配信日時 2023/01/27 08:00

【ウクライナ情報戦争(14)】 ロシアの民間軍事会社「ワグネル」と情報戦 ―月収57万円。ワグネルの謂れは作曲家ワグナー?―  樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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「青天を衝け」渋沢栄一は何をしたのか?
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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応
予備自衛官でもあります。
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おはようございます、エンリケです。

あなたも、
インテリジェンスのプロフェッショナル・樋口さん
(元防衛省情報本部分析部主任分析官)に聞きたい
こと、書いてほしいこと、ありますよね?

コチラからお知らせください。
https://okigunnji.com/url/7


さてきょうの記事。

いま目の前にある紛争戦争のディープな分析を、
一国民が、同時進行で味わえる時代になりました。

樋口さんに感謝です。

それにしてもすごい記事です!
さっそくどうぞ。


樋口さんに聞きたいことがあれば、
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エンリケ


おたよりはコチラから
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ウクライナ情報戦争(14)

ロシアの民間軍事会社「ワグネル」と情報戦

―月収57万円。ワグネルの謂れは作曲家ワグナー?―


 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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□はじめに

従来、ウクライナ東部などへのロシアの民間軍事会
社「ワグネル」のコントラクター(社員、傭兵)の
派遣は、「公然の秘密」とされていました。

しかし、2022年の9月「プーチンのシェフ」と
呼ばれていたエフゲニー・プリゴジンがワグネルを
率いていることを認めたあと、表に出てくるように
なりました。今やロシアの都市に看板を掲げて傭兵
を募集しています。

ウクライナ東部ドネツク州ソレダルをめぐる攻防で
は、1月11日ワグネルが同地を制圧したと主張し
ました。しかし、すぐにロシア国防省はその情報を
否定し、まだ戦闘が続いているとしました。そして
13日になって、ソレダルを制圧した。制圧したの
は軍だと主張しました。

ワグネルと国防省に軋轢があり、手柄争いをしてい
るとの観測もありますが、ロシアのペスコフ大統領
報道官は16日、報道陣に対し「国は英雄の存在を
知らなければならず、知ることになった。軍とワグ
ネル、双方の英雄たちだ」「誰もが共通の大義のた
めに働き、誰もが祖国のために戦っている」と語っ
ています。

ソレダルは、ロシア軍が夏に劣勢になり始めて以降、
今のところロシア側が制圧した唯一の街です。

ロシア政府はここ何年も、ウクライナ東部やシリア、
アフリカでの紛争へのワグネルの関与を否定してき
ました。今回の戦果の発表において、政府高官がワ
グネルの役割を認めた初めてのケースとなります。

また、1月20日、米政府は北朝鮮がワグネルに武
器を供与した証拠だとする写真を公開しました。そ
の上で、米政府高官は、来週ワグネルを国際犯罪組
織に指定し、追加制裁を科すとも明かしました。

さて、この民間軍事会社ワグネルとはいったいどん
な組織なのでしょうか? また、ワグネルがどのよ
うに情報戦と関連するのかについて数回に分けて述
べたいと思います。

▼ワグネル(グループ)とは?

欧米ではワグネル・グループと記述されることも多
いようですが、我が国では、ワグネルと報道される
ことが多いので本稿でもワグネルを主に使います。

ワグネルへ資金提供しているのはオリガルヒの一人
エフゲニー・プリゴジンで、プーチン大統領と密接
な関係を有しています。このプリゴジンについては
のちほど詳しく述べます。

プリゴジンの資金提供を受けて、2014年にワグネル
を設立したのは、ロシアの退役軍人ドミトリー・ウ
トキンです。

ウトキン元中佐は、ロシア軍参謀本部情報局(GRU)
の出身で、2度のチェチェン戦争に参加、2013年か
らはGRU隷下のスペツナズの部隊指揮官を務め、そ
の後香港に拠点を置いていた民間軍事会社のスラヴ
軍団に所属していました。

ワグネルという社名は、ヒトラーが好んだ作曲家ワ
グナー(ロシア語でワグネルと発音)にちなむと言
われていますが、ウトキン中佐がかつて自分のコー
ルサイン(呼出符号)にワグネルを使っていて、そ
こからとったとされています。ウトキンは、ナチス
関連のタトゥーを複数入れているとされます。

ロシア政府はワグネルとの関係を一切否定していま
すが、過去にはウトキンが、プーチン大統領の隣に
いる写真も撮られています。

ワグネルは、2014年ロシアがクリミアを併合した時
に活動を開始しました。その際、活動した親ロシア
派のグループとされる「リトルグリーンマン」の一
部であると考えられています。

