配信日時 2021/10/13 09:00

【防衛省の秘蔵映像(36)】 ついに不審船事案──海上警備行動発令  1999(平成11)年の映像紹介 荒木肇

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こんにちは。エンリケです。

「防衛省の秘蔵映像」解説 第36回です。

今に至る
非常に重要な話が続きます。


さっそくどうぞ。


エンリケ


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防衛省の秘蔵映像(36)

ついに不審船事案──海上警備行動発令
 1999(平成11)年の映像紹介


荒木 肇
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1999(平成11)年の映像紹介
平成11年防衛庁記録 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=trUo9I318SM


□はじめに

 この頃の映像を見ると、風俗や流行についての文
化史的資料になりますね。ついに映像紹介がラジオ
番組風になりました。当時としては軽快な構成なの
でしょう。パーソナリティーと言っていいのでしょ
うか、司会の若い人が当時の「今風」の言葉遣いで
す。とにかく新しい防衛体制を知ってほしいという
願いが見受けられます。

 でも、率直に言って、深いところには踏み込んで
いません。あれほど世間を騒がせた日本海の「不審
船事案」も、戦後初の「海上警備行動発令」も、ほ
んの少し映像が流れるだけです。むしろ、内容的に
は自衛隊が戦闘を専門にする組織だという気分が「
だれて」来ているという気がします。制作も基本的
には、「文民統制」の下にあって、防衛庁内局広報
室の指導なのでしょう。


映像の制作も精強な自衛隊の主張というより、そう
いう部分は皆さまの眼にはつきにくいところで、そ
れなりにやっておりますよという広報に見えます。


 不審船とはすでに知られている通り、北朝鮮の工
作船でした。武装し、エンジンを積みかえ、漁船を
偽装していますがたいへんな高速船です。領海を侵
した武装船に護衛艦、対潜哨戒機による追跡、警告
射撃などが映ります。しかし、その実力行使も防空
識別圏まででした。これ以上の追跡は、「他国に無
用な心配をかける」という長官の指令で終わりまし
た。他国とはどこですか?などという野暮な質問は
しないことになっています。

 なにぶん、この頃の政権はひたすら話し合いによ
る緊張緩和に努めていました。


 歴史的なことには後出しジャンケンによる断罪は
禁物ですが、この年の映像には、今から見ると、な
にやっているんだと言いたくなるような政治の弱腰
が目立ちます。中国や韓国と防衛首脳会議を行ない、
韓国海軍とは訓練までしている様子です。その韓国
海軍は、つい先年も自衛艦旗を揚げて来るなとか、
それどころか我が哨戒機にレーダー照射までする
という乱暴なことをしています。

話し合って互いに理解し合う。武力を使うな、役人
と政治家に任せておけ、自衛官は口を出すな。それ
がシビリアン・コントロールだと言われればそれま
でですが、それがいいのか、改善するかどうかの議
論もないままに現在も解決されていない問題だらけ
です。



▼コンパクト化と弾力性

 自衛隊が昭和32(1957)年の基本方針。今
回も、安全保障基盤の確立、効率的な防衛力の整備、
日米安全保障体制を基調とするという主張が前面
に出されます。それだけではなく、ナレーションで
は「文民統制を確立」という言葉がまた使われてい
ます。

 陸自では、戦車が1200輌から900輌へ、火
砲は1000門から900門に減らされ、18万人
の定数から16万人、しかもうち1万5000人は
即応予備自衛官ということになりました。

 海自は護衛艦の数が減り、空自も作戦用航空機4
30機が400機にと1割近くの削減、戦闘機は3
50機から300機に減らされます。これを「弾力
的に運用」といいますが、素人にはよく分かりませ
んね。実は、言っている人たち、防衛庁の文官、背
広組にも政治家にもよく分かっていなかったのでは
ありませんか。これがわが国の文民統制です。

 陸自では多くの部隊が、縮小・改編されました。
わたしの親しい元将官は連隊長時代をふり返って、
師団普通科連隊から旅団普通科連隊への改編のとき
の事情を語ってくれています。「1000人の連隊
を600人にしました」(『指揮官は語る』200
1年・並木書房)。


