こんにちは。エンリケです。
『武器になる「状況判断力」』の二十一回目です。
インテリジェンスのはなしはなぜ面白いのでしょうか?
いろいろな面がありますが、
いま最先端の最高の知的成果(全分野)をフル活用し、
人間の一番奥に秘められているものを
つかみだそうとする永遠に古びない知的営為
という魅力にもある気がします。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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武器になる「状況判断力」(21)
各行動方針の分析でゲーム理論を活用する
インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに
前回の謎解きは、冬場になると売れる「家庭用永久
磁石磁気治療器をお堅い厚労省は科学的根拠がない
にもかかわらず、なぜ効果を認め、医療機器として
認可したのか?」でした。
アンケート結果で「効果あり」と回答した者が90
%以上いたとの論文などに基づいて、厚労省は治療
器として認可したとされています。認可しなければ、
実際に効果があるのになぜ認可しないのかという
クレームが出ることになります。
ただし、買う人は「効く」と前向きに考えた人で、
しかもアンケートに答える人は「効いた」と納得し
た人が大半なので、90%以上という数値にどれほ
どの信ぴょう性があるかは疑問だとの指摘がありま
す。
効き目のない薬でも、患者さん自身が、この薬は効
き目があると思い込んで飲むことで、病気の症状が
改善することがあるようです。これを「プラセボ(
偽薬)効果」と言います。
逆に「病は気から」といって、どこも悪くないのに、
病気だと思い込むことで本当の病気になることも
あるようです。
思い込みがプラスに働けば良いのですが、マイナ
スになることもあります。やはり複数の情報を集め
て自分で冷静に判断することが重要です。
今回の謎解きは、「うなぎ屋、焼き鳥屋の秘伝のタ
レは、〇〇時代からずっと同じものであっても、な
ぜ腐らないのか?」です。
さて、前回は我が行動方針を考える上での秘訣と
して、整合性、可能性、受容性の3つの物差し(基
準)を紹介しましたが、今回は敵の可能行動と我が
行動方針を掛け合わせる対抗シミュレーションにつ
いて、ゲーム理論をも踏まえて解説します。
▼我が「各行動方針」の分析
第2段階「状況および行動方針」では敵の可能行動
と我が行動方針の列挙を行ないます。次は、第3段
階の「各行動方針の分析」と第4段階の「各行動方
針の比較」を行なって、第5段階の「結論」となり
ます。
軍隊式「状況判断」では、第1段階の「任務分析」
と第2段階「状況及び行動方針」で時間と労力を使
います。ここまでに相当に分析していますので、分
析結果を踏まえて、第4段階以降は粛々と行なうこ
とになります。
各行動方針とは、列挙した我の行動方針のことです。
分析は、敵の可能行動が各行動方針にどのような
影響を及ぼすかを考察します。このため、敵の可能
行動と我の各行動方針を組み合わせて、戦況がどの
ように推移し、戦闘の様相がどうなるかなどを対抗
シミュレーションで考えます。
このような分析を経て、各行動方針の特性や問題点
を浮き彫りにし、各行動方針の実行の可能度や対策
を明らかにします。
各行動方針の分析では、マトリックス分析が用いら
れます。つまり、左側の縦列に敵の可能行動を列挙
し、次に上の横列に我の行動方針を列挙していきま
す。そして、双方が対抗した場合の予想結果をマト
リックスの交差部分に記録していきます。
前回の日露戦争の事例では、縦列1段に「バルチ
ック艦隊が対馬海峡を通過する(E-1)」、同2
