こんにちは。エンリケです。
『武器になる「状況判断力」』の十三回目です。
上田さんから学んだ
己を知る
ことの戦略的重要性について
触れられています。
さっそくどうぞ。
エンリケ
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武器になる「状況判断力」(13)
状況の特質を把握する
インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)
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□はじめに
前回の謎かけは「マシュマロ実験」に関するもの
で、「この研究では、マシュマロを食べるのを長時
間我慢できた4歳児は、成長してからの成績が良か
った。それはどうしてか?」でした。
この答えは、「自制心の強い子供は、学業成績も高
くなるから」ではありません。この2つには「因果
関係」はありません。我々は、相関関係を無理繰り
因果関係で処理しようとしますが、これは誤解を生
じさせます。
この実験を慎重に行なっていくうちに、両方(マシ
ュマロを食べる、のちに成績が良くなる)に関係す
る要因が1つ特定されました。それは親の社会的地
位でした。裕福な家庭の家の子供はマシュマロを食
べるのを我慢した。おそらく心身ともに安定し、大
人を信頼し、あまり執着が強くなかったのでしょう。
思春期の成績の良さも、親の豊かさが主要な原因
となります。つまり、自尊心の強さと成績の良さに
因果関係はなく、親が裕福だという別の原因が存在
します。(カール・T・ハーグストローム『デタラ
メ』)
なお、「クーラーの売り上げ上昇」と「アイスクリ
ームの売り上げ上昇」は相関関係ですが、ここにも
因果関係ではありません。別の要因、つまり「暑さ、
気温の上昇」があります。このように、2つの事象
に因果関係がないのに、見えない要因(潜伏変数)
によって因果関係があるかのように推測される関係
を「疑似相関」と言います。疑似相関に惑わされて
はなりません(詳細は拙著『武器になる情報分析力』)
次回の謎解きは最近の巷の話題(某週刊誌に掲載)
から出します。「ここ最近、松屋は値上げ、吉野家
は減収、すき家が一人勝ち。その理由は?」です。
さて、前回までは任務分析での「目的と目標」につ
いて述べましたが、状況判断では目的と目標の明確
化が全アプローチの7割の重要度を占めると言って
も過言ではありません。なお情報分析では、「問い
の設定」が7割の重要度を占めます(『武器になる
情報分析力』)。いずれにせよ、最初の方向性を定
める、最初の方向性を見誤らないことが肝心です。
今回から、第二アプローチの「状況及び行動方針」
に移ります。
▼状況とは地域、我、敵の3つ
軍隊式「状況判断」の第二アプローチは「状況及び
行動方針」です。この過程では、地域の特性、我が
状況、敵の状況を把握して、彼我の相対戦闘力を算
定し、 敵の可能行動(EC)と我が行動方針(OC)
を列挙します。
任務分析のアプローチが終われば、次は任務に影響
する現状を知ることになります。
現状を知ることは、「現状分析」あるいは「環境
調査(認識)」などと呼ばれています。上述のとお
り、状況には「地域」と「我」と「敵」の3つがあ
り、現状分析とは、これら3つの特質を炙(あぶ)
り出すことであると言えます。
ただし、状況は任務の種類や大小などに応じて、考
察すべき状況の要素が若干違ってきます。たとえば、
国家戦略レベルでは、「戦略環境」、「我が国」、
「相手国」となり、ビジネスでは「経営環境」、
「自社」、「競業他社」などになるでしょう。
▼まずは「敵」を知れ
今しばらく『孫子』を引用して解説しましょう。
『孫子』では、「彼(敵)を知り、己を知れば百戦
危うからず。」(謀攻編)、「彼を知りて己を知ら
ば、勝ち乃ち殆うかず」(地形編)とあります。
国家安全保障では敵対関係が存在し、ビジネスの世
界では熾烈な競争原理が働いています。だから、我
にとって敵国や競合他社に対して勝利することが自
己繁栄の道であり、そのために相手の戦略や戦術を
知ることが基本になります。
敵を知ることや、敵を意識することは現状分析や環
境調査の第一の基本です。そのことが我を知ること
にもつながります。
国際政治学者の中西輝政・京都大学名誉教授は「敵
を知ることは、そのまま自分を知ることにつながり
ます。敵をはっきり意識することで、自分の弱さや
欠けていること、強い部分や優れていることもはっ
きりしてきます。」(中西『本質を見抜く「考え方
」』)などと述べ、日本あるいは日本人は「敵」ま
たは「他者」を意識することがもっともっと重要で
あるとの論旨を展開しています。「敵を知ることに
より自分を知ることができる」は個人や企業におい
ても通用する原理・原則と言えるでしょう。
▼そして我を知る
『孫子』では「敵を知り、己を知らば百戦危うから
ずや」の後ろに、「彼を知らずして己を知れば、一
勝一負す」(謀攻編)と述べています。つまり、自
分を知ることで、最低でも引き分けに持ち込めると
言っています。
しかしながら、自分のことはいつでも知ることがで
