配信日時 2023/11/20 20:00

【我が国の未来を見通す(93)】 『強靭な国家』を造る(30) 「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その20) 宗像久男(元陸将)

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こんばんは、エンリケです。

93回目の配信は、
第4編「『強靭な国家』をつくる」の
30回目です。

冒頭文に全く同意します。

テレビや新聞ラジオ、ネットのマスメディアが流す報道
を見ているだけでは政治意志の形成を誤るし、そもそ
も、世の中の出来事を正確に把握することができなく
なります。それほど質が低く悪いです。

弊メルマガを読んで国際事情の話に接している
あなたは、戦後日本人では類まれな例外的存在で
幸いな方です。本気でそう思っています。

では今日の記事、さっそくどうぞ


エンリケ


追伸
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我が国の未来を見通す(93)

『強靭な国家』を造る(30)
「強靭な国家」を目指して何をすべきか(その20)



宗像久男(元陸将)

───────────────────────

□はじめに

 毎日のように報道されているガザ地区の状況です
が、個人的にはイスラエルの“強さ”のみが目立つ
戦闘であるとの印象を強く持っています。

11月15日、ついにイスラエルはガザ地区の最大
病院のシーファ病院に突入しました。イスラム原理
主義組織ハマスは、2005年にガザ地区からイス
ラエルが完全撤退した後、同地区で病院や学校など
のインフラを整備するなどして住民から支持を獲得
していましたので、病院や学校などの地下に軍事拠
点を設け、これらの施設をトンネルでつなぐことな
どはそれほど難しいことでありませんでした。

しかも、イスラエルが地下施設を攻撃するような場
合には、病院の患者などを「人間の盾」としても活
用することも当初から視野に入っていたという“極
めて巧妙な戦略”のもとで建設したものと推測でき
るのです。

その際に、多くの犠牲者が発生すれば、アラブ世界
や国際社会がイスラエルを批判し、その結果、最善
策として、イスラエルが“ひるむ”ことまで期待し
ていたことでしょう。しかし、実際には、イスラエ
ル側はある程度の犠牲者は覚悟の上で、病院を包囲
し、地下施設の入り口を突き止め、破壊するという
作戦を断行しました。

冒頭のイスラエルの“強さ”とは、このような戦闘
上の強さに留まらず、国際法違反であるとの批判や、
バイデン大統領をはじめ西側世界など本来“身内”
の国々や国連の説得にも全く耳を貸さず、作戦を継
続していることです。私たちは、これが“イスラエ
ルという国である”ということを知る必要があるの
です。

ハマス側にとっては、これまでの歴史から、この程
度のイスラエルの行動は“読み切った”上で、長年、
練りに練った作戦として、10月8日、奇襲攻撃を
実施し、250人以上のイスラエルの民を殺し、約
240人の人質にとるという、ほぼ予定どおりの成
果を得たのでしょう。

その報復として、半数に近い子供たちを含む1万1
千人を超えるパレスチナ人が犠牲になり、今もその
数は増えつつあります。しかし、ハマス側に当初か
らパレスチナ人を「守る意思」がないとすれば、多
くの犠牲者が出ることに痛みを感じることなく、自
らの目的達成に向けて戦いは今後も継続することで
しょう。

イスラム世界には、「死ねば天国に行ける」という
“ジハード”という教えがありますので、ハマス側
も“玉砕”覚悟なのでしょうから、人質救済などの
一次的な休戦は実現しても、この戦争はそう簡単に
は終結しないと覚悟する必要があると考えます。

そして戦争が一段落しないことには、イスラエルと
パレスチナの共存の道は開けないでしょう。近ごろ、
マスコミであまり見かけないと思っていたパレスチ
ナ自治政府のアッバス議長は、10日、ヨルダン川
西岸地区から「今回の事案はイスラエルに全責任が
ある」とした上で、「パレスチナ自治政府は、独立
したパレスチナ国家に基づく広範な政治的解決策の
一部となり得る」と発言したことがニュースになっ
ていました。しかし、この案をイスラエルが“呑
む”とは到底考えられません。

パレスチナ自治政府が統治するはずのガザ地区が、
長年、ハマスに支配されていたことが今回の事案発
生の最大の要因との見方もでき、自治政府の統治能
力の非力さ、そしてその責任も逃れられるものでは
ないと言えるでしょう。

