配信日時 2022/11/11 08:00

【ウクライナ情報戦争(4)】積極工作の中の偽情報(ディスインフォメーション)   樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応
予備自衛官でもあります。お仕事の依頼など、問い
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こんにちは、エンリケです。

ウク侵略における
ディスインフォメーション
の解説です。

現在進行形で進行中の戦は
教訓の宝庫です。

ではさっそくどうぞ。


エンリケ



おたよりはコチラから
 ↓
https://okigunnji.com/url/7/


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ウクライナ情報戦争(4)

積極工作の中の偽情報(ディスインフォメーション)


 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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□はじめに

北朝鮮によるミサイル発射が続いています。11月
3日にはJアラートが発出されました。午前7時5
0分に1回目「ミサイル発射」、午前8時に2回目
「7時48分ごろ太平洋へミサイル通過」。しかし、
8時40分頃、防衛省が「ミサイルは実際には日
本上空を通過していないことが判明した」と修正の
コメントを発表しました。

 それら一連の動きをめぐって「情報伝達」の部分
で批判が出ています。たとえば、発令したタイミン
グについて、「政府が通過したとみた午前7時48
分ごろは、対象3県に避難を促した午前7時50分
より前にあたる」「日本の上空通過はないにもかか
わらずJアラートが出たことは検証が必要だ」など
というものです。

ところで、早期警戒衛星を保有している国は、アメ
リカ、ロシア、フランスなどと少数です。我が国に
おいては、まだ早期警戒衛星の機能の保有に向け、
2024年度ごろまで研究・実験の段階です。

当然、我が国は早期警戒情報をアメリカに頼らざる
を得ません。

1)早期警戒とは、弾道ミサイルの発射の探知とそ
の追跡を行なうことです。そのため発射予想地域か
ら弾着地域までをカバーし、常時監視できることが
必要です。
2)その早期警戒衛星は、静止軌道または長楕円軌
道上において運用され、赤外線センサーで弾道ミサ
イルや宇宙ロケットの発射炎などの熱源を探知する
役割を有する衛星です。
3)これらの衛星は、ミサイル発射時に発生する赤
外線を捉えて発射警報を出すとともに、どちらに向
かって飛翔しているかを把握、その情報を受けて、
地上設置などのレーダーが追尾を引き継ぐ体制 と
なっています。

しかも、弾道ミサイルの日本までの飛来時間は極め
て短いと考えられます。もちろん、弾道ミサイルの
種類や発射の方法、発射場所などにより時間は異な
ります。たとえば、2016年2月7日に北朝鮮西
岸の東倉里(トンチャンリ)付近から発射された弾
道ミサイルは、約10分後に、発射場所から約1,
600km離れた沖縄県先島諸島上空を通過してい
ます。

このような点を考えれば、情報伝達の問題での検証
も必要でしょうが、できることは限られているよう
に思います。むしろオオカミ症候群を恐れて、情報
を出すのをためらうことの弊害の方が大きいように
思います。いつ我が国の領海のみならず領土へ弾着
するかが、不安視されるような状況においては、情
報伝達にとどまらない本質的な部分の議論がもっと
盛んになることが必要なのではないでしょうか。


▼3つの嘘の情報──誤情報、偽情報、悪意の情報

さて、今回から、ウクライナ戦争に見る積極工作に
ついて述べたいと思います。

積極工作とは、他国に政策に影響を与えることを目
的として、伝統的外交活動と表裏一体で推進されて
いるディスインフォメーションから暴力活動をとも
なう活動までの公然・非公然の諸工作です。特にソ
連(ロシア)で伝統的に行なわれているとされます。

非常に幅広い概念になりますので、今回はその中の
偽情報(ディスインフォメーション)について紹介
したいと思います。

2017年に公表された欧州評議会の報告書によれ
ば、情報の無秩序(Information Disorder)の状況
下における正しくない情報、いわゆる嘘の情報には
次の3つの種類があります。

(1)誤情報(Mis-information):事実誤認や誤った
文脈での情報を短絡的につなげてしまう、ミスリー
ディングな文脈などです。これは、単に誤ったもの
で故意や害意はない情報です。

(2)偽情報(Disinformation):害意をもって故意
に広められた誤った文脈や詐欺的な内容です。いわ
ゆるでっち上げとか情報操作された内容の情報です。

(3)悪意の情報(Mal-information):情報をリーク
する、機微な個人情報を相手を害する目的で公にす
るなど、情報的には正しいが相手に悪意や害意をも
って広められる情報です。

情報戦においては、主に(2)番目の偽情報(ディスイ
ンフォメーション)が用いられるとされますが、上
記3つを明確に区分するのは、困難な場合も多いと
思われます。したがって、偽情報には、(1)や(3)の要
素も含まれていると考えていいと思います。

