配信日時 2022/08/10 09:00

【陸軍工兵から施設科へ(45)】丹那トンネルの貫通が迫る   荒木肇

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荒木さんの最新刊

知られざる重要組織「自衛隊警務隊」にスポットを
当て、警務隊とは何か?の問いに応えるとともに、
警務隊で修練されている「逮捕術」を初めて明らか
にしたこの本は、小平学校の全面協力を受けて作ら
れました。

そのため、最高水準の逮捕術の技の連続写真が実に
多く載っています。それだけでなく、技のすべてを
QRコードを通して実際の動画をスマホで確認できる
のです!

自衛隊関係者、自衛隊ファン、憲兵ファンはもちろん、
武術家、武道家、武術ファンにも目を通してほしい
本です。

『自衛隊警務隊逮捕術』
 荒木肇(著)
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おはようございます。エンリケです。

「陸軍工兵から施設科へ」第45回です。

冒頭文は必読ですね。

さっそくどうぞ
 
エンリケ



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陸軍工兵から施設科へ(45)

丹那トンネルの貫通が迫る


荒木 肇

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 □原爆の日と台湾情勢

 今年も広島、長崎に原爆が投下された日になりま
した。「二度と過ちは繰り返さない」という文言に
は、わたしはお叱りを覚悟でいいますが、ずっと違
和感をもち続けてきました。また、これまたお怒り
の方もおられると思いますが、毎年くり返される「
悲惨さを伝えることが大切だ」という言葉にも違う
だろうと考えています。

 まず、「過ち」とは何か。あの原爆投下は明らか
に当時の米軍によって行なわれました。最高指揮官
の米大統領によって命令を下されたアメリカ軍人が
任務を遂行した結果です。それが「過ち」だったと
いうなら、アメリカに正面から抗議をすべきでしょ
う。あの「過ち」を実行したのは誰なのでしょうか
。「無謀な戦争なんかする過ちをおかしたからだ」
というなら責任はわが国にあるのか。あの情緒的な
文言にはずっと納得できないでおります。

 また、「悲惨な結果」といいますが、これさえ知
れば核兵器は使わなくなるだろうという甘い、図々
しいものの見方に腹が立ってきます。人はさまざま
で、あの凄まじい被害を見て、これは素晴らしい、
ぜひ持ちたいものだと思う人間もいるわけです。そ
れを「人間ならふつうに悲惨だと思うだろう」とか
、核廃棄につながるはずだと思い込むのは、あまり
に身勝手な、未熟な、幼稚な考えだと思います。

 現に隣国では国民の多くが飢えていても弾道弾に
核を載せるとか、世界の強国になったとか言ってい
るわけです。またもう一つの隣国はわが国の領土の
近海にミサイルを撃ちこんでいます。北方で国境を
侵している国は、ウクライナで核攻撃をほのめかし
ています。

 わたしたちは、そうした現実にこそ目を向けなく
てはならないのです。お叱りを覚悟で申し上げまし
た。

▼丹那の人たちに水を

 鉄道省はさらに貯水池の建設を進めることにしま
した。三島口から流れ出している地下水を集めて被
害地に返そうというわけです。3つの貯水池や水路
が計画されました。その予算は31万円だったそう
です。昭和戦前期の1円が、いまの5000円の遣
いでがあるとすると、約15億円くらいでしょうか


 別の訴えも出てきました。盆地住民の大切な現金
収入だった酪農、牛乳についてです。吉村氏によれ
ば、各戸には平均2頭の乳牛がいて月収も30円ほ
どになっていたといいます。当時の農家の現金収入
の全国平均が60円ほどですから、米も作れない、
ワサビ田もなくなるということなら大変です。

 農家は畜産組合をつくり、地区内に搾乳所を設け
て、そこで乳をしぼって缶に入れて冷やしていまし
た。そこから馬の背に載せて三島町の練乳会社まで
10キロの道を運んでいたのです。その牛乳の冷却
に使う水が乏しくなりました。冬季はまだしも、気
温が上がる季節になると鉄管の温度も上がり、飲用
水用の温度も上がりました。牛乳の腐敗が始まった
のです。

