配信日時 2021/05/26 20:00

【海軍戦略500年史(2) 】 海の特質と海軍のはじまり 堂下哲郎(元海将)

こんにちは。エンリケです。

『海軍戦略500年史』の二回目です。

今日の記事では、

海とは何か?

海軍はどのように生まれたのか?

について書かれています。

アが国は海洋国家であり、大陸国家と同じ
感覚、発想をしていると亡国を招きます。

「海」の常識をわきまえた国民が、
過半を占める日本人でありたいものです。

肌レベルで海のことが分かる国民で
い続けたいものです。


ではどうぞ

エンリケ


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海軍戦略500年史(2)

海の特質と海軍のはじまり

堂下哲郎(元海将)

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□はじめに

 前回は「あらすじ」として海上覇権の移り変わり
を簡単に振り返りました。
 読者の方からコメントを頂きましたが、ご期待に
沿えるよう頑張りたいと思います。
今回は、本論に入る前に、海軍戦略を展開する「場」
としての海の特質とその「手段」としての海軍のは
じまりを確認します。次回は、「シー・パワーにつ
いて」の予定です。


▼コミュニケーションの場としての海

海は台風や津波などの自然災害をもたらす一方で、
輸送や通信などのコミュニケーションの場である。
また、食糧、鉱物、エネルギーなどの資源獲得の場
ともなっており人類は限りない恩恵を受けてきた。
そして、これらの恩恵をめぐる国同士の利害対立が
しばしば紛争の原因ともなってきた。

 わが国が、シー・パワーとしての歩みを始めたの
は大航海時代以来の西洋との「出会い」からだった
ことは、海のコミュニケーション機能を象徴してい
る。高坂は次のように述べている。

「それまで日本は東洋と西洋のコミュニケーション
のルートのもっとも端に位置し、したがって西洋文
明の影響を直接に受けるということはなかった。新
航路の開拓は、海を渡ってきた西洋諸国に日本が直
接触れることを可能にしたのである。やがて、蒸汽
船が発達し、海洋交通が発達するにつれて、日本は
この世界的な交通の影響をより激しく受けるように
なった。」(高坂 2008,p195)

 このような「出会い」には海図の発達も大きく関
係しているが、のちに触れることにする。いずれに
せよ海上交通による輸送の特徴は、陸上・航空輸送
に比べると低速であるが、重量・距離当たりのコス
トが格段に低く、重量物や大型の貨物の輸送も容易
であることだ。海上輸送能力は、経済発展に必要と
される効率的な物流を支えるために極めて重要であ
る。海に囲まれたわが国では、貿易量(輸出入合計)
の 99.6%(2019年度、トンベース)を海上輸送が占
めており、このうち約6割の輸送を日本商船隊(日
本船社が運行する船)が担っている。

海のもう一つの役割は通信である。海底ケーブルに
よる通信は、海上覇権を支えるうえでも重要な役割
を果たしてきたと土屋は指摘する。(土屋 2013,
p149-166)

19世紀半ばに実用化された海底ケーブルは、イギリ
スの植民地統治などに威力を発揮したが、20世紀に
入るとアメリカも参入して太平洋をカバーするケー
ブル網が完成する。1970年代後半からは一時、衛星
通信優位の時代となるが、1989年以降は新たに開発
された光海底ケーブルが敷設されるようになり、世
界全体で120万km、地球30周分もの長さのケーブルを
用いて国際データ通信の99%を担っている(2019年
現在)。

海底ケーブルは今や国際的に重要なインフラである
が、2001年には台湾と米国を結ぶ「米中海底ケーブ
ル」が上海沖で切断して、台湾全土のネットが一時
マヒした(日本経済新聞2001/2/10)ことは大きな
懸念を引き起こした。深海に敷設される海底ケーブ
ルの損傷はまれとされるが、浅海部分では錨などに
よる破損のほか意図的な切断の事例もあり、陸揚局
などの防護とならんで脆弱性の克服が課題だ。

▼資源の供給源としての海

 海洋資源の観点からは、人類と海との最も古くか
らの関わりであった漁業があげられる。漁業が産業
として確立したのは、16世紀のオランダのニシン漁
からであり、その後タラ漁、捕鯨などと発展した。
19世紀には蒸気船が導入され、漁法の改良とあいま
って漁獲量の飛躍的な増加につながった。

漁業国と沿岸国の漁業資源をめぐる摩擦の歴史は長
く、古くは英蘭戦争(1652~74年)の例がある。戦
後はタラ戦争(1958~76年)などを引き起こすほど
で、最近もイギリスのEU離脱交渉(2020年)で漁業
権の問題が最後まで論点となったのは記憶に新しい。

