こんにちは。エンリケです。
『海軍戦略500年史』の四十三回目。
半年ぶりの再開です!
きょうからは
「冷戦終結後の海軍戦略史」
が描かれてゆきます。
いまの海軍戦略です。
「日本発の世界史」の一環としての海軍戦略史。
いよいよ最終ステージに突入です。
さまざまな分野で、
日本発の世界史をつむぎだしてゆきたいですね。
さっそくどうぞ
エンリケ
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海軍戦略500年史(43)
湾岸戦争の衝撃
堂下哲郎(元海将)
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□はじめに
皆様、お久しぶりです。『海軍戦略500年史』
として大航海時代から第二次世界大戦までを42回
にわたって連載し、今年3月で一旦休載とさせて頂
いておりましたが、このたび再開の運びとなりまし
た。コメントやご質問など大歓迎です。引き続きよ
ろしくお願いします。
また、この連載をもとにして『海軍戦略500年史』
として来月には出版の予定ですので、こちらも手に
取ってもらえると嬉しいです。
さて、今回は大戦後の冷戦時代が終わった後の話か
ら始めたいと思います。冷戦後の各国の海軍戦略の
転機となったのは何といっても湾岸戦争だったと思
います。この戦争が、アメリカ、日本、中国に与え
た影響を見ていきます。
▼湾岸戦争と米海軍の戦略転換
冷戦が終わると、米軍は対ソ戦から地域紛争への
備えに戦略を転換する。早くも1990年にはイラクが
クウェートに侵攻し、翌年、米国が主導する多国籍
軍がクウェートをイラクから解放する軍事行動を起
こした(湾岸戦争)。米海軍は、ピーク時には6隻
の空母を展開したものの、戦争そのものは航空戦と
地上戦が主体だったため空母艦載機を除き、統合軍
内においての役割は限られたものだった。
このため、海軍は湾岸戦争が終わると対ソ全面戦
争に備えた兵力や戦略を自ら見直し、地域紛争に備
えるとの方針を示す。「前へ(The Way Ahead)」
(1991年)、「海から(...From the Sea)」(199
2年)、「海から...前へ(Forward... from the Sea)」
(1994年)といった海軍長官、海軍作戦部長、海兵
隊司令官の連名で発表された戦略文書において、海
軍と海兵隊が協同して海軍遠征部隊を編成し、大洋
を越えて沿海域での統合作戦を行なうことで地域紛
争に対処するという構想を発展させた。
この構想に基づき、(1)陸上への戦力投射、(2)制
海、(3)戦略的抑止、(4)戦略海上輸送、(5)前方プ
レゼンスが海軍の役割とされ、海軍は海兵隊ととも
に前方に展開し、戦闘即応態勢を保ち平和の維持に
あたるとした。
湾岸戦争はまた、情報化時代の戦い方を進化させ
た。この戦争においてイラク軍は戦車と兵員の数で
多国籍軍よりも優っていたにもかかわらずあっけな
く敗退した。情報力と技術力に優れた多国籍軍は、
イラク軍の動静を事前に把握し、その指揮中枢、情
報・通信ネットワークを精密誘導兵器などで無力化
し、戦闘の主導権を握って短期間で勝利した。本格
的な地上戦闘が始まる前にイラク軍は組織的戦闘力
を失っていたのだ。
戦車や艦艇の数や武器の性能が戦闘の勝敗を左右す
るという従来の「プラットフォーム中心の戦い」
(PCW: Platform Centric Warfare)から「ネット
ワーク中心の戦い」(NCW: Network Centric Warfa
re)の時代になったのだ。
NCWとは情報化時代の戦い方の概念であり、戦闘
力を構成するセンサー、ウェポン、指揮官をネット
ワーク上で一体化し、情報を共有することにより情
報優位を獲得し、各レベルの指揮官が自己同期(上
位の指揮官の指図なしに意図に沿った行動を自らと
ること)することにより迅速な指揮を行ない、高い
戦闘力を生み出し、最終的に戦闘における優位を獲
得しようとするものだ。
▼日本──湾岸の夜明け作戦
日本ではイラン・イラク戦争がペルシャ湾に波及し
た「タンカー戦争」(1984〜88年)での苦い経験が
湾岸戦争でも繰り返された。米国を中心とする多国
籍軍が編成されたとき、海上自衛隊を派遣すべく法
案を成立させようとしたが、海外派兵に対する強い
反対から廃案になった。
このような日本の状況に対して米国国務省高官から
は、「米兵らの犠牲者が出た際に、日本が資金面の
みの協力に終始し何ら人的な貢献を行なっていない
場合には、日本に対する極めて激烈なる反応が米国
内で爆発することは必至」と迫られたりもした。
結局、日本ができたことといえば、多国籍軍への13
