配信日時 2021/11/09 20:00

【武器になる「状況判断力」(17)】 敵の可能行動の列挙と分析 上田篤盛 (インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

『武器になる「状況判断力」』の十七回目です。

意図判断と能力判断
に関する解説が実に腑に落ちました。


<個人および組織から過大、過小評価を排
除することの基本>
<能力は常に変化する>
<〝意図判断の誘惑〟>

など、

今回も役立つ内容でいっぱいです!


さっそくどうぞ。

エンリケ


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武器になる「状況判断力」(17)

敵の可能行動の列挙と分析

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の問いは、「1979年に折原製作所が開発したト
イレの擬音装置「エチケットトーン」の開発はなぜ
行なわれたのか?」です。

日本人女性はトイレを使用する際に起こる様々な音
が恥ずかしいようです。そのためそれらの音を消す
ためにトイレの水を出し続けるのだそうです。

擬音装置は節水のために開発されたのことです。実
際に擬音装置によってトイレの使用水量は半分以下
になったようです。擬音装置の目的は「音を消すた
め」と言ってしまえばそれまでのことですが、その
少し先にある目的を探ることが重要なのです。

今回の問いは、歴史からの出題です。中国では漢民
族の王朝である明を満州族のヌルハチが倒し、清王
朝を樹立(1616年)します。「どうして、少数民族
の満州族が大多数の漢民族を統治し、300年弱の
安定政権を維持できたのか?」です。これは「なぜ
日本が満州や朝鮮の統治に失敗したのか?」という
問いに転換できそうです。
 
今回は、軍隊式「状況判断」の第二アプローチの
「状況及び行動方針」の5回目です。今回は、敵の
可能行動をどのように列挙するのかについて解説し
ます。

▼敵の可能行動の列挙

相対的戦力の評価を終えたならば、次は敵の行動方
針を列挙します。敵の行動方針は、自衛隊用語では
「敵の可能行動」と呼んでいます。

敵の可能行動とは我が任務の達成に影響を及ぼす行
動であって、敵が能力的に実行できる行動です。可
能行動の列挙は、指揮官の状況判断を適切にし、か
つ奇襲防止のために行ないます。そのため、まずは
我の任務達成に影響する可能行動を漏れなく列挙す
ることから開始します。

その手順は、最初に我が任務、地域の特性、敵情、
我が部隊の状況を踏まえて、敵が能力的に取り得る
行動の概要を想像的思考で列挙します。次にその行
動が行なわれる場所・時期・戦法などを考察して、
可能行動を具体的にしていきます。

次いで、列挙した可能行動から、我が任務にあまり
影響を及ぼさない可能行動は排除し、我が任務への
影響度の差の少ないものは整理・統合します。

敵の可能行動の列挙は通常、情報幕僚が「幕僚見積
(情報見積)」として実施します。情報幕僚は自ら
の見積の判断結果を指揮官に具申し、指揮官がこれ
に同意すれば指揮官の状況判断に取り入れられます。
指揮官は情報幕僚の判断をそのまま採用すること
もあれば、拒否することもあり、さらに敵情の把握
と幕僚見積のやり直しを命じることがあります。

▼わが国では能力判断が基本

敵の可能行動の列挙は敵側の立場に立って、意図と
能力の両面から考察する必要があります。

まず能力的に実行が可能であって我が任務に影響を
及ぼす行動を能力判断で列挙します。その上で行動
を行なう意図(意思)があるかの判断(意図判断)
を重ねて、列挙した可能行動の実行の可能度などを
明らかにし、さらに分析を深めるべき敵の可能行動
を絞り込みます(能力判断)。

意図判断と能力判断は状況判断を行なう上で非常に
重要なので、ここで詳しく解説します。

我が国の安全保障では「能力判断の優先」を基本と
しています。まず、相手国の能力を掌握することに
焦点を定め「どのような能力を持っているか?」と
いうことを解明します。その後に、相手国が「何を
しようとするのか?」という意図を推測、判断しま
す。作戦分野に至っては、意図の解明を追求するこ
とに対して極端に否定的な立場さえ提示されてきま
した。

これは米国による意図判断による失敗を教訓として
います。米国は朝鮮戦争において「中国は国内経済
優先の折だから中国軍の介入はない」とし、ベトナ
ム戦争では「北ベトナムがいかなるゲリラ的、人民
戦争的な能力を保有しているか?」よりも、自らの
北爆の効果を過大視して、「北ベトナムが立ち上が
る気力は失せた」と判断しました。いずれも能力よ
りも意図を重視して敵の可能行動の判断を誤ったの
です。

他方、能力は可視的であり、急激な変化はありませ
ん。能力判断は理論的に計測できる事実に立脚して
います。したがって、能力判断は意図判断に比して
誤判断が少ないのです。さらに能力判断は奇襲や想
定外の最悪ケースにも対応できます。

