配信日時 2022/10/28 08:00

【新連載・ウクライナ情報戦争(2)】 「大砲のウーバー」──ウクライナが共同開発した GIS Artaシステムとは?  樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応
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こんにちは、エンリケです。

プロが脳漿と血と汗を注ぎつくして創り上げた仕組
みが、素人が遊び半分で楽しく作った仕組みにいと
もたやすく破れてしまう、という現実が生まれつつ
ありますね。

時間短縮が最大の価値となっているいま、
その価値に献身し続けるビジネスやテクノロジー界
のイノベーションは、全分野に波及していくことで
しょう。

メルマガやっててよかったです。


ではさっそく今日の記事をどうぞ。


エンリケ



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新連載・ウクライナ情報戦争(2)

「大砲のウーバー」──ウクライナが共同開発した
GIS Artaシステムとは?

 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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□はじめに

読者の皆様は、ご自身で直接利用したことがなくて
もウーバーイーツは、よくご存じだと思います。ア
メリカのウーバーテクノロジーによってオンライン
で食べ物を注文し指定した場所へ配達してもらえる
サービスです。

2014年にアメリカのカリフォルニアで始められ、
日本でも2016年に東京でサービスが開始され
ました。

ウーバーとは、そのウーバーテクノロジーが、20
09年に始めた配車サービスで、今や60カ国以上
の国で事業展開されています。

これは、一般のドライバーが空いた時間を使って自
家用車をタクシー代わりにし、それを利用したい客
とマッチングさせ流しのタクシーのつかまりにくい
都会では重宝されているようです(日本では一般の
ドライバーは参入できません)。

このウーバーのサービスを成り立たせているのと同
様のシステムが、ウクライナ戦争で使われていると
英タイムズ紙は報道しています。これにも情報戦が
絡んでいます。詳しくは本文の中で紹介します。

▼ウクライナ戦争における情報戦の特徴

ロシアのウクライナ侵攻(ウクライナ戦争)におい
ては、技術や情報の伝達の高速化・大規模化により
従来考えられていた情報戦が進化しています。

さらに、主に戦争を遂行するために行なわれていた
情報戦の範囲が拡大し、戦争遂行以外の場面でも情
報戦という言葉が使用されています。

ウクライナ戦争では、戦闘において、一部に最新の
兵器が使われていますが、大半は旧式の武器が使用
され、表面上は伝統的な火力と機動力を用いた戦い
です。

しかし、「技術の発展にともなう情報伝達の高速化・
大規模化という革新的な要素」の部分に伝統的な
戦いとは違う新たな戦争の一面が見え隠れします。

戦闘においては、情報収集、情報の活用、秘密工作
活動などについて特徴があるので、その点について
考察します。また、サイバー攻撃やSNSが直接的
な戦闘以外の部分で大きく活用されています。

▼情報の収集とターゲッティング

米国を中心に西側諸国は2014年ロシアがクリミ
アを併合して以来、ウクライナ軍を西側モデルの近
代的な軍隊に変えるため、兵士の教育、訓練にあた
ってきました。

そして、その訓練は戦術や兵器の運用にとどまらず、
情報戦などもカバーしてきました。情報戦につい
ては、米英は情報機関のスタッフをウクライナに派
遣し、ウクライナ情報当局と協力関係を構築してき
ました。

米英のスタッフは、ロシアのウクライナ侵攻後は、
ウクライナ軍の参謀本部や情報局で西側諸国との連
絡官として活動しているようです。具体的には、西
側情報の提供、ロシア軍の通信の妨害・傍受、心理
戦としての情報発信、ゼレンスキー大統領らの安全
確保などについてのサポートを行なっているとされ
ます。

サポートのために必要な情報は、NATO軍や米軍
の偵察機、AWACSがウクライナとの国境に近い
ポーランド上空や黒海上空の国際空域において常時
飛行し、収集しています。

