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ライターの平藤清刀です。陸自を満期除隊した即応
予備自衛官でもあります。お仕事の依頼など、問い
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こんにちは、エンリケです。
「情報機関はインテリジェンスの失敗をどう克服し
てきたか」の十一回目。
今号で本連載は終了です。
わが国では希少で貴重な「インテリジェンスコンテ
ンツ」をご提供いただいた樋口さんに、心からの感
謝を申し上げます。
文中でも触れられていますが、
連載中に発生したロシアによるウクライナ侵略。
この事態に接し、
リアルタイムでご高見を拝読できたのは、望外の喜
びでした。同じ思いをしている方は多いでしょう。
今後も弊メルマガでご高見に接する機会が
あると思います。その日を楽しみにしております。
ほんとうにありがとうございました。
では最終回の記事をさっそくどうぞ。
エンリケ
おたよりはコチラから
↓
https://okigunnji.com/url/7/
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情報機関はインテリジェンスの失敗をどう克服して
きたか(最終回)
インテリジェンスの失敗の克服策のまとめと今後の
課題
樋口敬祐(元防衛省情報本部分析部主任分析官)
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□出版のお知らせ
このたび拓殖大学の川上高司教授監修で『インテリ
ジェンス用語事典』を出版しました。執筆者は本メ
ルマガ「軍事情報」でもおなじみのインテリジェン
ス研究家の上田篤盛、名桜大学准教授の志田淳二郎、
そしてわたくし樋口敬祐です。
本書は、防衛省で情報分析官を長く務めた筆者らが
中心となり、足かけ4年の歳月をかけ作成したわが
国初の本格的なインテリジェンスに関する事典です。
2017年度から小学校にプログラミング教育が導入さ
れ、すでに高校では「情報科」が必修科目となって
います。また、2025年の大学入学共通テストからは
「情報」が出題教科に追加されることになりました。
しかし、日本における「情報」に関する認識はまだ
まだ低いのが実態です。その一因として日本語の
「情報」は、英語のインフォメーションとインテリ
ジェンスの訳語として使われているため、両者の意
味が混在していることにあります。
一方で、欧米の有識者の間では両者は明確に区別さ
れています。状況を正しく判断して適切な行動をす
るため、また国際情勢を理解する上では、インテリ
ジェンスの知識は欠かせません。
本書は、筆者らが初めて情報業務に関わったころは、
ニード・トゥ・ノウ(最小限の必要な人だけ知れ
ばいい)の原則だと言われ、ひとくくりになんでも
秘密扱いされて戸惑った経験から、ニード・トゥ・
シェア(情報共有が必要)の時代になった今、初学
者にも分かりやすくインテリジェンス用語を伝えた
いとの思いから作り始めた用語集が発展したもので
す。
意見交換を重ねているうちに執筆賛同者が増え、結
果として、事典の中には、インテリジェンスの業界
用語・隠語、情報分析の手法、各国の情報機関、主
なスパイおよび事件、サイバーセキュリティ関連用
語など、インテリジェンスを理解するための基礎知
識を多数の図版をまじえて1040項目を収録する
ことができました。
当然網羅していない項目や、秘密が開示されていな
いため、説明が不足する項目、現場の認識とニュア
ンスが異なる項目など不十分な点が多数あることは
重々承知していますが、インテリジェンスや国際政
治を研究する初学者、インテリジェンスに関わる実
務者には役立つものと思っています。
『インテリジェンス用語事典』
樋口 敬祐 (著),上田 篤盛(著),志田 淳
二郎(著),川上 高司(監修)
発行日:2022/2/10
発行:並木書房
https://amzn.to/3oLyWqi
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□はじめに
今回の連載で、「情報機関はインテリジェンスの
失敗をどう克服してきたか」についてのメルマガを
一旦終了させていただきます。皆様2月からご講読
ありがとうございました。
いずれ、インテリジェンスに関連したテーマを取
り上げて投稿したいと思いますので、その折にはよ
ろしくお願いします。
さて、いままで10回にわたってアメリカの情報