▼ロシアの偽情報作戦──見破られたゼレンスキー
大統領の偽動画

ロシアはウクライナに侵攻する前、ウクライナ国境
付近にロシア軍を集結させていました。この行動に
関し2月15日の時点でロシア国防省はロシア軍の
部隊が演習を終えて撤収を始めたと発表しました。
しかし、それは偽情報であり、ウクライナへ侵攻す
るために集結していた部隊であることが、アメリカ
によって事前に指摘されていました。

 2月24日に、ロシアが侵攻したことにより、そ
れは明らかな嘘であり偽旗作戦であることが証明さ
れました。

EUのEast StratCom Task Forceによれば、ロシア
とウクライナ間の緊張が高まった年明け以降、ロシ
ア側の偽情報の発信は、4月30日の時点でも236件が
確認されています。そして、これらの工作活動には
ロシア政府系メディアのRTやスプートニクとその
SNSアカウント、IRA(Internet ResearchAgency)
によってSNS上に作成されたアカウントが使用さ
れています。

また、4月のマイクロソフトおよびメタの報告書に
よれば、FSB、GRU、ベラルーシの国家保安委
員会といった政府機関が、こうした工作活動に関係
していることも報告されています。

 たとえば、2月15日、ロシア側はウクライナ国
防省および国立銀行にサイバー攻撃を仕掛け、その
前後に当該銀行に成りすまして「ATMが使用不能
になった」との偽情報を流し、ウクライナ市民の間
に混乱を拡散しようとしました。

2月24日のウクライナ侵攻直後には、ロシア関係
者のアカウントから、「首都キーウからゼレンスキ
ー大統領とウクライナ軍が逃亡した」との情報がS
NS上で発信されました。これに対し、ゼレンスキ
ー大統領が、すぐにキーウから動画を発信したため、
逃亡は全くの嘘であることが露呈しました。

3月16日には、SNS上に、ゼレンスキー大統領
が自国の兵士や国民に降伏を呼びかけるディープ・
フェイクを使った新たな偽動画も出回りました。ほ
ぼ同時にウクライナの国営テレビもハッキング攻撃
に遭い、大統領が降伏を呼びかけたとの偽のテロッ
プが画面に流れました。さらに、ロシア国内のコメ
ンテーターは、ゼレンスキー大統領が動画を投稿し
た後に心変わりしたのだとの解説を広めました。

今回は動画の質が悪く(とはいえ素人が簡単に見分
けることは困難だと思いました)、ゼレンスキー大
統領もすぐに注意を呼びかけたため、ロシア側の作
戦は失敗に終わりました。

しかし、今日の技術の進歩を見ればより巧妙な動画
が作られ、素人が画像だけで判断できる可能性はま
すます低くなっていくでしょう。

▼ロシアによる偽情報の特徴──嘘も100回言え
ば本当になる

ロシアのこうした情報は、真っ赤な嘘であり支離滅
裂に見えます。したがって、ロシアからの発信はい
つも嘘だと思われるので効果がないのではないかと
思われます。しかし、必ずしもそうではないのです。

ロシアの偽情報は効果を生み出しうるとする米ラン
ド研究所の報告書(2016年)があります。

報告書によれば、新時代のロシアのプロパガンダに
ついての基本姿勢は「受け手を楽しませ、混乱させ、
圧倒することである。」とされています。そして、
そこには大きく次の2つの特徴があるとされます。

第1の特徴は、多様な媒体を通じた大量の情報発信
です。文字、動画、音声、静止画などのコンテンツ
を、インターネット、SNS、衛星放送、ラジオ、
テレビ、さらにオンラインのチャットルームなどで
一斉に配信する。そして、これらの内容をIRAな
どのトロール(あらし)と呼ばれる専門の組織が、
SNS上の多数の偽アカウントを使って絶え間なく
拡散させるのです。

一般的に情報の信ぴょう性を高めるには、複数の情
報源から入手することが大切だと言われます。入手
する相手が違うと、違う情報源だと思い込んでしま
いますが、同じ元ネタがリツイート(転載)された
ものは、複数の情報源とは言えません。

また多様な媒体を通じた発信は、人が同じ情報に接
する頻度そのものも高めます。いわゆる嘘も100
回言えば本当になるという理論です。

▼偽情報を信じてしまう「スリーパー効果」

第2の特徴は、半端な事実や赤裸々な噓を恥じらい
なく広める姿勢です。実際に存在する専門家の名前
を語って勝手な主張を展開するなどは、ロシアの常
とう手段です。

このようにして情報が流された結果、日々、大量の
情報に接する人々は、真偽をいちいち確認する余裕
がありません。そうして記憶にすり込まれた情報は、
当初こそ疑わしく思えても時間とともに違和感が
薄らいでいくのです。