段に「バルチック艦隊が津軽海峡を通過する(E-
2)」を列挙します。
そして、横列の第1項目に「鎮海湾で待機(O-1)」、
第2項目に「隠岐島または七尾湾で待機(O-2)」、
そして第3項目に「むつ湾で待機(O-3)」を記
載し、計6つの交差する升目で戦況推移や戦闘の様
相を記述します。
▼ゲーム理論を活用する
各行動方針の分析では、数理分析法として「ゲーム
理論」をはじめとするいくつかの方式が存在します。
米軍から流入した軍隊式「状況判断」は、敵と我は
相互に相手を撃滅することを狙っているので、ここ
でのゲーム理論は「ゼロサムゲーム」となります。
これは、「利益が競合する(相容れない)2人以上
のプレイヤーがどのような状況判断を行なうか」の
説明でよく用いられる理論です。
現実の社会での状況判断や情勢判断では、さまざま
なプレイヤーが利益を求めて競争しますので、ゲー
ム理論のバリエーションを押さえておくことは重要
です。
そこで、ここでゲーム理論について少しばかり言及
します。
ゲーム理論は、数学者であるジョン・フォン・ノ
イマン(1903~1957年)がその基礎を築いたとされ
ます。ノイマンは利害が完全に対立している場合に
は、合理的な解決策があることを数学的に証明して
みせました。
ゲーム理論は、もともと経済学の分野で使われてい
ましたが、日常生活からビジネス上の問題、あるい
は国家間の問題に関しても有用です。なぜならば、
これらの問題には、プレイヤー同士が相容れない要
求を持っている状況がしばしば生起するからです。
ゲーム理論は、プレイヤー全員にとって最もよい選
択は何かを数学的に導き出すものです。
交渉事は、自分も得をして相手も得をする「Wi
nWin」の関係があれば成立します。一方、自分
だけが得をする、逆に相手だけが得をして自分の利
益がない、これでは交渉が成立する余地はありませ
ん。
ゲーム理論の代表的なモデルには、「チキンゲーム」
(※1)「囚人のジレンマ」(※2)や「鹿追ゲー
ム」(※3)があります。
これらのゲームでは、双方が意思疎通を欠き、信頼
感がない場合には、双方は協調して大きな利益を上
げることよりも、自分だけの最低限の利益を確保す
る傾向があります。つまり、行動はしばしば相手に
対する「裏切り行為」となって現れます。
▼チキンゲームとは何か?
チキンゲームは交渉のための重要な基本原理です。
このゲームでの最適行動は相手の行動に依存します。
各プレイヤーはそれぞれの戦略をとります。各プ
レイヤーの一方が譲歩しない限り、悲劇的な結末は
避けられません。
相手が譲歩しないとわかれば、もう一方は「譲歩し
た方が得である」と考え、衝突を回避することで受
ける“屈辱”は、衝突によって損害を受けることに
比べれば小さなことになります。よって、衝突を事
前に回避する行動方針(譲歩)が合理的な行動方針
となります。
逆に、相手には譲歩する戦略しかないとわかれば、
もう一方は譲歩する必要はありません。すなわち、
意志の貫徹が行動方針となるのです。
作戦戦場では短期間に敵と我との対抗シミュレーシ
ョンが進展するために、このようにゲーム理論に基
づく駆け引きが行なわれることは少ないでしょう。
しかし、国際問題やビジネスでの対抗シミュレーシ
ョンではゲーム理論は役立ちます。
1962年のキューバ危機において、ケネディ大統
領はソ連のフルシチョフ書記長に、「キューバから
ミサイルを撤退しなければ、核攻撃も辞さない」と
の先制攻撃発言を行ないました。このような対抗状
況の場合には、先に決断意思を表明することが相手
の意志決定を支配して主動的な地位を確立できます。
つまり、「譲歩はない」との“先制パンチ”をく
らわすことで、相手側を遅疑逡巡させるのです。
▼「囚人のジレンマ」とは?
