配信日時 2022/11/02 20:00

【海軍戦略500年史(47) 】 中国の海洋進出と台湾問題 堂下哲郎(元海将)

こんにちは。エンリケです。

『海軍戦略500年史』の四十七回目

堂下さんの新刊が出版されます!
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『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
堂下哲郎(元海将)著
A5判360ページ 定価2600円+税
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よろしければそちらも覗いてくださいね。


さてこの連載も来週で終わりです。
大団円に入っています。

海洋国家として、海洋地政学を基にした
国家戦略・大戦略を築き、世界の中のわが国を護り
ぬいてゆきたい。
そう思う私にとって、日本発の海洋軍事地政学の嚆
矢と言って差し支えない本連載が本になったことは
「日本発の軍事分野からの世界史」という意味で画
期的なことと考えます。

陸の宗像さんの「世界の動きとつなげて学ぶ日本国
防史」と並び評せられる画期的な出来事です。
この二冊をは並列で読むことで、あなたは、多層的
多面的複眼的な史眼視座を養えるはずです。

わが国は、「わが国発の世界史」をありとあらゆる
分野で発信していく必要があると思っています。
堂下さんと宗像さんの取り組みに、心からの敬意を
表します。

臺灣有事=日本有事です。その危険が目前に迫っ
た今、「わが海洋地政学」をわきまえておくことの
大切さはいくら言っても言い足りません。


では今日の記事、さっそくどうぞ。


エンリケ


ご意見・ご感想・ご要望はこちらから

https://okigunnji.com/url/7/


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海軍戦略500年史(47)

中国の海洋進出と台湾問題


堂下哲郎(元海将)

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□はじめに

 習近平体制は異例の3期目に入りました。側近を
イエスマンで固めて「個人独裁」を目指しているよ
うに見えます。まさか毛沢東の時代のようにはなら
ないと思いますが、中国の歴史の流れに逆行してい
るかのようです。習近平に対するブレーキ役がいな
くなり、中国の海洋進出や台湾統一に向けた動きは
今後ますます強化されることになるでしょう。

 このような厳しい情勢を見ると、昨年の日米の台
湾に対する政策変更は大きな意義があったといえま
す。この半世紀ぶりの政策見直しは遅すぎた感はあ
りましたが、今後の海洋戦略の方向性を左右する大
きな転換点を象徴するものだといえます。今回はそ
の経緯を辿ってみます。

□お知らせ

 このたび、本連載をもとにした単行本『海軍戦略
500年史──シー・パワーの戦い』(A5判2段
組み360頁/2600円+税)を11月中旬に出版する
ことになりました。すでにAmazonでは予約が始まっ
ておりますので、手に取っていただければ嬉しいで
す。

 内容はこれまでの連載に図版を加えて整理・加筆
し、第2次世界大戦後から冷戦までの流れと海の地
政学を新たに執筆し、全25章(序章、終章を含む)
としたものです。よろしくお願いします。

『海軍戦略500年史──シー・パワーの戦い』
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▼「マラッカ・ジレンマ」

 中国は建国以来、長大な陸上国境をめぐって周辺
国と対立してきたが、冷戦後、インドを除いてほぼ
すべての陸上国境を画定した結果、海洋における領
土問題が残るかたちとなった。選挙を経ていない中
国共産党政権は、その正統性を経済発展とナショナ
リズムに依存してきたが、近年、経済成長にかげり
が見え始めているため、東シナ海と南シナ海で失わ
れた領土の回復に取り組むことは国民のナショナリ
ズムに訴える格好の政策となっている。
 
 また、中国は2017年には世界一の石油輸入国
となったが、経済発展を続けるには東シナ海や南シ
ナ海の海洋資源の開発は重要で、同海域の海上交通
路の安定確保も不可欠である。中国の輸入原油の8
割がマラッカ海峡から南シナ海を通過していること
から、中国の経済安全保障は南シナ海の安定にかか
っているといっても過言ではない。
 
このようなマラッカ海峡が抱える潜在的な脆弱性は
「マラッカ・ジレンマ」といわれる。中国は、実質
的に米海軍の管制下にあったこの海域への影響力を
増すために海軍を増強して活動を活発化させたが、
結果的に「中国脅威論」を強めることになり米軍を
含む諸国海軍のさらなる対抗措置を誘発して緊張を
高めてしまっている。
 
