配信日時 2022/05/30 16:38

【不定期連載:ウクライナ侵攻に関するインテリジェ ンス(2)】元スパイのプーチン大統領に「戦略は描けない」は本当か? 樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)

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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応
予備自衛官でもあります。お仕事の依頼など、問い
合わせは以下よりお気軽にどうぞ
 
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こんにちは、エンリケです。

4月まで連載「情報機関はインテリジェンスの失敗
をどう克服してきたか」を書いてくださった樋口佳
祐さん(元防衛省情報本部主任分析官)が、

ロシアによるウクライナ侵攻に関する
「インテリジェンスからの知見」をお伝えする
「ウクライナ侵攻に関するインテリジェンス」

こんかいで二回目の配信です。

こういう感覚、認識、発想の知的ベースを持ってお
かなきゃいけないと思います。

あっちの情報にふらふら、こっちのはなしにふらふら
しているようでは、千年に一度レベルの時代の荒波の
なか、自分、家族、祖国という船を操りきれないと感
じます。

この記事を読んで、
「こういう感じで受け止めていけばいいんだな」
という感じを身につけるのが良い。

そう思わせるほど意義高い内容です。

ではさっそく今日の記事をどうぞ!!


エンリケ



おたよりはコチラから
 ↓
https://okigunnji.com/url/7/


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不定期連載:ウクライナ侵攻に関するインテリジェ
ンス(2)


元スパイのプーチン大統領に「戦略は描けない」は
本当か?

樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)


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□はじめに

 5月12日(木)の日経新聞(電子版)に「『工作
員』プーチン氏の限界 日本、国防予算に転換を」
とのタイトルで、プーチン大統領について次のよう
な記述がありました。

 「工作員(スパイ)は諜報(ちょうほう=インテ
リジェンス)はできるものの、戦略(ストラテジー)
は描けない。スパイの役割をパズルに擬するなら
完成図を知らされずに1つのピースを埋めるために
奔走する職務の印象だ。旧ソ連の国家保安委員会
(KGB)出身でスパイ活動が染みついているロシア
のプーチン大統領に戦略を持てというのは、土台無
理な話である。ウクライナ侵攻の長期化は『工作員』
プーチン氏の限界と迷走がもたらした帰結ともい
える」

 この記事からは、スパイとは、危険なところに潜
入してあらゆる手を使って秘密情報を収集し、まる
でスパイ映画に見られるような使い捨ての情報組織
の捨てゴマのような印象が伺えます。

 その後も、いろいろな論調を探しましたが、わが
国の報道では似たような認識ですし、プーチン大統
領は病気なので、正しい判断ができないのではない
かなどのコメントも複数見かけました。

 病気説については、よく分かりませんが、「工作
員=スパイであり、プーチン大統領は工作員あがり
なので、戦略を描けない」のは正しいのだろうかと
いう疑問が湧き調べてみました。

▼プーチン氏の経歴

 プーチン氏の経歴については、公開されていない
部分が多いです。しかし、2000年のロシア大統領選
挙中のインタビュー記事をまとめた英語版『FIRST
PERSON』(2000年5月*)(邦訳『プーチン、自らを
語る』)や、その他の報道などを見れば、概ね次の
ようなサクセスストーリーになります。
(*)ロシア語版は2000年3月に出版された。
英語版はロシア語版に新聞掲載のインタビューが付
け加えられている。

 1952年、レニングラード(現サンクトペテルブル
ク)の労働者の家に生まれ、不良だったプーチン少
年は、その後、柔道と出会って更生し、ナチス転覆
を助ける勇敢なソ連のスパイが主人公の物語である
『The shield and the sword (盾と剣)』の映画
にはまり、KGBに憧れるようになっていった。猛
勉強して難関とされるレニングラード大学に入学、
卒業前にKGBにスカウトされ、大学卒業後16年間
KGBで勤務した。KGBを辞めた後は市役所、96
年に大統領府で働くようになってから急速に出世階
段を上っていった。特にエリツイン大統領に後継者
に指名された後、盤石の権力基盤を構築し頂点に立
った、というものです。

 プーチン氏の政治思想や手法に大きな影響を与え
たと考えられるKGB時代の活動については、さら
に秘密のベールに包まれているものの、上記記事な
どをみると1975年に入省したKGBでは、最初の数
年間はレニングラード支部の国内防諜部門で勤務し
ています。70年代のレニングラード支部は、反体制
活動家の過酷な摘発で知られましたが、特にこの間
の活動には触れられてもいません。

