配信日時 2021/12/14 20:00

【武器になる「状況判断力」(22)】 比較要因に基づき最良の行動方針を選定する 上田篤盛(インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

『武器になる「状況判断力」』の二十二回目です。

冒頭文にもあります通り、
本連載は今年いっぱいで終了です。

きょうを含めてあと3回で最終回です。

心残りがないようなさってください。

では今日の記事、さっそくどうぞ。

エンリケ


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武器になる「状況判断力」(22)

比較要因に基づき最良の行動方針を選定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の謎解きは、「ウナギ屋、焼き鳥屋の秘伝のタ
レは、〇〇時代からずっと同じものであっても、な
ぜ腐らないのか?」です。

もともと糖分もあり塩分もあるので菌の発生は少な
く、使うたびに全体を火入れし、使用後に残りかす
などを取り除き、定期的に加熱処理もしています。

ただし、腐らない理由の要点は、減ってくると新し
いタレの素を作って足していく、すなわち、数か月
で元のタレのほとんどは新しいタレと交換されると
いうことです。

 長年の秘伝のタレも、わずかなエキスは残ってい
くが、どんどん新しいものと入れ替わります。

タレの味が良くて、繁盛するのは実は秘伝のタレで
はなく、職人の味付けであったり店の雰囲気であっ
たりするのでしょう。

そういう目に見えないことが秘伝のタレを大切にし
ていくという具体的な行為によって伝承されること
に価値があると筆者は考えます。

伝統も本質は残るものの、受け継がれるもののさま
ざまな状況の変化や時代の流れに応じて微妙に変わ
っていきます。「換骨奪胎」という四字述語があり
ますが、伝統を元にして自らのオリジナル性を加え
ていき新たなものを生み出すことが時代ニーズに対
応することなのでしょう。

今回の謎解きは“自衛隊ネタ”です。「海上自衛隊
が金曜日にカレーを食べるのは有名ですが、これは
なぜか?」です。
 
ところで、これまで軍隊式「状況判断」について、
第1段階から第3段階まで解説してきました。今回
の第4段階の「各行動方針の比較」と第5段階「結
論」で全手順を終えることになります。

しかし、おそらく最初の方の話は忘れてしまわれた
のではないでしょうか。というのは、この軍隊式「
状況判断」は手順が煩雑であるからです。

そこで、次回は少し復習の意味も込めて、軍隊式
「状況判断」の利点と欠点を整理します。さらに、
じ後の2回をもって、激動の現代に対応する迅速な
意思決定法として注目されるOODAループなどに
ついて解説しようかと考えています。

2021年もまもなく終わりになりますので、私の
連載メルマガも本年末まで終わりとします。つまり
今回を含めて残すところあと3回となります。

いましばらくおつきあいください。

▼軍隊式「状況判断」の思考手順

ここでもう一度、軍隊式「状況判断」の思考手順を
復習しましょう。

・第1段階「任務分析」
上級指揮官から任務を与えられた任務を分析し、
「自分は何をすべきか?」を明確にします。

・第2段階「状況および彼我の行動方針」
作戦環境や敵・味方の戦力バランスや方策(行動方
針)を見積ります。
そして、敵の可能行動の列挙と分析を行ないます。
敵が能力的に取りうる方策(可能行動)列挙し、そ
れを敵の意図と兼ね合わせて、敵が採用するだろう
可能行動の種類や採用公算の順位などを考えます。
最後に敵の可能行動(複数)に応じた我の行動方針
をいくつか列挙します。

・第3段階「各行動方針の分析」
敵の可能行動と、我の列挙した各行動方針を組み合
わせて対抗シミュレーションを実施します。

・第4段階「各行動方針の比較」
第3段階で明らかとなった、行動方針の選定のため
の比較要因と、とくに重視する比較要因(加重要因)
するなど比較要因の軽重を判定します。
そして各要因が各行動方針に及ぼす影響などを考察
し、比較要因ごとに最良の行動方針を判断し、最後
に総合的に最良の行動方針を選定します。

・第5段階「結論」
選定した行動方針に所要の修正を加えて、1H5W
のうち所要の事項を定めます。これが、事後の作戦
計画の構想、つまり方針や指導要領となります。

▼各行動方針の比較

「各行動方針の比較」は第3段階「各行動方針の分
析」と同時並行的に行ないます。すなわち、分析と
比較をフィードバックしながらやっていきます。

第3段階では、敵の可能行動と我の行動方針の対抗
シミュレーションの結果、我の行動方針の利点と欠
点を明確にします。

その結果を踏まえて、第4段階では行動方針を補修
します。この「補修された行動方針」が最終的な最
良の行動方針の候補となります。

そこで「補修された行動方針」についてもう一度、
利点と欠点およびその程度を考察します。そして利
点、欠点のうち、行動方針に影響を及ぼすものを比
較要因とします。

ここでは一例として、「戦いの原則」を比較要因と
して考察してみましょう。

古代から現代までのいかなる軍事作戦であれ、必勝
の原理・原則があります。これを「戦いの原則(w
ars of principles)」と言い、わが国のみならず
各国軍事も同じような原則を列挙しています。

なお陸上自衛隊は、戦後に米軍教範を基に『野外令』
を制定する過程で、米軍の9つの原則をほぼそのま
ま踏襲し、(1)目標、(2)主動、(3)集中、(4)経済、
(5)統一、(6)機動、(7)奇襲、(8)保全、(9)簡明の
9つを「戦いの原則」としています。

