配信日時 2023/09/20 09:00

【陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(28)】 馬と大麦    荒木 肇

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おはようございます。エンリケです。

「陸軍砲兵史」
の第28回目です。

麦から見る陸軍砲兵の実情、という観
点が実に面白かったです。

さっそくご覧ください


エンリケ


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陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(28)

馬と大麦


荒木 肇

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□はじめに

 そういえば、対戦車ミサイル・ジャベリンはどう
なったのでしょうか。わたしなどと違って、評論家
や軍事専門家といわれる方々は大変ですね。マスコ
ミに聞かれたら、すぐに要求される答えを出さねば
なりません。たしか、もう戦車や火砲の時代は終わ
りだ、携帯にも便利で効果も高い、対戦車ミサイル
さえあればいい。開発費、維持費、運用するにも経
費がかかる、なにより高価な戦車や大型火砲に比べ
て安い。そんなことを政官界の方々もおっしゃった
とか。

反対にロシア軍は砲弾不足になり、北朝鮮製の砲弾
を買うとかの観測話も聞こえてきます。おかしいで
すね。戦車が無力で、火砲も役に立たないというの
なら、ひどく安上がりな戦争をウクライナではして
いるようです。ほんとうのところはどうなのでしょ
うか。


わが国では火砲も戦闘車両も次々と溶鉱炉に送られ
ています。74式戦車も順次廃止され、おそらくは
各地の駐屯地に展示資料として残されるだけでしょ
う。

今回はあまり知られていない日露戦争の兵站のお話
をしておきます。


▼野砲兵聯隊の戦時編制

 日露戦争の開戦時の野戦兵力の主力は、近衛師団
と第1から第12までの13個師団でした。つまり、
近衛野砲兵聯隊と、第7師団を除く各師団砲兵聯隊
は次のような編制になっていました。第7師団だけ
は野砲2個中隊の第1大隊、山砲2個中隊の第2大
隊という戦時編成でした。各聯隊は聯隊本部の下に
3個大隊(6個中隊)、聯隊段列をもちました。

 砲兵中隊は本部、戦砲隊(弾薬小隊と野砲も山砲
も6門の砲車隊)と中隊段列からなります。行軍時
の携行弾薬定数は野砲が戦砲隊86発、中隊段列に
50発、聯隊段列に50発という区分です。弾薬小
隊は弾薬車3輌と予備輓馬をもっています。中隊段
列には弾薬車3輌と予備品車1輌の構成です。

 すると、中隊の保有馬数は砲車6輌で6頭×6=3
6頭、弾薬小隊の弾薬車に各2頭ずつで6頭、予備
に4頭とすれば合計で46頭になりました。他に乗
馬や輓馬、駄馬があり、おおよそ60頭あまりもい
たわけです。

 その馬たちはどこからやってきたか。もちろん、
平時保管馬という日常の訓練のための馬がいます。
ただし、それだけで足りるわけではありません。

▼機動力の元が問題だった

 開戦の前年の1903(明治36)年には陸軍大
臣寺内正毅が農商務大臣清浦奎吾(きようら・けい
ご)に次のような要望を出しています。平時の毎年
に必要な補充数は乗馬約2500頭、駄馬450頭。
戦時に必要とする馬数は13個師団に対して乗馬約
11万9600頭、輓馬約21万8400頭、駄馬
約11万8300頭。

 深刻な現状認識も述べられています。以下、要約
しましょう。
 
「近頃、火器の改良にともなって戦術も変化した。
戦術の変化は騎兵、砲兵にいっそう運動力の向上を
要求する。したがって軍馬は昔と比べてほとんど2
倍の能力を必要とするようになった」
ところが、とても希望した通りにはなりませんでし
た。
「現に砲兵でいえば、その火砲は速射性も射程も決
して列強の火砲に劣るものではない。ただ、輓馬の
力が足らず、その運動力が低く、まるで火砲の威力
が低くなるようなものだ」