この心理現象を「スリーパー効果」と呼びます。こ
うして、信ぴょう性の低いあからさまな偽情報もや
がて事実として認識されてしまうというわけです。

ロシアの偽情報が米国においても一定の支持を得る
のも、こうした効果だと考えられます。ウクライナ
と米国が生物兵器を開発しているとの情報は「新型
コロナウイルスは生物兵器だった」とのデマにあや
かる形で広がり、トランプ前米大統領を熱烈に支持
した米国内の極右勢力やQアノンの間で浸透してい
ます。

実は我が国においても、同様の現象が起きています。
東京大学の鳥海不二夫教授の分析によればQアノ
ンに共鳴した内容や新型コロナウイルスのワクチン
をめぐる誤情報を発信していたクラスター(集団)
が、ウクライナ侵攻では親ロ的な投稿を拡散してい
ることが判明しています。

同教授が2022年1月1日~3月5日、日本語で「ウクラ
イナ」「ロシア」「プーチン」などの語句が使われ
たツイート約30万件を抽出し、分析したところ、
「ウクライナ政府はネオナチ」という投稿は228件
あり、約1万900のアカウントが3万回以上リツイー
トしていました。

 そして、これらのアカウントの過去の投稿を調べ
たところ、87・8%が新型コロナウイルスワクチ
ンに否定的な内容を、46・9%が「Qアノン」に
関連する主張を拡散していたとされます。

 我が国においても、ロシアの偽情報(ディスイン
フォメーション)が確実に浸透してきているのです。

次回も、引き続きディスインフォメーションについ
て書きたいと思っています。



□出版のお知らせ

このたび拓殖大学の川上高司教授監修で『インテリ
ジェンス用語事典』を出版しました。執筆者は本メ
ルマガ「軍事情報」でもおなじみのインテリジェン
ス研究家の上田篤盛、名桜大学准教授の志田淳二郎、
そしてわたくし樋口敬祐です。

本書は、防衛省で情報分析官を長く務めた筆者らが
中心となり、足かけ4年の歳月をかけ作成したわが
国初の本格的なインテリジェンスに関する事典です。

2017年度から小学校にプログラミング教育が導入さ
れ、すでに高校では「情報科」が必修科目となって
います。また、2025年の大学入学共通テストからは
「情報」が出題教科に追加されることになりました。

しかし、日本における「情報」に関する認識はまだ
まだ低いのが実態です。その一因として日本語の
「情報」は、英語のインフォメーションとインテリ
ジェンスの訳語として使われているため、両者の意
味が混在していることにあります。

一方で、欧米の有識者の間では両者は明確に区別さ
れています。状況を正しく判断して適切な行動をす
るため、また国際情勢を理解する上では、インテリ
ジェンスの知識は欠かせません。

本書は、筆者らが初めて情報業務に関わったころは、
ニード・トゥ・ノウ(最小限の必要な人だけ知れ
ばいい)の原則だと言われ、ひとくくりになんでも
秘密扱いされて戸惑った経験から、ニード・トゥ・
シェア(情報共有が必要)の時代になった今、初学
者にも分かりやすくインテリジェンス用語を伝えた
いとの思いから作り始めた用語集が発展したもので
す。

意見交換を重ねているうちに執筆賛同者が増え、結
果として、事典の中には、インテリジェンスの業界
用語・隠語、情報分析の手法、各国の情報機関、主
なスパイおよび事件、サイバーセキュリティ関連用
語など、インテリジェンスを理解するための基礎知
識を多数の図版をまじえて1040項目を収録する
ことができました。

当然網羅していない項目や、秘密が開示されていな
いため、説明が不足する項目、現場の認識とニュア
ンスが異なる項目など不十分な点が多数あることは
重々承知していますが、インテリジェンスや国際政
治を研究する初学者、インテリジェンスに関わる実
務者には役立つものと思っています。



『インテリジェンス用語事典』
樋口 敬祐 (著),上田 篤盛(著),志田 淳
二郎(著),川上 高司(監修)
発行日:2022/2/10
発行:並木書房
https://amzn.to/3oLyWqi

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ひぐちけいすけ(インテリジェンスを日常生活に役
立てる研究家)



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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
NPO法人外交政策センター事務局長。元防衛省情報
本部分析部主任分析官。防衛大学校卒業後、1979年
に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議事務局(第2
幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。陸上自衛隊
調査学校情報教官、防衛省情報本部分析部分析官な
どとして勤務。その間に拓殖大学博士前期課程修了。
修士(安全保障)。拓殖大学大学院博士後期課程修
了。博士(安全保障)。2020年定年退官。著書に
『国際政治の変容と新しい国際政治学』(共著・志
學社)、『2021年パワーポリティクスの時代』(共
著・創成社)、『インテリジェンス用語事典』(共
著・並木書房)


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(代表・エンリケ航海王子)

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