こんにちは。エンリケです。
『海軍戦略500年史』の四十九回目
この連載は来週の配信で終了です。
いまのわが国をめぐる世界の動きは、
海の地政学、インド太平洋、シー・パワー、への理解
抜きでは不可能です。
そこに目が向かないよう、おかしな勢力は世論を誤
誘導しようと企みます。これに引っかかると第二の
大東亜戦争敗戦と同じ、いやそれ以上のダメージを
国家国体に招くでしょう。
だから主権者たる国民は「海の地政学」を、「イン
ド太平洋」を、「シー・パワーの歴史」を、学びわ
きまえておかなきゃいけない、と私は思っています。
入門の書として最適なのがこの本です。
『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
堂下哲郎(元海将)著
A5判360ページ 定価2600円+税
発行日 :2022.11
価格 ¥2860
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わが国発のシーパワー、海軍史です。
だから読んでいてしっくり入ってきます。
では今日の記事、さっそくどうぞ。
エンリケ
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海軍戦略500年史(49)
自由で開かれたインド太平洋
堂下哲郎(元海将)
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□はじめに
この連載も今回を含めてあと2回となりました。
今回は「自由で開かれたインド太平洋」と「クアッ
ド」やNATO諸国海軍との連携について述べたい
と思います。
これらの話題は最近のことでもあり、私たちになじ
みの深いものです。オーストラリアやインドが「ク
アッド」に参加するのはわかるとしても、NATO
諸国が関与を強めるのはまさに「インド太平洋」の
時代を象徴するものだといえます。
ロシアのウクライナ侵攻を受けてNATOは戦略概
念を大きく変換しました。ロシアをはっきりと脅威
と位置づけたのは当然としても、中国に対しても厳
しいスタンスを示してインド太平洋に関与する姿勢
を示したことは画期的なことでした。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻が長期化するにつ
れ、とりあえず陸の守りを強化しなければならなく
なったNATO諸国がインド太平洋での海洋戦略に
どの程度の資源を振り向けられるのか、これからの
注目点になります。
▼なぜインド太平洋か?
米国の力が低下して、中国が台頭しロシアが復活
してきた。世界は中露が主導する権威主義的なユー
ラシア勢力と欧米や日本が主導する自由主義陣営が
対峙する構図となりつつある。インド太平洋地域は、
将来、世界のGDPや人口の6割が集中する世界政治
と経済の中心になることが見込まれていることから、
この地域の安定を維持し、21世紀の国際秩序を形成
することは世界の将来にとっても極めて重要だ。
海洋国家が多いこの地域では、自由な経済活動とそ
れを支える海上貿易が繁栄の前提条件になるため、
覇権国家の支配を排して自由な開かれた国際秩序が
維持されなければならない。日本が2016年に提唱し
て推進している「自由で開かれたインド太平洋」は
そのためのものである。
トランプ政権以降の米国が、中国との大国間競争
に舵を切ったことは前述のとおりだが、「国家安全
保障戦略」では、米軍増強や同盟強化による「力に
よる平和の維持」で中国の挑戦を退ける固い決意を
示し、「国防戦略」では米軍の優位性が脅かされて
いるなか、侵略抑止と秩序維持のためインド太平洋
地域で同盟を強化するとの方針を示した。
米国は、こうした戦略転換を背景にして日本が提
唱した「自由で開かれたインド太平洋」を共有する
ことにしたのだ。
▼日米豪印の連携「クアッド」
「自由で開かれたインド太平洋」は、日米の戦略連
携に加えて日米豪印の4カ国間の戦略対話や防衛協
力が進んだことから、インド洋諸国に影響力を持つ
インドを日米側に取り込み、インド洋に面した民主
主義海洋国家である豪とともに中国とのパワーバラ
ンスをとる構想として生まれてきたものだ。
日米豪印4カ国の連携枠組み「クアッド」は、
「クアッドの精神」と題された共同声明で、同枠組み