また、GRU が秘密裏にワグネルに資金を提供し、監
督していると指摘する人もいます。

なぜなら、ウトキンは元GRUであり、ロシア内にあ
るワグネルの訓練基地はGRUの施設の近くにありま
す。さらにリビア、シリア、ベネズエラでは、ロシ
ア軍機がワグネルの傭兵を国外へと輸送しているか
らです。

不思議なことにロシアでは法律によって傭兵活動が
禁じられています(刑法359条)。ところが、現実
には1990年代からPMCは存在しているのです。

2011年以降PMCの法的地位を定めるための連邦法案
が何度か提出されてきましたが、採択には至ってい
ません。ロシアではPMCの位置づけは曖昧なままで
すが、活躍しています。

▼ウクライナにおけるワグネルの傭兵の数と給与は?

ワグネルを監視するウクライナ国防情報機関の報道
官によると、2022年9月頃の時点で、ワグネルの傭
兵は、少なくとも5000人で、ロシア軍と活動を共に
しているとしています。

フランス情報機関の情報関係者もこの数字に同意し、
さらにワグネルの戦闘員の一部はウクライナでの作
戦を支援するためアフリカを離れたとも指摘してい
ます。

その後、ロシア軍の戦況の悪化にともない、刑務所
などでのワグネルの傭兵の募集も強化されました。

さらに、SNSでも傭兵を募集するようになったよう
です。ロシアの経済紙RBCの記者が志願者を装って
各地の代表に電話し、仕事の内容や待遇、訓練など
について聴取したところ次のような答えが返ってき
たそうです。

対象年齢は24~50歳。契約軍人の経験があれば23歳、
ウクライナでの戦闘経験があれば22歳でも可能。50
歳超は経験による。

そして契約期間は約4カ月。1週間の訓練後、ウク
ライナに送られます。手取りの月給は24万ルーブ
ル(約57万円)とロシア平均の約4倍。実績に応
じて15万(約35万円)~70万ルーブル(約166万円)
の賞与も支払われると言います。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調
整官は、いまや(2023年1月の報道)ワグネルが独
自に派兵する5万人のうち、1万人が雇い兵、4万
人がロシア国内の囚人だと分析しています。

プリゴジンは長年ワグネルとの関係を否定して距離
を置こうと試み、自身を調査するロシアメディアを
相手取った訴訟まで起こしていました。この、ワグ
ネルによる採用活動の拡大やプリゴジンのメディア
への露出は、過去の秘密主義からの転換とほぼ軌を
一にしています。つまり、要員が不足し本格的に募
集しなければならない状態にあるということです。

CNN記者の取材によると、いまや軍隊経験は不問
だとさえされています。

ちなみに、ロシアで活動が目立ってきたPMCです
が、英米などと比べれば、まだ規模は極めて小さく、
ロシアのPMCはどれも世界のPMCトップ20にも入って
いません。

▼海外での戦闘経験を積みウクライナにもどってき
たワグネルの傭兵

さて、ワグネルは2014年のクリミアでの活動を皮切
りに、その後国外での活動を活発化していきました。

2015年には、シリアで活動を開始し、イスラム過激
派組織IS(イスラム国)からパルミラ奪還に重要な
役割を果たしアサド政権を支え、親政府軍と共に戦
い油田を確保しました。

2016年からは、リビアでも活動しており、統一政府
「国民合意政府(GNA)」に反対するハリファ・ハ
フタル将軍の軍隊を支援しています。

2019年には、ハフタルが指揮する「リビア国民軍」
がリビア全土の支配を狙ってトリポリに侵攻した際
には、最大1000人のワグネルの傭兵が参加したと考
えられています。

2017年には、中央アフリカ共和国にも招かれダイヤ
モンド鉱山を守るべく約2000人がトゥアデラ大統領
を支えています。しかし、反体制派の掃討にはほど
遠いのが実情のようです。また、スーダンでは金鉱
山を保護しているとも報告されています。

西アフリカのマリ政府からは、イスラム過激派グル
ープに対する治安を確保するために招待されました。

ブルキナファソでは、軍事クーデターで権力を握っ
たイブラヒム・トラオレ大佐が、国の大部分を支配
しているIS過激派と戦うために、ワグネルと協力
する用意があるとしました。

