がなぜ、この
タイトルをつけたのか明石の真意は分かりませんが、
筆者は、スパイは国家にとって重要な任務にもかか
わらず、やや卑下されている風潮などを感じ、揶揄
して、このタイトルをつけたのではないかと推測し
ます。)
▼情報軽視の風潮
大正3年(1914年)4月、明石は参謀次長となりま
すが、翌10月熊本の第6師団長に転属を命じられま
した。問題なく職責を全うしていたにもかかわらず、
1年半でいわば師団長への降格人事とされます。
その背景には、「明石はスパイの黒幕」「明石は何
を考えているのかわからない」といった空気が陸軍
内あったといいます。
児玉源太郎や山縣有朋はそのようなスパイ軽視の風
潮も認識していましたが、同時に情報の重要性も理
解していたため、明石元二郎や福島安正などの情報
畑の人材を積極的に引き立てていました。
しかし明石を警戒する空気は根強く、結果的に次長
を更迭されたことになります。
また、(特に諜報収集や謀略活動に携わる)情報将
校の常として明石や福島は、単独行動が多く、派閥
を作ったり組織内遊泳に長ける環境になかったこと
も、のちに情報将校が出世していかない、結果とし
て情報を軽視する風潮につながった可能性が指摘さ
れています。
明石を認めてくれるような人たちは、文字通り日清
・日露戦争に命を懸けた人たちですが、戦争におけ
る無理がたたり戦争前後に相次いで亡くなりました。
1899年には川上操六が50歳で、1906年には児玉源太
郎が54歳で死去しました。また、1889(明治31)年
に元帥となり、1909(明治42)年伊藤博文の暗殺後
は、軍および政界の頂点を極めた山縣有朋も大正期
になるとさすがにその政治力は衰えてきました。
明石はその後、1918 (大正7)年台湾総督に任ぜられ、
大将に昇進。翌年台湾軍司令官を兼任しましたが、
同年在職中に病死(55歳)しました。
今回はノルドストリーム爆破の続報などを入れたた
め、明治期の情報要員については、明石元二郎のみ
の紹介に終わりましたが、次回それ以外の情報要員
について記述します。
(つづく)
(ひぐち・けいすけ)
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【著者紹介】
樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
元防衛省情報本部分析部主任分析官。防衛大学校卒
業後、1979年に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議
事務局(第2幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。
陸上自衛隊調査学校情報教官、防衛省情報本部分析
部分析官などとして勤務。2011年に再任用となり主
任分析官兼分析教官を務める。その間に拓殖大学博
士前期課程修了。修士(安全保障)。拓殖大学大学
院博士後期課程修了。博士(安全保障)。2020年定
年退官(1等陸佐)。著書に『2020年生き残りの戦
略』(共著・創成社)、『2021年パワーポリティク
スの時代』(共著・創成社)、『インテリジェンス
用語事典』(共著・並木書房)、近刊『ウクライナ
とロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)
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