きると錯覚されているためか、このことは軽視され
やすい傾向にあります。しかし、実際には自分のこ
とは過大評価したり、過小評価したりで、正確な自
己評価は容易ではありません。
先の太平洋戦争では、相手国である米国のことも知
らなかったが、それ以上に我の補給・継戦能力、陸
軍・海軍双方の戦略・思考などを知らず、「彼を知
らず、己を知らざれば、戦う毎に必ず敗れる」(謀
攻編)の状況にあったとの戦後の反省がなされてい
ます。
▼近年は我を知ることの重要性が増大
2001年の9月11日の同時多発テロ以降、国際
テロ組織が主たる脅威の対象となりました。テロ組
織は何を考えているのか、どのような能力があるの
かは不明です。
それがため、米国の安全保障ではで「敵を知る」こ
とから、「己を知る」とくに「己の弱点を知らなけ
ればならない」という流れに変化し、この考え方が
派生して、米国では「己の弱点を知る」ためのビジ
ネス・インテリジェンスが活性化したとされます。
不透明な社会において、自分の力量を知ることはさ
まざまな分野において重要となっています。それが
最低限負けない道を確保することです。自分を客観
的に評価することは、正しい状況判断の鉄則とも言
えましょう。
▼ほぼ全編で地形・気象の重要性を説く
『孫子』でほぼ全編にわたって地形・気象の重要性
が説かれています。「兵(戦争の意)は国の大事な
り。死生の地、存亡の道、察せざるべからず。故に
、経(道筋をつけるの意)するに五事をもって計(
はか)る。」(始計編)とあります。
五事とは「道」「天」「地」「将」「法」のことで
すが(※)、その中の「天」が明暗、天候、季節な
どの気象または時機(タイミング)を、「地」が地
形を指します。要するに、戦争は国の重要事項であ
るので、時機をよくよく考慮し、地形を活用して有
利に戦いなさいと言っているのです。
また、「彼を知りて己を知らば、勝ち乃ち殆うかず。
地を知り、天を知れば、勝すなわち窮(きわま)
らず」(地形編)とあります。これは、まずは我と
敵を知り、戦勝の法則を確立したうえで、敵と我を
地形の上に乗せてその利・不利を考察せよという意
味です。
軍隊式「状況判断」では、地形と気象の特性を合わ
せて「地域の特性」と呼んでいますが、これは作戦
環境という言葉に集約できます。作戦・戦術レベル
では作戦環境が戦いの趨勢に大きく影響します。つ
まり、緊要地形を制するものが戦いの主導権を握る
ことが多々あります。
▼国家戦略レベルでは考察すべき対象は広範多岐
他方、国家戦略レベルでは、作戦環境に相当するも
のが戦略環境です。また、国家戦略レベルでは「状
況」(「地域」、「我」、「敵」)のことを一般的
に「情勢」と呼びます。
国家戦略レベルでは、様々な環境要因が戦争や戦略
の趨勢に影響を及ぼします。だから、「天」と「地」
を知るということは「国家の生存繁栄のために、
取り巻く戦略環境を幅広く把握せよ」という意味に
解釈すべきでしょう。
「天」とは流動的かつ時間的なものであり、国家戦
略レベルでは国内外情勢の趨勢に相当します。それ
には、現在の政治・経済・社会・外交・軍事の情勢
などに加えて、安全保障問題を取り巻く歴史的背景、
過去に発生した戦争・紛争の原因および結果など
が含まれます。
他方、「地」とは固定的かつ空間的であり、地理的
環境に該当します。国際情勢を見る上で「地理的環
境」に重きを置くのが地政学です。これは「人間集
団としての国家の意図は地理的条件を活動の基盤と
している」という点を論拠としています。つまり、
地理的条件が民族の特性を形成し、国家の活動基盤
になると考え方です。
地政学は歴史学と相まって国際情勢などを考察する
上で現在も用いられています。地政学をタイトルと
する著作は数多くあるし、実際、紛争多くは地域的
に偏在する資源、資源の輸送ルート、集中する市場
などをめぐる角逐(かくちく)です。また宗教およ
び民族の分布と恣意的な国境線の不適合が多くの紛
争を生起させています。
近年は、地政学リスクに加え得て地経学リスクを考
慮する必要性が強調されるようになりました。これ
は、経済的依存度が政治・外交・安全保障上の政策
に及ぼす影響と、逆に政治・外交・安全保障の影響
が経済性政策や経済活動に及ぼす影響を考察せよと
いうものです。
国家戦略レベルでは地理と歴史のような不変的な要
素、さらには民族と宗教のような変えにくい要素が、
国家の戦略や外交にどのような影響を及ぼし、それ
が国家間にいかなる摩擦をもたらすかを考察する必
要があります。このため、考察すべき対象や範囲は
広範多岐に及ぶことを認識し、知識(インテリジェ
ンス)の蓄積に努力する必要があります。
(※)「道」は国家あるいは君主が、民意を統一し
て戦争に向かわせる基本方針であり、国家戦略とい
う見方もできる。「将」は、国家指導者や作戦指揮、
「法」(組織、制度、指揮法)などと解釈できる。
(つづく)
(うえだあつもり)
【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。
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