機関はインテリジェンス失敗をどう克服してきたか
について、私の拙い研究の一端を述べてきました。
メルマガの連載間にロシアのウクライナ侵攻があ
り、この件に絡めてインテリジェンスの問題点を提
起し、それに答えるような形でメルマガを進めるこ
とができました。
今回は、ウクライナ情勢については、最後に触れ
させていただきます。
▼克服策のまとめ
前回までに、アメリカの情報機関がどのようにイ
ンテリジェンスの失敗を克服してきたかについて述
べてきました。元々アメリカにおいては、情報は軍
の行動のために必要で、その軍は、平時は最小限保
持していればよく、必要に応じて拡大すればよいと
いう考えでした。そのため、情報機関も平時は極め
て小規模かまたは必要ないとの考えがありました。
しかし、冷戦がはじまるとソ連についての総合的
な情報が必要となりました。軍事だけではなく政治、
経済、さらにソ連のスパイなどに関するさまざま
な情報を収集し分析するための常設で各種情報を統
合する情報機関の必要性が出てきました。
その中心にあった考えは、アメリカは二度と真珠
湾攻撃のような奇襲を受けてはならないということ
でした。
しかし、インテリジェンス・コミュニィティーは
設立直後から、インテリジェンスの失敗を繰り返し
奇襲を受けていたのです。
繰り返えされたインテリジェンスの失敗の問題点
は、「情報共有の問題」「情報収集の問題」「情報
分析の問題」「情報(インテリジェンス)の政治化
の問題」「情報文化の問題」にまとめることができ
ました。
それらを解決するためには、組織の改革、特に組
織を取りまとめるための強力な権限と予算を持った
組織が必要なことが分かっており、長い間指摘され
ていましたが、それはなかなか進展しませんでした。
そして改革が進まない大きな原因は、CIAと軍の
対立でした。インテリジェンスは軍の作戦のため
にあると考える軍サイドにとっては、民間人がトッ
プの組織、つまり軍事を分かっていないと思われる
組織に制約を受けるのが嫌だったのです。
そのため、改革はいつも部分的にしか行なわれま
せんでした。ところが、2001年の9.11テロという第
二の真珠湾攻撃が発生したことによって改革が一気
に進みました。
2004年にインテリジェンス改革法が成立し、05年
4月21日初代の国家情報長官(DNI)として、前駐
イラク大使だったジョン・ネグロポンテが就任しま
した。
DNIの設置は1947年の国家安全保障法によって米
インテリジェンス・コミュニティーが創設されて以
来、最大規模の制度改編でした。
DNIは、17の情報機関(その後、宇宙軍S-2が増え18)
を取りまとめる米インテリジェンス・コミュニティ
ーの長として、コミュニティー内の各機関の情報関
心事項およびその優先順位を決定し、これら機関の
情報収集・分析・配布作業を管理・監督することで
す。
インテリジェンスの重大な失敗があるたびに対策
として挙げられていた、情報機関を強力に統合する
DNIの設立により、インテリジェンスの問題はかな
り解決したと思われていました。
しかし、2005年12月9.11委員会は、インテリジェ
ンス・コミュニティーの情報共有の履行状況につい
て「D」判定の評価を付けました。
2006年7月、専門家のタスクフォース(マークル
財団)が発表した報告書では、情報共有について改
善は見られるものの、「縄張り争いと指揮系統の不
明確さ」「古いやり方での業務遂行にいまだに固執
している」「情報共有を進めようとする意識に欠け
ている」ことが明らかにされました。
同報告書は「システマチックで信頼のできる情報
共有は、現実からはほど遠く、願望のままである」
と結論づけています。
それらの指摘などを受け、2007年二代目DNIは、
「統合と協力のための100日計画」を発表し、その
勢いを持続させ促進させるため、同年10月「統合と
協力のための500日計画」を発表しました。
それらの計画とは、インテリジェンス・コミュニ
ィティーを統合・変革させるための計画です。6つ
の重点分野(協力の文化の創出、情報共有の促進、
DNIの権限明確化、情報収集および分析に関する変
革の推進、業務の改善、情報関連の調達要領の改善)
の下、より具体的取り組むべき事項が示され改革が
推進されました。
『インテリジェンスの基礎理論』などの著者小林
良樹氏は、DNIが設立されて3年後の2008年1月の時
点では「DNIは、少なくともCIA等の非軍事系のイン
テリジェンス機関に対しては、新しいインテリジェ