▼能力過大、過小評価はしない

能力判断では過大評価、過小評価をしないことが重
要です。情報が不足している、未知の状況に遭遇す
る、行動のための準備が不足していれば、誰しもが
相手側を過大評価する傾向になります。

クラウゼビッツは、「危機についての情報は、多く
は虚偽か誇大である。そしてこれは大海の波のよう
に押し寄せて来て、高くなったと思うとたちまち崩
れ、なんの原因もないのにまた高まってくる」と述
べています。つまり、戦場での心理的恐怖から過大
評価し、状況判断を誤ってはならないと警告してい
ます。

試験会場に行って、周りの人たちが自分より優秀に
思えて、実力を発揮できなかったとよく聞きます。
これは情報が不足していることから不安感が大きく
なり、自分を過小評価し、周囲を過大評価してしま
うのでしょう。

相手に対する過大評価は我を委縮させ、折角のビジ
ネスチャンスを見逃すことにもなりかねません。他
方、相手への過小評価によって予期しない事態を招
くことも多々あります。「こんなはずではなかった。
舐めてかかって痛い目にあった」ということになり
ます。こうした過小評価による状況判断の誤りを回
避するためには、その背景を理解する必要がありま
す。

我に時間的余裕があり、さまざま情報が集まり、我
の準備が周到に進められると、だんだんと我を過大
評価し、相手を過小評価する傾向が強くなります。
1973年の第四次中東戦争の事例を出すまでもな
く(イスラエルがエジプトを過小評価したことで奇
襲を受けた)、連戦連勝で我に対する驕りと敵への
過小評価が原因で国家が危機状況に陥ることが多々
あります。

旧日本軍の戦史を回顧すると、戦場から離隔した司
令部などでの状況(情勢)判断では、敵に対する過
小評価がしばしば起こっています。戦争は勝利を目
的・目標とする集団行為であるので、〝必勝の信念〟
を醸成するうちに、それが我の過大評価と敵の過小
評価を生んだのでしょう。
 
個性、性別、能力レベルなどによって過大評価、過
小評価は起こります。自信家の指揮官は敵軍を過小
評価します。男性は自分を過大評価し、女性は過小
評価をする傾向が強いとされます。能力の低い人に
限って自己を過大評価する(ダニング=クルーガー
効果)と言われています。こうした特性を知ってお
くことが、個人および組織から過大、過小評価を排
除することの基本です。

▼能力は変化していることに注意

能力は意図よりも変化しにくいとはいえ、不変では
ありません。我の能力向上とともに敵の能力も同時
に向上しています。運動選手が自己記録を伸ばし、
「これならばライバルに勝てる」と自信をもって試
合に臨んだところ、相手が自分以上に能力を伸ばし
ていてコテンパンにやられることはよくあります。

すなわち、能力は常に変化するものだとの認識を持
つ必要があります。現在の能力の進展性のみならず、
潜在能力の開発を考慮し、他方で能力の減衰にも
留意し、能力データベースを常に刷新することが重
要です。

能力にはプラスとマイナスの両面があります。だか
ら能力の構成要素を単に足し算するのではなく、各
種の制約要因を考慮して引き算することも重要です。
可能な限り定量的(数量的)な評価に留意し、相手
側の能力を総合的に計数化することが必要なのです。

能力が可視的といっても不透明な部分や多々ありま
す。相手の主張を否定する明確な根拠がない場合に
は額面どおりに評価することが必要です。たとえば
2017年、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発
表した際、それを最初から訝(いぶか)る意見があ
ったが、このような感覚的な過小評価は危険です。

▼能力判断の限界

能力判断は目に見えやすいので論理的思考が活用で
き、状況判断を誤りにくいとされます。しかしなが
ら、能力ベースでは「これもできる。あれもできる」
となり、相手の可能行動の数はどんどん膨れて行き、
事後の分析や判断が煩雑になります。

また、すべての事を能力判断に依存することは現実
的でありません。たとえば、中国はわが国に対して
ミサイル攻撃を行なうことや南西諸島に奇襲侵攻す
る能力を有し、ロシアもわが国道北部への奇襲侵攻
の能力を有しています。これら能力的に可能な行動
をすべて列挙して、完全な防衛態勢を取ろうとすれ
ば、国家財政はたちまち破綻してしまうであろうし、
現実的に不可能です。ここに能力判断の限界と意図
判断の活用の必要性が生じます。

▼意図判断の可能性

 そもそも意図は不可視であり、正確な判断は容易
ではありません。しかし、意図判断が全く不可能だ
というわけではありません。環境の制約など全くな
しで、国家や企業などの意図が形成されるわけでは
ありません。一党独裁国家であっても、第三国との
関係、国内外世論、国際法や国内法を無視した国家
戦略の追求は困難です。