スパルタとアテネ(アテナイ)が戦ったペロポネス
戦争は「囚人のジレンマ」や「鹿追ゲーム」の典型
例です。
「古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスによれば
スパルタとアテナイという当時の二大勢力は戦争へ
と至ったが、もともとどちらも戦いを望んでいなか
ったという。しかしどちらも、『相手が攻撃の準備
をしているのではないか』と疑っていた」(トム・
チヴァース『AIは人間を憎まない』)ようです。
両国には、(1)攻撃的にふるまう、(2)友好的に振る舞
う、の2つの選択肢がありました。しかし、こちら
が友好的な態度であるにもかかわらず、相手がこち
らを「攻撃的な振る舞いをしている」と判断した場
合、相手は攻撃的となり、友好的な対応をとってい
るこちら側が一方的にやられることになります。こ
の場合は、本当は攻撃的ではないにもかかわらず、
攻撃的に振る舞うことが最適解になります。
たとえ誰もが紛争を望んでいなくても、双方に信頼
が欠け、戦闘力が拮抗していれば、合理的選択肢は
相手を攻撃することになるのです。これがペロポネ
ス戦争へと発展しました。
さて、現在の米中関係は「トゥキュディデスの罠」
といわれますが、「囚人のジレンマ」のゲーム理論
からいっても、米中が「合理的なのは、相手を攻撃
する」ことだという結論に達します。
そこで、相手国の意図を誤判断する、「不注意なエ
スカレーション(inadvertent esc
alation)」を防ぐためには、双方が接触を
維持し、意思の疎通を図ることが重要となります。
そして、勢力均衡(バランス・オブ・パワー)の努
力を継続することが大切となります。
中国が「核心的利益を断固として擁護する」との発
言は、台湾問題をめぐり、米国に対する先制的な意
思表示です。「チキンゲーム」の理論に基づいた合
理的な行動方針であるわけです。
しかしながら、双方は「戦いたくない」との意思が
あっても、「囚人のジレンマ」によって双方が戦争
状態に向かっているというのが実態かもしれません
。
「囚人のジレンマ」を避けるためには、双方の意思
疎通と軍縮による勢力均衡なのでしょうが、国内世
論もあって「囚人ジレンマ」を回避することは容易
ではありません。
ビジネスでも、このような局面があると考えます。
その実態は何か、どうするのが最良の状況判断であ
るかは、彼我の対抗シミュレーションを「ゼロサム
理論」「チキンゲーム」だけでなく、「囚人のジレ
ンマ」や「鹿追ゲーム」などの理論を駆使して、相
手との駆け引きで優位に立ち、無用な衝突を回避す
ることが重要だと考えます。
(※1)別々の車に乗った2人のプレイヤーが、互
いの車に向かって一直線に走行し、衝突を避けて先
にハンドルを切ったプレイヤーが「チキン(臆病者
)」と称され“屈辱”を味わい、負けとなる。
(※2)2人の囚人が、意思疎通のできない別々の
部屋で、取調官から「 (1)あなたが自白して、相手
が黙秘したら、あなたを無罪にしよう。ただしその
場合、相手は懲役10年になる。(2)あなたが黙秘し
て、相手が自白したら、あなたは懲役10年になる
。ただしその場合、相手は無罪になる。(3)2人とも
自白したら、2人とも懲役5年になる。(4)2人とも
黙秘したら、2人とも懲役2年になる」との取引き
を持ちかけられた。
その場合、ゲーム全体を見てみると、双方にとっ
てもっとも都合がよい選択肢は、2人がともに黙秘
して懲役2年になることである(パレート最適=誰
も不利益をこうむることなく、全体の利益が最大化
された状態、2人合わせても4年の懲役で済む)。
しかし、囚人の立場になると、自分だけが黙秘をし
て相手が自白をしたら懲役10年になるわけで、こ
れはリスクが大きいと感じる。それなら「最悪でも
5年の懲役」、うまくいけば懲役免除になる方策
(行動方針)、つまり、双方ともに自白を選定する
方が合理的である。結局のところABともに裏切り、
自白して、結果的に協力した時(互いに黙秘)より
も悪い結果を招いてしまうことになる。
(※3)鹿狩りをするにはハンターの協調が必要で
ある。1人だけでは鹿を仕留められない。しかし、
なかなか鹿を仕留めるのは難しいので、1人のハン
ターが収穫0になるよりも、足元の兎を追いかける
というジレンマ。
協調して鹿を取るのが合理的であるが、相手に対す
る猜疑心から相手が合理的な判断をしない、あるい
は突飛な行動を取るかもしれないと考えて、裏切る
(この場合は兎を追いかける)者が出てくる。
(つづく)
(うえだあつもり)
【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防衛大
学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上自衛隊に
入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学課程に入校
以降、情報関係職に従事。93年から96年にかけて在
バングラデシュ日本国大使館において警備官として
勤務し、危機管理、邦人安全対策などを担当。帰国
後、調査学校教官をへて戦略情報課程および総合情
報課程を履修。その後、防衛省情報分析官および陸
上自衛隊情報教官などとして勤務。2015年定年退官。
著書に『中国軍事用語事典(共著)』(蒼蒼社)、
『中国の軍事力 2020年の将来予測(共著)』(蒼
蒼社)、『戦略的インテリジェンス入門―分析手法
の手引き』『中国が仕掛けるインテリジェンス戦争』
『中国戦略“悪”の教科書―「兵法三十六計」で読
み解く対日工作』『情報戦と女性スパイ』『武器に
なる情報分析力』『情報分析官が見た陸軍中野学校』
(いずれも並木書房)、『未来予測入門』(講談社)。
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(代表・エンリケ航海王子)
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