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おはようございます、エンリケです。
インテリジェンスのプロ・樋口さん(元防衛省情報本
部分析部主任分析官)がお届けする
『情報戦を生き抜くためのインテリジェンス』
の11回目。
いよいよ近代日本のインテリジェンスに入ります。
くわしくは本文でどうぞ。
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情報戦争を生き抜くためのインテリジェンス(11)
近代的情報機関の萌芽
樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)
───────────────────────
□はじめに
戦国時代から江戸時代にかけては、情報収集組織で
ある忍者が活躍しましたが、それはあくまでの国内
(各藩)の情報収集でした。しかし、幕末になり、
日本も西欧列強による侵略・植民地化の危機が迫る
とようやく安全保障に関する諸外国の事情などにつ
いての関心が高まっていきました。
さらに、幕末期において外国軍との直接戦闘を交え
た薩摩や長州藩士たちは、列強との圧倒的な軍事力
の差を思い知ることになります。そのため、明治期
における近代的で中央集権的な軍隊の創設は急務の
ものになっていました。
その軍隊の創設期において、短期間のうちに組織の
改組・改編などを繰り返し、情報組織も設立され整
備されていきました。まずは、明治期の陸軍におけ
る情報機関についてみてみましょう。
▼日本陸軍建軍前後の状況
黒船来航(1853年)の衝撃を受け、江戸幕府は幕府
軍としての軍事力強化を目指し、幕末に軍制改革を
行ないました。1865(慶応元)年、幕府がフランス
・英国へ派遣した外国奉行・柴田剛中(たけなか)
の交渉により、フランスから軍事顧問団を招くこと
となり、仏式軍制の導入が図られました。
一方、薩英戦争(1863年)によってイギリスとの軍
事力の差を体験した薩摩は、その後、イギリスと接
近して武器などを入手するようになりました。また、
下関戦争(1863、64年)によってイギリス・フラン
ス・オランダ・アメリカの攻撃を受け、その軍事力
の差を体験した長州藩も、幕政下での攘夷が不可能
であることを知り、以後はイギリスに接近して軍備
の増強に努め、薩長連合により協力して倒幕運動を
推し進めることになりました。
1868(明治元)年になり、明治政府の軍事を所掌す
る行政機関としては海陸軍務科が設置され、本格的
な軍の創設が始まりました(その他の行政機関とし
ては、内国事務科、外国事務科、神祇事務科、会計
事務科、刑法事務科、制度事務科)。
しかし、中央集権的軍隊を作ろうとした場合、陸軍
においてはその兵制(軍制*)を英式か仏式のどち
らを採用するかという論争がすぐに起きました(18
68(明治元)年)。
*軍制(military system, military organization
):軍事制度の略。軍隊の建設、編制、維持、管理、
指揮および作戦・運用にかかわる軍隊に関するすべ
ての制度が含まれる。兵役、兵備に関する制度を意
味する兵制という語が軍制と同義語として用いられ
る場合もある。
・軍政(military administration):軍隊における行
政機能の略。軍隊の編制、維持、管理に関する行政
事項で、予算、人事、給与、会計、物資調達、教育、
施設の管理など一般の行政官庁と同様の行政事務に
関する事項など。
・軍令(military command):軍の命令の略。軍隊の
各部隊に実際の作戦行動をとらせるために必要な作
戦計画の立案、作戦命令を発する機能など、軍隊の
指揮、作戦・運用に関する機能。
さらに、そもそも海軍と陸軍のどちらの建設を優先
するか、また明治政権内での薩摩藩勢力と長州藩勢
力の主導権争いなども絡んでいたため、その論争は
容易に解決しませんでした。
そのようななか1869(明治2)年3月から、山縣有
朋(長州藩)と西郷従道(薩摩藩)は、英仏独露な
ど主要国をめぐり、ドイツやフランスの徴兵制度を
はじめ兵制を中心とした各種制度を研究し、1870
(明治3)年8月に帰国しました。
帰国後、兵部省大輔(ひょうぶしょうたいふ:兵部
省の実質的トップ)となった山縣有朋は、同年10月
に兵制を仏式に統一して軍の改革を推し進めること
にしました。
その後、仏式は1889(明治20)年にドイツ式に転換
されるまで陸軍の兵制となりました。
▼軍の行政機関等の名称の変遷
明治初期は政府内の軍に関連する名称も頻繁に変わ
りましたので、ここで整理しておきます。
1868年(明治元年)海陸軍務科が設置。直後より軍
防事務局、軍務官へ改組
1869年(明治2年)軍務官が廃止され、兵部省が新設。
当初は陸海軍の区別なし
1870年(明治3年)兵部省に陸軍掛(りくぐんがかり)
と海軍掛が設置
1871年(明治4)には陸軍部と海軍部へ改編
陸軍部には秘史局・軍務局・砲兵局・築造局・会計
局の5局
海軍部には秘史局・軍務局・造船局・水路局・会計
局の5局が設置
1872年(明治5年)陸軍部・海軍部が廃止され、陸軍
省・海軍省へ改編
陸軍省・海軍省創立当初は軍政・軍令事項の双方を
統轄
1878(明治11)年陸軍省から参謀本部が軍令機関と
して独立(天皇直属)
1884(明治17)年海軍省軍事部設立(海軍軍令担任)
1886(明治19)年参謀本部海軍部に改編(海軍軍令
担任)
1888(明治21)年海軍参謀本部に改編(海軍軍令担
任)
1889(明治22)年海軍参謀部に改編(海軍軍令担任)
1893(明治26)年海軍省から海軍軍令部が軍令機関
として独立(天皇直属)
(アジ歴グロッサリー
https://www.jacar.go.jp/
glossary/)
▼陸軍における参謀本部設立まで