 その後、モスクワ本部で対外情報活動を担当する
第1総局へ異動。85年から90年までは、旧東ドイツ
のドレスデンのKGB支部のナンバー2として勤務
(ナンバー1は、支部の管理業務主体だったので、
実務はプーチン氏が統括)し、そこでベルリンの壁
崩壊を経験。その後、レニングラード大学にもどり、
KGBから出向という形で市議会議長アナトリー・
サブチャクの下で働き、91年には正式にKGBを退
職しています。その時の階級が中佐でした


▼プーチン氏のKGB職員としての評価

 さて、東ドイツでの仕事について、プーチン氏は
「東ドイツでは、通常の諜報活動をしていた。情報
源を雇い、情報を収集し、分析して、それをモスク
ワに送る。私は政治団体に関する情報、政党やその
指導者の傾向を探った。……そのような情報は情報
源がないと得られない。そこで、情報源を雇い、情
報を入手し、評価・分析することが任務の大部分だ
った。それは、決まりきった仕事だったが」と通常
業務を淡々とこなしていたと述べています。(『プ
ーチン、自らを語る』)

 この『プーチン、自らを語る』のインタビュアー
を務めたKGBに詳しい女性記者(ナタリア・ゲボ
ルクヤン)は、のちにフランスに亡命しましたが、
「彼は良くも悪くもKGB中堅将校だ。決断力はな
く、勇気にも乏しい。勇気ある人を羨ましがってい
るように思えた。自分の事を話すのが好きだが、そ
の多くが真実とは思えない」とインタビューについ
て回想しています。

 ドイツの政治月刊誌『ツィツェロ』では、「プー
チンはドレスデンで大した仕事をしていない。東独
に留学する途上国の学生を西独でスパイに仕立てる
任務などを負っていたが、2人しか見つけられなか
った」と、その仕事ぶりは凡庸だったと、良い評価
はされていません。

 さらに、2006年10月、モスクワの自宅アパートの
エレベーター内で何者かに銃殺された人権派女性記
者アンナ・ポリトコフスカヤは、最後の著書でプー
チン氏を次のように痛烈に批判しました。

「プーチンはソビエトKGB中佐の典型だ。ゴーゴ
リ著『外套』の主人公、小役人のアカーキー・アカ
ーキエビッチを彷彿とさせる。彼の世界観は階級に
見合って偏狭だ。いかにも最後まで大佐になれなか
った中佐らしい。好感の持てない個性の持ち主なの
だ。たえず仲間を詮索するソビエト秘密警察の根性
が骨の髄まで染み付いている。しかも執念深い」
(『プーチニズム』NHK出版)としています。

 名越健郎の『独裁者プーチン』(文春新書、2012
年)では、プーチンは「KGBには計16年いたが、
中佐止まりだった。同僚の多くは、将軍か大佐でキ
ャリアを終えている。同期で盟友のセルゲイ・イワ
ノフ元国防相は英国やスウェーデンに駐在し、将軍
で退役した。プーチンの評価はKGBで高くなかっ
た。現在でも、情報機関関係者はプーチンのことを
『あの中佐が……』と呼び、大佐になれなかったプ
ーチンを揶揄する」と、スパイとしては二流だった
と評価しています。

 このように、KGB時代のプーチンの仕事ぶりに
対する周りの評価は、良くありません。したがって、
冒頭に書いたように所詮二流の「工作員」レベルの
能力では、国家レベルの戦略は描き切れないという
結論が出てくるのでしょう。

 しかし、筆者は、これらの評価について疑問が残
ります。KGBでは、どのような活動をしていたか
は詳細に明かされていません。にもかかわらず、プ
ーチンに敵意を有する人などの意見が採用され、そ
れらには、バイアス(確証バイアスやアンカー効果)
がかかっていると思います。もっとも『プーチン、
自らを語る』の中に出てくるプーチンと親しい人の
意見は、賛辞ばかりでこちらの意見も相当バイアス
がかかっていると思います。

 また、どこでどのような情報を収集したり、リク
ルート活動を行なっていたかが他人に分かるような
スパイは、スパイとして優秀ではないと考えられま
す。

 007シリーズのジェームス・ボンドのような、派
手な活動をするスパイは、映画としては面白いです
が、実際のスパイとしては失格です。一見凡庸に見
える方が、実はスパイとしては優秀なのではないで
しょうか。

