配信日時 2022/05/25 09:00

【陸軍工兵から施設科へ(34)】 昭和初めの日々    荒木肇

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荒木さんの最新刊

知られざる重要組織「自衛隊警務隊」にスポットを
当て、警務隊とは何か?の問いに応えるとともに、
警務隊で修練されている「逮捕術」を初めて明らか
にしたこの本は、小平学校の全面協力を受けて作ら
れました。

そのため、最高水準の逮捕術の技の連続写真が実に
多く載っています。それだけでなく、技のすべてを
QRコードを通して実際の動画をスマホで確認できる
のです!

自衛隊関係者、自衛隊ファン、憲兵ファンはもちろん、
武術家、武道家、武術ファンにも目を通してほしい
本です。

『自衛隊警務隊逮捕術』
 荒木肇(著)
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おはようございます。エンリケです。

「陸軍工兵から施設科へ」第34回です。

歴史は複眼で見ろ。単眼で見ていたら、操られたり
隠されたりしたものを見抜く眼力が失われる。
そうなったら歴史と接する意味がなくなる。
歴史から得るものが得られない。

と、昔ある人から口酸っぱく教えられたことを思い
起こしました。


さっそくどうぞ
 
エンリケ


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陸軍工兵から施設科へ(34)

昭和初めの日々


荒木 肇

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▼満洲事変を間近にして

 1928(昭和3)年6月4日に「満洲某重大事
件」が起きました。いまではその「真相」も明らか
になっています。関東軍の幕僚による陰謀による暗
殺事件でした。当時は北京(ぺきん)にいて大元帥
を自称していた満洲軍閥の統領だった張作霖(ちょ
う・さくりん)が満洲へ帰ろうとしたところ、進行
中の列車が爆砕されて死亡しました。

 首謀者は関東軍高級参謀だった河本大作(こうも
と・だいさく)歩兵大佐です。実施したのは朝鮮軍
隷下の竜山工兵隊の一部でした。鉄道の爆破などは
工兵の専門であり、他兵科の人では確実にはできな
いということからです。ただし、爆薬や電線などの
セットまでは工兵隊が行ない、爆破スイッチを実際
に押したのは奉天駐屯の独立守備隊の中隊長東宮鉄
男(とうみや・かねお、1892~1937年)大
尉でした。

 この事件がきっかけになって、昭和6年の満洲事
変になっていきます。その頃の時代の気分を知るた
めに、定説を述べておきましょう。関東軍司令部は
ただちに真実を隠すために嘘をつきます。爆破現場
の近くには中国人の死体がありました。死体のそば
には爆弾と国民党軍との関係を示す書類もあり、彼
らは便衣隊(べんいたい)であり、犯人の一部だと
発表しました。便衣隊とは正規の軍人ではなく、制
服も着ることなしに戦闘行為をする人間です。

わが国の首相は、「おらが大将」で有名な田中義一
(たなか・ぎいち)でした。真相が政府にも、陸軍
中央にもなかなか分からないうちに、満洲の貴志弥
次郎中将から「日本軍人が関係している」という通
報を受けました。

この貴志中将は陸士6期生(1873年和歌山県で
生まれる)で陸軍大学校在学中に大尉、中隊長とし
て日露戦争に出征し偉勲を立てた人物です。また、
田中義一とは深い関係がありました。

日露戦争後に陸軍は内務書を改定しますが、このと
きの主務者が田中義一歩兵第3聯隊長、そして聯隊
付になっていたのが貴志少佐でした。2人は協力し
て陸軍生活の基礎である内務書を作り上げたのです。
 
その後、貴志は歩兵聯隊長なども務めますが、大正
時代の後半は奉天特務機関長で過ごしました。田中
との関係はいつも緊密で、両者は深い信頼関係を築
いていたのです。

 当時、貴志は予備役に編入されていましたが、張
作霖の第2子を預かっていました。その貴志が現地
を検証し、起爆装置と爆薬を結ぶ誘導電線がひかれ
た跡を発見します。爆薬の質や量から見ても、とて
もゲリラ(便衣隊)などが使えるものではないと判
断したのです。

また、第2報は小川平吉(おがわ・へいきち)鉄道
大臣からもたらされました。満洲の大石橋にいる知
人から聞いた話だというのです。もし、爆殺に失敗
したら抜刀斬り込み隊を率いて張作霖を確実に倒し
て欲しい、それを軍人から頼まれたという話でした。

関東軍の幕僚や、それと気脈を通じる陸軍中堅将校
たちは満洲や内蒙古を独立させて、都合のよい政権
を操ろうとしていました。しかし、張作霖は言うこ
とを聞かなくなっています。邪魔者は消せといった、
今から見ればずいぶんとお粗末な茶番劇でした。

政治は混乱していました。そこへ不景気の波が押し
寄せます。昭和初年の日々はデフレ状況が続く中で
、国民は漠然とした不安と生活苦に追われていまし
た。

▼昭和初めの暮らし

 公示地価で比べると、昭和6年の銀座4丁目実勢
地価が坪6000円だったそうです。2018(平
成30)年の公示価格は1平方メートルで5500
万円。坪にすれば約1億8000万円ですから、ざ
っと3万倍になります。

昭和6年の6000円は帝国大学総長の年俸です。
帝国大学総長は月収500円、今に直せば200万
円の月給でしょうか。現在、東京大学総長は年収約
2500万円ですから、1円が4000円という見
立ては間違っていないと思います。

