配信日時 2021/11/16 20:00

【武器になる「状況判断力」(18)】 敵の可能行動を兆候から考察する 上田篤盛 (インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

『武器になる「状況判断力」』の十八回目です。

バックキャスティング
フォアキャスティング

など、今回も役立つ内容でいっぱいです!

きょうの冒頭クイズも、実にいい頭の体操になります!


さっそくどうぞ。

エンリケ


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武器になる「状況判断力」(18)

敵の可能行動を兆候から考察する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「中国では漢民族の王朝である明を
満州族が倒して清王朝を樹立(1616年)したが、ど
うして、少数民族の満州族が大多数の漢民族を統治
し、300年弱の安定政権を維持できたのか?」で
す。

歴史では、「これが確実で決定的な理由だ」と断定
的に述べることは禁物ですが、一つの見解を紹介し
ます。

清王朝の繁栄システムを作ったのは康熙帝です。ふ
つうは征服した民族が征服された民族を同化させよ
うとするものですが、彼は満州族を漢民族に同化さ
せる政策を採用しました。宮廷でも満州語や満州文
字ではなく漢字や漢語を使用しました。

また歴史的な官僚システムである科挙も採用しまし
た。この試験は漢文で出題される試験であったため
に、満州族の合格者はほとんどおらず、漢民族で占
められました。よって満州族は中級公務員試験を受
け、官僚としての満州族は漢民族の下位に位置付け
られました。

軍事は「発旗」と呼ばれる満州族の軍隊が中核を占
めましたが、生活水準は中流であり、規模も数万人
程度であり、大人口を抱える中国では大軍ではあり
ませんでした。

結果として、征服王朝でありながら満州族は漢民族
の強い恨みを買うこともなく、このことが漢民族も
納得できる政治形態を作り上げたのです。(以上は
川島博之『極東アジアの地政学』を参照)

さて、日本による朝鮮、満州、支那の統治はどうだ
ったのでしょうか。詳細は割愛しますが、現地民族
から反発が生じました。これが満州事変から泥沼の
日中戦争へと向かった原因であるとみられます。

前回の問いが少し難しかったので、今回はテレビで
偶然知った「なぜ、無料ロッカーの鍵は100円玉
が必要なのか?」です。この答えを聞いて、私は自
分の行動を照らし、思わず「なるほど」と唸りまし
た。皆様も自分を見つめ直し、この問いを考えてみ
てください。


▼敵の可能行動の分析

敵の可能行動を列挙したら、次は敵の可能行動の分
析です。分析を行なうことにより、結論として、
「敵がどの可能行動を採用するか蓋然性(採用公算)
が高いか」、「我の任務に重大な影響を与える可能
行動はどれか(敵の強み)」、「我が乗じ得る敵の
弱点は何か(敵の弱み)」などを明らかにします。

敵が同時期に採用する可能行動を明らかにするには
「採用公算の順位」を判定(判断)します。たとえ
ば、「敵はどの方向から攻撃するか?」という問い
(情報要求)に対し、「敵はA方向から攻撃する公
算が最も高い、次いでC方向、次いでB方向の順」
といった具合に判断します。この採用公算の順位は
敵情判断のキモであり、我が行動方針の列挙・分析
へと導くものです。

採用公算の順位は「兆候」と「妥当性」の両面から
考察、判断します。まず兆候上から採用公算の順位
を考察し、次いで戦術的妥当性の観点から順位を考
察し、最後に総合的に順位を判断します。

▼兆候とは何か?

兆候とは物事の前触れであり、「インディケーター」、
「シグナル」、「予兆」、「前兆」などとも言いま
す。たとえば、くしゃみは風邪の兆候です。へんな
雲が発生する、深海魚やイルカなどが浜に打ち上げ
られる、ネズミなどの小動物が動き出す、温泉の水
質が変わる、これらは大地震の兆候だとされます。

自然現象の兆候を事前に探知することは容易ではあ
りませんが、人為現象では本格行動を起こす前には
何らかの準備行動が必要なので、兆候として事前に
探知することは自然現象での探知よりも容易です。

『孫子』では戦場で高く舞い上がる砂塵は戦車部隊
の来襲の知らせといっています。誘拐事件の事前に
は、よく無言の不審電話があるといわれますが、こ
れも重大な兆候です。

思いがけない危機が突然訪れた場合、「奇襲」「サ
プライズ」という形を取りますが、その方向に動く
という「兆候」の「シグナル」は常に存在していま
す。

ところが、奇襲だと感じるのは、相手側の秘密保全
と欺瞞的行動に引っかかり、受け手側(我)が兆候
の「シグナル」を読み取れない状況(環境)に陥っ
ているか、あるいは「希望的観測」「先入主観」「
狼少年症候群」などにより兆候のシグナルを「ノイ
ズ」として排斥しているのに過ぎないのです。

▼兆候を見逃さないために

安全保障の分野に限らず、兆候が何を意味するのか
を判断できれば、近未来が予測できます。相手側に
先行して我が行動する、あるいは敵に先回りして、
敵の行動を妨害するなどして、我が主導権を握るこ
とができます。