 人から話を聞いて高度な情報を収集するためには、
豊かな知識が必要です。なぜなら、自分が知識不足
で理解できない情報は、入手することができないか
らです。

 たとえば、プーチン氏が敬愛していたリヒャルト・
ゾルゲは、日本に関する豊富な知識と人間的魅力を
駆使し、日本の政権中枢にまで、エージェントを送
り込み、当時ソ連にとって戦略的に極めて重要な
「日本陸軍の南進決定」という情報を入手しました。

 このようにゾルゲは極めて優秀なスパイであった
にもかかわらず、当時はソ連では正当な評価はされ
ませんでした。

 しかし、第2次世界大戦後の1964年にようやくそ
の功績が評価され、「ソ連邦英雄」の称号を受け、
東ドイツでは記念切手も発行されました。

▼スパイ=工作員か?

 スパイ=工作員なのか?という疑問もあります。

 辞書にはスパイ(spy)とは、
・まわしもの。間諜(かんちょう:ひそかに敵側の
情勢をさぐって味方に通報する者)。密偵(広辞苑)
・相手や敵のようすをひそかに探ること。また、そ
の人。間諜(かんちょう)。密偵(デジタル大辞泉)

工作員(operative)とは、
・諜報活動など、隠密裏の活動をする人(広辞苑、
デジタル大辞泉)
・情報の収集にあたったり、他国への働きかけ、あ
るいはスパイ活動の防止などの活動をひそかに行う
人(日本国語大辞典)
・エージェントの別称(スパイ大事典)

エージェント(agent)とは、
・1 代理人。代理業者。2 スパイ。諜報員(デ
ジタル大辞泉)
・通常外国籍で情報機関と雇用関係になく、機関の
指示によって諜報及び防諜の目的で情報を収集、ま
たはその手助けをしたり、その他の諜報活動を行っ
たりする個人(スパイ大事典)

ケース・オフィサー(case officer)とは、
 ・ある特定の諜報作戦においてエージェントに指
示を与え、同時にエージェントの勧誘と監督に責任
を負う情報機関の要員(スパイ大事典)

となっています。これらを総合すると、必ずしもス
パイ=工作員ではありません。

 つまり、スパイは密かに情報を収集する人であり、
工作員はエージェントの別称であり、情報収集も行
いますが、秘密の工作活動を行う人というイメージ
が強いと思われます。

 さらに、ケース・オフィサーは、工作員を勧誘し
たり、それらの要員を適切に運用したりする人とい
うことになります。

 プーチン氏が、どの役割を担っていて何を行って
いたかは、前述のように明確にはなっていませんが、
記事などと照合すれば、スパイ、工作員、ケース・
オフィサーのすべてを経験したようです。

 それぞれの役割が違うため、さまざまな能力が必
要になると思います。2007年頃の米『タイム』誌の
インタビューで、KGBでの活動が大統領職に役立
っているかとの質問に対し、プーチン大統領は、次
のように答えています。「むろん一部の経歴は役に
立っている。KGBは自立して考えることや、客観
情報の第一報と最も重要な情報をいかに入手するか
を教えてくれた。情報機関で働くことで、人と一緒
に仕事をする方法を学んだ」

 さらに、昔はスパイは蔑視された名称のようで敵
国の要員に対して用いる言葉で、自国の要員には使
用しなかったようです。正兼菊太『防諜の生態』
(38-39頁、成武堂、1944年)には、次のような記
述があります。(現代の漢字およびカナづかいに筆
者修正)

「スパイとは我が国においては敵性諸国の諜報謀略
行為に携わる人間に対し敵性を明瞭ならしめ且つ之
を蔑視して呼ぶ名称である。従って味方同志の間で
は、如何なる国でもスパイなどと呼びはしない。例
えば米英○(ママ)国においても、自国の諜報、謀
略に参加するものをスパイと称している例はない。
 各国とも自国の諜報謀略に服務するものにはそれ
ぞれ特定の名称を付し、例えば之がため外国に派遣
してあるものに対しては、特派員、代表者、出張員、
支配人、研究員などと名付け、しかもこれらは堂々
たる職業によって偽装されている。(中略)而し
てこれら敵性諸国の特派員、代表者、出張者、会社
員等がその仕事を実施するにあたり使用する人物、
いわゆるスパイの手先どもを『共同者』『諜報勤務
員』『アゲント(筆者注エージェント)』などと呼
んでいる」

