配信日時 2022/11/23 20:00

【海軍戦略500年史(最終回)】 パクス・アメリカーナのゆくえ    堂下哲郎(元海将)

こんにちは。エンリケです。

『海軍戦略500年史』の五十回目

この連載は今回の配信で最終回です。

読みおわったとき、思わず拍手していました。

堂下さんのこの連載は、すさまじいまでの迫力と内容を持つ
これまで国内で出た海軍関連書の一流どころと遜色ないレベ
ルの内容だったと正直感じています。

連載を書籍化した
『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
を読んでも、このレベルの内容をメルマガで提供していたのか、、、
と思わず武者震いするほどです。

『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
堂下哲郎(元海将)著
A5判360ページ 定価2600円+税
発行日 :2022.11
価格 ¥2860
https://amzn.to/3FqIv7r


こんな素晴らしいコンテンツを、お忙しい中、
長きにわたりご提供いただいた堂下さんには
感謝の言葉もありません。

心から感謝申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。


では最後の「海軍戦略500年」、さっそくどうぞ。

中共海軍に関してここまで踏み込んだ言葉を
これまで接したことがありません。


エンリケ

追伸
もしかしたら、本連載の書籍化を一番喜んでいるのは
天国の安倍さんかもしれません。



ご意見・ご感想・ご要望はこちらから

https://okigunnji.com/url/7/


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海軍戦略500年史(最終回)

パクス・アメリカーナのゆくえ

堂下哲郎(元海将)

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□はじめに

 50回に及んだこの連載もいよいよ最終回となり
ました。メルマガ主宰者のエンリケ様、そしてここ
までおつきあい頂いた購読者の皆様に深く感謝いた
します。

 私の自衛隊勤務35年を振り返ると、計画作りや
施策決定のために各国の戦略や戦史の検討をするこ
とが多くありました。しかし、時間的な制約から深
く掘り下げるところまではいかず表面的な資料チェ
ックくらいで終わることが多く、退職してもそのこ
とが心のどこかに引っかかっていたように思います。

 そこで、それらの検討作業の履歴を一連のシー・
パワーの歴史の流れの中で再考、再整理してまとめ
たら何かの参考になるのではないかと思い立ったの
が、この連載を始めたきっかけです。おかげさまで、
連載の成果を『海軍戦略500年史』としてまと
めることができました。

本年は海上自衛隊創設70周年を迎え、長さの上で
はまもなく帝国海軍の歴史を超えようとしています。
日本周辺、波高しの状態でまさに「シー・パワー
の時代」となっています。日本がこれからも「自由
で開かれたインド太平洋」において平和と繁栄を享
受するために500年史に学ぶことはたくさんある
と思っています。今回は「パクス・アメリカーナの
ゆくえ」を取り上げて、この連載を終わりたいと思
います。


▼「パクス・シニカ」?

 海洋進出を進める中国が目指しているのは「自由
で開かれたインド太平洋」を目指す国際社会にとっ
てどういう世界なのか? 「パクス・シニカ」とい
う言葉があるが、それが中国の海洋覇権のもとで世
界平和が維持される状態だとすれば、語義矛盾とし
かいいようがない。120年にわたるフランスとの
海上抗争を制した結果としてのパクス・ブリタニカ
や世界大戦後のパクス・アメリカーナと現在の中国
を比べること自体、無理があるのだが、そもそも中
国はいかなる形であれ「パクス」を担う資格がある
のだろうか? パクス・ブリタニカが成立した条件
と比較してみる。

パクス・ブリタニカを維持できた第一の理由は、覇
権国が他国にとって大きな脅威とならず、したがっ
て海上決戦も起きなかったことである。中国の強引
な海洋進出が地域の安定を乱し、脅威となっている
のは明らかであり、仮に台湾などで武力を行使する
ことになれば、米国との正面衝突を引き起こし、中
国にとって自殺的な行為となるだろう。

第二に、覇権国が海洋における「国際公共財」を提
供し、他国はそれから利益を得たことだ。国際的な
海洋秩序が確立されたことで、安定を維持するため
のコストが下がり、それに従う多くの国が利益を得
たのだ。しかし、中国の南シナ海の埋め立てや東シ
ナ海の「中国版航空識別圏」などを見る限り、一方
的で排他的な権益確保であり、国際的な秩序作りに
逆行していることは明らかだ。

第三の理由は、海軍力を用いた外交で覇権国が無理
をしなかったことだ。中国の砲艦外交はこれまで一
定の成果を挙げてきたようだが、その逆効果もすで
に現れている。「一帯一路」構想などで中国の「新
植民地主義」や「債務の罠」が明らかとなりインド
洋沿岸国やヨーロッパ諸国の疑念や離反を引き起こ
していることは前述のとおりである。2022年に
中国が南太平洋島嶼国10ヵ国との安保協力強化を
含む協定作りに失敗したのも、中国の影響力拡大に
対する諸国の懸念が示された例であり、中国の「砲
艦外交」はこれまでのようには成果をあげられなく
なるだろう。