また、ではイスラエルがハマスの長年の動きをどこ
まで承知していたかは不明ですが、イスラエルが自
治政府主流派ファタハに対してハマスを“さや当
て”のような格好で容認し、ハマスに対するカター
ルなどからの資金援助も黙認していたという説もあ
ります。その実態は複雑怪奇ですが、イスラエルは
頭から自治政府を信用していないのではないでしょ
うか。

ハマスの巧妙な慈善事業がガザ地区のパレスチナ人
の間に浸透していることが背景にあるのでしょうが、
パレスチナ人から「これほどの犠牲者を出ている要
因はハマス側にある」との批判の声が、知る限りに
おいて聞こえて来ないのも不思議です。

だれかも指摘していましたが、「日本のマスコミは、
ハマス側が開示した情報に基づくものが多い」との
印象を持ちます。ユダヤ教とイスラム教の宗教戦争
の“根の深さ”や“本質”について、多神教の私た
ち日本人には理解できるレベルではないことを知る
必要があるでしょう。産まれたばかりの子供たちが
放置されている映像をみると涙が流れますが、なぜ
そのような状況になっているかについて、感傷的な
レベルではとても判断できないと悟るべきと私は考
えます。

▼「ソフト・パワー」の総括

私は、これまでの「国力」の定義に倣い、「ハード
・パワー」と「ソフト・パワー」を“足し算”では
なく、“掛け算”で掛け合わせて定義し、ハードか
ソフト、どちらかのパワーがゼロになると「国力」
はゼロになってしまうことを意味すると指摘しまし
た。

「ハード・パワー」がいずれも「下降期」にあると
はいえ、それぞれの要素がゼロになることはないと
考えますが、「国家戦略」と「国家意思」から成る
「ソフト・パワー」は時として“ゼロとみなされ
る”ことはしばしばあったことも紹介しました。そ
の一例が、湾岸戦争時に135億ドル(約1兆75
00億円)もの巨額の財政支援を実施しながらも、
国際社会から何ら評価されず、「血と汗のない貢献」
とか「小切手外交」と揶揄されたことでした。

そして、「ハード・パワー」が「下降期」にある今
だからこそ、「これ以上の『国力』の低下を防止し、
あわよくば上昇に転ずる」ことを主目的とする「回
復戦略」を柱に、国内外の歴史的変動の中にあって、
「安全」と「富」両方の目標達成を企図する「国家
戦略」として創り上げる必要性についても述べまし
た。

また、現時点では、“内向きのまま”無きに等しい
「国家意思」についても、戦後70数年の間、一度
も議論されることもなく、時が流れたことを紹介し
ました。「国家意思」は、民主主義国家である以上、
国民一人ひとりの意思や精神の集大成であらねばな
らないこと、そして、大方の国民が認識しなくとも、
我が国には誇るべき“本質的特性”を有しており、
それらを核(コア)にすることによって、多くの国
民が抵抗なく賛同し、「国家意思」として“我が国
の向かうべき方向”について一致することができる
のではないか、とも提案しました。

歴史を顧みるに、「国家意思」の“後押しする”が
あってはじめて「国家戦略」がその威力を発揮する
こと、逆に「国家意思」の“後押しのない”「国家
戦略」は脆く、最悪の場合、その戦略を行使する過
程のいずれかの段階で失敗に終わった例は数多くあ
り、「国家戦略」と「国家意思」は不離一体であら
ねばならないことは明白です。

ここまで考えると、実は、「日本社会のあり様」の
“次元”をはるか超えて、「国のかたち」そのもの
まで議論する必要性を感じていることも事実ですが、
細部は本メルマガの最後に総括しましょう。

さて、アメリカの国際政治学者でしばしば政府高官
を務め、かつて「対日政策提言」を行なった一人と
しても有名なジョセフ・ナイ氏は、2004年に
『ソフト・パワー』を上梓し、“威圧の力”である
「ハード・パワー」に比して、“人を引き寄せる
力”である「ソフト・パワー」の重要性を世に広め
ました。

