配信日時 2021/07/20 20:00

【武器になる「状況判断力」(3)】状況判断の役割──指揮の核心「決心」を準備する 上田篤盛(インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

『武器になる「状況判断力」』の三回目です。

<指揮官は統御と管理によって組織を健全な状態に
保ち、適時適切な指揮によって任務を達成する>

とのことば。

このことをわかっていたようでわかっていなかった
という人は想像以上に多い気がします。

さっそくご確認ください


エンリケ


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新連載:武器になる「状況判断力」(3)

状況判断の役割──指揮の核心「決心」を準備する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)


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□はじめに
皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の3回
目です。

前回「東京にはスカイビルや東京タワーなどの高い
電波塔があるが、大阪にはなぜないのか?」という
謎かけをしました。この答えは、「平坦な関東平野
では、テレビやラジオの電波を広範囲に送信するた
めに高い電波塔が必要。関西には生駒山などの山が
点在し、その山頂に塔を設ければいいため、平地に
高い電波塔を建てる必要がない」とのことです。

 このような同時期における類似事象を比較し、異
なる特徴を浮き彫りにし、その理由などを探る思考
法を〝ヨコの思考法〟と言います。これは歴史や経
年変化などに着目する〝タテの思考法〟とともに物
事の現状を深く見るための手法です。

 今回の謎かけは「千葉県の松戸駅と京成津田沼駅
を結ぶ全長は26.5Kmの新京成線は山も谷もな
いのに不自然なカーブが連続する。直線で結ぶと1
5.8Kmであるが、なぜ10Km近くも余計に走
っているのか?」です。なお、この線路は明治初期
に施設されたようです。

 さて、静岡県熱海市伊豆山(いずさん)の土石流
災害では、多数の方の尊い人命が失われました。熱
海とはいえば、衰退したイメージの観光地でしたが
、街おこしで2017年頃からV字復活を成し遂げ
ました。18年には20代から30代の若者で大い
に賑わい、「熱海の奇跡」とも称せられました。

しかし、コロナ禍の影響を受けて観光業は再び苦境
に直面し、今回の土石流災害では宿泊キャンセルが
増加しているようです。

ただし、被災エリアは市内のごく一部であることを
認識し、はたして自然災害か人災かを判断する必要
があります。

 熱海には、V字復活を成し遂げた地域活力やノウ
ハウもあります。きっと今回もまた苦難を乗り越え
たもっと強い魅力ある都市となり、地方都市の目標
になると考えます。それを私は祈ります。

前回は「状況判断」の意義、決心との関係性につい
て解説しましたが、今回は状況判断が作戦指揮にお
いてどのような役割を担っているかについて解説し
ます。
 
▼状況判断は統率および指揮の要素

状況判断は統率および指揮の要素です。では統率と
は何か、指揮とは何かを押えておきましょう。

統率とは、指揮官が任務を達成するために指揮下部
隊を統(す)べ、率いる行為です。統率は指揮、統
御および管理に分けられます。つまり、統率は指揮
や統御の上位概念です。

統御は、組織内の各個人に、持てる全能力を発揮し、
進んで指揮されたいと思わせる心理工作です。指
揮官は良好な統御を基盤として指揮を行ないます。

一方の指揮は、統御によって湧き立てたエネルギー
を総合して、組織全体の目標に適時適切に集中させ
るものです。

管理は組織が活動する上での必要な規則や諸制度を
整えることで、適切な人事管理やコンプライアンス
の維持などが該当します。

要するに、指揮官は統御と管理によって組織を健全
な状態に保ち、適時適切な指揮によって任務を達成
することになります。

▼状況判断は決心の準備作業

指揮とは指揮官が指揮権に基づき部隊や個人を自ら
の意志に従わせることです。指揮権は指揮官だけに
与えられた固有の権限であり、他人に委任したから
といって、指揮から生じた損害に対する責任は免れ
ません。個人問題に関しては、その個人が指揮官で
すあり、意思決定の責任者です。失敗したからとい
って他人に責任を負いかぶせることはできません。

