こんにちは。エンリケです。
『武器になる「状況判断力」』の十六回目です。
<ケイパビリティとコアコンピタンス>
ということばを新鮮に受け止めました。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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武器になる「状況判断力」(16)
国力や企業力を算定する
インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに
前回の問いは、「福岡市は人口増大、成長目覚まし
い。神戸市は人口減少、衰退の一途。ともに政令指
定都市の中堅であった両市は対照的な状況。これは
なぜ?」です。
神戸市は大阪市に人口が吸収されてしまう、阪神・
淡路大震災のトラウマから高層ビルの建設や利用が
進まない。このようなことが神戸市の人口減少など
の原因のようです。他方、福岡市は、福岡市に次ぐ
九州地方第2位の北九州市とも近く、一体的な活性
化が可能ということです。
東京を中心に物事を考えれば、福岡県は遠い地方と
いう印象ですが、北京と東京の距離は2098km、北京
と福岡は1453km、上海と東京は1764km、上海と福岡
はなんと905kmです。ちなみに福岡と東京は885km。
中国を基点にすれば、福岡よりも東京の方が〝地方〟
なのかもしれません。北九州に本社を置く安川電
機は、中国へのロボット機器を輸出することを生業
としていますが、地の利を活かしていると言えるか
もしれません。
今回の問いは、最近の『日経新聞』記事からの出題
です。「東京オリンピック2020」で、外国人記者は
東京のトイレの音消し(擬音装置)に驚いたようで
す。本格的な擬音装置が登場したのは1979年に折原
製作所が開発した「エチケットトーン」だそうです。
では、折原製作所はなぜ、このような擬音装置を開
発したのでしょうか? 少しひねりを利かすと回答
は出てきます。
今回は、軍隊式「状況判断」の第2アプローチの
「状況及び行動方針」の4回目です。今回は国際情
勢やビジネスにおける彼我の相対的戦闘力について
考察します。
▼国力評価の基準を考える
作戦地域での相対的戦力をグローバルな国際社会に
置き換えれば、無用な衝突や戦争を回避し、国際社
会の安定した秩序形成のための国力比較(相対的国
力)という思考に至ります。
国際社会では、国力が大きい国は大国として大きな
存在感を示し、小国は大国に従うということは自然
の摂理のようなものです。
冷戦期には、米国とソ連の二大超大国が勢力均衡で
存在し、これに挑戦する国は存在せず、全体として
大規模な戦争は回避されていました。つまり、国力
が対外的に明示されることで抑止機能が働いていま
した。
国際社会秩序の形成のための取り組みなどの目的で、
国力を算定する試みが国際政治学者などによって
行なわれました。著名な国際政治学者ハンチントン
教授は、国力の要素を(1)国土の戦略的地勢、
(2)人口、(3)産業・経済力、(4)民族の性質、
(5)国民の団結・指揮、(6)政権の統治力、
(7)外交力、(8)軍事力の八要素に区分しまし
た。
ジョージタウン大学のレイ・クライン教授は、各種
要素を数値化し、次のような国力算定の方程式を考
案しました
国力=(〔基本指標:人口+領土面積〕+経済力+
軍事力)×(戦略目的+国家意思)
ただし、この数式ではハード面の評価はともかく、
ソフト面(戦略目標×国家意思)の評価如何によっ
て積の結果が大きく左右されます。
クライン教授は1980年代に出版した著書『Wo
rld Power Trends and U.S. Foreign Policy for t
he 1980s』の中で、同方程式を紹介し、国力比較を
しています。日本はソ連、米国、旧西ドイツに次い
で4位となっていますが、これは、日本が戦時中に
見せた大きな団結力を高く評価した結果です。
現在は、冷戦が崩壊し、世界のグローバル化が深化
し、ICT化が発達しています。よって情報力、テ
クノロジーといった要素が国力に及ぼす影響が大き
くなっており、クライン教授の伝統的な方程式には
修正すべき点があるとみられます。
▼NICによる『グローバル・トレンド』
米国の国家情報会議(NIC:National Intelligence
Council)は米大統領のために中・長期的予測を行
なう諮問機関です。NICは1996年以降、4年
に一度の大統領選の年に合わせて、15~20年間
に及ぶ世界情勢を予測・分析し、「NIC Global Tre
nds」という報告書を発表しています。
米大統領はこの報告書を参考に国家戦略などを練る
ことになります。その際、世界に影響を及ぼすパワ
フルな国家・組織(以下、主要国等)の国力を試算
して未来をシミュレートしています。
1996年からの旧モデルでは「GDP」、「人口」、
「軍事費」、「技術投資」の4点で国力を試算して
いましたが、2012年の「2030年のグローバル・トレ
ンド」(GT2030)では、旧モデルに加えて「健康」
「教育」「統治」の3点を加えた7点方式の新モデ
ルを採用しました。
その結果、旧モデルの国力比較では2032年頃に
中国が米国を追い抜くものの、新モデルの国力比較
では中国が米国を追い抜く時期は2043年頃にず
れると予測が出しました。(『GLOBAL TRENDS 2030;
2030年世界はこう変わる』講談社)
なお日本については、旧モデルの国力比較では20
12時点ですでにインドに追い抜かれていますが、
新モデルの国力比較では2019年頃にインドに追
い抜かれると予測しました。
▼相対的国力の算定は戦略構築の原理・原則
NICの国際情勢予測は、主要国の相対的国力が世
界のメガトレンドに影響を及ぼすという考え方に基
づいており、軍隊式「状況判断」の相対的戦力の応
用であるとも言えます。