 鄧小平の時代には「韜光養晦(才能を隠して内に
力を蓄える)」を強調して、「平和的台頭」路線を
歩んだものの、習近平のもとで「強硬路線」に転換
してからは、中国は精力的に非生産的な行動をとる
ことが多く「中国脅威論」というコンセンサスを自
ら作り上げてしまっている。
 
▼中国の「間違った戦略」

第四の理由は、パクス・ブリタニカを維持するため
のコストが安く上がったことであったが、中国も経
済の順調な拡大でこれまでのところ海軍の拡大構想
は着実に進捗しているようである。

一般に駆逐艦のような艦艇のライフサイクルコスト
は、弾薬費や改修費を除いても30年間の運用で建
造費とほぼ同額の経費が必要と見積もられている(
防衛省装備施設本部「平成26年度ライフサイクル
コスト管理年次報告書」)。これが原子力潜水艦や
、艦載機を含む空母ともなればさらに経費が膨れ上
がり、高性能化する新型艦は登場のたびにその建造
費は高騰している。

 中国海軍は近年の大量建造で急速に増勢し、特に
最近は空母を含む大型艦などの就役が続いており、
その維持費も考えると今後の海軍予算は加速度的に
膨張し、十数年後からは大量建造時代に就役した艦
艇の代替艦の建造に着手しなければその規模を維持
できない。無理に軍事費を増やし続ければ、冷戦に
おけるソ連の二の舞となりかねない。そうでなくて
も、減速しつつある中国の経済成長や人口減、超高
齢化にともなう社会保障費の膨張などで軍事費の伸
びにブレーキがかかり、海軍の増勢は早晩ピークを
打たざるを得ないのではないか。そうなれば、前述
した「クアッド」などの対中連携次第では中国海軍
の第二列島線内の海上優勢の確保は難しくなり、第
一列島線内の「内海化」さえ思うに任せない状況に
なる可能性も出てくるだろう。

すでに中国は大商船隊を持つ世界有数の貿易国であ
るなど海洋国家としての要件を満たしているように
見える。しかし、マハニズムを思わせる外国港湾の
排他的な獲得や沿海領域の囲い込みなどを進め、「
戦略的国境」という考え方のもと、海を「コモンズ
(共有地)」としてではなく、境界線を引き、その
内側を領土の延長と見る大陸国家のふるまいを続け
ている。

中国は「一帯一路」のほかにも「中華民族の偉大な
る復興」を「中国の夢」とし、台湾や尖閣、そして
南シナ海を「核心的利益」に位置づけ、戦って勝て
る「習近平強軍思想」を提起し(2017年)、こ
れらの実現に邁進している。しかし、今後の国力の
ピークアウトを考えると、これらの実現には疑問符
がつく。どこかで戦略目標の修正をする必要がある
のだろうが、無謬性を示して自らの正統性を維持し
なければならない中国共産党政権には簡単な話では
ないのだろう。中国は「間違った戦略」を転換でき
ない自縄自縛に陥りつつあるのではないか。
 
▼繰り返される大陸国家のあやまち

マハンは、いかなる国家でも、大陸国家であると同
時に海洋国家になることはできないということをい
っている。これは、大陸国家は国境を接する隣国に
対する国防のために大きな努力を払わなければなら
ないから、海上における優位獲得競争のためにふり
向ける努力の余裕がなくなるからだ、という理由で
ある。

英仏の植民地戦争から現代に至るまで、フランス、
ドイツ、ロシア、ソ連が大陸国家であると同時に海
洋国家になろうとして失敗した。日本もまた海洋国
家でありながら、大陸国家になろうとして失敗した


 大陸国家は海洋国家との抗争にあたって通商破壊
戦を挑んだが、これは合理的な戦略でもあった。し
かし、海洋国家に空母が登場して陸地の奥深くまで
戦力投射が可能になると大陸国家は接近阻止戦略に
転換し、ソビエトも中国も潜水艦戦力の建設に注力
した。これも大陸国家にとっての最適な海軍戦略と
いえる。

 ところが大陸国家はしばしば国家の威信を高める
「威信戦略」をとり、これから派生した「海軍ナシ
ョナリズム」により海軍戦略をゆがめてしまう。フ
ランスではナポレオンの海軍拡張政策が国家財政を
圧迫したし、ドイツのウィルヘルム2世のド級戦艦
の建設により必要とされた潜水艦戦力の発展を阻害
した。冷戦期のソ連が1970年代に大規模な艦隊
建設に着手し、空母を建造し始めた頃には米国との
軍備競争に突入し、国家経済を破綻させた。