 時代を経ても、スパイやエージェントと表現され
た時点で、蔑視するようなニュアンスがどこかに残
っているとも考えられます。

▼FSB長官になったプーチン氏

 冒頭の記事は、プーチン氏がKGBを中佐で辞職
したため、KGBの中佐止まりでせいぜいケース・
オフィサーとしての経験と知識しかないとの判断で
す。

 ところが、ある会社を課長職で辞め、その後、独
立して会社のしかも大企業の社長になったのに、そ
の人物はいつまでも課長レベルの考えしかできない
のでしょうか。それはおかしなロジックです。

 確かにKGB勤務時代の地位を考えれば、完成図
を知らされずに1つのピースを埋めるために奔走す
る職務で情報の全体像を知らない歯車の一つでしか
なかったかもしれません。

 また、大統領になってからも、元スパイだったと
いう片鱗を自慢げに見せる場面もあります。たとえ
ば2004年、アメリカ主催のシーアイランド・サミッ
トの歓迎晩さん会で突然立ち上がり、ブッシュ大統
領の母親の誕生日を祝いたいと提案したり、06年の
サンクト・サミットではメルケル首相の誕生日にプ
レゼントを贈っています。

 このように主要な会談の前には、在留の大使館の
SVR職員と面談して個人情報を収集し、相手やそ
の親しい人が会談期間中に誕生日であればプレゼン
トを贈るなど、相手の「個人情報まで知っているぞ」
とばかり、相手の心情また弱みをつかむ術を心得
ているし、そのことを披歴しているようです。

 しかし、プーチン氏は、KGBの一職員で終わっ
たわけではありません。1998年には、KGBの
後継のFSB(ロシア連邦保安庁)の長官になって
います。ソ連時代のKGBの全ての機能がFSBに
引き継がれているわけではありませんが、FSB長
官には多くの国内外の情報が集約されるはずです。

 つまり、プーチン氏はスパイ経験者だけではなく、
KGBの現場からFSBのトップまでを知り尽く
していることになります。現場の情報がどのように
流れ、情報機関がどのようにして、またどの程度の
情報を大統領に伝えているか、上層部からの影響を
受けるかも十分承知しているはずです。

 今回のウクライナ侵攻で、FSBから情報が上っ
てこなかったとして、FSBの要員を大量に処分し
ていますが、上司に叱責されるような耳ざわりな情
報は上げたくないといういわゆる「インテリジェン
スの政治化」をすでに忘れていたのでしょうか。絶
大な権力を持つプーチン大統領には、だれも逆らえ
ないという現状を反映しているものと思われます。

 たとえば、ロシアのウクライナ侵攻2日前の2月
21日の安保会議において、意見を求められた最側
近のナルイシキンSVR(対外情報局)長官は、大
統領府長官や下院議長を歴任した超大物です。しか
し、「(承認を)支持しようとするのか、それとも
支持するのか?はっきり言え、セルゲイ!」「イエ
スかノーかだ」とまくし立てるプーチン大統領にた
じろぎ、独立承認を「ロシア編入を支持します」と
取り違えました。するとさらに、プーチン大統領か
ら「そんな話はしていない」と罵られました。

 ほかのメンバーたちも全員が緊張の面持ちでその
やり取りを凝視していました。まさに、この映像は
大統領から叱責されるようなことは、話したくない
との状況を象徴しています。

 ところが、程度の差はあれこのような現象は、独
裁的国家だけの現象ではありません。2003年のアメ
リカのイラク侵攻は、イラクのWMD開発を阻止す
るというのが大きな目的でした。戦争前、チェイニ
ー副大統領は、何度もCIAを訪れ、政策サイドが
望むような回答を誘導するような質問を繰り返した
とされます。これも「インテリジェンスの政治化」
の一種であり、政策サイドが注意しなければならな
い問題の一つです。

▼確証バイアスの危険性

 欧米の視点に立てば、ロシアはウクライナ侵攻に
より国際的な非難を受け、大規模な経済制裁を受け
てまで、戦争を継続する戦略的合理性はないと見え
ます。そして、それは、工作員レベルの視点しかな
いプーチン大統領だから戦略に限界があると見るこ
ともできるでしょう。

