こんにちは。エンリケです。
堂下さんの新刊です。
『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
堂下哲郎(元海将)著
A5判360ページ 定価2600円+税
発行日 :2022.11
価格 ¥2860
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海洋国家として、海洋地政学を基にした
国家戦略・大戦略を築き、世界の中のわが国を護り
ぬいてゆきたい。
そう思う私にとって、日本発の海洋軍事地政学の嚆
矢と言って差し支えない本連載が本になったことは
「日本発の軍事分野からの世界史」という意味で画
期的な作品と考えます。
陸の宗像さんの「世界の動きとつなげて学ぶ日本国
防史」と並び評せられる画期的な出来事です。
この二冊をは並列で読むことで、あなたは、多層的
多面的複眼的な地政学把握、史眼視座を養えるはず
です。
わが国は、「わが国発の世界史」をありとあらゆる
分野で発信していく必要があると思っています。
堂下さんと宗像さんの取り組みに、心からの敬意を
表します。
臺灣有事=日本有事です。その危険が目前に迫っ
た今、「わが海洋地政学」をわきまえておくことの
大切さはいくら言っても言い足りません。
堂下さんの新刊でも書かれていたのですが、
大陸国が国力を増大すると海洋進出を図り、
海洋国家並みになろうとして破綻してきた。
のが歴史のようです。
ナチスドイツしかりソ連しかりナポレオンしかり
大陸国家・中共はその道を歩み始めていますね。
さて『海軍戦略500年史』の四十八回目
この連載もまもなく終わりです。
大団円に入っています。
では今日の記事、さっそくどうぞ。
エンリケ
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海軍戦略500年史(48)
ロシア海軍の復活
堂下哲郎(元海将)
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□はじめに
ロシアがウクライナに侵攻してから8か月が過ぎ
ました。ウクライナ軍が反転攻勢を続けるなか、戦
力不足が指摘されるロシアはウクライナ全土へのミ
サイル攻撃を行ない「汚い爆弾」を使用する可能性
さえ取りざたされるなど戦況は緊迫化しています。
今回は冷戦後のロシア海軍の歩みとロシアの独特な
戦略を見てゆきます。そこには黒海をめぐるウクラ
イナとの確執や、中国のA2/AD戦略とも比較で
きる大陸国家ならではの戦略の特徴がみられます。
新刊『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦
い』のご予約ありがとうございました。15世紀の
大航海時代から現代に至る海軍戦略の変遷、シー・
パワーをめぐる興亡を描いたもので、A5判2段組・
360頁という大冊となりました。読者の方々の感
想をぜひお聞かせください。
『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
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▼ロシア海軍の復活
ロシアはソ連解体後の混乱期を経て、プーチン政権
下で政治的、経済的な安定を回復し、その海軍は様
々な問題を抱えつつも装備の近代化や組織改編を進
めて復活してきた。
海軍の任務は、ロシアに対する軍事力行使の抑止と
撃破をはじめとして、排他的経済水域(EEZ)な
どでの権益の保護、世界の海洋における漁業支援と
海軍力プレゼンスの顕示とされており、「2020
年までの海洋ドクトリン」(2000年)では、海
洋にはロシアの死活的な利益があるとして、その保
護にあたる海軍の重要性が強調されている。このよ
うな考え方は、プーチン政権で新たに決定されたと
いうよりは、1960年代以降、ゴルシコフのもと
外洋海軍を目指したソ連時代の海洋戦略と基本的に
は同じもので、それが復活したとみることができる。
2000年代後半あたりから国防予算の増額によ
り艦隊の活動が世界的に活発になり、日本との合同
演習や艦艇訪問、リムパック演習、ソマリア沖の海
賊対処などに参加するようになった。2010年代
に入ると、長く中断していた戦略原潜による核パト
ロールも再開している。
また、ロシアは伝統的に重視してきた地中海のプ
レゼンスも復活させている。近年は緊迫するシリア
情勢に対応し、アサド政権を支援するために地中海
作戦コマンドを設置し、艦艇部隊を常駐させて米欧
の軍事介入をけん制している。
ロシアが「戦略的資源基盤」と考えている北極海に
ついては、大陸棚の画定がなされていないため資源
をめぐる軍事紛争が起きることや欧州とアジアの最
短航路である北極海航路に外国艦艇が進入してくる
ことを警戒している。このため、北極圏において閉
鎖されていた軍用飛行場の再開、レーダー監視網の
整備、救難センターの設置、海軍による北極海運航
訓練などが行なわれるようになった。
海軍の近代化は2010年代から国家装備計画とし
てスタートし、様々な問題はあるものの艦艇の更新
が進められている。
▼黒海をめぐる地政学
ソ連崩壊後、黒海艦隊基地のセヴァストポリとソ連
の艦艇建造を一手に引き受けていた大造船所のある
ニコライエフがウクライナ領となり、さらに同国が
NATO加盟を表明したためロシアは黒海に面した
海軍拠点をすべて失う可能性に直面した。ちなみに
中国海軍の空母「遼寧」は、ニコライエフの造船所
で建造中だった空母「ワリヤーグ」が未完成のまま
売却されたものだ。
ロシアとウクライナはセヴァストポリ基地を共同運
用することに合意し(1992年)、ロシアは基地
の使用料として年間9,800万ドルを支払うこと
