配信日時 2021/04/28 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(23)】 行楽──● 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは23回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。

映像で見たい内容です。


おきらくな気分で日々過ごされているとのこと。

なぜかうれしい限りですw

なんといいましょうか、
学生さん、かわいいですね。

最後の一文にグッときました。

さっそくどうぞ。


エンリケ

追伸
次週の配信はお休みです。
次の配信は5月12日となります。


ご意見・ご感想・ご要望はこちらからどうぞ。

https://okigunnji.com/url/7/


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サムライ先生、日本語を教える(23)

行楽──●

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

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□はじめに

 5月下旬に開催する課外活動を企画しています。
しかし、いまだに新入生の入国に見通しがたってい
ません。
また、混迷する職場に見切りをつけた職員数人が自
主退職してしまい、あらゆるダンドリが狂っていま
す。
オーナーサイドも神経質になっており、今回の課外
授業にも、いちいち口を挟んできます。
実は、そのオーナーというのが私好みの美人でして
……面倒臭いやら……ちょっぴり心はずむやら……。
といった次第でして、相変わらずの逆境と緊急事態
宣言下ながらも、私は結構お気楽にやっています。


▼文字が三つもあるのはオカシイよ!

 1月下旬から2月上旬の間、中国やベトナムの学
生はこぞって一時帰国する。旧正月を家族と過ごす
ためだ。彼らは、欧米のクリスマスに勝るとも劣ら
ないスケールで団らんを楽しむのである。

 しかし、この時期こそが受験の山場だった。欠席
者が多い2年生の教室で、ゆるみきったクラスの空
気をシメようと、私は大声でハッパをかけた。

「寝るな! 遅刻するな! ゲームをするな! 学
校が決まったヤツも安心するなよ! 合格したって、
出席率が悪けりゃあ、入学を取り消されることも
あるんだ。もちろん、アルバイトのやり過ぎもアウ
トだぞ! とにかく勉強しなさい。勉強してりゃあ、
間違いないんだ!」

 ベトナム人学生は帰省して少なかったが、ウズベ
キスタン人学生とスリランカ人学生は全員そろって
いた。

「山下先生。私は出席率も、アルバイトの合計時間
も大丈夫です。ですが、専門学校はすべて落ちたよ。
どうしたらいいですか?」

 いつもならハイテンションでおしゃべりするブー
ミンが、どんよりした目でボヤいた。その顔は、放
置し過ぎた虫歯のせいで倍ほどにハレあがっていた。

「私、日本語を話すのはとても上手です。バイトで
もよくほめられる。でも、漢字が苦手だから、どこ
の専門学校もダメです。中国人に生まれていたら、
絶対に合格しましたね。あぁ、ウズベキスタン人は
本当に損だよ」

 ブーミンは受験した6校すべてに不合格となり、
受験料だけでも10万円以上を失っていた。彼が虫
歯を放ったらかしにしているのも、その手元不如意
が原因らしい。

ただし、ブーミンの人柄を見込んだアルバイト先の
店長が、コンビニの仕事を続けることを条件として、
まとまった金を貸してくれていた。そのおかげで、
ブーミンは首の皮一枚、進学を断念せずに済んで
いたのだ。

「日本人はなぜ漢字を使う? ひらがなとカタカナ
だけなら、私はすぐに合格するよ。山下先生、漢字
をなくしてください!」

「ムチャをいうなっつうの」

私はつっけんどんにいい返した。

「前にいっただろう? 漢字があると、文章は短く
なるし、読み間違いも少なくなるから、慣れると便
利なんだよ」

「便利じゃないよ! 私だけじゃない。外国人はみ
んなイヤがっているね。私たちは中国に来たんじゃ
ないよ!」

「日本では、ひらがなとカタカナより前から、漢字
を使っていたんだ」

「しかし、もういらないでしょ? 文字が三つもあ
るのはオカシイよ! 日本人はなぜ、それがわから
ないか?」

えんえんと続きそうなブーミンのグチを強引にさえ
ぎり、私は「ジャ、ジャ、ジャーン」と、遠足の告
知をした。

「さて、みなさんにニュースです。来月、卒業遠足
にいきます。あなたたちが楽しみにしていた東京デ
ィズニーランドだぞ!」

私はそういって、白雪姫の挿入歌「ハイ・ホー」を
口ずさみ、こびとのダンスを踊ってみせた。

ディズニーランド観光は、留学生にとって大変なス
テータスである。その人気は世界遺産の日光東照宮
ですら遠く及ばぬほどだから、この知らせにクラス
はわき返るはずだった。が、私の陽気な「ハイ・ホ
ー」もむなしく、学生たちはシラケ切った顔をして
いた。