住宅事情はどうかというと、東京市内中心部の家賃
はおよそ月額40円くらいが平均でした。いまでい
えば16万円。30円から40円で2階建ての1戸
建てを借りるのも夢ではありません。住宅ローンも
ありませんし、働いている間は借家で済ませ、退職
してから家作を建てて賃貸収入で暮らすという人が
多かったようです。

自動車はフォードやゼネラルモータースの輸入が多
く、5人乗りセダンが3600円、現在に換算する
と約1400万円、フォードの大衆セダンが245
0円だから、同じく約1000万円というところ。
国産の日産のダットサンが1350円で大人気とあ
るけれど、約540万円になります。

まあ、ちょっと無理すれば買えるじゃないかと思う
のは、やはり現在ベンツやアウディといった100
0万円を超える高級車を買える階層でしょう。

▼日本の様子

 国内総生産(GDP)は前回も書いたように、約
150億円でアメリカの7分の1、世界貿易におい
てのシェアも3%ほど。国防費はGDP比の1%の
3倍、3%くらいです。人口は約6400万人、就
業者の総数は約2900万人でした。この就業者の
うちの農業人口は1370万人で47%にもなりま
す。いまでは漁業等を含めても5%です。

 製造業は全体の16%の470万人、サービス産
業は8%の250万人といった社会でした。国民の
多くは小学校6年を出ると高等科に半分くらいが進
み、中等学校に進学する人は30%にも満たず、サ
ラリーマンも多くが中学や商業学校を出ているだけ
という社会。逆に、いまのように子どもへの教育費
が負担になるというのも珍しかったのです。

 鉄道省の若手幹部まで巻き込んだ俸給引き下げ反
対運動でしたが、そのキャリアにあたる技師や法学
士だった奏任官がどれくらいいたのでしょうか。な
かなか、正確な数字は難しいのですが、1929(
昭和4)年の『俸給生活者論』(小池四郎、青雲閣
書房)によれば170万人から200万人くらいだ
ろうとしています。就業人口の7%くらいにあたり
ます。

兵役の徴兵検査時の調査では、大学や専門学校を卒
業した人が5%くらいですから、そんなところかも
知れません。というのも戦前社会は案外、抜け道が
あって、資格試験を突破してホワイト・カラーにな
る人も多かったからです。

▼鉄道は一家だ

 高等官35人、判任官45人が集まって減俸反対
の決議をしました。彼らの言い分は次の通りでした。
鉄道の仕事は、現業非現業の区別がつかない。たし
かに管理職や現場職、一般企業のように総務・事務
を扱うホワイト・カラーと、工場労働者のブルー・
カラーのような区別が鉄道にはない。たとえ、帝国
大学出の技師でも、事故があったら運輸事務所から
飛び出して現場作業員の先頭に立ちました。

 とくに判任官の9割は現業員であり、部下の雇員
や傭人の方が手当てなどで高給を取っている場合も
多い。しかし、あくまでも現場の中堅はベテランの
判任官たちであり、彼らの生活を苦しめるのは鉄道
全体の力を大きく損なってしまう。そんな主張が多
くの鉄道人の同意を得ることになりました。鉄道一
家、上から下まで一丸になるという気分が「官鉄」
にはあったのです。

▼21万6000人の辞表

 ついに本省の局長、課長までがガリ版で刷られた
辞表に署名捺印をするといった事態になりました。
しかし、現場は動き、ごく当たり前にダイヤ通り列
車は走り続けておりました。騒動から1週間が過ぎ、
鉄道大臣も反対運動の統制委員たちもくたくたにな
りました。大臣から妥協案が出ます。

(1)退職金の制度を恒久的なものとする。(2)
積極的な人員整理はしない。(3)諸給与を減額し
ない。(4)新俸給令による退職賜金と旧俸給令に
よるそれの差額は適当な方法で支給する。

こうして鉄道のストップは避けることができました。
辞表はたった1枚を除いて撤回されました。その
1枚は、あの「つばめ」実現のために働いた鉄道省
運転課長結城弘毅だったのです。結城は鉄道を去り
ました。

 この大騒動がどうして鉄道だけで起きたのか。興
味深いことを青木槐三氏は書いています。実は、鉄
道員は減俸そのものに反対というより、政党政治そ
のものへの反抗にあったのではないかというのです。

 鉄道員は鉄道を改良し、安全な輸送力が高い鉄道
を造ろうと思っていました。ところが大正中期から
力を得て来た政党は、鉄道側の広軌改良案を潰し、
自分の選挙の人気取りのために新線を次々と建設し
た。自分の都合のよいことを画策することを「我田
引水」といいましたが、大正時代から昭和の初めの
政党は「我田引鉄」、自分の票田に赤字が分かって
いても鉄道を走らせたという意味です。

 しかも言うことをきかない官吏は左遷する。官吏
も現在のような権利で守られた人たちではありませ
んから、政党が任命した大臣の権限で簡単に首のす
げかえもできたのです。

 高級官吏ばかりか、下の身分の人たちも大変な目
に遭いました。各駅にあった売店や、ガード下の権
利の使用も政党幹部のやりたい放題でした。鉄道で
事故にあって負傷した公傷者が救われたのはそうい
った場所です。連結器の作業で片手、片足を失った
人が駅の構内で売店を営むということもありました。
それも政党関係者が利権の種にしてしまったのです。

 大正時代は政党政治の時代だ、日本のデモクラシ
ーの発達だったと今も褒める人がいます。当時は政
友会、民政党という2大勢力が争って党利党略に明
け暮れていた時代でした。政党政治への不信もあっ
たのが大正末から昭和の初めの時代でした。



(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇
「中央公論」2020年3月号
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