指揮官は、作戦・戦闘上の任務を達成するために、
指揮権に基づいて作戦、情報、兵站、人事、その他
の幕僚(スタッフ)を総合的に運用します。

 統御は心理工作なので指揮官の個性、人格、人間
的な魅力などの要素が統御の良否を左右します。統
御には一定の形式はなく、テクニック(技術)は通
用しません。

 他方、指揮には一定の定式があります。それは、
(1)状況判断、(2)決心、(3)命令、(4)監督
の4つの手順によって行なわれます。

指揮の中では決心が最も重要です。決心は指揮の核
心ともいうべきものです。『統帥参考』では「指揮
官の決心は実に統帥の根源である」、『作戦要務令』
では「指揮の基礎をなすものは実に指揮官の決心
なり」と規定されています。

他方、状況判断については、『作戦要務令』は「指
揮官は状況判断に基づき、適時、決心をなさざるべ
からず」と規定しています。

つまり、指揮とは指揮官が決心し、決心を実行に移
す作業です。状況判断は決心を準備する作業である
といえます。すなわち、決心に役立たない状況判断
は意味がありません。

『作戦要務令』では、「指揮官はその指揮を適切な
らしむるため、たえず状況判断しあるを要す」とあ
ります。つまり、状況判断が不適切であれば、誤っ
た決心をもたらし、適切な指揮が行なえず、任務が
達成できないのです。

▼指揮官は幕僚の状況判断には拘束されない

 状況判断は指揮官が行なうことが建前ですが、実
際には決心と異なり、多くの幕僚(スタッフ)が状
況判断に関与します。

 自衛隊では指揮官が行なう状況判断を「状況判断」
と言い、幕僚が行なう状況判断を「幕僚見積」と
呼称して区別しています。その幕僚見積には「地域
見積」「情報見積」「兵站見積」「作戦見積」など
があります。

幕僚は指揮官の状況判断を幕僚見積によって補佐し
ます。各幕僚は、それぞれが所掌の状況判断(幕僚
見積)を行ない、それを総合的に指揮官に具申しま
す。これは、作戦規模や組織が拡大するにつれ、す
べてのことを指揮官が判断するには限界があるから
です。

 各幕僚の状況判断が異なる場合、参謀長(幕僚長)
が意見の統一を行ない、指揮官に最良の行動方針
(方策)を具申します。ただし、指揮官も幕僚の状
況判断を参考にしながら刻々と独自の状況判断を行
なっていきます。

幕僚が出した状況判断に指揮官は拘束されません。
すなわち同意しても良いし、同意しなくても良いの
です。指揮官が幕僚を信頼し、その意見具申を尊重
することが良好な組織を確立・維持し、適切な指揮
を行なうことの基本です。

しかしながら、最終的には指揮官自らの状況判断に
基づいて決心が行なわれます。

多数決は民主主義が生んだ優れた原理です。民主主
義国家では主権は国民にあるので、多数決による政
治決定が行なわれることが多々あります。重要法案
の制定は選挙によって選ばれた政治指導者たちによ
る多数警決の意思決定が行なわれ、大阪首都構想の
ような住民投票による多数決もあります。


意思決定には独裁、多数決、合意による3つの方法
があります。この順番に周囲による納得感は上がる
ものの、状況変化への迅速な対応は困難となります。


作戦戦場での戦況は目まぐるしく変化し、迅速な意
思決定が必要です。だから、軍事では1つの作戦に
おける指揮官は1人と定められ、その指揮官が総合
的に状況判断し、決心をすることが大原則です。筆
者が入隊した自衛隊では多数決で意思決定が行なわ
れたことの記憶はほとんどありません。


一般社会やビジネスではどうでしょうか? 変化が
著しい現代社会ではビジネスでもスピードが求めら
れます。然るに、日本企業では意思決定を役員会に
委任し、誰かがリスクを背負って迅速に意思決定す
ることができないとの批判も聞きます。

また、リーダーが責任をとらないとの批判もありま
すが、それは集団での意思決定制度がもたらしてい
るのかもしれません。多数決や合議がリーダーの決
断力不足や責任の放棄という負の側面を招いている
ことには注意が必要です。

ただし、ソフトバンクグループの孫正義氏やユニク
ロの柳井正氏のような独断専行型の経営者も登場し
ていることは、日本のビジネス界での変化を象徴し
ているといえます。

リーダーは他人の助言に耳を貸さずに何でも独断で
決めて良いということではありませんが、各りーダ
ーが強固な強い意志を持って、周囲の意見や世論な
どに流されることなく、総合的な状況判断と決断を
下していただきたいと思います。最近の政治を見て、
そのことをつくづく思います。
 

(つづく)

(うえだあつもり)




【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。



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