前にも書いたように、もともと列国と比べれば、陸
上自衛隊のそれぞれの部隊規模は小さいものです。
旅団の下には3から4個の歩兵大隊(各600~7
00人規模)があるのが国際標準ですが、諸事情か
ら旅団にも名称だけは普通科連隊が残ることになり
ました。


▼陸自部隊の縮小・改編


「連隊を構成する本部管理中隊、1から4までのナ
ンバー中隊、重迫撃砲中隊の6個中隊を、合計で4
個中隊にしました。第4中隊を廃止し、重迫撃砲中
隊を解体して本部管理中隊の中の重迫撃小隊にする
ようにしました」。

本部管理中隊は情報、衛生、輸送、施設などの小隊
でできています。そこに無理して小隊に縮小した重
迫撃砲を入れたのです。そうやって400人を削減
しました。隊員たちは転属、退職などの予想もしな
かった事態に直面しました。

多くの永年勤務の隊員たち(陸曹以上幹部)は勤務
する駐屯地中心の人生設計を考えています。ローン
を組んで家を建て、子育てをし、老いた両親の面倒
もみようという人がほとんどでした。


そうした人たちに、駐屯地を移って別の部隊に行く
か、職種転換教育を受けて別の兵科で働くか、ある
いは思い切って退職するかの意向を調べたのです。
調査を担当する幹部も心を切られる思いだったとい
います。リストラとはそういう悲劇を必ず生むのだ
といわれれば、たしかにその通りです。人員削減と
いう厳しい措置は多くの人の運命を変えました。リ
ストラクチャーといわれましたが、その本来の意味
は「能力の再構築」を意味します。皆さんがそれぞ
れの道で幸せを見つけられたでしょうか。


▼TMDと周辺事態研究

 弾道ミサイルが日本海の上空を過ぎ、三陸沖に着
弾します。わが国が攻撃を受けたら防衛をすること
は可能だろうか。当時はまったく不可能でした。発
射の事実は掴めても、それを迎撃することはできま
せん。弾道ミサイルで攻撃される可能性は、すでに
自衛隊などから政権に報告されていたはずです。し
かし国民が選んだ政権は、それにまともな手を打っ
てきたとはいえません。


 このとき、ようやく米国と共同研究をすることに
なりました。また、日米相互協力の「ガイドライン
関連法等」が国会を通過し、「日米物品役務提供」
などの相互支援を補強する法整備もされてきました。
映像の中にも「周辺事態」という言葉が出てきま
すが、その周辺とはどこを指すのかの議論もあまり
熱心にされませんでした。

 在外邦人の輸送も自衛隊の任務に加えられ、その
法整備や訓練もされましたが、先日のアフガンの失
態(?)もあり、いまだに現実離れしていると申し
上げましょう。

 ただ自衛隊、自衛官たちだけは現実に即した態勢
を作ろうとしています。大規模災害での、陸海空各
戦力の統合運用がいわれ、統合幕僚監部の機能、権
限の充実化が図られました。


▼フランス式文民統制とは?

 前回に引き続き、各国のシビリアン・コントロー
ルが各国の歴史事情から生まれたことをご説明しま
す。ご承知のように、フランスもまた国民による革
命で生まれた国です。市民が優位に立つ文民統制の
現在の思想はこのフランス革命にさかのぼります。


 王の軍隊に対する勝利をになった新興市民階級(
ブルジョアジー)による市民から成った軍隊、国民
的軍隊を創ります。その合言葉は、「市民による支
配」でした。貴族の手から平民身分の市民が軍事力
を取り戻すという意味がありました。英国の「軍隊
に対する議会の優位」や米国の「大統領の軍権の分
権化」とはニュアンスが違います。フランスは「市
民統制」という考え方だと思います。

▼政治の軍事への優位

 クラウゼヴィッツ(1780~1831年)は高
名な軍人です。彼はプロイセン軍の参謀官で歴戦の
将軍でしたが、「戦争は他の手段で行なう政治の継
続だ」という名言で知られています。これこそが現
在の戦争や軍事は政治に従属するといった理念を生
んだ元かも知れません。

 しかし、彼の生きた18世紀の欧州の戦争は、王
室同士の私的な争いであり、一般国民はあまり関係
がなかったともいわれます。わが国の戦国時代でも
直接被害があまり及ばない農民などは、避難した丘
の上などから合戦を見物していた様子が見られます。

