配信日時 2021/07/13 20:00

【武器になる「状況判断力」(2)】状況判断の意義──最良の方策を決定する 上田篤盛(インテリジェンス研究家)

こんにちは。エンリケです。

きょうからはじまる

『武器になる「状況判断力」』の二回目です。

きょうは「状況判断と決心の違い」がテーマです。

これまでの経験で、わが国では「決心」への理解
が浅すぎる感を持ちます。

今日の記事を読めば、決心の何たるかが
頭のなかでスッキリ整理できると思います。


ではどうぞ


エンリケ


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新連載:武器になる「状況判断力」(2)

状況判断の意義──最良の方策を決定する

インテリジェンス研究家・上田篤盛(あつもり)


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□はじめに

皆様こんばんは。「武器になる状況判断力」の2回
目です。前回は判断と決断の違いなどについて説明
しましたが、今回は「状況判断」の意義、決断(決
心)との関係性について解説します。

なお、一般用語の「決断」は軍事用語の「決心」に
置き換えて解説します。
 
ところで、最近雑学の本に凝っています。そこに
「東京にはスカイツリーや東京タワーなどの高い電波
塔があるが、大阪にはなぜないのか?」という記事
がありました。その理由が腑に落ちました(その理
由については来週紹介します)。

こんな疑問を持ち、「なぜ?」を解明することが思
考力、分析力、洞察力などを身に着ける秘訣だと思
います。
 
さて、いろいろありましたが、いよいよオリンピッ
クが開催の運びとなりました。ちまたに、「なぜ、
オリンピックだけを特別視するのか。オリンピック
選手は特別待遇か!」の意見もあるようです。多く
の皆様が自粛を強いられている中、そのような気も
わからないでもないですが、オリンピック選手にと
って4年に1度の祭典は人生を大きく左右します。
生涯にわたる待遇がまったく違ってきます。
 
人一倍の努力を重ねている彼らの活躍を応援し、努
力した者が報われる社会を望みます。
 

▼状況判断は軍隊用語

前回述べましたように状況判断という言葉は一般用
語として定着していますが、もともと軍事用語です。

米陸軍教範には「Commanders Estimate of the
Situation」あるいは「Estimate of the Situation」
という概念があり、戦後のわが国はそれを「状況判
断」あるいは「情勢判断」と訳しました。

防衛研究所が1952年に発行した『国防関係用語集』
では以下のとおり定義されています。

「状況(情勢)判断とは、指揮官がその任務を達成
するために状況(情勢)を考察し、論理的推論を経
て、とるべき最良の方策を決定することをいう。こ
の場合、一般にわが選択できる諸方策を行動方針と
いい、敵の選択できる諸方策を敵の可能行動という」

そして、解説として、「もともと状況(情勢)判断
は、米軍の創設したものであるが、その後広く各国
でも使用されている。意思を有する敵との闘争の推
論において、賭け(ゲーム)の理論を適用して最良
の選択を行うための論理的思考の過程で使用される。
すなわち、賭け(ゲーム)の理論における彼我の
可能な選択を列挙して、各組合せにおける帰すうを
推論し、最後に比較して最良の選択を得ようとする
ものである。」

上述の定義や解説は追って説明をしていきますが、
ここでは指揮官が最良の方策を決定するという点が
重要です。

これに関して、今日の陸上自衛隊の戦略・戦術の原
則書である『野外令』(※)では「状況判断は指揮
官が任務達成のために最良の行動方針を決定するた
めに行う」と規定しています。

筆者の手元には『野外令』がないので、少しうろ覚
えかもしれませんが趣旨は間違っていないと確信し
ています。

(※)『野外令』は国土防衛作戦における旅団以上
の部隊運用の基本理念を明らかにする教範。これは
米陸軍のマニュアル『Operations』(1953年、昭和
28年)を基礎に、旧軍の『作戦要務令』(1938年、
昭和13年)を部分的に採り入れ、1957(昭和32年)
に初めて制定され、その後、適宜に見直しが行なわ
れている。『野外令』には秘区分はないが、部内限
定文書として市販されていないので、一般人あるい
は退職自衛官などは入手できない。

▼「状況判断」は旧軍教範が源流

旧軍教範を紐解いてみましょう。明治期の『野外要
務令』(1908年版)では「情況判断」や「情況を判
決」という言葉が登場します。また、敵軍の情況、
友軍の情況、彼我の情況といった具合に使用されて
います。

当時のプロシア軍が戦いの経験から戦術の原理・原
則などを学び、それがクラウゼヴィッツなどにより
体系化され、旧軍人のプロシア留学やモルトケの来
日などによって伝承される中、「情況判断」という
言葉も流入したと推察されます。

大正期の『陣中要務令』では、「情況を判断するに
方(あた)りては特に先入主とならざること必要に
して……」などの条文が登場し、状況判断の在り様
が追加されました。

『野外要務令』を源流として、『陣中要務令』に発
展し、昭和初期に制定された『作戦要務令』(※)
では、「情況判断」に変わって「状況判断」という
言葉が登場しました。