たとえば、各行動方針の重要な判断事項が攻撃の方
向であるとしましょう。
攻撃方向がA方向、B方向、C方向あれば、行動方
針A(〇-1)、行動方針B(〇-2)、行動方針
C(〇-3)の3つの行動方針が上がります。

そして比較要因には、「戦いの原則」を念頭に、(1)
機動力の発揮(機動)、(2)火力の発揚(集中)、
(3)企図の秘匿(保全)、(4)奇襲効果(奇襲)など、
攻撃方向に影響を及ぼす要因を挙げていきます。

この際に注意することは二重評価の回避です。たと
えば「総合戦闘力の発揮」と「機動力の発揮」を比
較要因として挙げると、機動力は総合戦闘力に含ま
れるので二重評価となります。このような重複要因
は列挙してはなりません。

また、A方向、B方向、C方向もいずれにも良好な
機道路があり兵站支援などに支障がない場合には「
機動力の発揮」は行動方針を選定するために必要で
はありません。機動は戦いの原則、とりわけ攻撃方
向を選定するための重大な比較要因ですが、この場
合には比較要因とならないのです。

さらに、比較要因の中には特に影響が大なるものと、
そうではないものがあります。つまり、影響が最
も大なる比較要因を他の比較要因と同列に扱っても
よいかという問題が生じます。そこで、比較要因の
軽重を判断する必要があるのです。

▼マトリックスを利用した行動方針の判断

要因ごとに各行動方針の優劣を判断します。これが
部分結論になります。さらに、比重の大きい要因を
重視して総合的に判断します。

以上のことを踏まえつつ最良の行動方針を選定する
上ではマトリック分析手法が有用です。

マトリックスの縦列に比較要因を記入します。各比
較要因の軽重を点数化し書き込みます。横列には行
動方針AからCまでを挙げます。

要因ごとに行動方針の優劣を判断して、点数化(五
段階評価など)します。す。升目の総点数が高いも
のが総合評価の結論、すなわち最良の行動方針とな
ります。

マトリックスを利用したこのような分析手法は一般
的な課題に対する意思決定にも有用です。

筆者は拙著『戦略的インテリジェンス入門』(*)の
中で、「慰安旅行の行き先」を決定するためという
事例で、マトリックス手法の活用要領を紹介してい
ます。

その詳細は割愛しますが、行動方針である行き先に
京都、大阪、沖縄、北海道を挙げ、比較要因として
観光地、食事、娯楽、経費、気候を挙げて、その軽
重を判断して、行動方針の優劣を判定しています。
同著をお持ちの方は是非一読ください。

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▼結論から決定へ移行

最終の5段階「結論」では、選定した行動方針に所
要の修正を加えて、1H5Wのうち所要の事項を定
めます。結論が決心へと移行します。
 
決心は指揮の核心であり、計画・命令の基礎となり、
指揮下部隊の行動の根拠となります。したがって、
任務を基礎に部隊の行動準備の時間などを考慮して、
戦機に応じた決心を行なうことが重要です。

状況の不明等を理由として決心をためらってはなり
ません。また一度決心をしたならば、むやみに変更
することはできません。

すでに繰り返し述べていることですが、幕僚も幕僚
見積を通じて、指揮官と同時並行的に状況判断を行
なっています。特に、作戦幕僚が実施する作戦見積
は、指揮官の状況判断と同一の思考手順で行なわれ
ます。

したがって、指揮官は幕僚から幕僚見積の「結論」、
すなわち最良の行動方針とその理由に関する説明を
受けます。ただし、作戦幕僚などが判断した行動方
針を指揮官が採用、拒否、変更(修正)するかは指
揮官の自由です。

同じような思考手順を経て状況判断をしていても、
幕僚と指揮官の結論が異なることはあります。なぜ
ならば共に直観が働いているからです。

指揮官の状況判断は、幕僚の状況判断を活用しつつ
も一人で行なっているのでより直観が入り込む余地
が大です。

しかしながら、複数人の幕僚による論理的思考が指
揮官の直観的思考よりも正しいのかと言えばかなら
ずしもそうでもありません。大局観に立った指揮官
の直観直観が正しい判断であることが多々あること
は過去の歴史が証明しています。

幕僚は決心することは許されません。決心は指揮官
のみに与えられた権限であり、状況判断の結論を決
心に移行できるのは指揮官のみです。

指揮官の状況判断は決心の準備作業であり、決心と
直接につながっていきます。他方、幕僚が実施する
状況判断(幕僚見積)は結局のところ、指揮官の状
況判断の欠落事項をチェックする役割しかないので
す。

 これが指揮官の状況判断と幕僚の状況判断の大い
なる違いだと言えます。


(つづく)

(うえだあつもり)


【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大
学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に
入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に入校
以降、情報関係職に従事。93年から96年にかけて在
バングラデシュ日本国大使館において警備官として
勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国
後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情
報課程を履修。その後、防衛省情報分析官および陸
上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定年退官。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社)、
『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼
蒼社)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法
の手引き』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
『中国戦略“悪”の教科書―「兵法三十六計」で読
み解く対日工作』『情報戦と女性スパイ』『武器に
なる情報分析力』『情報分析官が見た陸軍中野学校』
(いずれも並木書房)、『未来予測入門』(講談社)。


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