▼尖閣の危ういバランス──東シナ海

東シナ海では、日中間で排他的経済水域(EEZ)
と大陸棚の境界が未確定である。遠浅の東シナ海で
は潜水艦などの行動に制約があるため、中国は水深
のある沖縄トラフまでを自国の大陸棚と主張(大陸
棚自然延長論)して等距離中間線論をとるべきとす
る日本と対立している。
 
また、尖閣諸島周辺では日本政府が島の所有権を取
得した2012年以降、日中の公船と海軍艦艇が対
峙するという危ういバランスが長期化しており、武
力攻撃に至らない侵害行為で偶発的衝突を誘発しか
ねない「グレーゾーン事態」の発生が懸念されてい
る。
 
 さらに、尖閣諸島周辺では中国公船による日本漁
船に対する追尾や中国海軍艦艇による海自艦艇など
への射撃管制レーダーの照射などの妨害行為がエス
カレートしている。中国は海警局に外国船舶への武
器使用を認める海警法を施行し(2021年)、「
自国(尖閣諸島)の領海で法執行活動を行うのは正
当であり合法だ」としているが、海軍と海警との連
携を強め海上民兵も含んだ非正規戦である「海のハ
イブリッド戦」の構えをみせているものと思われる

 
 中国はまた、東シナ海において「東シナ海防空識
別区」を設定し(2013年)、その一方的な海洋
進出を上空にも及ぼし始めた。中国の「識別区」は
、一般的な防空識別圏(ADIZ)と異なり、広大
な識別区を通過するだけの航空機にもフライトプラ
ンの提出を義務づけ、指示に従わない航空機には武
力による「防御的緊急措置」をとり得るとしたもの
だ。あたかも防空識別区を領空のようにみなすもの
で、中国の「戦略的国境」の考え方を反映し、接近
阻止・領域拒否(A2/AD)能力の向上を図ろう
とするものである。
 
▼南シナ海の地政学

中国は南シナ海に「九段線」という区画線を示し(
1953年)、その内側海域の島嶼の領有権と海底
資源の排他的権利を一方的に主張している。これは
1947年に中華民国が調査を踏まえて地図上に引
いた「十一段線」から、ベトナム戦争での北ベトナ
ム軍支援のためにトンキン湾付近の2線を除いたも
のである。
 
 中国は南ベトナムから西沙諸島を奪って以来(1
974年)、武力を用いて南シナ海全域の支配を進
めてきたが、中国にとっての南シナ海は、19世紀
末から20世紀にかけての米国にとってのカリブ海
のようなものだとカプランは指摘する(『南シナ海
が“中国海”になる日』)。米国は、米西戦争とパ
ナマ運河の建設によりカリブ海のヨーロッパ列強の
勢力を駆逐し「米国の海」とした結果、西半球を実
質的にコントロールする世界的な国家になった。現
代の中国も同じようなことを考えている可能性があ
るが、南シナ海はカリブ海と違って海上交通路が集
束し経済的に発展した沿海部を守る正面でもある。
南シナ海を「中国の海」とすることができれば、米
国に対する大きな戦略的縦深を得られることからも
極めて重要な海域だ。
 
2016年にはフィリピンが申し立てた仲裁判断で
「九段線」の根拠が否定され、岩礁の埋立てなどの
違法性が認定されたが、「九段線」の正当な根拠は、
あるとすれば台湾が持っているのだろう。中国は、
近年、埋め立てた岩礁などの軍事拠点化、新行政区
の設置、公船などによる示威行為など「中国の海」
化に懸命だ。米国は中国の南シナ海での権益主張を
「完全に不法だ」との声明を出し(2020年)、米中
の対立は新たな段階に入っている。

▼「航行の自由作戦」と中国の「リスク戦」

 米海軍などは、このような中国の一方的な主張の
既成事実化を認めないとの立場を示すために「航行
の自由作戦」を行なっている。これに対して中国は
強く反発しており、2018年には中国駆逐艦が米
駆逐艦に異常接近し、米艦の緊急操艦で衝突を免れ
たという事案が起きた。これに対して米国は、海軍
艦艇を半年間に5回も台湾海峡を通過させて対抗し
たが、このような中国の行動は、通常の監視活動中
にも起きている。中国戦闘機が米海軍哨戒機などに
対して衝突寸前の接近飛行を行なったり(2014、20
16年)、米海洋観測艦が水中無人機(UUV)を中国
海軍艦艇に一時奪われる事案(2016年)などがそれ
だ。
 
 このように、中国は自己の主張のためには他国が
冒せないような高いリスクを厭わない傾向が強く、
「リスク戦」ともいうべき行動をとっている。米中
間にはホットラインが設置されたが(2008年)、両
国とも妥協しない姿勢を示していることから今後と
も繰り返される問題だろう。
 