ここには次のような条文があります。

「指揮官はその指揮を適切にならしむるために、た
えず状況を判断しあるを要す。状況判断は任務を基
礎とし、我が軍の状態・敵情・地形・気象等、各種
の資料を較量し、積極的に我が任務を達成すべき方
策を定むべきものとす……」(16条)
 
ここでは指揮官が指揮を適切に行なうという状況判
断の目的が明記され、任務、我が軍、敵情、地形・
気象などといった状況判断を行なうための考慮要因
について規定されています。

このように米軍マニュアルで状況判断を創設する以
前から、状況判断の原理・原則は存在していたが、
米軍マニュアルにより体系的、実運用的に整理され
たといえるでしょう。なお米軍マニュアルの記述の
骨子については追い追い触れることにします。
 
(※)軍隊の陣中勤務や作戦行動・戦術・戦闘要領
などを規定したもので、少尉以上の幹部を対象とし
た教範。1938年9月、日華事変から得た教訓を採り
入れ、『陣中要務令』と『戦闘綱要』の重複部分を
削除・統合して、対ソ戦を想定して『作戦要務令』
の綱領「第1部」「第2部」を制定。1939年には
「第3部」、1940年には「第4部」がそれぞれ制定
された。陸上自衛隊の『野外令』のもとになってい
る。

▼状況判断と決心の違い

 昭和期に制定された『統帥綱領』(※)では、
「高級指揮官は大勢の推移を達観し、適時適切なる
決心をなさざるべからず」と規定しています。

『統帥参考』(※※)では、「幕僚は所要の資料を
整備して、将帥(大部隊の指揮官)の策案・決心を
準備し、これを移す事務を処理し、かつ軍隊の実行
を注視す。軍隊に命令を下し、これを期するは指揮
官のみこれを行う得べく、幕僚は指揮官の委任なけ
れば、軍隊を部署する権能なきことを銘心するを要
す」と規定されています。

ここには、決心は指揮官が適宜適切に行なうもの。
幕僚は指揮官の策案・決心を準備することができる
が、原則として指揮はできないことが示されていま
す。つまり、策案や決心の準備の役割にある「状況
判断」は指揮官だけでなく幕僚も実施することがで
きますが、決心は指揮官の専管事項であり、幕僚は
行なうことはできないのです。すなわち、幕僚は指
揮官の状況判断は補佐できても、決心を補佐するこ
とできないのです。

『野外令』では「決心は、状況判断に基づく最良の
行動方針を実行に移す指揮官の意志の決定である」
旨と規定しています。

ここでいう「決定」とは一般的に「物事をはっきり
と定める行為」や「はっきりと定められた状態」を
意味します。

つまり、状況判断も決心も決定を行なう行為ですが、
前者は最良の行動方針(方策)を決定し、決心が
意志を決定します。

その大きな違いは行動と責任にあります。状況判断
には行動と責任を伴いません。刻々と変化する状況
に対して継続的に行なわれ、客観的に最善の方策を
選ぶという思考作用だと言えます。

他方、「決心」には実行と責任が伴います。いった
ん、状況判断が決心に移行すれば容易に後戻りはで
きません。決心は適宜適切に、「我はこうする」と
いう主観的な強い意志の発揚、すなわち精神作用で
あると言えます。

(※)日本陸軍の高級将校・指揮官および参謀のた
めに、方面軍および軍統帥の大綱を説いたもの。旧
日本軍の教典では最も秘密度の高い「軍事機密」書。
『作戦要務令』の上位にあたる教令であった。

(※※)『統帥綱領』を陸軍大学校で講義するため
に使用した解説書。1932年に編纂された「軍事機密」
に次ぐ「軍事極秘」書。




(つづく)

(うえだあつもり)




【筆者紹介】
上田篤盛(うえだ・あつもり)
1960年広島県生まれ。元防衛省情報分析官。防
衛大学校(国際関係論)卒業後、1984年に陸上
自衛隊に入隊。87年に陸上自衛隊調査学校の語学
課程に入校以降、情報関係職に従事。93年から9
6年にかけて在バングラデシュ日本国大使館におい
て警備官として勤務し、危機管理、邦人安全対策な
どを担当。帰国後、調査学校教官をへて戦略情報課
程および総合情報課程を履修。その後、防衛省情報
分析官および陸上自衛隊情報教官などとして勤務。
2015年定年退官。著書に『中国軍事用語事典(共
著)』(蒼蒼社)、『中国の軍事力 2020年の将来
予測(共著)』(蒼蒼社)、『戦略的インテリジェ
ンス入門―分析手法の手引き』『中国が仕掛ける
インテリジェンス戦争』『中国戦略“悪”の教科書―
「兵法三十六計」で読み解く対日工作』『情報戦
と女性スパイ』『武器になる情報分析力』『情報
分析官が見た陸軍中野学校』(いずれも並木書房)、
『未来予測入門』(講談社)。



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