ナイ氏は、ソフト・パワー論を通じてアメリカの政
治学界の第一人者になったといわれていますが、
「その国に有する文化や政治的価値観、政策の魅力
などに対する支持や理解、共感を得ることによって、
国際社会からの信頼や発言力を獲得し得る」として、
「21世紀の国際政治を制する見えざる力」である
と主張しました。

そして2022年には、ロシアのウクライナ侵攻の
ような「力ずくの時代」であっても、「ソフト・パ
ワーはなお有効である」とし、「『文化』『政治的
価値』『政策』の3つの源泉に由来する『ソフト・
パワー』が、国内でのふるまいや国際機関でのふる
まい、そして外交政策を通じて、他国に影響を与え
ることができる」と再び強調しました。(読売新聞
オンラインより)

ナイ氏はまた、「価値が権力をつくり出す」として、
最近の中国の戦狼(せんろう)外交のような強引な
やり方を批判しつつ、アメリカは様々な問題を抱え
ながらもその強みは「多様性」にあるとして、「ソ
フト・パワー」の点で中国を凌駕していると解説し
ました。

私は、この主張の中に、我が国の目指すべき「ソフ
ト・パワー」のもうひとつのヒントがあると考えま
す。「国力」が「下降期」にあると、どうしても国
内問題に重点が行きがちですが、将来に向けた「国
力」の維持、可能ならば増強を企図しつつも、その
時点の「国力」をベースに、「文化」や「政治的価
値」や「政策」のいずれかの分野で国際社会におけ
る必要な役割を行使し、「存在価値」を高めるため
の「ソフト・パワー」も重要な意味を持つと思うの
です。

まとめますと、「国力」を構成する「ソフト・パワ
ー」として、前回紹介したような、我が国独自の
“強み”をベースに「国家意思」を統一するととも
に、国家の最重要な目的として「安全」と「富」の
両方を到達目標にして、総合的な「国力」の維持向
上に寄与するとともに、“孤立国・日本”ならでは
特性を活かして国際社会における「存在価値」を高
めることを企図する「国家戦略」を策定することが
求められていると考えます。

そのような狙いや構想を有する「国家戦略」と「国
家意思」を一日も早く具体化し、日本国としての
“生き様”を明示しつつ、我が国が“国家として向
かうべき方向”を定めることが重要ではないでしょ
うか。

▼「ハード・パワー」と「ソフト・パワー」の“掛
け算”
 
以上をもって、とりあえずの「ソフト・パワー」の
総括としたいと考えますが、「下降期」にある「ハ
ード・パワー」と「ソフト・パワー」をどのように
“掛け算”するかという“難題”がまだ残っていま
す。

再びナイ氏に登場願います。ナイ氏は『リーダー・
パワー』を2008年に上梓し、今日の世界では、
「力」と「リーダーシップ」の両方の変化が求めら
れるとして、「力」は(前述のような)「ハード・
パワー」と「ソフト・パワー」の両面を備えたもの
であるとして、「リーダーシップ」についても「ハ
ード・パワー」と「ソフト・パワー」の両方のスキ
ルを兼ね備えたものが要求されるとしています(こ
れを「スマート・パワー」と呼称しています)。

つまり、「ハード・パワー」と「ソフト・パワー」
を“掛け算”する(組み合わせる)には、ぞれぞれ
のスキルを併せ持った“強いリーダー”の存在が欠
かせないと主張しています。全く同感と言わざるを
得ないでしょう(本書は、「リーダーシップ」を学
ぶ上でも極めて示唆に富む内容満載の一冊ですが、
本メルマガの主旨とかけ離れるために細部は省略し
ます)。

それを前提にしてもう少し踏み込んで考えてみまし
ょう。繰り返しますが、「国家戦略」の目標に「安
全」と「富」の両方を盛り込むべきことはすでに紹
介しました。確かにその時代によって“「安全」か
「富」か、どちらを優先させるか”の選択肢はある
ことでしょう。

しかし、「富」を重視するあまり、「安全」につい
て米国にほぼ丸投げしてきた「吉田ドクトリン」の
再現は、現下のような情勢下かでは適合しないこと
は明白ですし、一方、現下の厳しい情勢下で「安全」
を優先するとはいえ、戦前のような“軍事最優先”
を選択することも不可能でしょう。