▼一帯一路

中国は、欧州にいたる鉄道網を整備する「新シルク
ロードベルト地帯(一帯)」と欧州に至る港湾を含
む海路を整備する「21世紀海上シルクロード(一
路)」構想を発表し(2013年)、巨大な貿易圏
を築く「一帯一路」構想を推進している。
 
このうち「一路」については、中東やアフリカに至
る海上交通路の確保を重視しており、インド洋沿岸
諸国との友好関係の構築と軍事拠点の確保に力を入
れてきた。これは「真珠の首飾り」戦略といわれ、
インドは自国に対する包囲網ととらえて警戒感を強
めている。
 
この「一帯一路」は、後述する「自由で開かれたイ
ンド太平洋」と対比されうる地政学的な大構想だが、
途上国に巨額のインフラ投資を行ない、返済でき
なくなると当該インフラの長期運営権などを得る、
いわゆる「債務の罠」や巨額の対中債務を抱えた途
上国に対して、政治的、軍事的に中国に隷属させる
「新植民地主義」など様々な問題が起きている。
 
支援した港湾などを中国海軍の根拠地とすることは
しばしばで、東欧など欧州各国の間では、期待した
経済成果を得られないばかりか、債務の拡大や人権
問題に加え、強権的な習近平政権への違和感も広が
り「中国離れ」が始まっており、大規模プロジェク
トを中断、取り止める例が出ている。主要7カ国
(G7)が「一帯一路」に対抗して発足させた途上国
向けのインフラ支援枠組み「グローバル・インフラ
投資パートナーシップ(PGII)」(2022年)が成果
を挙げるようになれば「一帯一路」は失速する可能
性も考えられる。
 
▼半世紀ぶりの台湾政策見直し

中国は台湾との軍事力バランスにおいて圧倒的に優
位に立ち、台湾の蔡政権の発足(2016年)以来、空軍
機の台湾周回飛行や台湾海峡の中間線越えなどを常
態化させ軍事的圧力を強めている。これに対して台
湾国防部は軍事衝突の可能性に強い危機感を示し
(2021年)、「グレーゾーン事態」への対応を強化
している。
 
 米国も米中の戦力差の縮小などから、人民解放軍
創設100周年を迎える2027年までに「台湾有事」が
起きるのではないかとの危機感から、バイデン政権
は台湾関係法にもとづく武器売却や軍事支援を拡大
している。

 こうした中での日米首脳会談(2021年)にお
いて、「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国
の行動について懸念を共有し(中略)東シナ海にお
けるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する」
との共同声明を発表し、中国を強くけん制した。ま
た、日米安保条約5条の尖閣諸島への適用が再確認
され、後述する「自由で開かれたインド太平洋」の
構築のための日米豪印やパートナーとの協働、そし
て台湾海峡の平和と安定の重要性と両岸問題の平和
的解決を目指すことでも日米は一致した。
 
 この共同声明で画期的だったのは、日米の台湾政
策が半世紀ぶりに見直されたことだ。台湾は、台湾
海峡とバシー海峡という2つのチョーク・ポイント
に面し、南西諸島やフィリピン群島とともに中国を
半封鎖状態に置き得る位置にあり、日本とは防空識
別圏が一部重複するという極めて重要な地理的位置
にある。
 
台湾有事にせよ尖閣有事にせよお互いに地理的に近
く、作戦としてはほぼ同じ戦域になることから、相
互に影響する可能性は極めて高い。また、作戦の拠
点となる沖縄を含む南西諸島にも波及することは必
至で、尖閣と台湾の防衛はセットで考える必要があ
る。今後の尖閣有事に備えた日米共同演習を通じて、
尖閣有事と台湾有事との関係を明らかにし、日本
の台湾政策を確立して、日米と台湾間の安全保障協
力のあり方を追究することが求められている。



(つづく)


【主要参考資料】

平松茂雄著『台湾問題-中国と米国の軍事的確執』
(勁草書房、2005年)

ロバート・D・カプラン著『南シナ海が“中国海”
になる日』奥山真司訳(講談社+α文庫、2016
年)

堂下哲郎「東シナ海をめぐる日米協力」(政策研究
フォーラム『改革者』、2021年6月)



(どうした・てつろう)


◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。

月刊Hanada2021年11月号
https://amzn.to/3lZ0ial



【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)がある。


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発行:
おきらく軍事研究会
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