配信日時 2021/09/28 20:00

【武器になる「状況判断力」(11)】 目的と目標を使い分ける  上田篤盛(インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

『武器になる「状況判断力」』の十一回目です。

<任務分析の〝キモ〟>
がくわしく記されています。

それにしても、
ミッドウエー作戦の「失敗の本質」。
かくも明晰で腑に落ちる言葉を見たことありません。

さっそくどうぞ。

エンリケ


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武器になる「状況判断力」(11)

目的と目標を使い分ける

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)

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□はじめに

前回の謎かけは、「マンホールの蓋はなぜ丸いか?」
でしたね。マンホールとは「人(マン)の穴」、
つまり中で人が工事や排泄などの作業をします。丸
い蓋は穴に落ちない、つまり安全だからです。長方
形のホールであれば、ホールの短辺が枠の長辺より
短いので落ちてしまいます。正方形も同様です。

では、構造的には円と四角はどちらが強いのでしょ
うか。実は四角形の方が構造的に強いようです。に
もかかわらず、電柱はどうして円柱であり角柱では
ないのでしょうか。これは、周囲の木が丸いので電
柱も円形にしたようで、そこに合理性はないようで
す。

今回の謎かけは「1973年のオイルショックでは
なぜトイレットペーパーが不足したか?」です。コ
ロナ禍ではマスクが不足しました。今はトイレの便
座が入手できなくなっているようです。危機には、
いつも何気なく使っているものが不足するようです。
逆に、「この頃、〇〇の値段が上がっていない」
と気づくこと、それは世界の変化の兆候を発見する
ことかもしれません。

今回は、任務分析の〝キモ〟というべき目的と目標
の確立について解説します。

▼目的と目標との関係

任務分析における「目的」と「目標」との関係につ
いて考察しておきましょう。目的は「成し遂げよう
とする姿」であり、最終地点、すなわちゴールです。
それは「会社を今よりも大きくする」、「安定し
た暮らしをする」とか抽象的・包括的な表現になり
ます。

一方、目標は通過点や目印であり、「今年の売上高
は○○億円以上にする」とか、「国家公務員上級試
験に合格する」とか、具体的な数値か状態で示され
ます。要するに、目的は抽象的、目標は具体的です。

一連の作戦などにおいて目的は一つですが、目標は
複数存在します。たとえば、富士山の山頂がゴール
だとすると、まずは5合目、次には7合目、さらに
9合目というように、時間的あるいは段階的に先の
目標があります。さらには登山ルートも複数あるの
で、5合目の目標も複数あることになります。

軍事における目的は、米軍用語の「Purpose」に相
当します。それは「使命(Mission)に示された取
るべき行動の理由」(堂下哲郎『作戦司令部の意思
決定』)の意味です。

だから、目的は最終目的(ゴール)という意味より
も、「取るべき行動の理由」として捉える方が核心
をついています。他方、目標は目的達成のための
「手段」として理解すべきでしょう。

そして目的と目標との関係は「〜のため」を用いて
一体的に捉えることが重要です。たとえば「安定し
た暮らしをしたいために(目的)、国家公務員試験
に合格する(目標)」といった具合です。

目的がなければ目標は生まれません。だから、目的
の確立はいかなる時代でも、どんな組織や個人でも
最優先事項です。その目的は、個人や組織の人生観
や価値観から湧き上がる「なぜ○○をするのか」、
すなわちを「why」を意識することで主観的に確
立すべきものです。どのように優れたAIであって
目的の確立を代替することはできません。

これに対し、目標は目的が決まれば論理的な思考で
客観的に導き出すことが可能です。やがて目標の選
定はAIの独擅場になる可能性もなきにしもあらず
だと考えます。

▼ミッドウェー作戦での目的と目標の混同

上述のように理論上、目的と目標の差異を説明でき
たとしても、現実には両者の判別は容易ではありま
せん。特に状況が複雑な戦争局面などでは目標と目
標がしばしば混同されます。

わが国が対米劣勢へと転じた〝分水嶺〟であるミッ
ドウェー作戦(1942年)を振り返ってみましょう。
この作戦では、「敵機動部隊を撃滅する」、「ミッ
ドウェー島を攻撃・占領する」のいずれが目的であ
り、目標であったのでしょうか?