 日本周辺は世界三大漁場のひとつであり、漁業は
日本人の食生活を支えてきた。わが国の食料自給率
は38%(2019年、カロリーベース)に過ぎないが、
魚介類は56%(2019年、重量ベース)となっている。
わが国は明治以降、世界有数の遠洋漁業国となった
が、国際的な水産資源管理の流れや捕鯨の禁止、操
業コストの上昇などから近年は衰退の傾向にある。

 水産資源以外の海洋資源としては石油・天然ガス
などのエネルギー、鉱物資源、再生可能エネルギー
などがあげられる。特に海底油田の埋蔵量は世界の
油田の約1/4を占め、大陸棚など浅海に多いことから、
沿岸国の利権争いを引き起こしやすい。

日本では、近年、周辺海域で海底熱水鉱床やコバル
トリッチクラストなどの鉱物資源、メタン・ハイド
レードなどのエネルギー資源が発見され有望視され
ている。波力・潮力などの再生可能エネルギーの開
発も可能になりつつあるが、いずれの資源も商業的
な活用には、開発技術の実用化に加えて資源価格の
変動が大きく影響している。

▼軍事活動の場としての海

海はまた、大昔から軍事活動の場でもあった。大海
原は一見、何の障害物もなく活動しやすそうに見え
るが、強い卓越風(ある期間最も吹きやすい風)や
海流、天候の急変、暗礁などの航海上の危険を秘め
ており、無数の船乗りの命を奪ってきた暴虐さは帆
船時代から変わらない海の本質だ。現代の海軍は、
水中、上空、宇宙を含む3次元の空間で活動するよ
うになったが、刻々変化する海の環境条件をどう活
用できるかが作戦のカギであることは帆走海軍時代
と同じだ。

船の航跡はすぐに消えて陸地のような轍(わだち)
は残らない。しかし、港や基地を結ぶ線、岬、海峡
、中継地となる島など、海上交通の集中する航路や
集束点(チョークポイント)は存在し、戦略的に重
要な海域となる。水陸両用作戦など沿海域の作戦で
は、陸地に囲まれた湾や閉鎖海、その出入口の海峡
、列島や群島によって区切られる海域の存在、さら
には港や基地の後背地の状況、上陸する海岸の広さ
や傾斜などが重要になる。

 わが国は、世界第6位の広さの排他的経済水域を
持つ一方で、南北に長い国土は縦深に乏しく、中国
の2倍以上の長大な海岸線、6,800余りの多数の島が
あり、安全保障上の脆弱性は高い。また、日本列島
は大陸に対してオホーツク海、日本海、東シナ海と
いった閉鎖性の海域を形作っているため大陸勢力と
海洋勢力のせめぎ合う場所となっている。

▼海上戦闘の起源

 現代の海軍を簡単に定義すれば、「国家に属する
海上において活動する軍事組織」といえるだろう。
海軍は、有事には海上において戦闘力を発揮し、平
時には抑止力として用いられるほか、警察力や外交
手段として活用されることも多い。国によっては、
海軍とは別にコースト・ガード(沿岸警備隊)を持
つところもあるが、その場合の海軍との任務の切り
分けはさまざまである。

 そもそも海上における戦闘はどのように始まった
のだろうか。青木は二つの起源をあげている。(青
木 1982, p26-27)

一つは商品を運ぶ船や沿岸の町を襲い、掠奪をする
「海賊」との戦いである。ハイリスク、ハイリター
ンの「海賊稼業」は、人間が武器を持って船で自由
に移動できるようになったと同時に始まったと考え
られている。海賊に対抗するために武装した海上商
人が他の船を襲う海賊となることもあり、「海上商
人ときどき海賊」といった感じで両者の境界線はあ
いまいだった。また海賊が沿岸の町々を襲ったよう
に、陸上の武装勢力も沿岸や港にいる海上商人の船
を襲うこともしばしばで、こうした歴史のなかで、
海上独特の戦闘方法や武器が発達していった。
 
 もう一つは海を隔てた国家同士が戦う場合である。
船は陸兵の運搬手段として使われたほか、海上での
戦闘力として敵味方の船団が戦うこともあった。
国家は、普段から多くの船を保有しているわけでは
なく、必要に応じて急造したり商人たちから徴用す
ることも多かった。戦いが終われば商人の船は返さ
れ、使いみちのなくなったその他の船は放置されて
朽ち果てるのが普通だった。