ンス・コミュニティーの統括者としての監督力・統
率力をある程度発揮することに成功しつつあると見
られる。その意味で全く実体・実権のない官僚機構
の『屋上架』となるかもしれない」という当初の見
方は、杞憂であったと評価しています。
しかしながらDNIの人事・予算権限は不明確か
つ不透明なことから、「同長官の監督力や統率力は
まだまだ不十分かつ部分的だ」としています。特に
国防総省傘下にある軍事系インテリジェンス機関に
対するDNIの人事・予算権限が法的にも実質的に
も限定的だと指摘しています。
2008年7月、ブッシュ米大統領は、1981年以降ア
メリカの情報活動の基本的枠組みを規定してきた行
政命令第12333号の修正を承認し、DNIの人事・予算
権限などのさらなる強化をはかりました。
DNIは、かつてCIA長官が兼務していた中央情報長
官(DCI)よりも強力な権限を有するようになりま
したが、これらの権限のもとで、DNIがインテリジ
ェンス・コミュニティーを効果的に運営することが
できるかどうかには、別の要因もあります。
たとえば、DNIに対する大統領や連邦議会からの
支持の程度、とりわけ重要な要因が、国防長官との
力関係や人間関係です。
国防長官は、インテリジェンス・コミュニティー
に属する機関の半数を隷下に入れています。また、
統合軍事インテリジェンス計画(JMIP)および戦術
情報・関連活動(TIARP)を作成する権限や予算も
有しています。
そこで、DNIがインテリジェンス・コミュニティー
に対する指導力を発揮できるかどうかは、国防長官
との人間関係如何にかかっています。
2009年からCIA長官として勤務してきたレオン・
パネッタが、2011年に国防長官となり、その後任と
してアフガン駐留米軍司令官だったデビッド・ペト
レイアス陸軍大将がCIA長官に就くなど、CIAと軍の
交流を象徴する人事も行なわれました。
しかし、ペトレイアス陸軍大将はスキャンダルで
失脚し、その後そのようなCIAと軍との交流人事を
象徴するような事例は見られていません。
▼カレント情報分析に追われるインテリジェンス機
関
分析のやり方については、基礎的教育を部外に委
託したり、官民協力した分析手法の改善などにより
かなり進展したと考えられます。
新たな問題としては、インテリジェンス・コミュ
ニティーに対するカレント情報(最近の出来事や敵
対国の軍の動きなど)の要求が多すぎて、長期的な
戦略的分析に手が回らなくなってきたことです。
情勢が目まぐるしく変化する現代において一日中
流される報道番組、インターネット配信のニュース
、SNSによる情報の拡散により、政策決定者はあふ
れるニュースに対してすぐにその背景や分析を求め
ます。
機密情報に触れることができる分析官といえども
、圧倒的で迅速なオシントの前には、ニュースに触
れる速度は、政策決定者とほぼ同じ状況です。
この、上司がなんでもすぐに知りたがるという現
象は、「ニード・トゥ・ノウ」になぞらえて、「ニ
ード・トゥ・ナウ」と揶揄されているほどです。
インテリジェンス・コミュニティーは、進行中の
事象に対応するプレッシャーに追われて、大局的な
見地がなおざりにされ、殺到する「カレント情報」
要求に埋もれてしまっているとの指摘もあります。
2006年、マイケル・ヘイデン将軍は、(CIA長官
承認のための)公聴会で、CIAの最優先課題に戦略
的分析の再建を次のように掲げました。
「われわれは、才能とエネルギーを単にカレントニ
ュースを追いかけるだけではなく、長期的視点のた
めに蓄えておかなければならない」さもなければア
メリカは「絶え間なく奇襲を受ける」
この問題に関しては、情報機関は短期的なカレン
ト分析に集中し、長期的見積もりが必要な戦略的情
報分析は、部外のシンクタンクなどに委託するとい
う形で解決を図っているようです。
▼改革は道半ば
以上のような改革のための努力の後でさえ、20
14年のロシアのウクライナ侵攻、クリミア半島併合
の察知の失敗、IS(イスラム国)の勢力拡大を的
確に予測できなかったなど、インテリジェンスの失
敗は繰り返されています。
しかし、2022年のロシアのウクライナ侵攻に関し
ては、昨年末の段階からロシアの攻撃の可能性を指
摘するなどインテリジェンス・コミュニティーが、
オールソースの情報を的確に収集して分析を行ない、
インテリジェンスを政策サイドに提供し貢献したと
考えられます。
また、ウクライナ側に対する戦術的な情報も提供
することにより、ウクライナ側の戦闘にもかなり貢
献していることが伺えます。