1871(明治4)年全国を複数の管区に分割し、各管区
に鎮台(当初は4つ、その後6つ)が配置されまし
た。鎮台は、地方での反乱を防止するとともに鎮撫
(反乱をしずめること)する役割がありました。
兵部省には陸軍参謀局が設置されましたが、この参
謀局が参謀本部の前身であり、鎮台分駐、地理図誌、
間諜隊からなっています。その任務は「機務密謀
(*)に参画し地図政誌を編集し並びに間諜通報等
の事を掌る」ことでした。
*機務密謀:特定の機関や組織において秘密裏に行
なわれる計画。
間諜隊とは、その土地や敵の情勢について諜報活動
を行なう組織ですが、平時にあっては、地方に分遣
され、地理の測量、地図の作成に従事しました。ま
た、佐官以下数名が本部で地理図誌の増補を専任で
担当しました。
明治政府が設立されたばかりの頃は、反政府勢力の
反乱など国内が完全には落ち着いてはおらず、参謀
局は各管区内の状況の把握、地図の作成などの情報
収集が主な任務でした。
1873(明治6)年になると陸軍参謀局は陸軍省第6
局(陸軍文庫)と改称されました。実情としては、人
員は(少)将官の局長以下若干名の将校しかおらず、
測量、地図、絵図、彫刻、政誌を収集し、それらの
資料の管理などに当たっていました。
1874(明治7)年には、第6局が廃止され陸軍省の
外局として参謀局が新設され、規模も大きくなりま
した。参謀局は7つの課からなり、また、諸外国に
派遣される公使付きの陸軍将校も参謀局に属してい
たので、国内だけでなく外国の情報もある程度入手
できるようになりました。
この時期における参謀局も、情報機能が主でした。
参謀局が拡張された理由としては、当時の征韓論お
よび征台論の高まりに対して、軍部として海外派兵
の事を考えた準備のためだとされています。
従来の地誌などの他に2課(亜細亜兵制)、3課
(欧亜兵制)、4課(兵史)なども、担当し、担当
地域の情報を収集するようになりました。
1876(明治9)年フランス軍の翻訳教範『仏國歩兵陣
中要務實地演習軌典』において、「情報」という言
葉が使われはじめた経緯はメルマガ(8)で書いた
通りです。
西南戦争の翌年の1878(明治11)年にドイツから帰
朝した桂太郎陸軍少佐の建議により、参謀局の改革
が推進されました。
同年12月に陸軍省から参謀局が切り離され、参謀本
部が新設されました。旧制度の参謀局長が軍政統轄
機関たる陸軍卿(陸軍大臣)に隷属していたのに対
し、新制度の参謀本部長は天皇に直隷(直属)する
軍令機関となりました。これによって、参謀本部長
は、陸軍卿と並立するようになりました。すなわち
軍令(作戦用兵等)は、政府を経由しないで決定・
施行できる制度となりました。
参謀本部設立の直接的な契機は、1877(明治10)年の
西南戦争と1878(明治11)年8月の竹橋事件(*)
において参謀業務が上手く機能しなかったからとさ
れています。
*竹橋事件:東京竹橋駐屯の近衛砲兵大隊の兵卒約
200名が西南戦役の論功行賞の遅延及び俸給減額等に
不平不満を爆発させ、近衛歩兵の一部を加えて暴動
化させた軍隊内事件で、死傷者13名を出した。この
事件による死刑は、兵卒47名、流刑102名、禁固刑3
5名に上った。
また、当時は日本でプロイセン(ドイツ)参謀本部
をモデルとして参謀組織が作られたようにロシア、
イタリア、トルコなど各国に「プロイセンを見倣え」
という風潮がありました。
その理由は、普仏戦争において当時最強といわれた
天才ナポレオンの軍をプロシアが破り、その大きな
要因がプロイセン(ドイツ)参謀本部にあったと考
えられたからでした。
参謀本部は、参謀本部長(山縣有朋中将)の下に管
東局(長:堀江芳介大佐)と管西局(長:桂太郎中
佐)、両局の業務を支援するための5つの課(地理
課、編纂課、翻訳課、測量課、文庫課)で編成され
ました。
人員的には25~50名程度の組織でした。ここにきて
参謀本部は、従来の情報収集主体から作戦の機能も
有するようになりました。
また、条例により国外情報収集に関する任務も明確
に付与されています。管東局は第1、2軍管並びに
北海道、樺太、満州、カムチャッカ、シベリアの地
理政誌の情報収集に、管西局は第3、4、5、6軍
管ならびに朝鮮、清国沿岸の地理政誌の情報収集に
あたることが定められています。
これらの任務などから、西南戦争直後のこの時点に
おいて、当時の情報関心が国内はもとより、ロシア、
清国、朝鮮情勢にあったことがわかります。
(つづく)
(ひぐち・けいすけ)
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【著者紹介】
樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
元防衛省情報本部分析部主任分析官。防衛大学校卒
業後、1979年に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議
事務局(第2幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。
陸上自衛隊調査学校情報教官、防衛省情報本部分析
部分析官などとして勤務。2011年に再任用となり主
任分析官兼分析教官を務める。その間に拓殖大学博
士前期課程修了。修士(安全保障)。拓殖大学大学
院博士後期課程修了。博士(安全保障)。2020年定
年退官(1等陸佐)。著書に『2020年生き残りの戦
略』(共著・創成社)、『2021年パワーポリティク
スの時代』(共著・創成社)、『インテリジェンス
用語事典』(共著・並木書房)、近刊『ウクライナ
とロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)
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