配信日時 2022/10/19 20:00

【海軍戦略500年史(45)】 中国海軍の近代化    堂下哲郎(元海将)

こんにちは。エンリケです。

『海軍戦略500年史』の四十五回目。

きょうの記事も実に参考になりますね。

中共にはいまだ支那伝統の面子戦略が残っているの
でしょうか?

ふとそんなことを思いました。

かの国の現状は日清戦争前夜の清国によく似ている
気がします。

さっそくどうぞ。


エンリケ


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海軍戦略500年史(45)

中国海軍の近代化


堂下哲郎(元海将)

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□はじめに

今回は冷戦後の中国の海軍戦略の話です。
中国は長期的な近代化計画を持っていましたが、第
三次台湾海峡危機で米海軍の前に屈した屈辱の経験
をもとに近代化のスピードを加速します。

同時に海軍大拡張に対する国民の支持を得るために
「海軍ナショナリズム」を煽り、大国中国にふさわ
しい大海軍を建設するというキャンペーンを張りま
す。大陸国家ならではのA2/AD(接近阻止・領
域拒否)という防勢的な戦略も完成に近づいていく
のですが、中国が建造に邁進している大型空母は果
たしてこの戦略に必要なのでしょうか? 「海軍ナ
ショナリズム」が大国としての「威信戦略」に化け
て、大陸国家にふさわしい海軍戦略をゆがめている
ことはないのでしょうか?


▼第三次台湾海峡危機

 米中国交正常化にともない、中国には米国の非殺
傷兵器の輸出や中ソ国境の把握に役立つ地球観測衛
星からの画像データ受信局の設置などの軍事・情報
面の協力が許可された。米国には、中国に技術支援
を与えても近い将来に自国に追いつくことはなく、
むしろ中ソの軍事格差を縮小させ、アジアの軍事バ
ランスを有利にするという楽観主義が多かった。

1989年には天安門事件が起こり、中国の民主化
への期待は裏切られるのだが、それでも米国は対ソ
けん制やアジアの安定のためとして対中関係の維持
を図った。その後、米ソ冷戦が終結するが、米国は
貿易、投資先としての期待や潜在的ライバルの中国
に米国の力を見せつけるとともに北朝鮮問題でも協
力を得たいとの考えから「関与政策」を継続する。

 1995年から96年にかけて第三次台湾海峡危
機が起こる。これは李登輝総統の訪米時(95年)
に、約束に反して米国がビザを発給したことに中国
が強く反発し、台湾沖に2度の弾道ミサイル発射と
軍事演習を行ない、さらに翌年、中国が初の台湾総
統直接選挙の直前に、台湾独立派への警告として3
回目の弾道ミサイル発射と軍事演習を行なったこと
で起きた危機である。

 これらのミサイル発射と演習により台湾海峡の緊
張は高まり、台湾の海上交通路や航空路、主要な港
湾は実質的に封鎖状態となった。これに対して米国
は2コ空母機動部隊という圧倒的な海軍力を派遣し
て中国にミサイル発射と軍事演習の中止を求めた。

 様々な外交的駆け引きも行なわれたが、ものをい
ったのは紛れもなく世界最強の米海軍の力だった。
中国は引き下がるしかなく、ミサイル発射は中止さ
れ台湾海峡の封鎖は解かれた。中国は公式には認め
なかったが、明らかに屈辱的な敗北で、まるでアヘ
ン戦争以来の「屈辱の100年間」が終わっていな
いかのようだった。この事件をきっかけに中国は海
軍の近代化を急ピッチで進めることになる。
 
▼中国海軍の近代化加速と「海軍ナショナリズム」

 海軍の近代化については、この事件以前からも構
想があり推進されていた。たとえば、80年代初め
に海軍司令官に就任した劉華清が示した海軍の3段
階発展構想だ。2010年までに「第1列島線」(日本、
台湾、フィリピンを結ぶ線)を突破し、その内側の
黄海、東シナ海、南シナ海の制海能力を持ち、
2020年までに「第2列島線」(グアムからニ
ューギニアを結ぶ線)を突破し、その外側にまで戦
力を投射できるようになること、そして中国建国1
00年の節目である2049年までに米空母をしの
ぐような空母を保有する世界規模の海軍となるとい
うものだ。