太平洋戦争の全局からみれば、「敵機動部隊の撃滅」
が目的であり、これを誘い出すための「島の攻撃・
占領」が目標であるいえます。他方、ミッドウェー
作戦だけを考えれば「島の攻撃・占領」が目的で、
この行動を妨害する「敵機動部隊の撃滅」が目標に
なります。

ミッドウェー作戦では目的が不明確であったため、
目的と目標の混同が起きていました。これに関して
、名著『失敗の本質』は次のように記述しています。

「ミッドウェー作戦は米空母軍の出撃を誘出するた
めの条件をつり出さなければならなかった。つまり、
この作戦の真のねらいは、ミッドウェーの占領そ
のものではなく、同島の攻略によって米空母群を誘
い出し、これ対し主動的に航空決戦を強要し、一挙
に捕捉撃滅しようとすることにあった。ところが、
この米空母の誘出作戦の目的と構想を、山本(五十
六)は第一機動部隊の南雲(忠一)に十分に理解・
認識させる努力をしなかった。ここに、後世に至っ
て作戦目的の二重性が批判される理由がある。」

つまり、一連の作戦に「米空母の誘出作戦」と「ミ
ッドウェーの占領」という二つの目的があったこと
が失敗の原因であったと指摘しています。

▼山本の構想は南雲には理解されなかった

山本は「強大な国力を有する米国との長期戦は回避
しなければならない。しかし、日本近海での『邀撃
作戦』を取っていては米軍が主導権を握るので長期
戦は回避できない。よって、自主積極的に米空母群
への打撃を行い、米国海軍および米国民の戦争士気
を喪失させる」といった構想(意図)を持っていま
した。

しかしながら、南雲はミッドウェー基地を攻撃(第
一次攻撃)した後も、米空母群への攻撃に備えるの
ではなく、ミッドウェー基地に対する第二次攻撃を
決心します。つまり、第一次攻撃後も米軍の空爆が
止まないという状況に接し、一方で「ミッドウェー
攻略中に米空母が出現してくることはあるまい」と
の希望的判断に依拠して、海軍航空機の装備を米空
母の艦艇攻撃用(米空母機動部隊用)から地上攻撃
用(ミッドウェー基地用)に切り替えたのです。

そこに、日本海軍の索敵機から「敵ラシキモノ10
隻ミユ」との情報が入ります。南雲は「空母を含む
米艦隊が近くに存在することが確実だ」と判断し、
ミッドウェーに対する第二次攻撃を取りやめ、再び
航空機の装備を地上攻撃用から艦艇攻撃用に転換す
る決心をしました。

さらには帰還する第一攻撃隊を空母に着艦・収容す
ることを、米機動部隊への攻撃よりも優先したため、
逆に米軍機による先制爆撃を受けて、日本海軍は
4隻の空母を含む主要艦艇を失ったのです。

南雲は上級指揮官である山本の意図を十分に理解し
ていなかったのです。山本の意図は、南雲自身が行
動を起こすための目的に相当します。つまり、南雲
は目的を確立していなかったために、それを具体的
な目標にブレイクダウンできなかったのです。ここ
にミッドウェー作戦の〝失敗の本質〟があります。

目的が未確立であったため、米空母が予想以上に早
くミッドウェー海域に出現したらどうするかという
対策もなく、情報収集の態勢、企図の秘匿や欺瞞の
措置は不十分であり、現場での南雲の命令は二転三
転してしまったのです。


(つづく)

(うえだあつもり)


【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。



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