兆候は視覚、聴覚で実際に探知できます。しかしな
がら、可視的なものも意識しなければ見過ごすこと
が多いものです。たとえば、誘拐事件の兆候とされ
る、自宅周辺での不審者の徘徊と無言電話による偵
察活動なども、誰かの家探しや、単なる間違い電話
と処理され、「そう言えば・・・」と後になって気
づくことになりがちです。

だから、主動的に想像力を働かせ、相手側に立って、
行動の目的は何か、目的を達成するためには何を
しようとしているか、そのために必要な事前準備は
何か、それらの準備行動は能力的に可能であるかな
どを考察して、生起し得る兆候を探し出す必要があ
ります。

旧軍の情報参謀であった堀栄三氏は、缶詰と医薬品
の株価が上昇したことで、米軍によるフィリピン島
への侵攻を予測しました。堀氏は、敵国の立場に立
って、戦争では大量の食糧の携行品が必要となり、
傷病者の手当のための医薬品も準備する必要がある
ことを認識したのでしょう。

重要な兆候を見逃さないようにするためには「兆候
リスト」の作成が重要です。これは、過去の事象や
行動経験からある種のパターンを読み取り、ある重
大な行動などにつながる重要な事前行動など(兆候)
を一覧表にしたものです。

兆候リストに基づき情報を集め、兆候リストに該当
する行動などが実際に起きれば、未来の重大な行動
などが近づいていると判断します。

米陸軍のかつての『戦闘インテリジェンス』には、
敵が攻撃する場合の兆候に、(1)偵察から隠蔽するた
めの隠蔽手段の建設ないしその強化、(2)敵部隊の前
方への移動、(3)敵部隊の前方集合地点への配置、(3)
砲兵の最前方への配置、(4)パトロールの強化、(5)敵
部隊が縦長になる、(6)援護部隊を強化するか新しい
部隊と入れ替える、(7)後方地域での活動の強化、(8)
司令部、補給、傷病者後送施設の前方の配置、(9)敵
野砲の我が防衛線内地域への試射、(10)空中偵察の増
加、(11)組織的空爆(加藤龍樹『国際情報戦』)が挙
げられていました。これらは、現代の戦闘にも通用
する兆候リストになるでしょう。
 
「兆候リスト」に基づく情報収集は効率かつ効果的
です。なぜならば、情報集は「問い」(情報要求)
や「枠組み」(問いを解明するために知っておくべ
き事項の種類と範囲)の設定によって行なわれるも
のです。そして兆候リストとは、問いや「枠組み」
をさらにブレークダウンしたものです。すなわち、
情報収集の重点方向を明確にするものなのです。

第二次世界大戦時、アメリカの海軍大佐の情報将校
のザカリアス大佐はあらゆる航路からの日本商船の
引き上げ、無線通信の増加、ハワイ航路における日
本潜水艦の出没は日本海軍の奇襲の兆候リストに挙
げて、関連情報を収集し、成果を上げました。

▼兆候リストを作成する思考法

兆候リストの作成にはクロノロジーとシナリオ・プ
ラニングの思考法を理解する必要があります。

クロノロジーは、過去に起きた事象や行動を時系列
に羅列した一種の年表です。情報分析では解明すべ
き「問い」や「枠組み」に基づいて、必要な事象な
どを抽出する作業が必要となります。その際、ある
事象が他の事象と関連している、規則性があるなど
のことが明らかになれば、それらは、未来の重大な
事象の兆候であるかも知れません。創造力を発揮し
て、クロノロジーを未来に延長することで兆候リス
トを作成することができるのです。

シナリオは「未来における現在進行形の物語」です。
シナリオを作成することをシナリオ・プランニン
グといいますが、この手法には「バックキャスティ
ング」と「フォアキャスティング」があります。バ
ックキャスティングは未来に起こりそうな事象や望
ましい未来像を設定し、それが起こるためにはどの
ような条件が必要か逆行的に考察します。この際の
条件が兆候となり、それを掘り下げることで兆候リ
ストは作成できます。

 かたやフォアキャスティングの手法は、過去や現
在に至るトレンドを何らかの形で未来に延長します。

 前述のクロノロジーはフォアキャスティングによ
るシナリオ・プランングの一つの手法として活用で
きます。

 国際情報分析ではバックキャスティングとフォア
キャスティングを併用した分析が行なわれ、これは
フィードバック的思考と呼ばれます。「クロノロジ
ー&タイムライン」はその典型ですが、本ブログで
図示できないのが残念です。(拙著『戦略的インテ
リジェンス入門』、『未来予測入門』参照)

 なお、「クロノロジー&タイムライン」はビジネ
スにおいても適用できると考えます。「競合他社の
合併はいつか? その兆候としてはどのようなこと
が起こり得るか?」などをテーマ(問い)にしたシ
ナリオに適用できるでしょう。





(つづく)

(うえだあつもり)


【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。



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