配信日時 2023/03/15 09:00

【陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(1)】 連載の始まりにあたって──火砲の基礎知識  荒木肇

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おはようございます。エンリケです。

きょうから、新シリーズ
「陸軍砲兵史」
が始まります。

ロシアのウクライナ侵攻では、ミサイルでなく、
砲身砲と戦車の重要性が再認識されました。

・火力が勝利を決める
・野戦砲や戦車の役割は重要である

ということは、専門家からずっと言われてきま
したが、耳を傾ける世の風は弱く、我が陸自の
火力は減勢の一途を辿っています。

二十一世紀のこの侵攻は、
これまで言われてきた火力に関する指摘が
正しかったことを世に知らしめたのです。

そんな秋にはじまるこの連載。

大砲の起源は鉄砲より少し遅れたこと、
現在はすべてが榴弾砲になっていること、

など、荒木先生の軍事博学雑学脱線話全てを
楽しみながら「基礎知識からはじまる
「火砲」をめぐる叡智」を蓄えられる貴重な
機会となりそうです。

ではさっそく第一話をご覧ください


エンリケ

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陸軍砲兵史-明治建軍から自衛隊砲兵まで(1)

連載の始まりにあたって──火砲の基礎知識

荒木 肇

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□はじめに

 ウクライナへのロシアの侵攻で、これまでの戦争
観が見直されました。まず、ミサイルが主力の時代
だと思っていたのに、意外や野戦では砲身砲(内部
にライフリングがされている砲身をもつ火砲)によ
る戦いが激しく行なわれました。精密に誘導された
砲弾は、まるでミサイルのような精度で数十キロの
距離を飛び目標に当たります。ウクライナは野戦砲
と砲弾の支援を要求してきました。同じようにロシ
ア軍も砲兵による攻撃を烈しく行なっています。

 戦車の復活にも驚かされました。当初こそ、携帯
対戦車ミサイルであるジャベリン、この活躍によっ
てロシア戦車が多く撃破されたと伝えられました。
しかし、いつの間にかウクライナは戦車の援助を要
求し、支援する各国では一線級の主力戦車を提供す
るようになっています。


▼平和だから火砲も戦車も要らない?

 火砲、とりわけ砲身砲は軍縮になれば必ず真っ先
に減らされます。精密加工品である砲身の製造には
長い日時と経費がかかり、部隊配備されれば維持、
管理費がかかるからです。わが国の陸上自衛隊でも
この30年で野戦特科(砲兵)火砲の数はおよそ4
分の1に減らされ、現在、300門しかありません。

 戦車もまた同じです。開発、製造、維持・管理に
経費がかかります。もう戦争は起きない、ソ連も崩
壊し、ロシアはわが国への侵攻はまず行なえないだ
ろう。そういった認識が大勢を占めて、陸上自衛隊
でも過去1200輌があった保有数も、同じく30
0輌という現有数になりました。たくさんの戦車が
溶鉱炉に投げ込まれたのです。

▼砲兵が耕し、歩兵が占領する
 
戦争の結果を決めるのは火力です。戊辰戦争(18
67年)でも、砲兵火力に優れた新政府軍は、火力
の集中に劣った旧幕府軍に勝利しました。西南戦争
(1877年)でも官軍のクルップ野・山砲は薩摩
軍の旧型の4斤野・山砲を圧倒します。日清戦争
(1894~5年)では野・山砲兵は大活躍し、そ
の発射する榴霰弾(りゅうさんだん)を清国兵は
「天弾(てんだん)」といって恐れました。

 日露戦争(1904~5年)では野戦重砲が活躍
します。わが国は世界で初めて要塞に据えていた重
砲(口径10センチ以上の砲をいう)を野戦に持ち
出しました。旅順要塞攻略で偉功を立てた28珊
(サンチ)榴弾砲は、野外の会戦でもその威力を見
せつけました。このときの野戦砲は「速射」を名に
付けた国産野砲でした。

▼世界大戦(1914~1918年)は砲撃戦だっ


 世界大戦のチンタオ要塞攻略戦(1914年)で
は国産重砲が大活躍します。日露戦争の教訓をしっ
かり生かしたのです。「火力重視」、これこそが2
0世紀の日本陸軍でした。その様子が変わるのが大
正時代です。もう陸戦は起きない、わが国は海国だ、
陸軍は時代遅れだという主張が起きました。世界大
戦後の大不況、関東大震災の大被害、政府は軍縮を
断行し、陸軍の砲兵は大削減されてしまいます。

 すでに日本陸軍は欧州諸国の陸軍のように、「砲
兵が耕し、歩兵が占領する」という鉄則を十分に理
解していました。それがどうして、火砲を減らし、
砲兵装備を軽視するような動きになったのでしょう
か。そんなことも、この連載を通して考えていくつ
もりです。