 しかし、プーチン氏の経歴を見るとスパイ時代の
活動は具体的に明らかにされておらず、スパイ時代
の能力は適切に評価できません。しかも、スパイの
後はFSB長官、さらには大統領までの経験を経る
につれて、情報量は増大し、視野は大きく広がって
いると考えられます。

 1999年12月、プーチン氏が大統領代行に就任する
直前には『新世紀を迎えるロシア』という論文を出
しています。そこでは1990年代のロシアの国力の低
下を明確に認識し、その上で「強い国家の復興」を
主張しています。

 大統領就任後は、ロシア経済をV字回復させ、20
14年には、難なくクリミアを併合しました。このよ
うな点を考えると強い国家の復興を目指す大戦略は
十分に持っていたのではないでしょうか。

 今回のウクライナ侵攻での戦略的ミスは、プーチ
ン大統領よりも、大戦略を具体化する参謀総長以下
の軍事戦略のミスだということができるのではない
でしょうか。

 インテリジェンスにおいては、(プーチン氏は所
詮中佐でKGBを辞めたので二流に過ぎないといっ
た)先入観に基づいて観察し、自分の都合のいい情
報だけを集めてしまうという「確証バイアス」に陥
らないことが重要だと思います。




□出版のお知らせ

このたび拓殖大学の川上高司教授監修で『インテリ
ジェンス用語事典』を出版しました。執筆者は本メ
ルマガ「軍事情報」でもおなじみのインテリジェン
ス研究家の上田篤盛、名桜大学准教授の志田淳二郎、
そしてわたくし樋口敬祐です。

本書は、防衛省で情報分析官を長く務めた筆者らが
中心となり、足かけ4年の歳月をかけ作成したわが
国初の本格的なインテリジェンスに関する事典です。

2017年度から小学校にプログラミング教育が導入さ
れ、すでに高校では「情報科」が必修科目となって
います。また、2025年の大学入学共通テストからは
「情報」が出題教科に追加されることになりました。

しかし、日本における「情報」に関する認識はまだ
まだ低いのが実態です。その一因として日本語の
「情報」は、英語のインフォメーションとインテリ
ジェンスの訳語として使われているため、両者の意
味が混在していることにあります。

一方で、欧米の有識者の間では両者は明確に区別さ
れています。状況を正しく判断して適切な行動をす
るため、また国際情勢を理解する上では、インテリ
ジェンスの知識は欠かせません。

本書は、筆者らが初めて情報業務に関わったころは、
ニード・トゥ・ノウ(最小限の必要な人だけ知れ
ばいい)の原則だと言われ、ひとくくりになんでも
秘密扱いされて戸惑った経験から、ニード・トゥ・
シェア(情報共有が必要)の時代になった今、初学
者にも分かりやすくインテリジェンス用語を伝えた
いとの思いから作り始めた用語集が発展したもので
す。

意見交換を重ねているうちに執筆賛同者が増え、結
果として、事典の中には、インテリジェンスの業界
用語・隠語、情報分析の手法、各国の情報機関、主
なスパイおよび事件、サイバーセキュリティ関連用
語など、インテリジェンスを理解するための基礎知
識を多数の図版をまじえて1040項目を収録する
ことができました。

当然網羅していない項目や、秘密が開示されていな
いため、説明が不足する項目、現場の認識とニュア
ンスが異なる項目など不十分な点が多数あることは
重々承知していますが、インテリジェンスや国際政
治を研究する初学者、インテリジェンスに関わる実
務者には役立つものと思っています。



『インテリジェンス用語事典』
樋口 敬祐 (著),上田 篤盛(著),志田 淳
二郎(著),川上 高司(監修)
発行日:2022/2/10
発行:並木書房
https://amzn.to/3oLyWqi

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ひぐちけいすけ(インテリジェンスを日常生活に役
立てる研究家)



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【著者紹介】

樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
NPO法人外交政策センター事務局長。元防衛省情報
本部分析部主任分析官。防衛大学校卒業後、1979年
に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議事務局(第2
幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。陸上自衛隊
調査学校情報教官、防衛省情報本部分析部分析官な
どとして勤務。その間に拓殖大学博士前期課程修了。
修士(安全保障)。拓殖大学大学院博士後期課程修
了。博士(安全保障)。2020年定年退官。著書に
『国際政治の変容と新しい国際政治学』(共著・志
學社)、『2021年パワーポリティクスの時代』(共
著・創成社)、『インテリジェンス用語事典』(共
著・並木書房)


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