配信日時 2024/07/09 08:00

情報戦を生き抜くためのインテリジェンス(9)】 「エコーチェンバー現象」はこうやって始まる── 実体験からわかったこと    樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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おはようございます、エンリケです。

インテリジェンスのプロ・樋口さん(元防衛省情報本
部分析部主任分析官)がお届けする
『情報戦を生き抜くためのインテリジェンス』
の9回目。

まことに興味深い記事です。
情報分析の「いろはのい」がなんとも腑に落ちます。

くわしくは本文でどうぞ。


エンリケ



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情報戦を生き抜くためのインテリジェンス(9)

「エコーチェンバー現象」はこうやって始まる──
実体験からわかったこと


 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

───────────────────────
 
□はじめに
 
SNSの影響力のすごさは、7月7日の都知事選で
も十分に感じることができました。しかし、今回は、
より身近で起きた最近の誤情報に関する実体験につ
いて書いてみたいと思います。

最近、所属しているあるLINEグループで、7月
に不整脈のためカテーテル手術をし、無事成功した
との報告がありました。今までなんの症状も出なか
ったのに、1年ぐらい前に5Gのスマホに変えてか
ら半年後の検査で不正脈が見つかったということで
す。ですから、「皆さんもスマホは胸ポケットに入
れないほうがいいと思う」とのお知らせでした。い
わば善意の情報提供です。

体力が落ちてきたり、体調が悪くなってきたりする
と、ついつい健康情報が気になります。しかも、発
信者が親友だったりすると。

上記の知らせを受けた方は、「手術無事成功してよ
かったね」の後に「参考までにスマホの電池のエネ
ルギーは手榴弾より大きいとか。まさかに備えて、
胸から離す、という考え方の人もいるそうです」

さらに別の友人は「ある人からの情報ですが、5G
はやばいそうです。小学校の屋上から5Gを放射し
たところ多くの生徒が体調不良を起こしたとか。私
は5Gを制限して4GかWi-Fiで通信しています。た
まにOSのverアップで戻ってたりしますが…個人の判
断でお願いします」

するとそれらを受けて「スマホの危険な電磁波情報
をありがとうございます。カミさんの高級スマホの
設定で5Gをやめて4Gに変更し、家族にも報せま
した」とのリプライがありました。
所属しているグループは、60代で昔は新聞も読ん
でいたけれども、最近は目も悪くなったし、SNS
の方がすぐに読めて簡単で便利だなと思うようにな
ってきた人が多いといった平均像でしょうか。

ほとんどが、理系出身の人たちだったのに、少し非
科学的だなという違和感とともに、これがまさしく
「エコーチェンバー現象の始まり」だと思いました。

▼エコーチェンバー現象とは?

エコーチェンバー現象については、本シリーズの第
2回で触れましたが、エコーチェンバー(反響室)
においては、いったん音が発せられるといつまでも
音が反響し長時間残ります。

同じように、SNS上で発せられた極端な意見や誤
情報がいつまでも残って繰り返され、それらの意見
がより強化される現象を表したものです。

情報を伝えてくれた人たちは、個人的には信頼のお
ける人ばかりですが、元の情報の出所が不明です。
「ある人からの情報」というのが、曲者ですね。そ
の情報源や情報の真偽を確認もせずに5Gを4Gに
変更しているというのも変だと思って、まず、ファ
クトチェック機関(ファクトチェックセンター)で
調べてみました。

すると、回ってきたLINE情報と同じものはあり
ませんでしたが、5Gとコロナウイルスとの関係に
ついての検証はありました。「2023年6月、埼玉県立
春日部高校で100人以上の生徒が新型コロナに感染し
て、学校閉鎖になったというニュースに絡めて、コ
ロナの集団感染はワクチン接種・5G(第5世代移動
通信システム)が原因ではないかという趣旨のツイー
ト(例1、例2)が拡散した。引用を含むリツイート数
が5900回、表示回数が184万回を超えたものもある。