を「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた
結束と定義し、「自由で開かれ、民主的価値に支え
られ、威圧によって制約されることのない地域のた
めに尽力する」ことをその目標に据えた(2021年)。
さらに「東・南シナ海におけるルールに基く海上秩
序に対する挑戦に対応するべく、海洋安全保障を含
む協力を促進する」と明記した。これに対して中国
側は、「インド太平洋版の新「北大西洋条約機構
(NATO)」を作ろうとしている」と警戒感をあらわ
にしている。
今後「クアッド」は、「対中包囲網」参加に慎重な
インドとの連携のあり方を模索しつつ、この地域に
関与を強めている英仏はじめカナダ、ニュージーラ
ンドなどパートナー国との連携を強めて、抑止力を
高めることが期待されている。
▼NATO海軍との連携
「自由で開かれたインド太平洋」構想には英仏など
も関与しているが、もともと欧州は中国を脅威とし
てみる観点は希薄で、巨大なビジネスチャンスとの
見方が主流だった。この点で大西洋国家であるとと
もに太平洋国家でもある米国と大きな違いがあった。
しかし欧州の関与を得ることは、中国の「一帯一路」
政策の地政学的な意味合いを中和することに加え、
中露ユーラシア大陸勢力との対峙に備えた自由主義
海洋国家陣営の強化を考えると極めて重要であり、
今後、NATO海軍との連携が深化することが期待され
る。
冷戦中のNATO海軍の役割は、英仏海軍の戦略原潜
による核抑止に加えて、ソ連海軍へのけん制が主な
ものであり、バルチック艦隊に対してドイツ海軍、
黒海艦隊に対してイタリア海軍がそれぞれバルト海
と地中海において主戦力として対抗していた。
その他、遠隔地への戦力展開能力を持つ英仏軍は、
冷戦前期に植民地に関係するスエズ危機、インドシ
ナ戦争などを戦ったほか、英軍はフォークランド紛
争を戦ってきた。
冷戦後も英仏による核抑止パトロールは継続され
たが、ロシア海軍に対するけん制という役割は大き
く後退し、かわって重視されるようになったのが東
欧や中東の地域紛争に対処するための危機管理型の
緊急展開だった。以後、NATOは本来のヨーロッパの
集団防衛から域外の紛争に積極的に関与するように
なったが、ロシアによるクリミア併合(2014年)や
ウクライナ侵攻(2022年)を経て、欧州防衛の再強
化に回帰しようとしている。
このように欧州正面の戦略環境が大きく変化する
なかにあって、NATO主要国はインド太平洋地域に関
する戦略を策定し軍事的な関与を強めている。
域内に海外領土を持つフランスはいち早く「インド
太平洋戦略」(2018年)を策定し、日米豪などと共
同演習を行なっている。オランダも2020年に戦略を
策定した。域内に海外領土を持たないドイツは「イ
ンド太平洋ガイドライン」(2020年)を決定し、域
内の価値観を共有するパートナーとの安全保障協力
を強化することを決定し、中国に配慮しつつも半年
にわたりフリゲートを派遣した(2021年)。これら
の動きを踏まえてEUも2021年、台湾との協議開始を
含むインド太平洋戦略を発表するに至った。
▼「スエズ以東」へ回帰するイギリス
NATO加盟国のうち、イギリスはEU離脱後の国家構想
「グローバル・ブリテン」に関する初めての戦略文
書として「統合レビュー」を発表した(2021年)。
このなかでイギリスは戦略の重点をインド太平洋に
置き、日本とこの地域の英連邦国家と「同盟」を結
び、地域の新たな秩序の構築を目指すとしている。
イギリスは、香港をめぐる中国との関係悪化もあり、
1968年以来の「スエズ以東からの撤退」という方針
を転換することを宣言したのだ。
イギリスは冷戦後の湾岸戦争、アフガニスタン紛争、
イラク戦争に大規模な派兵を行ない、湾岸地域へ
の軍事的関与を強めてきた。同国は湾岸諸国と防衛
協力協定(2012年)を結び、プレゼンスを増大させ、
米第5艦隊の母港であるバーレーンのミナ・サルマ
ン海軍基地に50年ぶりの常設の海軍支援施設を設置
(2018年)して湾岸海域とインド洋で哨戒活動を行
なっている。域内に4隻の掃海艇を常駐させている
ほか、オマーンにも補給支援基地を設置(2018年)
し、同国軍との大規模軍事演習を継続している。
東アジアにおいては、5ヵ国防衛取極(FPDA)