いわば、今回の戦争におけるインテリジェンスの
活躍は、インテリジェンスの成功例として挙げられ
るのではないかと思います。
したがって、インテリジェンス改革は、まだ不十
分な点はあるものの、インテリジェンスの改革は着
実に進展しているもの筆者は考えます。
▼情報の活用における課題
不十分で改革の余地があるものとして、情報の収
集・分析分野におけるSNSの活用があります。2010
年に発生した中東や北アフリカにおける「アラブの
春」において、SNSを媒介として大衆が運動を起こ
したり、その後テロリストによりSNSがプロパガン
ダに利用されたりするようになってきました。
その傾向はさらに強まり、今回のロシアのウクラ
イナ侵攻でもSNSはプロパガンダの拡散のほか、情
報収集などの面で戦争において大きな役割を果た
すようになってきました。
SNSからのデータ量だけでも膨大なものとなって
います。さらに、その中にはフェイクニュースも紛
れ込んでいます。
これらのデータをいかに収集して分析していくか
は、大きな課題だと思います。民間ベースでは、ベ
リングキャットに代表される調査報道ユニットなど
が、ツイッターやYouTubeなどを活用してオシント
分析により成果を上げています。
報道機関だけでなく、一部の法執行機関や情報機
関でも、その手法を取り入れているという報道など
もありますが、本格的にインテリジェンス・コミュ
ニティーとして取り入れられている動きは、少なく
とも表面上は見られません。
もはや、爆発的に増加するデータを、人間が処理
して分析するというのは不可能に近いです。AI
(人工知能)を活用した情報収集・分析と人間の分
析力の組み合わせも、必要になると思われます。
偽情報や誤情報にいかに対応するかも重要な問題
です。ロシアにおいては、国家としてSNSなどを
制限して情報を統制したり、フェイクニュースを国
家組織または民間に委託して流したりしています。
さらに、サイバー攻撃も一体となった攻撃が可能で
す。
しかし、アメリカのような民主主義国家ではその
ように、情報を統制したり官民が一体となって行動
することは、極めて困難です。
インテリジェンス部門、カウンター・インテリジ
ェンス部門、サイバー部門などをいかに連携させて
いくかも今後の課題だと思います。
ロシアのウクライナ侵攻前の段階で、米政府によ
り機密情報の一部を公開し、ロシアのウクライナ侵
攻を抑止しようとした動きがありました。結果的に
そのことにより、ロシアの軍事行動を阻止すること
はできませんでしたが、これは情報の活用の新たな
動きだと思います。
また、自分たちに都合のよいナラティブ(物語)
を流して味方を増やすというバトル・オブ・ナラテ
ィブも含めた、いわゆる「ソーシャルメディアの兵
器化」の研究も必要だと考えます。
皆様、講読ありがとうございました。
(おわり)
(ひぐちけいすけ(インテリジェンスを日常生活に
役立てる研究家))
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【著者紹介】
樋口敬祐(ひぐち・けいすけ)
1956年長崎県生まれ。拓殖大学大学院非常勤講師。
NPO法人外交政策センター事務局長。元防衛省情報
本部分析部主任分析官。防衛大学校卒業後、1979年
に陸上自衛隊入隊。95年統合幕僚会議事務局(第2
幕僚室)勤務以降、情報関係職に従事。陸上自衛隊
調査学校情報教官、防衛省情報本部分析部分析官な
どとして勤務。その間に拓殖大学博士前期課程修了。
修士(安全保障)。拓殖大学大学院博士後期課程修
了。博士(安全保障)。2020年定年退官。著書に
『国際政治の変容と新しい国際政治学』(共著・志
學社)、『2021年パワーポリティクスの時代』(共
著・創成社)、『インテリジェンス用語事典』(共
著・並木書房)
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マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感
謝しています。
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心から感謝しています。ありがとうございました。
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(代表・エンリケ航海王子)
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