 実際に劉の指示を受けた中国海軍は空母研究に着
手し、1996年には国家レベルで空母の研究開発
が承認された。それまで主として海軍部内で主張さ
れていた空母の保有が、中国国民の各層で広く支持
されるようになり、マハン著『海上権力史論』の中
国語版の帯には「中国には空母が必要か?」と記さ
れるようになった。

 アヘン戦争以来の「屈辱の歴史」や日清戦争に敗
北し日本の進出を許したのも中国の海軍力が劣って
いたからだとして、中国はマハンのいう制海能力を
必要としていると主張する「海軍ナショナリズム」
が高まった。さらに、インドネシア大津波に対する
国際救援活動(2004年)での米空母の活躍ぶり
を見て、大国中国が大災害や自国民救出などの緊急
事態対処のための海軍能力に欠けていることも空母
を含む大規模海軍建設の追い風となった。

 中国の軍事費は2001年の500億ドルから2022年予
算案では2,294億ドルに増大している。もちろん米
国の8,130億ドル(2023年度予算教書)に比べると
小さいが、米国が全世界的にコミットしていること
を考えると、中国の軍事費はかなりなものだ。さら
に、劉は鄧小平とのパイプを活かして軍事費に占め
る海軍予算の割合を大きくしたとされているので、
今日のような海軍の近代化が実現したわけである。
彼は「中国海軍の父」と呼ばれている。
 
▼接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略

 中国海軍は順調な経済に支えられて発展しており、
「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」と称され
る対米戦略構想にもとづき、第1列島線の内外に二
段構えの防衛態勢を構成し、台湾周辺海域や西太平
洋における対米阻止戦略の確立を目指して、軍事拠
点や軍備を増強中である。

「接近阻止(A2:Anti-Access)」構想とは、
第1列島線から第2列島線の間の西太平洋海域で米
海空軍力の接近を阻止するというものである。この
ために空母、原潜、ステルス戦闘機、長距離爆撃機
などの海空軍力をはじめ、長射程の対地・対艦用の
弾道・巡航ミサイルや、宇宙兵器、サイバー戦能力
を大幅に強化している。

一方、「領域拒否(AD:Area Denial)」構想とは、
第1列島線の内側の海域を自らが管制し他国の利用
を拒否するというもので、南シナ海や東シナ海での
中国の強圧的な活動の原理となっている。80年代の
「近海防御戦略」を発展させ、南西諸島、台湾、
フィリピン、ボルネオ島を結ぶ第1列島線を絶対防
衛線とみなすものだ。その内側にある南シナ海や東
シナ海の島嶼部に軍事拠点を構築する一方、ゲリラ・
コマンドウや機雷敷設など従来型の非正規戦能力に
加えて強襲揚陸能力などの多種多様な軍事力(海上
民兵を含む)を増強している。

近年の中国のA2/AD能力の向上は、日米など西
太平洋諸国の大きな懸念となっている。現在の中国
海軍は全体として米海軍の優勢を覆すには至ってい
ないものの、一部の作戦領域においては肉薄してお
り、米軍全体を撃破できなくとも、一定の海域での
行動を妨害したり、局地戦で一時的な優勢を獲得し
限定的な作戦目的を達成することは可能とする分析
もある。

特に中国の弾道ミサイル戦力は、米海軍の戦力投射
能力の中核である空母打撃群などに対する大きな脅
威になっており、劉の海軍発展構想は順調に推移し
ていると考えられる。


(つづく)


【主要参考資料】

平松茂雄著『台湾問題-中国と米国の軍事的確執』
(勁草書房、2005年)

マイケル・ファベイ著『米中海戦はもう始まってい
る』赤根洋子訳(文藝春秋、2018年)


(どうした・てつろう)


◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。

月刊Hanada2021年11月号
https://amzn.to/3lZ0ial



【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)がある。


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