例1:ワクチン接種を推進していた埼玉県の春日部
高校で大量感染が発生した。 mRNAワクチンを授業で
取り扱ってワクチンの重要性を説明し、ワクチンバ
スを出張させ、受験を控えた生徒にワクチンを接種
していた。 そうしたら、やっぱり高校2、3年生を
中心に感染が広がった。定石通りの流れだ。

例2:春日部高校の屋上か、春日部高校の近隣のマ
ンションかビルの上に5G基地局があればビンゴで
す。コロナが5G基地局の電磁波に影響があること
が立証されます。電磁波は垂直に降りる訳ではなく
45℃(ママ)のように上から下に電磁波が降りてき
ます。」

ファクトチェック機関のこの情報に関する判定は
「誤り」、次のような説明が書いてありました。

「春日部高校でワクチン接種を受けた3年生は今春に
卒業しており、6月に起きた集団感染とは無関係。
また、コロナ感染の原因をワクチン接種や5Gによ
るものとする言説は、厚労省やWHOなどによって否定
されている。

感染経路は、咳やくしゃみ、会話のときに出される
飛沫によるもので、ワクチン接種や5Gは関係ない。
以上のことから、ワクチン接種・5Gでコロナに感
染するという言説は誤り」

また、「令和3年度電波の安全性に関する説明会~
電波の安全性に関する総務省の取組~」という資料
には、海外での事例も説明されています。

2020年4月頃から、米国・英国・オランダ等で、
「5Gが新型コロナウイルスを伝搬している」等と
して、基地局への放火や破壊活動が多発(事実誤認)。
オーストラリアで実施された意識調査によれば、
「5Gが新型コロナウイルスの拡散に利用されてい
る」と信じている人は12%に上る(デマ)。

○諸外国では、5Gの健康影響を問題視する報道等
が行なわれているが、事実誤認やデマに基づくもの
も多く含まれており、正確な情報を把握することが
重要。
○人体への安全性を理由に5Gの実用化を見送った
国はない。(2021年10月現在)

▼「エビデンスを示して」とLINEしたところ

今回、5Gの危険性についてのLINEグループに
「5Gが人体に危険」だというエビデンスを挙げて
下さいと連絡したところ、しばらくして「エビデン
スはありません。5Gを使うか使わないかは、あく
まで個人で判断してください」とのLINEが流れ
てきました。そして、それ以降、5Gの話題はLI
NE上では流れなくなりました。

私としては「エビデンスを示して」という当たり前
のことを流したつもりだったのですが、和気あいあ
いと近況報告し合う内容が多いグループの中では気
まずい雰囲気になりました。

今回の経験からは、エコーチェンバー現象の始まり
を見ることができました。こうやって尾ひれがつい
た情報が、どんどん友人、家族、その友人へと拡散
していくのだなと思いました。

あらためて、インテリジェンスサイクルの情報の処
理における「一次資料を確認する」ことの大切さを
感じました。

LINEグループなどでは、気まずくなる可能性も
ありますが、それでも、インテリジェンスリテラシ
ーを高めるためには、SNSだけに情報を頼る人た
ちに、一次資料の確認や複数の情報源からも情報を
得て、他の意見があることを少しでも伝えていかな
ければならないのではないかと一層思うようになり
ました。

あまりやり過ぎるとグループを退会させられるかも
しれませんが……。


(つづく)



(ひぐち・けいすけ)



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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
元防衛省情報本部分析部主任分析官。防衛大学校卒
業後、1979年に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議
事務局(第2幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。
陸上自衛隊調査学校情報教官、防衛省情報本部分析
部分析官などとして勤務。2011年に再任用となり主
任分析官兼分析教官を務める。その間に拓殖大学博
士前期課程修了。修士(安全保障)。拓殖大学大学
院博士後期課程修了。博士(安全保障)。2020年定
年退官(1等陸佐)。著書に『2020年生き残りの戦
略』(共著・創成社)、『2021年パワーポリティク
スの時代』(共著・創成社)、『インテリジェンス
用語事典』(共著・並木書房)、近刊『ウクライナ
とロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)



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