 また、時系列にそった内容ですが、火砲や砲術に
関する専門用語の解説もしていきます。

▼火砲の種類と名称

 大砲の始まりは鉄砲より少し遅れて14世紀末頃
のようです。わが国では室町幕府の治世下にありま
した。木製の台の上に砲身が載せられたものでした
が、15世紀には台に車輪がつくようになります。
砲身の長いカノンや、短い臼砲(きゅうほう)が生
まれたのは16世紀になった頃でした。

 このカノンという名称はもともとラテン語で「筒」
を表す言葉だったといいます。カノンは平射(へい
しゃ・射角が45度以下の射撃)といって、弾道が
直線に近く、主に目に見える的(てき)を撃ちまし
た。砲身が長く、初速(しょそく・砲口を出たばか
りの弾の速度)が大きく、遠距離射撃に向いていま
す。

 陸軍ではカノンに「加農」という字をあてました。
しかも加農砲とは決して言いませんでした。制式名
称も加農です。語源はおそらくフランス語でしょう。
それまで「大筒(おおづつ)とか「大砲」と呼んで
いたのを、伝習された当時のフランス語のCANO
Nに統一して、これに加農という字をあてたのでは
ないでしょうか。

 英語では火砲をCANNONとしました。これは
一般的に火砲ですが、普通はGUNを使います。

 興味深いのは「榴弾砲(りゅうだんぽう)」です。
この砲は擲射(てきしゃ)あるいは曲射(きょくし
ゃ)を任務として、主に45度以上の射角で撃ちま
す。中が中空になっていて炸薬(さくやく)が詰め
られ、着弾すると信管(しんかん)によって爆発し、
爆風や衝撃波、破片によって被害を与える砲弾を榴
弾といいます。


榴弾とは植物の「柘榴(ざくろ)」の榴を使ったも
のです。ザクロの実がはじけて中の種子が見える様
子からとったものでしょう。この砲弾の発射を主に
する砲を榴弾砲といいました。カノンと比べると砲
身が短く、初速は遅いのですが、重い砲弾を高く打
ち上げることができました。カノンに対してこれは
HOWITZER(アメリカではハウザー、英語で
はハウィッツアーなどという)という語があります。


そうして現在では、カノンという名称はなくなり、
すべてが榴弾砲になりました。陸自でも99式自走
榴弾砲(99SPH)といった具合です。ちなみに
主力野戦砲のFH70(ナナマル)もフィールド
(野戦)・ハウザー(榴弾砲)70ということにな
ります。ついでに陸自では0はマル、1はヒト、4
はヨン、9はキュウと発声しますから99式はキュ
ジュウキュウシキではなく、キュウキュウシキとな
るのです。同じように10式戦車はヒトマル式であ
り、ジュッシキとは言いません。

▼口径について

 口径とは銃身でも砲身でも、その内径をいいます。
陸軍はフランス式ですからメートル法を用いて、珊
(糎・センチになるのは大正10年以降)と粍(ミ
リ)を使いました。海軍は英国を師匠としましたか
らヤード・ポンド法です。だから戦艦大和の主砲は
「18インチ」でした。46糎砲というのはおよそ
の数です。陸軍ではふつう野戦用では口径10セン
チ以上を重砲といいます。野砲はほとんどが75ミ
リです。

 気をつけねばならないことがあります。口径には
2通りの使い方があります。警察官が使う拳銃を
「38口径の拳銃」という人がいますが、これは口
径が0.38インチ(約9ミリ)の拳銃のことです。
38は小数点以下の数ですから「サンハチ」と読む
べきですから、「サンジュウハチ口径」と読むのは
間違いです。

 軍用語では38口径というと、砲身の長さが口径
の38倍の長さであることを意味します。ある程度、
その砲の性能を示すものでもあります。

 加農と榴弾砲(すでに書いたように、加農砲とは
いいません)の区別が口径で分かることもあります。
口径が大きい方、つまり砲身が長い方が加農で短い
方が榴弾砲です。ただし、厳密な定義はなく、とく
に最近では砲身が長くなる傾向があります。外見や
口径数では両者の区別はつきません。

 なお、射程(しゃてい)というのは火砲の位置か
ら弾が落下する位置までの距離をいう言葉です。だ
から、「射程距離」というのは意味を重ねた言葉に
なります。さらに正確にいうと、最大射程とは火砲
と同一平面上に落下する弾の位置までの最長距離を
いうのです。だから目標が火砲より高い位置にある
ときと、低い位置にあるときとは距離が変わります。
実際に射撃をするときには、「射距離(しゃきょり)」
と言うのです。

 次回は幕末・明治建軍の時代の火砲、砲兵につい
て語ります。


(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇
「中央公論」2020年3月号
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