そもそも、環境(地域)の上に、自国(我が軍)と、
戦略を立案する上で重要な対象国(敵軍、第三国軍)
を載せて、未来を予測し、その上で戦略(行動方針)
を選択するという思考法は『孫子』以来の不変の原
理・原則であるといえそうです。
ただし、世界のグローバリズムやテクノロジーの発
達レベルに合わせて、国力を試算する構成要素や算
定法は修正する必要はあります。
2021年4月、前述のNICは「グローバル・トレン
ド2040」(GT2040)を発表しまたが、ここでは、
「人口」、「環境」、「経済」、「技術」という4
点から国力を算定しています。大きな違いは「軍事」
を採用しないで、代わりに「環境」を採用している
点です。
現在はSDGs(持続可能な開発目標)やESGと
いう言葉を聞かない日はありません。環境が未来の
国力の重要な構成要素になることに異論はありませ
んが、他方で国力における軍事の要素は依然として
無視してはならないと筆者は考えています。
▼人口は未来予測のための重要な指標
「GT2030」では、日本は米国、中国、ロシア、イン
ド、EUとともに、世界に影響を及ぼすパワフルな国
家・組織の一員とされていましたが、「GT2040」で
は、日本をそれら国家・組織の一員として加えられ
ていません。
「人口」、「環境」、「経済」、「技術」の中でも
「人口」は最も固定的で信頼できる指標です。日本
は人口減少に伴う労働力の減少、柔軟性のない移民
政策などによって、低い需要と低経済成長が続き、
2040年にはGDPはインドに抜かれ第4位にな
ると、「GT2040」では予測されています。
中国は2030年ごろにはGDPで米国を追い抜く可能
性があるが、中国は2010年から人口ボーナスから人
口オーナス(少子高齢化の構造がもたらすマイナス
影響)に転換しており、今後は一層生産人口の減少
に苦しめられるので、そのまま中国が米国の経済力
を追い抜く可能性は極めて低いと、多くの政治・経
済学者は予測しています。
いずれにせよ、世界の国々の国力をさまざまな指標
から評価し、それを基点に国際政治の未来を予測し、
各国は国家戦略を構築しているのです。
▼ビジネスでも相対的戦力の算定は企業経営で重要
ビジネスでも相対的戦力の考察・比較は重要です。
既述したフレームワーク(「SEPT」、「3C」、
「4P」など)を活用して、自社と競合他社の企
業力を比較し、競業他社の特性や弱点、我の勝ち目
を明らかにすることは企業経営でも珍しくはありま
せん。
企業力の構成要素はさまざまな視点から抽出できま
す。『孫子』では、敵と我を見るうえで「道、天、
地、将、法」という5つのフレームワークを設定し
ていますが、これらはビジネスでは次のように変換
できるでしょう。
道……会社のビジョンや経営理念
天……時流、タイミング、災害や事故
地……立地条件、インフラ、市場
将……役員会、管理職
法……社則、社規、組織、制度、コンプライアンス
、保全体制
▼ケイパビリティとコアコンピタンス
ビジネス書では「ケイパビリティ」と「コアコンピ
タンス」という用語によく接します。それぞれ、前
者は「事業において、さまざまな役割を持つ社員が
社内外で連携して、一連のビジネスプロセスを実行
する総体的な能力。企業全体が持つ組織能力、また
企業が得意とする能力」、後者は「事業で重要な役
割を果たす製品を設計、加工するために重要な技術
」などと訳されています。
「ケイパビリティ」は、軍事でいえば陸・海・空お
よびサイバーや宇宙空間における物心両面の軍事能
力を総合運用する能力に相当します。一方の「コア
コンピタンス」は最新鋭の兵器を製造する軍事技術
力ということになります。
軍事力を評価する際には、軍事技術と軍事運用能力
の両面から評価することが一般的であり、要するに
能力評価の本質部分は軍事もビジネスも変わりはな
いと言えます。
競合他社などの「コアコンピタス」は秘密事項であ
り、顧客が手にする頃には商品やサービスに形を変
えてしまっているので、外からは容易に知り得るこ
とはできません。ただし、秘密裏の諜報活動やM&
A(企業の合併・買収)によって入手できる可能性
があり、また急速に「コアコンピタンス」を高める
ことが可能です。他方、「ケイパビリティ」はプロ
セスであり、機能がお互いにかみ合っている状態な
ので、外から取ってきてすぐに組み入れることは困
難です。
競合他社の「ケイパビリティ」は、顧客サービスな
どの現実の流れから、おおよそのところは目に見え
ます。むしろ、「灯台下暗し」と言ったもので、自
社の「ケイパビリティ」は自覚しているようで、自
覚していないと言われています。また、環境の変化
に対応できずに陳腐化することが指摘されています。
そこで企業経営では、自社の優位性を認識し、持続
的な競争優位を確立するために、「ダイナミックケ
イパビリティ」(※)や「ケイパビリティ戦略」な
どの概念が提起され、能力をさらにブレークダウン
し、自己の能力評価や戦略構築に役立てようとする
試みが行なわれています
要するに、軍事、国際政治、ビジネス、個人、いず
れの問題においても、自己や敵などの相対的戦力を
環境変化の中で適切に評価することが状況判断、す
なわち最良の意志決定のための鉄則です。
(※)ダイナミックケイパビリティは以下の3つの
要素に分解できる。
(1)環境変化に伴う脅威を感じ取る能力(Sensing:感知)
(2)環境変化を機会と捉えて、既存の資源、業務、知
識を応用して再利用する能力(Seizing:捕捉)
(3)新しい競争優位を確立するために組織内外の既存
の資源や組織を体系的に再編成し、変革する能力
(Transforming:変革)
(つづく)
(うえだあつもり)
【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。
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