0億ドルもの資金協力と周辺国への経済協力だけだ
った。国際社会からは「小切手外交」とか「トゥー
リトル、トゥーレイト(少なすぎ、遅すぎ)」など
と厳しく批判され、世界屈指の原油輸入国である日
本が相応しい貢献をできなかった苦い経験として記
憶された。
一連の対応で明らかになったのは、国家としての危
機対処能力がまったく欠如していることであり、政
府は戦争終結後、ようやく掃海艇部隊をペルシャ湾
へ派遣した(「湾岸の夜明け作戦」1991年)。
この派遣は、自衛隊にとって初の人的な国際貢献で
あり国際社会からも高く評価された。
ちなみに、岡崎久彦が『繁栄と衰退と』を発表した
のもこの頃である。彼は、17世紀に繁栄を誇ったオ
ランダが自己中心的な平和主義を推進するうちに国
際社会での信用を失い凋落の道を辿った歴史を日本
に重ねたのだった。(連載第8回参照)
このような湾岸戦争での経験を踏まえて、10年後の
米国同時多発テロ(2001年)では、小泉首相はその
翌日に米国に対する強い支持を表明、9日目には海
上自衛隊艦艇の派遣を含む「当面の措置」を発表す
るとともに、テロ対策特別措置法をスピード成立さ
せた。日本は、テロとの闘いを自らの問題として積
極的かつ主体的に取り組み、ようやく世界の国々と
一致結束して努力する姿勢を明らかにしたのだった。
▼中国──情報化条件下の局地戦争論
中国では、解放軍の近代化が一層進むきっかけと
なった。ハイテク兵器を使用した米軍がイラク軍に
完勝したことは人民解放軍にとって大きな衝撃であ
り、ハイテク戦争への対応が急がれた。
海軍司令員を長く務めた劉華清は1993年の論文で、
湾岸戦争にみられた新しい局地戦争の特徴として、
(1)戦闘空間の拡大、(2)航空戦力の役割増大、
(3)C3I(指揮、統制、通信、情報)と電子戦の役割
拡大、(4)夜間戦闘装備の発達、(5)作戦テンポの高
速化と兵站の重要性などを指摘し、さらなる軍の近
代化を提唱し「ハイテク条件下の局地戦争論」のは
しりとなった。
コソボ紛争(1999年)でも米軍はユーゴスラビア軍
を圧倒し、サイバー戦やソフトキルの成果が注目さ
れ、軍の機械化だけでなく高度の情報化が必要との
認識が広がる。さらにイラク戦争(2003年)での米
軍のC4ISR(指揮、統制、通信、コンピューター、
情報、監視、偵察)能力を発揮した戦いぶりから、
(1)異軍種一体となった統合作戦、(2)卓越した状況
把握と意思決定能力、(3)精密誘導兵器などによる
情報と火力の高度の統合、(4)三戦(世論、心理、
法律戦)などを重視した「情報化軍隊」による「情
報化戦争」に勝利するとの考え方が提唱される。こ
の考え方は「情報化条件下の局地戦争論」として、
現在にいたるまでの軍建設の指針となっている。
(つづく)
【主要参考資料】
立川京一ほか編著『シー・パワー』
(芙蓉書房出版、2008年)
「受け身の日本 いらだつ米…外交文書公開」
(読売新聞2021年12月23日朝刊)
(どうした・てつろう)
◇おしらせ
2021年11月号の月刊『HANADA』誌に、
櫻井よしこさん司会による「陸海空自衛隊元最高幹
部大座談会」が掲載されています。岩田清文元陸幕
長、織田邦男元空将とともに「台湾有事」「尖閣問
題」について大いに論じてきました。
月刊Hanada2021年11月号
https://amzn.to/3lZ0ial
【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学公共
政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤務と
して、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、護衛
艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上勤務
として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監察官、
自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須賀地方
総監等を経て2016年退官(海将)。
著書に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクト
リン」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(202
0年)がある。
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