通常、我より圧倒的に優越した能力を持つ敵は能力
的にはいかなる行動を取ることもできるように見え
ます。しかし、現実にはさまざま制約要因が存在し、
それらが意図の形成に影響を及ぼしています。

たとえば、ある中小企業が垂涎の技術をもっている
として、大企業はその技術を手に入れるために、こ
の中小企業の買収を検討したと仮定します。大企業
は原材料のサプライチェーンの断絶、取り引き銀行
からの融資の中断などで中小企業の経営を圧迫させ
て、しかるのちに買収工作を働きかけることは可能
でしょう。

しかしながら、こうしたダーティーな工作が公にな
れば、長年築いてきた企業ブランドを失うことにな
ります。つまり、大企業は自らの行動方針(買収工
作)のプラスとマイナスを比較考量した上で、行動
方針を決定することになります。

つまり、相手側にどのような制約要因や弱点がある
かを考察することで、意図の推測や判断を行なうこ
とは可能です。

また国家や大企業のように対象が大きければ大きい
ほど意図を実際の行動に移すにはリードタイムと期
間が必要となります。たとえば国家が戦争を行なう
には国民に対する広報活動や各種の戦争動員が必要
となります。よって時系列的な分析を継続し、その
変化の兆候を察知し、その意義付けを的確に行なう
ことで意図の推測も可能となります。

▼意図判断を行う上でのポイント

前述のように、能力判断による、敵の可能行動の数
はどんどん膨れて行き、事後の分析や判断が煩雑に
なります。

だから、ついつい「まさか相手はこんなことはしな
いよな」といった具合に、相手の意図を最初に推測
して、たいした根拠もなしに蓋然性が小さいと思わ
れる可能行動をメンタルチェクして除外してしまう
のです。

筆者はこれを〝意図判断の誘惑〟と呼称し、思い込
みによる意図判断を行なわないよう自戒してきまし
た。

思い込みによる安易な意図判断を回避するためのポ
イントをまとめてみます。第一に、相手側の置かれ
ている環境調査(分析)をしっかり行なうことが重
要です。

たとえば、相手国の意図は置かれている環境と大き
く関係しています。そのため地理、政治(イデオロ
ギー、法律、主要人物など)、経済、社会(国民性
、世論、マスコミなど)、外交、軍事(兵力、装備
、運用ドクトリン)などの要因が相手側の意思形成
にいかなる影響を及ぼしているかについて分析する
必要があります。さらに彼我の地域を取り巻く歴史
的背景、過去に発生した事例および結果などを研究
する必要があります。

第二に、相手側の立場で自己分析と環境分析を行な
う必要があります。相手側が自己をいかに評価し、
自らの弱点をいかに認識し、それをどのように克服
しようとしているかについて分析します。このため、
我の戦略を構築するための手法であるSWOT分析
を相手側の立場で行なうことは有効とされます。

第三に、敵の意図を推量する上では指揮官やリーダ
ーの性格、趣味・嗜好に着目します。太平洋戦争の
口火を切った山本五十六連合艦隊司令長官は大変に
勝負事の好きな人物であり、ワシントンの武官事務
所で当時将棋の相手をしたことがある(株)極洋の
法華津孝太会長が、「将棋はどうも攻め一方で、い
ささか無理筋のきらいがあるように思う」と言って
います。そうした性格を総合して、「戦争の始まる
まえに、アメリカがもし日本海軍の主将の性格をも
う少し突っこんで調べていたら、山本なら海戦の時
いきなりハワイを突いて来るかも知れないというこ
とは十分察しられただろう」と語っています。(阿
川弘之『山本五十六』)

第四に相手側の弱点を探し、その改善につながる兆
候を探します。相手側は行動方針を決定する前に、
弱点に対する対策を全力でとろうとします。たとえ
ば中国が台湾に対して着上陸侵攻を行なう場合、現
在の最大の弱点であるとされる揚陸能力を改善する
必要があります。つまり、揚陸能力の急激な改善と
いう兆候が出てくれば、中国による対台湾軍事侵攻
の意図が高まったと判断することが可能となります


第五に認識上のバイアスを排除します。
意図は不可視的であるので、そこには希望的観測、
先入観などが容易に入り込みます。また意図は個人
の気分や国際情勢の急変などによって変化します。
自己の尺度で相手側の意図を見積るバイアス(ミラ
ーイメージグ)を排除し、相手側の立場になり切っ
て推察します。認識上のバイアスを回避する、ある
いはバイアスに陥っていないかを点検したりするた
めには、グループ討議や分析手法の活用が有効です


次回は敵の可能行動の分析について、兆候と妥当性
の尺度で考察することについて解説します。



(つづく)

(うえだあつもり)


【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。



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発行:
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