英RUSI(英国王立防衛安全保障研究所)のラマニ博
士は「ウクライナ以外では、ワグネルには合計約50
00人の傭兵がいて世界中で活動」しているとしてい
ます。

そして、「ウクライナで戦争が始まって以来、ワグ
ネルはより公になり、今や「ロシアの都市や看板で
公然と募集を行なっており、ロシアのメディアでは
愛国団体として名前が挙がっている」としています。

元ワグネルの傭兵のマラット・ガビドゥリンに対す
るNHKによるインタビューでは、かつて職業軍人
だったガビドゥリンは、その経験を買われてワグネ
ルに勧誘され、高額な報酬を目的に、ウクライナ東
部やシリアで、紛争地での戦闘に参加。部隊を指揮
する立場にもいたことがあると言います。

ガビドゥリンは、ワグネルは「実質、国によってつ
くられた非公式の軍事組織」で、その活動にはロシ
ア政府の強い関与があると明言しました。
 
「私たちは自分勝手には戦えません。シリアでは私
たちはロシア軍の一部として、完全にロシア軍の統
制のもとで活動していました。

「シリアでのワグネルの主な任務は、戦争で勝利す
ることと犠牲者の数を隠蔽することでした」「ロシ
アの指導部が、シリアにおいて最小限の犠牲で勝利
をおさめると声高に唱えたので、その構想を何とし
てでも支えるため、傭兵部隊を使ってでも勝利をお
さめるのです」。なぜなら「公式な統計に、傭兵の
犠牲者は含まれませんから」というものです。

ワグネルがウクライナに到着したとの一報が流れた
のは、2022年2月の侵攻開始のほんの数日後のこと
でした。

3月28日、英国防省は、ワグネルがリーダー格の要
員を含む1000人以上の傭兵をウクライナ東部に派遣
する見通しだと発表しました。

また、ロシアは、かつてワグネルと一緒に戦ったシ
リア人などにも声をかけている可能性も指摘されて
います。

ロシアのウクライナ侵攻初期にショイグ国防相が、
中東からの「ボランティア」1万6000人がウクライ
ナで戦う用意があるとプーチン氏に報告しています。

このように、実戦で経験を積んだ傭兵たちが帰って
きたのですが、公然と募集をかけるということは、
傭兵の需要が増えるとともに犠牲者が大きくなって
きたことを示唆しています。

▼「プーチンのシェフ」──プリゴジンとは何者か?

米国政府は、この組織は、ロシア人実業家でプーチ
ン大統領と親しいエフゲニー・プリゴジンによって
資金提供されているとしています。

プリゴジン自身は、前述のように従前はワグネルと
の関係を明らかにしていませんでしたが、2022年9
月に初めて自身が創設者であることを認めました。

プリゴジンは、1961年にレニングラード(現サンク
トペレルブルク)に生まれ、スポーツ専門学校でス
キー選手を目指したものの、ソ連時代に窃盗や詐欺
などの犯罪を繰り返し1981年から90年まで服役して
います。

出所後はホットドック屋から始めた商売を拡大し、
地元で「ニューアイランド」という洋上レストラン
を始めました。このレストランはプーチン大統領の
お気に入りとなり、2001年にはフランスのシラク大
統領、翌2002年にはアメリカのジョージ・ブッシュ
大統領との会食場にも選ばれています。

2003年にはプーチン大統領自身の誕生会もここで開
いているほどです。

このようにプーチン大統領のために手の込んだ宴会
の準備をするなど、ケータリング事業を経営してい
たため「プーチンのシェフ」とも呼ばれてきました。

プリゴジンは、プーチン大統領との個人的関係を深
め行政やロシア軍との関係を築き上げ、学校給食や
ロシア兵士への配給、さらには清掃業務、駐屯地の
建設なども請け負うようになります。

その流れで、ロシア版PMCの設立を任されました。
プリゴジン自身は当初は、PMCの設立に乗り気では
なかったとされますが、2014年にワグネルを創設し
ました。

プリゴジンが乗り気でなかったのは、PMCの業務が
危険なうえにどれだけ利益が出るかが見通せなかっ
たからだとされますが、プーチン体制下のロシアで
実業家が生き残る道は政府に忠実であることが必要
だったからです。

▼実態が見えないプリゴジンの事業

パリ第8大学で地政学を教えているワグネル・グル
ープ研究の専門家のケビン・レモネール(Kevin
Limonier)によれば、ワグネル(グループ)は、プ
リゴジンが取り仕切っている組織の一つに過ぎない
と言います。