野砲も、これまでの4頭では済みません。6頭立て
になりました。

▼馬の動員

 日清戦争では徴発された馬の数は約3万5000
頭でした。これは全国で飼われていた民間馬の数が
約150万頭として約2.3%です。実際に陸軍の
求めに応じて差し出された馬の数は約14万700
0頭でしたが、その合格率は24%強でしかありま
せんでした。
海を越えた出征軍馬数は約2万5000頭、内地の
準備馬は約2万頭とされます。

 日露戦争では、10年前の日清戦争時代よりも徴
発馬はいくらか資質が向上しました。肩までの高さ
で馬の大きさは測りますが、育成補充馬の平均体高
が4尺8寸7分、つまり約147.6センチ、一般
からのそれは約144.5センチとあります。10
年間でそれぞれ2センチほど向上しました。


しかし、日清戦争期の列強の砲兵輓馬の体高はドイ
ツ5尺4寸2分(約164.2センチ)、フランス
は5尺1寸7分(同156.7センチ)とずいぶん
差があるものでした。また輓馬にとって重要な輓曳
力(ばんえいりょく)の記録もあります。わが軍馬
が87.7貫(約330キログラム)であるのにド
イツ、フランスの輓馬は127.7貫(約480キ
ログラム)となっています。

馬の負担量は、常足で馬体重の4割です。江戸期か
らの駄馬は2俵の米を背中に載せました。乗用馬車、
馬に曳かれた荷車が、地形やインフラの未整備のた
めに発達しなかった江戸時代です。米の2俵は32
貫で、120キログラムです。これから逆算すると、
自分がせめて300キログラムの体重がないと普通
の速さで歩くことができません。さらにゆとりを考
えれば90貫の体重が必要とされました。338キ
ログラムです。

ところが、わが国の馬匹の平均体重は60貫(22
5キログラム)でしかなかったのです。30貫(1
12.5キログラム)も不足していたのでした。こ
れでは日露戦争の観戦記録に、「鹵獲(ろかく・敵
から奪うこと)したロシア野砲を8頭の馬でも牽く
のが難しかった。これに対してロシア馬はわが国の
野砲を4頭で軽々と動かしていた」とあるのも無理
はないですね。

▼大麦とその生産

 大麦は濃厚飼料といわれました。大麦はもともと
人が食べるもので農家が自家消費するものでした。
暮らしの中で農業用に飼われていた馬は草や藁(わ
ら)を食べていました。日露戦前の軍馬は約3万頭
でした。それが開戦の2年目(1905年)8月に
は17万2000頭になっています。

 濃厚飼料を含んだ野戦馬糧の定量は、「戦役統計」
によれば1日あたり大麦5升(9リットル)、干草
1貫(3.75キログラム)、藁1貫(同前)でし
た。すると、大麦は1日だけで8万6000石余り
の所要量です。1石は150キログラムとすれば、
1万2900トンです。10トンを積載できるトラ
ックで約1300台にもなります。

 もちろん、記録に残る野戦糧秣廠や同倉庫の記録
を見ると、大陸の現地調達が3割近くを占めること
も明らかです。だから、すべてが国内産だったわけ
ではありません。また、重要な脚気対策として「挽
き割大麦」が兵食として支給されたこともご存知の
方も多いでしょう。そんなこんなで大麦の必要量が
増えています。

 陸軍糧秣廠が購入した大麦の量も分かります。1
903(明治36)年産の大麦を61万3200石、
翌年産の麦も279万8830石、その翌年の5年
産も67万1460石となっています。1904
(明治37)年産の買い上げになった約280万石
の大麦は全生産高の約34%にもなりました。

 このことは、全国の農政にも大きな影響をおよぼ
します。北海道の燕麦(えんばく)生産が大きく増
えました。また、陸軍省経理局からおろされ、留守
師団経理部を通じて行なわれた干草製造法の指導な
ども北海道の畜産の発達に大きな影響があったとい
う指摘もあります。

 また米生産が中心の農業から、馬糧としての大麦
が刺激となった洪積台地(つまり、水の便が悪い)
の開墾と、製粉材料でもある小麦生産へと変化して
ゆくきっかけにもなりました。

 次回はいよいよ日露戦争の野戦について調べまし
ょう。



(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴

荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。

著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか─安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!─昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊─自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。


『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
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