「あれ、うれしくないの?」

「先生。ディズニーランドまでの電車賃は、学校が
出しますか?」

ハレたほおをさすりながら、ブーミンがいった。


「いや。自分のお金で来てよ。学校が出すのは入園
料だけだ」

「じゃあ、無理ですよ。専門学校のテストで、たく
さんのお金を使った。歯医者にもいく。だから、電
車は乗れません。私は歩いていくしかないです」

「へぇ、がんばってね。あ~るけば~、6時間くら
いだよ~、ハイ・ホ~」

私はもう一度フワフワしたステップを踏み、軽快な
ターンを切ってみせた。

▼5千円貸してください

 遠足当日は、風の強い晴天だった。卒業するのは
1クラスだけなので、引率者は学級担任の私しか認
められなかった。

 ベトナム人学生らは、ビザ更新の都合で全員欠席
し、またスリランカ人学生たちも「交通費がありま
せん」とドタキャンの連絡を入れてきた。

 その結果、集まったのはウズベキスタン人学生の
10人強だった。

何だかんだとゴネていたブーミンも電車賃が工面で
きたらしく、徹夜のアルバイトを終えて直行してき
た。

「さみしい遠足だな」と思ったのもつかの間、学生
たちは、たちまちエネルギッシュにハシャギだした。
彼らは子犬のように走り回り、女子高生と見るや
いなやサッと近づいて、一緒に写真を撮りたいと彼
女らにねだりまくった。

 虫歯のハレがひいたブーミンは絶好調で、女子グ
ループと接触するたびに「私は女の子とデートする。
さよなら、先生」と告げて、本当に姿をくらまし
てしまった。が、いつの間にか戻ってきており、何
ごともなかったように再び上機嫌で笑い転げていた。

 彼らがアトラクションで遊んでいる間、私は全員
のチケットを預かって、乗り物の予約を取ってまわ
った。そしてこれが、思った以上に体力を消耗した。

「ジャングル・クルーズ」という川下りボートがす
いていたため、これには私も同乗することになった。
大学時代、この船長役のアルバイトをしていたの
で、ガイドトークをそっくりなぞってやると、生徒
たちは「先生、上手! 日本語学校よりも、こっち
で働いたほうがいい!」などといって拍手喝さいを
した。

 問題児のルスタムも楽しそうにしていたが、私と
は微妙な距離感があった。

教室における彼のわがままは激化する一方で、私は
ルスタムを突き放すようになっていたのだ。彼の横
柄さには、「自分がどこまで許されるのか」を試す
ような甘えが強く感じられた。どうあしらうかで悩
んだが、他人の迷惑をかえりみないルスタムの態度
は容認できず、黙殺することが増えていたのである。

「山下先生、オレとボルタエフさんはバイトがある
から、昼過ぎには帰る。だから、もう乗り物の予約
はいらないです。先生も一緒にご飯を食べよう」

そんなふうに、ルスタムは突然、私を食事に誘った。
ムスッとした顔をしていたが、いい出す機会をず
っとうかがっていたようだった。

ほかの学生らも「そうです、そうです。ご飯、ご飯」
とランチタイムに賛成し、さらにそのうち数人は
「5千円貸してください。お願いです」と進み出て
きた。

「えっ、一人5千円も? そりゃ無理だよ! まぁ、
2千円くらいずつなら貸せるけどさ……でも、必
ず返してくれよな」

 心ならずもお金を配ると、私の財布には紙幣が1
枚もなくなっていた。

「ルスタムさん。やっぱりオレさ、ひとっ走りして
予約をとってくるよ。せっかく来たんだから、もう
少し乗っていったほうがいい。あなたたちは、あそ
このレストランで食事をしていなさい。オレが戻る
まで、動かないでくれよな」

 昼食代を失った私はそういいつくろい、予約券の
発券機へと急いだ。

▼どんな大人になるんだろう?

 引率終了時間の5時となり、私は残っている学生
らに「もう帰るから、みんなも気をつけて帰れよ」
と伝えた。

 私から2千円をひき出したアバロフが、「先生、
どこかで一緒にお酒を飲みましょう」などと図々し
いことをいったが、私の財布にも、彼のポケットに
も、そんなお金はもうなかった。

「専門学校に合格したらみんなで飲もうぜ」といっ
て、私はその場を離れた。

 一緒に退園したブーミンは、職場の店長に渡すの
だというチョコレート菓子を大事そうにかかえてい
た。「チャランポランな男だが、意外と義理がたい
んだな」と、私は少し感心した。

 また、帰りの車中、夜勤明けで一睡もしていない
ブーミンはウツラウツラとしていたけれど、年配の
女性が自分の前に立つなり、サッと席を譲った。自
分勝手なようでいて、道徳心の強いイスラム教徒ら
しい態度だった。

「ブーミンさん、今日は疲れただろう? 私が立つ
から、あなたは座ってもう少し寝なよ」

 遠慮する彼を無理やり座席に押しつけるや否や、
冗談みたいにスコンと寝入ってしまった。

その寝顔を眺めつつ……職場にコートを忘れてダウ
ンベスト一枚だった彼が……歯をガチガチ鳴らし、
女子高生に声をかけている姿を思い出していた。

「この青年は、どんな大人になるんだろう?」

さまざまな想像がよぎったが、案外、悪いイメージ
は一つも浮かばなかった。



(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





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