 だから若いころの彼が奉じた戦争の理論は、国の
政治とは関係が薄く、王室のための「独立した科学」
であり、「戦争の本質は暴力」であることを認め
ます。そうして暴力は「暴力の無限界性の理論」で
支配されるという考え方の基になりました。


 ところが、フランス革命は市民軍を生み、さらに
ナポレオンによる欧州の席巻、ロシアへの侵攻など
を見て、クラウゼヴィッツは国民的戦争の実態を見
ました。そこで彼は「軍隊と戦争」を国民と政治の
中に取り入れることを思いつきます。そこで出た言
葉が、前に書いた「戦争は他の手段をもってする政
治の継続だ」という言葉です。そこから、軍事は、
軍人はあくまでも政治家が主導する政治の従属物だ
という考えが生まれたのでしょう。


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▼わが国のシビリアン・コントロール

 戦後復興の大功労者である吉田茂氏は軍隊や軍人
が大嫌いでした。外交官だった氏にすれば、戦前・
戦中の軍人たちの横暴さには腹も立ったことが多か
ったことでしょう。警察予備隊をマッカーサーの指
令で作らされたときには、正規軍人は決して採用し
ないようにしたくらいです。その後も旧軍人への迫
害は止まなかったのですが、やはり「軍隊らしく」
するためには、文民出身者ばかりではうまくゆかな
い。そんなことから元軍人たちも予備隊や保安隊、
そして自衛隊に採用されることになりました。

 しかし、いわゆる旧内務官僚(戦前の警察を所管
した内務省)の警察支配は続き、自衛隊も防衛庁と
なっても背広組が組織を牛耳ることになりました。
これをどうやら文民統制、シビリアン・コントロー
ルとしたのがわが国の特徴でしょう。明らかに、前
に説明した英・米・仏の各国とはまったく異なると
ころです。


 もちろん、現在の防衛省のキャリアの方々は、な
かなかの見識と人格をもっている方も多いようです。
しかし、依然として現場の感覚や、判断に遠いと
ころにいることも事実です。それが有事の際に、う
まく対応できるとよいのですが。


 次回は映像の紹介と海自の様子について調べてみ
ましょう。



(つづく)


(あらき・はじめ)


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●著者略歴
 
荒木  肇(あらき・はじめ)
1951年東京生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、
同大学院修士課程修了。専攻は日本近代教育史。
日露戦後の社会と教育改革、大正期の学校教育と陸
海軍教育、主に陸軍と学校、社会との関係の研究を
行なう。
横浜市の小学校で勤務するかたわら、横浜市情報処
理教育センター研究員、同小学校理科研究会役員、
同研修センター委嘱役員等を歴任。1993年退職。
生涯学習研究センター常任理事、聖ヶ丘教育福祉専
門学校講師(教育原理)などをつとめる。1999年4月
から川崎市立学校に勤務。2000年から横浜市主任児
童委員にも委嘱される。2001年には陸上幕僚長感謝
状を受ける。
年間を通して、自衛隊部隊、機関、学校などで講演、
講話を行なっている。
 
著書に『教育改革Q&A(共著)』(パテント社)、
『静かに語れ歴史教育』『日本人はどのようにして
軍隊をつくったのか―安全保障と技術の近代史』
(出窓社)、『現代(いま)がわかる-学習版現代
用語の基礎知識(共著)』(自由国民社)、『自衛
隊という学校』『続自衛隊という学校』『子どもに
嫌われる先生』『指揮官は語る』『自衛隊就職ガイ
ド』『学校で教えない自衛隊』『学校で教えない日
本陸軍と自衛隊』『あなたの習った日本史はもう古
い!―昭和と平成の教科書読み比べ』『東日本大震
災と自衛隊―自衛隊は、なぜ頑張れたか?』『脚気
と軍隊─陸海軍医団の対立』『日本軍はこんな兵器
で戦った─国産小火器の開発と用兵思想』『自衛隊
警務隊逮捕術』(並木書房)がある。
 

『自衛隊の災害派遣、知られざる実態に迫る-訓練
された《兵隊》、お寒い自治体』 荒木肇
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