になったが、使用期間の延長や条件をめぐり両国間
でトラブルが多かった。また、グルジア戦争(20
08年)では米艦艇が黒海に展開したことから、モ
スクワが巡航ミサイルの射程に入ることにロシア側
は強い警戒感を感じたとされる。
このようなことからロシアは領内のノヴォロシース
クの海軍基地を拡張(2005年頃~)する一方で次々
と新型艦を配備して黒海艦隊の増強に着手した。ロ
シアはクリミア併合(2014年)によりセヴァストポ
リを自国領とすると、ウクライナに対して基地租借
協定が無効になった旨を一方的に通告した。ソ連時
代には黒海沿岸国はトルコを除いてすべて勢力下に
あったが、いまやルーマニアとトルコはNATO加盟
国であり、グルジアは準敵国、ウクライナとは戦火
を交えている。
ロシアはウクライナ侵攻(2022年)で黒海沿岸の自
国領を拡げようとしていることは明らかだ。黒海を
めぐる戦略環境はすっかり変わってしまったが、ロ
シアの地中海への出口としての黒海の地政学的重要
性は全く変化していないのだ。
▼ロシアのA2/AD
ロシア海軍の中心的な任務は前述のとおり敵艦隊
の撃破と抑止とされているが、小泉悠はこれについ
て次のように分析している。
「まず、敵艦隊の撃破については、洋上で全面戦争
を戦う可能性は極めて低いが、小規模紛争に対処す
る可能性はあると考えられている。ゴルシコフは『
海軍戦略』において、近代海軍が内陸部への戦力投
射能力を著しく高めていることに着目しているが、
これは当時出現しつつあったトマホーク巡航ミサイ
ルを強く意識していたためだ」
ロシアは湾岸戦争(1991年)、ユーゴスラビ
ア空爆(1999年)、イラク戦争(2003年)
を通じて米軍の圧倒的な長距離精密攻撃能力と戦略
機動能力に危機感を抱いた。また、第二次チェチェ
ン戦争(1999年)、グルジア戦争(2008年)、ウク
ライナ危機(2014年~)では、黒海やバルト海に米
海軍が展開し、ロシアの内陸部が巡航ミサイルの射
程内に入る可能性が強く懸念された。
これらのことから、ロシア海軍の第一の役割は、
ロシア沿海から西側の海軍力をなるべく遠ざけるこ
とであり、このためにロシアは沿海部において海軍
を中心とする統合部隊を編成している。これは中国
が西太平洋において展開している接近阻止・領域拒
否(A2/AD)戦略のロシア版といえる。
▼ロシアの「エスカレーション抑止」
紛争の抑止についても、ロシアの考え方は独特だ。
冷戦後のロシアは、チェチェンや旧ソ連圏への介
入を行なってきたが、これらが西側の介入を招き、
軍事紛争にまでエスカレートしないことが自らの勢
力圏を守るために必要となる。
ロシアの「エスカレーション抑止」とは、戦争が切
迫した段階または初期段階において、核使用または
その脅しをかけ、西側の軍事介入を思いとどまらせ
たり、相手国の戦意をくじくことである。これは必
然的に小規模紛争での核使用や戦争が始まる前の段
階における予防的な核使用を含むとされる。
また、核兵器による抑止のほかに長距離精密誘導
兵器による「非核抑止」もある。プーチン首相(当
時)は2012年に公表した論文で、精密誘導兵器
の大量使用が戦争の帰趨を決する傾向が今後強まる
とともに、非核兵器の威力増大によって核兵器の相
対的な重要性は低下するとの見通しを述べている。
まさに冷戦後のロシアが抱いてきた長距離精密攻撃
力への懸念を裏返して、自らこのような兵器を保有
しているのが現在のロシア軍であり、このことはウ
クライナ侵攻(2022年)における初期の作戦を
みても明らかだ。
▼プーチンロシアのゆくえ
2013年、シリア内戦での化学兵器使用を受けた
米英仏の軍事介入の動きがあったが、結局は不介入
に終わった。当時のアメリカはイラクとアフガニス
タンという二重の泥沼から抜けつつあり、シリアへ
の本格的関与は回避したいのが本音だった。このよ
うな状況を見透かしたロシアは、シリアに化学兵器
全面廃棄を認めさせ、軍事介入そのものを覆した。
これは、紛争が起これば米欧が軍事介入してくると
いう冷戦後のパターンの転換点だった。
同じようにクリミア併合(2014年)でも欧米の
足並みが揃わなかったことから、プーチン大統領は
北大西洋条約機構(NATO)の東方不拡大の要請
が聞き入れられなかったことを口実として、ウクラ
イナに侵攻した。しかし、電撃的にウクライナを侵
攻する作戦は失敗し、作戦が長期化するなか、伝統
的に中立や非同盟政策をとってきたスウェーデンと
フィンランドもNATO加盟に動くなど、プーチン
の狙いは完全に裏目に出た。また、西側諸国は厳し
い経済制裁やウクライナへの軍事支援などこれまで
にない強い対応を示しており、長期化すればロシア
の国力の停滞は避けられないだろう。
(つづく)
【主要参考資料】
小泉悠著『「帝国」ロシアの地政学』
(東京堂出版、2019年)
小泉悠「何を目指すプーチンのロシア海軍」
(『世界の艦船』、2015年6月号)
川村庸也「ウクライナ情勢とロシア黒海艦隊」
(『世界の艦船』、2015年6月号)
(どうした・てつろう)
◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。
月刊Hanada2021年11月号
https://amzn.to/3lZ0ial
【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)がある。
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発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
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