また、黒海の国際水域においてもNATO軍の情報
収集艦が展開し、常にロシア海軍の動向を探ってい
ます。このようにして得られた情報がウクライナ国
内の連絡官にリアルタイムで送られ、連絡官は、こ
れらの情報を(ちゃんと取捨選択しながら)ウクラ
イナ側に提供しているとされます。

それらの情報を得たウクライナ軍は、自らのドロー
ンや偵察部隊を運用して細部の目標情報を得ていま
す。

少なくとも5月の時点でウクライナ軍は偵察用のド
ローンを6000機以上運用しているとされます。
その後も西側の支援が断続的にあるため、戦闘で損
耗したとしても、その数は維持または増加している
はずです。

ドローンは衛星システムともリンクしていて画像や
映像をアップロードできるとされています。

▼「大砲のウーバー」の活躍

このようにして得られた目標情報は、「大砲のウー
バー(Artillery Uber)」(「戦場のウーバー」)
ともいわれるシステムに組み込まれています。

冒頭に述べたように、ウーバーシステムでは、乗車
希望の客に対し、市街を走る車両から最も適した車
両を機械的に判断し割り当てます。

同様に大砲のウーバーシステムは、各攻撃目標に対
し最も効果的な兵器を割り当てるというものです。

 このシステムでは、各種情報源から得られたリア
ルタイムデータをシステムに入力し、敵の位置をピ
ンポイントで標定します。さらに標定したデータを
射撃計算ソフトで処理して、その地域に配置されて
いる火砲、ミサイル、ドローンなどから、どの兵器
で攻撃するのが最適かを瞬時に提供します。
 
指揮官は、戦場からのライブデータを表示する電子
地図にアクセスし、射撃指揮ができます。指揮所で
本部の要員がシステムから提供された、ターゲット
と攻撃手段を確認するとどの部隊に攻撃させるかを
選択し、指揮官の命令により直ちにターゲットの座
標が兵器の位置に送られ攻撃が行なわれます。

ロシアがクリミアを併合した2014年頃からウク
ライナ軍で使用され始め、すでに砲兵部隊では広く
普及しているようです。これは、米国などが提供し
たものではなく、ウクライナのプログラマーが、英
国のデジタル地図会社と共同で開発した状況認識シ
ステムで、正式には「GIS Arta(ジーアイエス ア
ルタ)」と呼ばれています。

このシステムにより、火砲の射撃の照準時間を従来
の20分から1~2分へと短縮したとされます。

たとえば5月11日、ウクライナ東部のシバースキ
ー・ドネツ川を渡河しようとしたロシア軍の戦車や
舟橋の攻撃においても使用され、2日間の砲撃と空
爆で80台以上の車両を破壊したことなど、ロシア
軍に大きな損害を与え、話題となりました。

▼大砲のウーバーシステムは米軍にはないのか?

ところで、このGIS Artaのようなシステムを米軍は
使っていないのでしょうか。米軍には十分な時間と
予算をかけて作り上げられた軍用の射撃指揮統制シ
ステムがあります。

米軍や自衛隊では一般的に陸海空のどの火力をいつ
どこに指向するか、どの程度の射撃効果を得られる
かなどを総合的に調整する火力調整所を設けて、火
力の配分を短期から長期にわたって計画し、計画的、
また臨機に目標に対し攻撃するシステムがあります。
したがって、ウクライナのようないわば素人的なア
プリは必要ありません。

ところがです、不思議なことに米軍において射撃の
命令から射撃発射までに要する時間は、第二次大戦
以降次第だんだん遅くなっているというのです。

アメリカ国防契約管理局のトレント・テレンコ氏に
よれば、ベトナム戦争のときは、射撃命令後射撃発
射までは5分だったのものがベトナム戦争では15分、
現在では1時間を要しているというのです。