「安全」と「富」を構成している要素を細部にわた
って分析し、一方の目標達成を追求するあまり、も
う一方にとっての致命的な欠陥にならないように、
両者のバランスを取りつつそれぞれの目標の優先順
位などを取り決めることが重要なのです。

そのようにすれば、(何度も繰り返しますが)太陽
光発電所を建設するために助成金を出し、(単価が
安いという理由だけで)外国資本の発電所を誘致し、
広島県ほどの面積の国土を外国人に売り渡したりは
しなくなるでしょう。「安全」を視野に入れること
によってはじめてそのことの重大さに気がつくので
す。

さらに、「富」を目標にする場合であっても、「ハ
ード・パワー」のうちの「人口」、「経済力」と
「食料・天然資源」は相反するところがあります。
つまり「人口」が減ると、それに比例して「経済力」
は低下しますが、食料自給率とかエネルギー自給率
の視点に立てば、需要が減ることは明白ですので、
それぞれの自給率の低下は回避できます。現時点で
は考えられませんが、「食料自給率を向上させるた
めの人減らし」のような、“とんでもない愚策”は
回避できることでしょう。

一方、エネルギーの安定供給を犠牲にして、「脱炭
素」政策がすでに走っていますが、「国家戦略」を
明らかにすることによって、何らかのブレーキがか
かることも期待できるのではないでしょうか。

このように、「ハード・パワー」の各要素のうち、
それぞれに優先順位とか、バランスとか、踏み込ん
ではならない限界などを明確にすることが必要不可
欠なのですが、それぞれの専門家にそれを期待する
のは難しいのが現実です。

「ソフト・パワー」、中でも「国家戦略」の「安全」
と「富」の両目標を達成するという狙いから、「ハ
ード・パワー」に(表現が難しいですが)“網をか
ぶせる”ような行為がどうしても必要になって来る
と考えます。

そのためには、ナイ氏が言うような、「ハード・パ
ワー」と「ソフト・パワー」の両方のスキルを兼ね
備えたリーダー、つまり、文字通り、力のあるジェ
ネラリスト(たち)が必要不可欠なことは論を俟た
ないでしょう。

そのような力のジェネラリスト(たち)が今の我が
国に存在するでしょうか。今は存在しなくとも、将
来育ってくるでしょうか。仮に現れたとしても、そ
のようなジェネラリスト(たち)を多くの国民が支
持し、ジェネラリスト(たち)の指示を素直に受け
入れるでしょうか。

乗り越えなければならない「壁」はまだまだありそ
うですが、これらの「壁」を乗り越えなければ、
「我が国の未来は無きに等しい」、言葉を代えれば、
メルマガのタイトル「我が国の未来を見通す」では
なく、「我が国の未来が“見通せない”」との懸念
を持つのは私だけでしょうか。正直に申し上げれば、
「私だけの“取り越し苦労”であってほしい」と本
当に願っている毎日です。

さて気がつけば、90話の大台を突破してしまいま
した。まもなく本メルマガを完結させたいと思いま
す。次回、第4編の「『強靭な国家』を造る」を総
括し、本メルマガ全体の「まとめ」に入りたいと考
えています。どこまで“踏み込んだ状態”でまとめ
るかについては現在、悩んでおります。皆様、どう
ぞ最後までお付き合いください。


(つづく)


(むなかた・ひさお)



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 【著者紹介】

宗像久男(むなかた ひさお)
1951年、福島県生まれ。1974年、防衛大学校卒業後、
陸上自衛隊入隊。1978年、米国コロラド大学航空宇
宙工学修士課程卒。陸上自衛隊の第8高射特科群長、
北部方面総監部幕僚副長、第1高射特科団長、陸上
幕僚監部防衛部長、第6師団長、陸上幕僚副長、東
北方面総監等を経て2009年、陸上自衛隊を退職(陸
将)。日本製鋼所顧問を経て現在、至誠館大学非常
勤講師、パソナグループ緊急雇用創出総本部顧問、
セーフティネット新規事業開発顧問、ヨコレイ非常
勤監査役、公益社団法人自衛隊家族会理事、退職自
衛官の再就職を応援する会世話人。著書『世界の動
きとつなげて学ぶ日本国防史』(並木書房)



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