に基づく関与を続けていたが、2018年以降は米
海軍と連携した南シナ海での航行の自由作戦を行な
うなどアジア太平洋地域への関与を強めている。
2017年には日英安全保障共同宣言において日英がグ
ローバルな戦略的パートナーシップを構築し、それ
をさらに発展させ「同盟国」として関係を強化する
ことを謳った。訪日した英メイ首相は、ともに海洋
国家で外向き志向の日英は、民主主義、人権、法の
支配を尊重する自然なパートナーであり同盟国だと
思うと述べた。日英が互いを「同盟国」と呼ぶのは
1923年に日英同盟を解消して以来、およそ100年ぶ
りのことである。
新型空母「クイーン・エリザベス」を中心とする
空母打撃群の初めてのインド太平洋地域への展開
(2021年)は、まさに英国の新戦略を象徴するも
のだった。戦後の日本にとって「同盟国」とは米国
を意味するものだったが、「自由で開かれたインド
太平洋」を実現する過程では、米豪印のクアッド参
加国はもちろん、価値観や目的を同じくする諸国と
同盟国的な連携を強めていかねばならない。
▼NATO戦略概念の見直し
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、NATOは12年ぶ
りに戦略概念を改訂した(2022年)。それまで「戦
略的パートナー」としていたロシアを「最も重大で
直接的な脅威」と認定し、NATO即応部隊を4万人か
ら一挙に30万人以上まで拡充することにした。これ
は、冷戦末期、米軍が欧州に派遣していた兵力規模
に匹敵するもので、NATOの防衛意志の強さを示すも
のだ。
このように欧州防衛への原点回帰を示しつつ、中
国についてもその野心や威圧的な政策を「NATOの利
益、安全保障や価値観に挑戦しようとするもの」と
し、中国の脅威を念頭に置いたインド太平洋地域へ
の関与を2本目の柱として明記したことは戦略概念
としては初めてのことである。これは中国を「最重
要の戦略的競争相手」と位置づける米国の意向が反
映された形だが、NATOでも対中脅威認識が共有され
「インド太平洋地域のパートナーたちとの対話と協
力を強化し、共通の安全保障上の問題に立ち向かっ
ていく」と謳った意義は大きく、すでに策定された
各国のインド太平洋戦略と相まって今後ますます連
携が強化されることになるだろう。
(つづく)
(どうした・てつろう)
◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。
月刊Hanada2021年11月号
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【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)がある。
▼きょうの記事への、あなたの感想や疑問・質問、
ご意見は、ここからお知らせください。
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堂下さんの新刊です。
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海洋国家として、海洋地政学を基にした
国家戦略・大戦略を築き、世界の中のわが国を護り
ぬいてゆきたい。
そう思う私にとって、日本発の海洋軍事地政学の嚆
矢と言って差し支えない本連載が本になったことは
「日本発の軍事分野からの世界史」という意味で画
期的な作品と考えます。
臺灣有事=日本有事です。その危険が目前に迫っ
た今、「わが海洋地政学」をわきまえておくことの
大切さはいくら言っても言い足りません。
堂下さんの新刊でも書かれていたのですが、
大陸国が国力を増大すると海洋進出を図り、
海洋国家並みになろうとして破綻してきた。
のが歴史のようです。
ナチスドイツしかりソ連しかりナポレオンしかり
大陸国家・中共はその道を歩み始めていますね。
PS
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おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
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