 冷戦後の中国は、地政学的条件と海軍への資源配
分に見合った接近阻止戦略の近代化に取り組み、潜
水艦や水上艦艇、さらには地対艦弾道ミサイルなど
の拡充に力を入れてきた。しかし、中国が海洋大国
を指向し、前述したとおりの広範な「海軍ナショナ
リズム」が高揚すると、空母を保有する大海軍が大
国の象徴とみなされるようになり、その建設が国家
目標となった。多大の資源を必要とする空母部隊の
建設と運用は、大陸国家のとる接近阻止戦略に最も
適合しているとは言い難いし、費用対効果上も過剰
な投資だろう。

中国は空母建造を含む大海軍の建設に邁進している
。しかし、皮肉にも急速な軍拡と海洋進出の動きは
周辺国の懸念を高めずにはおかず、「マラッカ・ジ
レンマ」を引き起こし、「クアッド」など中国に対
抗する海洋勢力の結集を招いてしまった。古来、「
重陸軽海(陸を重んじ海を軽んじる)」の思想のあ
る中国だが、過去の大陸国家が犯したあやまちを繰
り返そうとしているように見える。
 
▼新たなシー・パワーの結束へ

中国が、南シナ海も中国の核心的利益であることを
明らかにすると(2010年)、アメリカもすかさ
ず南シナ海の航行の自由は米国の国家利益であるこ
とを宣言した(同年、ASEAN地域フォーラム)


 スパイクマンは「アジアの地中海」(台湾、シン
ガポール、オーストラリア北岸で囲まれる海域)を
シー・パワーとランド・パワーとの間の広大な緩衝
地帯として極めて重要と指摘しているが、南シナ海
はその中心的な海域に相当する。

海洋国家アメリカの世界戦略の基盤は、海洋を自由
に航行して目的地にアクセスできることだ。インド
太平洋戦略において、アメリカ西海岸からハワイを
経由し、アジアの地中海(南シナ海)を抜けてイン
ド洋に至る海上連絡線は米国にとって死活的に重要
なのだ。

中国海軍は、2015年には隻数で米海軍を抜いて
世界一になった。全世界に展開している米海軍と異
なり、中国海軍は自国周辺が中心なのでアジア海域
では少なくとも隻数ベースでは優勢だ。地上配備の
弾道ミサイルで本土近接を妨害するA2/AD戦略
も完成に近づきつつある。

 中国と異なるアメリカの強みは日豪印やNATO
といった有力なシー・パワーを持つ国々との強い結
びつきだ。冷戦も米国だけで勝利したわけではない
。米国は確かに突出した存在だったが、NATO諸
国や日本などとの同盟がなければ達成できなかった
勝利だ。

「自由で開かれたインド太平洋」の実現のためには
、東シナ海を含めた「アジアの地中海」における中
国の国際的規範を無視した一方的な行動を抑止、対
処する必要がある。前述のとおり、ロシアの脅威へ
の対処を強化するNATOも、新たな戦略概念にお
いて中国の脅威に向き合う方針を明らかにした。

米トランプ政権の4年間で再認識させられたことは
、米国は政治的に深く分断され、多くの米国民はア
メリカが「世界の警察官」の役割を担うべきだとは
考えておらず、同盟国にもっと大きな役割を果たし
てほしいと考えていることだ。

 これまでのような「パクス・アメリカーナ」は終
わったと考えるべきだ。米国はこれからも比類ない
存在であり続けるだろうが、今後は米国を中心とし
つつも、クアッドとNATOが結束して中国とロシ
アに向き合ってゆく時代となるだろう。そして、そ
の結束は米国の力を他国が補うというような程度で
はなく、中国が警戒する「インド太平洋版の新NA
TO」と見られるほど強固なものであるべきことを
忘れてはならないと思う。


(おわり)






(どうした・てつろう)


◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。

月刊Hanada2021年11月号
https://amzn.to/3lZ0ial



【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)、『海軍戦略500年史──シー・パワーの
戦い』(2022年)がある。


▼きょうの記事への、あなたの感想や疑問・質問、
ご意見は、ここからお知らせください。
 ⇒ https://okigunnji.com/url/7/




堂下さんの新刊です。

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海洋国家として、海洋地政学を基にした
国家戦略・大戦略を築き、世界の中のわが国を護り
ぬいてゆきたい。
そう思う私にとって、日本発の海洋軍事地政学の嚆
矢と言って差し支えない本連載が本になったことは
「日本発の軍事分野からの世界史」という意味で画
期的な作品と考えます。

臺灣有事=日本有事です。その危険が目前に迫っ
た今、「わが海洋地政学」をわきまえておくことの
大切さはいくら言っても言い足りません。

堂下さんの新刊でも書かれていたのですが、
大陸国が国力を増大すると海洋進出を図り、
海洋国家並みになろうとして破綻してきた。
のが歴史のようです。

ナチスドイツしかりソ連しかりナポレオンしかり

大陸国家・中共はその道を歩み始めていますね。



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発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)

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