配信日時 2022/07/20 09:00

【陸軍工兵から施設科へ(42)】函南村畑区の渇水  荒木肇

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荒木さんの最新刊

知られざる重要組織「自衛隊警務隊」にスポットを
当て、警務隊とは何か?の問いに応えるとともに、
警務隊で修練されている「逮捕術」を初めて明らか
にしたこの本は、小平学校の全面協力を受けて作ら
れました。

そのため、最高水準の逮捕術の技の連続写真が実に
多く載っています。それだけでなく、技のすべてを
QRコードを通して実際の動画をスマホで確認できる
のです!

自衛隊関係者、自衛隊ファン、憲兵ファンはもちろん、
武術家、武道家、武術ファンにも目を通してほしい
本です。

『自衛隊警務隊逮捕術』
 荒木肇(著)
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おはようございます。エンリケです。

「陸軍工兵から施設科へ」第42回です。

土木ばなしは面白いですね。
冒頭文も必ず読んでください。

さっそくどうぞ
 
エンリケ



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陸軍工兵から施設科へ(42)

函南村畑区の渇水


荒木 肇


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□自民圧勝

 今回の選挙はみものでした。政府与党は圧倒的な
得票状況です。しかし、同時にいわゆる旧来からの
組織票はあまり伸びませんでした。いや、むしろ防
衛関係の票は大きく減り、元自衛官の現職は議席を
失いました。わたしは、かなりの防衛関連団体の票
が「自虐史観をなくせ」「自衛官の処遇改善をせよ」
と主張した政党に流れたのではないかと思います。

 憲法が改正されたらどうなるでしょうか。自衛隊
が憲法9条に明記され、防衛予算も増えたとしまし
ょう。では、具体的に自衛官や家族にとってメリッ
トは何か。もちろん憲法違反の存在から日なたの地
位が得られる、誇りをもって世間に立てる、それは
大変素晴らしいことです。


 しかし、一方、いまの政権与党はもう一つ大事な
ことをしなくてはなりません。「国家の軍隊」にな
れば、国際連合の要請で戦場に出ることになるかも
知れないのです。また、現状のようなきな臭い情勢
では、いつ武力衝突が起きるか分かりません。そん
なときに「専守防衛」やら「正当防衛でしか反撃で
きない」というような縛りを受けたままで良いと思
えるでしょうか。

 航空自衛隊のスクランブル(緊急発進)の戦闘機
は必ずペアを組んでいます。領空侵犯機には警告射
撃などが許されていますが、相手が仲間を撃ち落と
してから初めて攻撃ができるのです。同じようなこ
とは陸海自衛隊も同じ。これが専守防衛なのです。

 また、戦死した過去の日本軍人には手厚い補償が
ありました。勲章が与えられれば、本人や遺族は年
金を受け取ることができました(ある時期からは一
時金のみになりましたが)。勤務年限に応じた恩給
もあり、残された家族にも援護がしっかりとあった
のです。


国家のために戦死傷した人には手厚い配慮が必要な
のです。名誉と優遇、それがあって初めて戦ってく
れと言えるのではないでしょうか。

 また、先週申し上げたように退職自衛官への配慮
も必要です。いま、自衛官には任期制と非任期制と
いう2種類の立場の人がいます。任期制自衛官は自
衛官候補生という立場で入隊し訓練を受け、陸上自
衛官は合わせて2年間の正規隊員となります。海・
空は同じく候補生期間を経て、1任期3年の勤務に
服します。

 厳しい訓練期間を経て、部隊での教育・訓練をさ
らに受けます。任期終了時には延長を希望してもよ
く、あるいは卒業(除隊)してもかまいません。除
隊して新しいステージに進む若者たちを私たちは「
自衛隊新卒」と言っています。その人たちも安心し
て任期をまっとうし、民間に進める社会ができるこ
とを、政権与党にも、自衛隊応援の皆さんにも実現
してもらいたいと願っています。


