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こんばんは、エンリケです。
インテリジェンスのプロ・樋口さん(元防衛省情報本
部分析部主任分析官)がお届けする短期連載の2回目です。
新刊『ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか』
刊行を記念し「フェイクニュースに騙されないようにす
るには?」と題してお届けしています。
今回の記事も非常に重要な視点ですね。
けっきょく、人間は常に間違う。
その事を忘れることなく、思い上がることなく
眼の前の現実を真摯に見つめる姿勢が大切な気が
します。
「古代から人間は何も進歩進化していない。進歩
進化したのは技術だけ」
というこの世の真実を、軍事・インテリジェンスを
学ぶことでわきまえられるようになりました。
ほんとうに幸せなことでした。
ではさっそくどうぞ。
エンリケ
◆近刊
『ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか』
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『ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか』
刊行記念
《短期連載》フェイクニュースに騙されないための
ノウハウ(2)
ニューメディア時代の新たなバイアス
樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)
───────────────────────
□はじめに
2024年1月23日、EUの欧州対外行動庁(EEAS)は、フ
ェイクニュースなどを使った「外国からの情報操作・
干渉(FIMI:Foreign Information Manipulation
and Interference)」の実態についての年次報告書
を公表しました。
年次報告書では、FIMIを「外国のアクター(行為者)
たちが、意図的、戦略的、協調的に事実を操作、混
乱させ、分裂、恐怖、憎悪の種をまこうとする行為」
と定義し、「現代戦の重要な構成要素」と位置付け
ています。
端的に言えば、フェイクニュース(偽情報・誤情報)
を使った、外国からの攻撃ということになります。
欧州対外行動庁がFIMIについての報告書を公表する
のは、2023年に続いて2回目です。前回の分析事例数
は100件でしたが、今回は2022年12月1日から2023年
11月30日までに明らかになった750件の事例を分析し
ています。
750件のうち、最も多くの標的となったのがウクライ
ナで160件。次いで米国(58件)、ポーランド(33件)、
ドイツ(31件)、フランス(25件)、セルビア(23
件)などがあります。
具体的な件数は示されていないものの、英国やフィ
ンランド、カナダ、オーストラリア、エジプト、イ
ンドネシア、台湾、日本なども標的国に含まれてい
て、標的となった国などは53カ国に上るとされます。
FIMI は国だけを対象とするのではなく、組織、グル
ープ、個人も対象としています。 FIMI攻撃の対象と
なることが多かった組織は、EU(19%)、NATO(15
%)、ウクライナ軍(14%)、国連(3%)でした。
ユーロニュース(3%)、ロイター(2%)、ドイチェ・
ヴェレ(2%)、ニューヨーク・タイムズ(2%) な
どのさまざまなメディア組織も対象になりました。
公的機関が直接攻撃されるのに対し、報道機関とそ
のブランドは、操作されたコンテンツに信頼性を与
えるために、なりすましなどを通じて FIMI 攻撃に
悪用される可能性が高くなっています。
全体の18%のケースで、59人が標的となっており、
その回数は171回に及んでいます。標的となった個人
の多くは、国家元首や政府、国際機関の職員ですが、
最も標的となった回数が多いのは、ウクライナのゼ
レンスキー大統領(標的とされたケースの40%)で
した。
さらに政治的領域を超えて、ハリウッド俳優のニコ
ラス・ケイジ氏、マーゴット・ロビー氏(映画「バ
ービー」で主演)や作家のスティーブン・キング氏
らの名前も挙げられています。
本報告書で調査した750件のインシデントでは、400
0以上のチャンネルが9800回にわたって活動していま
した。チャンネルとは、ウェブサイトやソーシャル
メディアのプロフィール、グループ、ページなどの
ことです。FIMI の活動は、事実上、すべての大手、
新規、ニッチなプラットフォームで観察されました
が、最も関与が多かったプラットフォームは、テレ
グラムとXでした。
このように、SNSをプラットフォームとしたニュ
ーメディアにおけるフェイクニュースによる外国か
らの攻撃の脅威がロシア・ウクライナ戦争以降急増
しています。
▼フィルターバブル現象とエコーチェンバー現象
さて、人間が嘘の情報を信じる理由の一つに「認知
バイアス」があります。これは、ある対象を評価す
る際に、自分の利害や希望に沿った方向に考えが偏
ったり、対象の目立つ特徴に引きずられて、ほかの
特徴についての評価がゆがめられたりする現象です。
認知バイアスそのものは、オールドメディア時代か
らありましたが、いまニューメディア時代の認知バ
イアスとして注目されているのが、フィルターバブ
ルとエコーチェンバー現象です。
まず、フィルターバブル現象とは、SNSや検索サ
イトの最適化アルゴリズムがつくるバブル(その空
間を泡に見立てて表現)に囲まれて、それ以外の情
報にアクセスしにくく(フィルタリング)なること
です。見たい情報ばかりが見え、ほかにはどのよう
な情報があるにもかかわらず、視野が狭くなること
です。
つまりネットやSNSで同じようなサイトや動画を
見ていると、アルゴリズムにより自分の興味がある
情報、お好み情報がタイムラインに表示されること
です。特にTikTok(ティックトック)は、この機能
の精度が高いとされています。
次に、エコーチェンバー現象ですが、エコーチェン
バーとは、反響室、残響室のことで、音楽の録音な
どに適した部屋のことです。エコーチェンバーでは、
いったん音が発せられるといつまでも反響し、最初
に発せられた音が長時間残ります。
これと同様にエコーチェンバー現象は、ネットの中