 別の用水関係からも苦情が出始めます。函南村、
韮山村の一部からです。2年半前の1928(昭和
3)年3月のことでした。川の水が減ったので堰(
せき)によって貯めた水をポンプでくみ上げていま
した。その設備は鉄道省が負担しましたが、問題は
維持費です。毎年2500円の維持費は住民が払う
、そういう約束がありました。

 ところが、この頃の不況です。農業が大打撃を受
けました。世界不況のおかげで、絹糸や織物の輸出
が低迷します。米価も下がり、農家1戸あたりの借
金が全国平均で1戸あたり1000円にもなってい
る時代です。

 丹那盆地の住民たちが見舞金などを支給されたと
いう話が聞こえ、函南村や韮山村の人たちも心穏や
かにはなれません。給水設備の維持費は自分たちで
払うという約束はあっても、なんとかならないかと
声が上がるようになりました。

 1930(昭和5)年9月1日のことでした。6
00人もの住民たちが蓆旗をかついで建設事務所に
押しかけます。交渉の結果、契約書はあっても鉄道
省は7割を負担するということで解決が図られまし
た。鉄道省としては早くトンネルを完成させるため
にも、余計な騒動は鎮めたかったのです。

▼北伊豆地震が起こる

 1930(昭和5)年11月26日早朝に「烈震
」が伊豆を襲います。三島町の警察署は半壊し、町
内の各所から火災も起きました。丹那盆地を中心に
して、箱根から伊豆半島北部を走る大断層線のしわ
ざでした。三島・沼津は震度6、横浜・横須賀は震
度5、東京・熊谷・飯田なども同4、名古屋・浜松
・宇都宮・静岡各地で同3という揺れが広範囲にな
りました。


 函南村では死者だけで37、韮山村でも同75、
北狩野村同23、修善寺町同22、川西村同16と
いう大きな被害が出ます。1市6町36か村では死
者255、負傷者743、家屋全壊2073、同半
壊4104、焼失74にもなりました。

 その頃、三島口の坑内では、水抜坑が4本掘られ
て導坑を切り広げる作業が続いています。その導坑
の切端は、ちょうど地震発生時には断層線と一致し
ていました。坑内には大きな音が響き、上下に揺れ
ました。トンネルは地震に強いといわれています。
坑外の官舎に住む技師たちも異状はないだろうと信
じていました。

 大きな停電が起きています。坑内の電燈は消えて
、送風機も止まっています。技師たちはカンテラを
片手に坑道を切端に向けて進みました。坑内の揺れ
は坑外の3分の1といわれていたので彼らに不安は
なかったようです。40分ほど歩くと前方から光が
見えました。切端近くで水抜坑のボーリングをして
いた作業員たちです。

 坑口から3300メートルの地点で土石が崩れ落
ちてきていたといいます。関東大震災でもトンネル
に事故はなかったので崩落事故とは意外でした。5
人の方々が行方不明になりました。必死の救助活動
が続き、2人の作業員が救出されます。


▼三島口の大断層を突破する

 1931(昭和6)年6月25日、三島口からの
掘削がついに大断層を越えました。坑口から362
5メートルの地点です。つづいて翌年9月、熱海口
でも難関を突破します。「貫通まであと1年」とい
う観測も出るようになりました。

 しかし、この頃、やはり住民たちから不満の声が
上がり始めます。鉄道大臣への陳情書が出されまし
た。それは5項目でした。(1)地目変換金の増額
、(2)前年の米の減収への補償金の増額、(3)
なんの補償も受けていない地区がある、(4)田を
畑に換える時に小作人にも配慮せよ、(5)水源の
所有者になんら支払いがない。こうした要求が出さ
れました。これらの要求をすべて認めると、約19
0万円ということになります。やはり現在価額では
90億円から100億円という巨額でした。


 これは、工事費の1割にもあたる金額で、鉄道省
としてはとても対応できる話ではありませんでした
。まずは貫通が先だ、これが省内の結論でした。

 1932(昭和7)年末、熱海、三島口の両方か
ら掘った坑道は7139メートルに達しました。残
りは665メートルになりました。




(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇
「中央公論」2020年3月号
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