プリゴジンは主に3種類の活動に基づき事業を展開
しています。

その1番目の活動が、ワグネルによる「傭兵と警備
業」です。

2番目は、IRA(インターネットリサーチエージェ
ンシー)のような、いわゆるトロール工場からロシ
アに有利となる偽の情報を発信する「偽情報ビジネ
ス」です。

3番目は、アフリカにおける「天然資源の開発業」
です。

そして、それらの活動は、複雑に絡んでいて実態は
よく分かりません。

2018年7月に中央アフリカ共和国でワグネルの調査
を行なっていた3人のジャーナリストが移動中に殺
害されたことなどを踏まえ、特に「ワグネルの活動
は闇に包まれており、その詳細を確かめようとすれ
ば『消される』可能性も高い(※)」との指摘もあ
るほどです。

(※:廣瀬陽子「ハイブリッド戦争、ロシアの新し
い国家戦略」、P72、講談社現代新書、2021年)

今回は、ワグネルの概要について記述しましたが、
次回はワグネルのような民間軍事会社がなぜウクラ
イナの戦争に投入され、重要な役割を担っているの
かについて述べたいと思います。


□出版のお知らせ

このたび拓殖大学の川上高司教授監修で『インテリ
ジェンス用語事典』を出版しました。執筆者は本メ
ルマガ「軍事情報」でもおなじみのインテリジェン
ス研究家の上田篤盛、名桜大学准教授の志田淳二郎、
そしてわたくし樋口敬祐です。

本書は、防衛省で情報分析官を長く務めた筆者らが
中心となり、足かけ4年の歳月をかけ作成したわが
国初の本格的なインテリジェンスに関する事典です。

2017年度から小学校にプログラミング教育が導入さ
れ、すでに高校では「情報科」が必修科目となって
います。また、2025年の大学入学共通テストからは
「情報」が出題教科に追加されることになりました。

しかし、日本における「情報」に関する認識はまだ
まだ低いのが実態です。その一因として日本語の
「情報」は、英語のインフォメーションとインテリ
ジェンスの訳語として使われているため、両者の意
味が混在していることにあります。

一方で、欧米の有識者の間では両者は明確に区別さ
れています。状況を正しく判断して適切な行動をす
るため、また国際情勢を理解する上では、インテリ
ジェンスの知識は欠かせません。

本書は、筆者らが初めて情報業務に関わったころは、
ニード・トゥ・ノウ(最小限の必要な人だけ知れ
ばいい)の原則だと言われ、ひとくくりになんでも
秘密扱いされて戸惑った経験から、ニード・トゥ・
シェア(情報共有が必要)の時代になった今、初学
者にも分かりやすくインテリジェンス用語を伝えた
いとの思いから作り始めた用語集が発展したもので
す。

意見交換を重ねているうちに執筆賛同者が増え、結
果として、事典の中には、インテリジェンスの業界
用語・隠語、情報分析の手法、各国の情報機関、主
なスパイおよび事件、サイバーセキュリティ関連用
語など、インテリジェンスを理解するための基礎知
識を多数の図版をまじえて1040項目を収録する
ことができました。

当然網羅していない項目や、秘密が開示されていな
いため、説明が不足する項目、現場の認識とニュア
ンスが異なる項目など不十分な点が多数あることは
重々承知していますが、インテリジェンスや国際政
治を研究する初学者、インテリジェンスに関わる実
務者には役立つものと思っています。



『インテリジェンス用語事典』
樋口 敬祐 (著),上田 篤盛(著),志田 淳
二郎(著),川上 高司(監修)
発行日:2022/2/10
発行:並木書房
https://amzn.to/3oLyWqi

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(ひぐち・けいすけ(インテリジェンスを日常生活に役
立てる研究家))



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このURLからお知らせください。

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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
NPO法人外交政策センター事務局長。元防衛省情報
本部分析部主任分析官。防衛大学校卒業後、1979年
に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議事務局(第2
幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。陸上自衛隊
調査学校情報教官、防衛省情報本部分析部分析官な
どとして勤務。その間に拓殖大学博士前期課程修了。
修士(安全保障)。拓殖大学大学院博士後期課程修
了。博士(安全保障)。2020年定年退官。著書に
『国際政治の変容と新しい国際政治学』(共著・志
學社)、『2021年パワーポリティクスの時代』(共
著・創成社)、『インテリジェンス用語事典』(共
著・並木書房)


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