その理由は、米軍では友軍への誤射防止などのため
上層部への確認手続きに時間を要するようになった
からだとしています。

確かに米軍のように広域に統合的火力を発揮し、そ
の上で友軍や民間人へのリスクをなくすための綿密
な調整などを行なっているとなると時間がかかると
思います。

したがって、統合的な火力を使わない、住民を巻き
込む恐れがない、弾薬が豊富にある(少なくともウ
クライナは西側諸国に要請すれば、送ってくれる当
てがあります)など、統合火力の発揮、安全性、弾
薬不足などを考慮しなくてよければ、マッチングア
プリでとにかく速く効果的に火力を発揮できるわけ
です。

マッチングアプリと侮ってはいけません。いざとな
れば何でも柔軟に活用する体制だからこそ、活用で
きるのでしょう。巨大で硬直化した組織にはなかな
かできない発想です。

さて次回も、ターゲッティングの続きですが、特に
新たなターゲットについて述べてみたいと思います。



□出版のお知らせ

このたび拓殖大学の川上高司教授監修で『インテリ
ジェンス用語事典』を出版しました。執筆者は本メ
ルマガ「軍事情報」でもおなじみのインテリジェン
ス研究家の上田篤盛、名桜大学准教授の志田淳二郎、
そしてわたくし樋口敬祐です。

本書は、防衛省で情報分析官を長く務めた筆者らが
中心となり、足かけ4年の歳月をかけ作成したわが
国初の本格的なインテリジェンスに関する事典です。

2017年度から小学校にプログラミング教育が導入さ
れ、すでに高校では「情報科」が必修科目となって
います。また、2025年の大学入学共通テストからは
「情報」が出題教科に追加されることになりました。

しかし、日本における「情報」に関する認識はまだ
まだ低いのが実態です。その一因として日本語の
「情報」は、英語のインフォメーションとインテリ
ジェンスの訳語として使われているため、両者の意
味が混在していることにあります。

一方で、欧米の有識者の間では両者は明確に区別さ
れています。状況を正しく判断して適切な行動をす
るため、また国際情勢を理解する上では、インテリ
ジェンスの知識は欠かせません。

本書は、筆者らが初めて情報業務に関わったころは、
ニード・トゥ・ノウ(最小限の必要な人だけ知れ
ばいい)の原則だと言われ、ひとくくりになんでも
秘密扱いされて戸惑った経験から、ニード・トゥ・
シェア(情報共有が必要)の時代になった今、初学
者にも分かりやすくインテリジェンス用語を伝えた
いとの思いから作り始めた用語集が発展したもので
す。

意見交換を重ねているうちに執筆賛同者が増え、結
果として、事典の中には、インテリジェンスの業界
用語・隠語、情報分析の手法、各国の情報機関、主
なスパイおよび事件、サイバーセキュリティ関連用
語など、インテリジェンスを理解するための基礎知
識を多数の図版をまじえて1040項目を収録する
ことができました。

当然網羅していない項目や、秘密が開示されていな
いため、説明が不足する項目、現場の認識とニュア
ンスが異なる項目など不十分な点が多数あることは
重々承知していますが、インテリジェンスや国際政
治を研究する初学者、インテリジェンスに関わる実
務者には役立つものと思っています。



『インテリジェンス用語事典』
樋口 敬祐 (著),上田 篤盛(著),志田 淳
二郎(著),川上 高司(監修)
発行日:2022/2/10
発行:並木書房
https://amzn.to/3oLyWqi

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ひぐちけいすけ(インテリジェンスを日常生活に役
立てる研究家)



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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
NPO法人外交政策センター事務局長。元防衛省情報
本部分析部主任分析官。防衛大学校卒業後、1979年
に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議事務局(第2
幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。陸上自衛隊
調査学校情報教官、防衛省情報本部分析部分析官な
どとして勤務。その間に拓殖大学博士前期課程修了。
修士(安全保障)。拓殖大学大学院博士後期課程修
了。博士(安全保障)。2020年定年退官。著書に
『国際政治の変容と新しい国際政治学』(共著・志
學社)、『2021年パワーポリティクスの時代』(共
著・創成社)、『インテリジェンス用語事典』(共
著・並木書房)


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発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)

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