▼海軍の始まり

 国家が多数の船を保有するようになったのは、ヴ
ェネチアやジェノバのような海洋都市国家が始まり
だ。12世紀に国営造船所を設置したヴェネチアは
多数の国有の船を商人に貸し出すとともに、植民地
警備のためにガレー船の常備艦隊も保有していた。
これらガレー船の大部分は、平時には商人に貸し出
され、有事になると戦闘用に艤装されて容易に軍艦
となった。

 ジェノバの「海軍」は、国家の統制をきらい各個
に行動する商人たちが、有事には指導者の指揮のも
とまとまって戦うスタイルだ。普段から海賊行為を
行なっていた彼らは、地中海の覇権をめぐるヴェネ
チアとの戦い(1256-1381年)では艦隊を組んで戦っ
たし、他の戦いでは傭兵艦隊に加わることもあった。
傭兵艦隊の有能な指揮官だったアンドレア・ドーレ
ア(1466-1560年)は、イタリア海軍の戦艦名など
に名を残している。

 その他の国では多額の経費のかかる常備海軍を持
つ代わりに、有力な海賊を勢力下に入れて自国に忠
誠を誓わせ、敵国や異教徒の商船を襲うことを公認
した例がある。16世紀、マルタ島の聖ヨハネ騎士
団の「海軍」は海賊そのものであり、対イスラム戦
の尖兵の役割を果たしたし、同時期のトルコ「海軍」
は忠誠を誓う北アフリカのバーバリー海賊が主力
となりキリスト教徒の商船を襲ったのだった。この
ように近世の地中海世界では、平時の商船隊や海賊
が戦時には容易に「海軍」になるものであり海賊と
海軍はしばしば同義語として用いられたのである。

 大航海時代になり探検航海が始まるが、これは国
家的事業というよりは野心満々の冒険家がポルトガ
ルのエンリケ航海王子やカスティリアのイサベラ女
王といった有力者をスポンサーとして、船などの支
援や出資、成功した場合の利益配分などを定めた私
的な契約に基づくものだった。

 イギリスでもドレイクがマゼランに次ぐ2回目の
世界一周航海(1577-1580年)に成功した際の利益
は莫大で、出資者に対して実に4,800%もの配当を
行なったという。エリザベス1世もこの出資者の一
人であったが、あくまでも個人としての出資であり
イギリスの国家的な事業ではなかった。イギリスは、
1588年にスペインのアルマダ(無敵艦隊)を迎え撃
ったが、この時の「艦隊」197隻のうち王室所有船
は34隻のみで残りは商人たちの船であり、海戦が終
わると解散される臨時編成の「艦隊」であった。

 イギリスに強力な常備艦隊ができるのは、60年
ほど後の第一次英蘭戦争(1652-54年)の頃であり、
国家としてシー・パワーの意義を認め、その発展を
国家目標とするようになってはじめてヨーロッパ諸
国に次々と近代的な海軍が誕生するのである。


【参考資料】
高坂正堯『海洋日本の構想』(中央公論新社、2008)
青木栄一『シーパワーの世界史1』(出版共同社、1982)
桃井治郎『海賊の世界史』(中央公論新社、2017)
土屋大洋「海底ケーブルと通信覇権」、田所昌幸・
阿川尚之(共編)『海洋国家としてのアメリカ』
(千倉書房、2013)
「米との海底ケーブル切断 台湾のネット一時マヒ」
(日本経済新聞、2001/2/10)
国土交通省『海事レポート2020』
一般社団法人日本船主協会『海運統計要覧2020』
農林水産省ホームページ
KDDIホームページ



《つづく》



(どうした・てつろう)



【筆者紹介】
堂下哲郎(どうした てつろう)
1982年防衛大学校卒業。米ジョージタウン大学
公共政策論修士、防衛研究所一般課程修了。海上勤
務として、護衛艦はるゆき艦長、第8護衛隊司令、
護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令等。陸上
勤務として、内閣官房内閣危機管理室(初代自衛官)、
米中央軍司令部先任連絡官(初代)、統幕防衛課長
(初代)、幹部候補生学校長、防衛監察本部監
察官、自衛艦隊司令部幕僚長、舞鶴地方総監、横須
賀地方総監等を経て2016年退官(海将)。著書
に『作戦司令部の意思決定─米軍「統合ドクトリン
」で勝利する』(2018年)『海軍式 戦う司令
部の作り方―リーダー・チーム・意思決定』(20
20年)がある。


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