で発せられた極端な意見や誤情報がいつまでも残っ
て繰り返され、むしろそれらがより強化されること
を表現したものです。
このフィルターバブル現象とエコーチェンバー現象
は、よく似た概念ですが、両者の違いはフィルター
バブル現象がシステムによって外から作られた概念
であるのに対し、エコーチェンバー現象は心地よい
情報環境を自ら作り出した空間だということです。
これらの現象が実社会においてどのような影響を及
ぼしているかを見てみましょう。
▼仲間内だけで自分たちの主張を強化
米英NGOのデジタルヘイト対策センター(CCD
H)によれば、新型コロナウイルスのワクチンに関
するデマを流した集団がウクライナ関連の誤情報を
積極的に拡散した傾向がみられるといいます。
親ロシア派のSNS投稿は、ワクチンの誤情報を発
信するグループに多く共有されているからです。こ
れらの発信者は自身の存在をアピールし、同じ主張
を持つ新たな仲間を募る狙いがあるといいます。
CCDHの最高経営責任者(CEO)のイムラン・
アーメドは「コロナが闇のエリート組織による陰謀
だと考える人にとって、ウクライナ侵攻も同じ陰謀
の一つであり、根底で(両者の)考え方がつながっ
ていて共鳴しやすい」からだと指摘しています。
日本においても同様の現象が起きています。『日本
経済新聞』が東京大学鳥海不二夫教授と共同で、20
22年1月1日~3月5日に「ウクライナ」「ロシア」
「プーチン」と「ナチ」という言葉をあわせてつぶ
やいた投稿を調べました。すると75のアカウントに
よる228件の投稿で「ウクライナはネオナチだ」とロ
シアのプロパガンダに沿った主張が見つかりました。
投稿の内容は「ウクライナ政権はネオナチに乗っ取
られている」「日本はナチス政権を支持するのか」
といったものが中心でした。228件の投稿はリツイー
ト機能で増幅し、3万回以上も拡散していました。
75のアカウントの投稿はフォロワーなどに共有され、
拡散者は約1万1000アカウントにのぼります。また
その9割はワクチンを否定するツイートも共有して
いたとされます。
この75のアカウントの投稿者を分析したところ、約
8割が「新型コロナウイルスのワクチンにはマイク
ロチップが入っている」「ワクチンは不妊につなが
る」などの誤情報を過去に発信していたことがわか
りました。こうした情報は厚生労働省などが「事実
ではない」と否定しています。
鳥海教授はこうしたアカウントの保有者について
「政府やメディアが否定する情報をむしろ信じる傾
向にある」と分析します。SNSで飛び交う真偽不
明の情報は特定のアカウントによって集中的に発信
や拡散される場合があるようです。
さらにその発信者の内訳をみると、陰謀論者37パー
セント、反米主義者13パーセント、愛国主義者12パ
ーセント、スピリチュアル思想の支持者10パーセン
ト、反グローバリズムの支持者8パーセント、ドナ
ルド・トランプ支持者8パーセント、その他12パー
セントとなっています。
そして意外なことに、主張が異なるグループどうし
は、同じキーワードを使いながらもSNS内でつな
がることはなく断絶していることが多いようです。
これについて鳥海教授は「(いずれのアカウン
トも)発信は仲間内向けで、意見の違う人どうしが
議論することは少ない」と分析しています。
これらの現状を見ると、まさにフィルターバブル現
象によって自らの主張に都合のよい情報だけを入手
し、チェンバールーム現象によって、仲間内で自分
たちの主張を強化し、場合によっては、行動を起こ
して事件にまで発展していることがみえてきます。
有名な事件としては、2016年のアメリカ大統領選挙
中に「ヒラリー・クリントン候補陣営の関係者が人
身売買や児童性的虐待に関与している」といった偽
情報が拡散し、それを真に受けた青年が、実際にピ
ザ店に押し入り発砲した事件がありました。
また、2020年のアメリカ米大統領選挙中には「バイ
デン氏による不正が行なわれた」などの偽情報が広
まり、2021年1月6日にトランプ氏の支持者た
ちが連邦議会を襲撃しました。
このように、SNSだけの情報に頼っていると、フ
ィルターバブル現象やエコーチェンバー現象に陥っ
ているということを認識し、意識的に他のメディア
からの情報も入手することが必要です。
ちなみに、若い知り合いの複数の家族が、一月下旬
に新潟方面へスキーに行くというので、万が一道路
で立ち往生になった場合も想定して、車に水や食べ
物、できれば毛布なども忘れないでねと老婆心から
連絡したら「????」の返事がきました。
2022年末の大雪で新潟の国道が閉鎖になったとき、
テレビで頻繁に流れていた映像も見たことがなく、
今年の1月下旬も寒波がまた来そうだとの情報もほ
とんど意識していない状況でした。数日前になれば
天気予報くらいはネットでチェックするのでしょう
が・・・・
前ぶりが長くなりましたが、次回はいよいよフェイ
クニュースに騙されないためのノウハウについてお
伝えします。
(つづく)
(ひぐち・けいすけ)
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【著者紹介】
樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
元防衛省情報本部分析部主任分析官。防衛大学校卒
業後、1979年に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議
事務局(第2幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。
陸上自衛隊調査学校情報教官、防衛省情報本部分析
部分析官などとして勤務。2011年に再任用となり主
任分析官兼分析教官を務める。その間に拓殖大学博
士前期課程修了。修士(安全保障)。拓殖大学大学
院博士後期課程修了。博士(安全保障)。2020年定
年退官(1等陸佐)。著書に『2020年生き残りの戦
略』(共著・創成社)、『2021年パワーポリティク
スの時代』(共著・創成社)、『インテリジェンス
用語事典』(共著・並木書房)、近刊『ウクライナ
とロシアは情報戦をどう戦っているか』(並木書房)
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