▼水が減った丹那盆地

 1925(大正14)年の3月、熱海線建設事務
所は、東京の新橋から神奈川県小田原市に移ってい
ました。そこへ函南村(かんなみむら)畑区の区長
を先頭に数人の男たちが訪れます。函南村丹那区の
隣の区の住民たちでした。トンネルの三島口は同村
大竹区にありました。熱海からの汽車賃30銭を節
約するために三島から山を歩いて越えてきたのです。

 所長への嘆願書には昨年のボーリング調査以来、
湧水が3分の1になったとありました。飲料水も井
戸水も減り、水車の動きも鈍くなったというのです。
水田は山の斜面に棚状にあるがそこも水量が不安
のようでした。事務所はただちに現地に向かい実情
を調査する吏員を派遣しました。

丹那盆地の中央には柿沢川、平行して南に谷下川が
流れています。調査をしましたが原因は分かりませ
ん。梅雨の季節の6月半ば、とうとう丹那区の住民
が事務所にやってきました。丹那区も渇水がひどく、
夜になると地中からダイナマイトの音が聞こえる
というのです。

10月末、丹那区に入った所員はさらに詳しく調査
しました。丹那区の戸数は98戸、人口は704名、
牛馬271頭、水車8、井戸75でした。産業は水
田耕作を主としながら乳牛を飼ってしました。搾っ
た生のミルクは三島町へ運び、ミルク会社や製菓会
社などに納めています。米や野菜や鶏卵は熱海方面
に運んで換金していました。豊富な水を使ってワサ
ビ田を作り、小田原、東京方面に出荷している家も
ありました。

しかし、深刻な渇水は畑区で起きていたのです。


▼新しい工法

 1926(大正15)年12月25日、大正天皇
は崩御されました。すぐに1927(昭和2)年の
正月がきました。熱海線建設事務所は2月から熱海
に移ります。熱海口も三島口も大量の土砂と地下水
が流出し、トンネル工事は中断していました。鉄道
省内にも悲観論が出てきて、工事の続行は愚かなこ
とだという新聞論調も厳しくなってきました。

 3月には若槻礼次郎内閣の大蔵大臣の失言があり
多くの銀行が倒産・休業、4月には三井、三菱に次
ぐ大商社の鈴木商店が倒産します。鈴木商店と関係
が深かった台湾銀行も休業しました。これを金融大
恐慌といいました。このときに内閣を組んだのは政
友会の田中義一(たなか・ぎいち)でした。田中は
陸軍大将で長州閥のエリートです。

 世界大戦(1914~1918年)のおかげで好
況となった日本経済、その後の不況がありました。
有名な平民宰相といわれた原敬は積極的な経済政策
をとり、おかげで財政はふくれあがり、企業も合理
化を怠り国際競争力は低下する一方でした。その後、
高橋是清内閣は緊縮財政、加藤友三郎内閣も財政
整理に力を注ぎます。輸出はふるわず、銀行融資も
焦げ付きが多かった時代です。

 熱海口では断層の中にセメントを注入することに
します。海底炭鉱で使われている工法でした。三島
口では9月から空気掘削という方法をとり始めまし
た。切端に近い箇所に頑丈な門を造り、奥の坑道に
圧搾した空気を注ぎ気圧を高めます。坑内作業員は
途中の室内で身体を慣らし切端に近づいて行きまし
た。


 効果はてきめんでした。水の噴出はなくなりまし
た。しかし、同時に空気も地中に吸い込まれていく
のです。坑道の天井や壁にはすぐにセメントを張る
ようにしました。当時の作業の時間が吉村氏によっ
て明らかになっています。

 30分、高圧空気の中で作業すると坑夫はただち
に外に出ました。興奮剤としてコーヒーを飲み、門
外の風呂に入ります。3時間の休息のあとに再び3
0分の作業をします。それで1日は終わりました。

 しかし、この3月、事務所には畑区の住民が20
名近くも嘆願にやってきていました。


(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇
「中央公論」2020年3月号
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