配信日時 2021/04/21 20:00

【サムライ先生、日本語を教える(22)】 新年──電車に乗るお金もないです 山下知緒(研武塾代表)

こんにちは。エンリケです。

「すぐそこにある国際情勢」を
味わえる、ドラマになりそうなものがたり。

「サムライ先生、日本語を教える」

きょうは22回目です。

武芸者ならではの

「柔らかい智慧」

を毎回楽しんでいます。

映像で見たい内容です。


この連載を通じてわかったことですが、
日本語学校教員は、民間の外交官と言えますね。

変なイズムにまみれたド素人が片手間につく仕事
じゃなく、山下さんのようなきちんとした日本人が
日の丸を背負って就かなきゃいけない職という気が
してなりません。

山下さんが生徒たちから慕われてることは
文章を通じてよく伝わります。
ご本人のキャラもあるでしょうが、
きちんとした日本人であるか否かが、彼らにも
嗅覚でわかるからではないでしょうか?

さっそくどうぞ。


エンリケ


ご意見・ご感想・ご要望はこちらからどうぞ。

https://okigunnji.com/url/7/


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

サムライ先生、日本語を教える(22)

新年──電車に乗るお金もないです

山下知緒(やました・ともお)(研武塾代表)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

□はじめに

 新学期が始まり、2週間が経ちました。
 新しいクラスに不安や緊張を感じる学生は、毎年、
必ず一定数います。
今春、私が担任していた学級から他教員の担任する
学級へと変わった生徒の中には、旧クラスを懐かし
み、何かにつけて私のことを語る者が多いらしい。
威勢のよかった生徒ほど「山下ロスが重症」と聞か
され、大笑いしてしまいました。
若者はすぐに慣れ、すぐに忘れるのがならいですか
ら、その山下ロスもごく一過性のものに違いありま
せん。
とはいえ、学生から慕われるのは、やはりうれしい
ものです。


▼神社とお寺って違うんだね

 新学期の初日、全校生徒を連れて、近くの神社を
参拝した。その移動に先だち、初詣に関する講義を
各教室でおこなった。

「神社は日本の神様を祈る場所。お寺はインドのお
坊さん、すなわち仏様を拝む場所です。神社では拍
手を打つ、お寺では手を合わせる。そういった概要
を教えたら、鳥居とか狛犬についても、ざっと説明
してください」

 朝礼で、事前講義のあらましを各教員に伝達した
ところ、「へぇ。神社とお寺って違うんだね。オレ、
同じもんだと思っていたよ」と、中原先生が耳の
穴をほじりながらいった。

「昨年末、渡しておいたレジュメに全部書いてあり
ますから、それを読んでくれれば大丈夫です」

私はそういい添えて、なかなか教室に入ろうとしな
い中原先生の背を押した。

 さて、神社へは片道15分弱の距離しかなかった
が、学校からの移動中は事故がないようにと絶えず
目を光らせる必要があった。しかし、同行した中原
先生と古川先生はすぐに迷子となり、ほとんど引率
の役目を果たさなかった。

 宗教色の強いイベントゆえ、ウズベキスタン人ら
が嫌がるかと思ったが、まったく抵抗ないらしく、
嬉々として携帯カメラをあちらこちらに向けていた。

 ランとフは、仲よくおみくじをひいていたけれど、
お告げ文特有の古語が理解できないようで、私に
解説を求めてきた。あまりラッキーなことが書かれ
てなかったため、「愛し合う二人は、いいことがあ
っても、悪いことがあっても、信じあうことが大切
です」などと適当なことをいってやった。

「先生、ありがとう。本当にそのとおりですね!」

そういって境内をスキップしていくランを、慌てて
フが追っていった。

▼山下先生、アーメンはイヤですか?

 この初詣の1週間前、私は金さんに辞職を打診さ
れていた。

「私個人の考えなんでしゅがね……山下先生、あな
たはこの学校にいても面白くないよ。そうでしょう?
 周りの先生は頼りないし、給料もよくない。私の
知り合いの学校を紹介しますから、そっちへ移りま
せんか?」

 彼はわざわざ「私個人の考え」などと最初に断っ
たが、「どうせ本部からの指示なんだろう」との察
しはついていた。

私が中原先生とぶつかった一件などを、いまだに社
長は憂慮していると耳にしていたので、私は「来る
べき時が来たんだな」とさとったのだ。

「山下先生。私もね、こんな学校は面白くないよ。
そのうち辞めるつもりです。本当に面白くないから
ね」

金さんのニンニク臭は、緊張したりウソをつくと濃
厚になるが、この時の臭気も強烈だった。しかし、
私も「転職するべきかな?」とずっと迷っていたか
ら、渡りに船ではあった。

「見よう見まねで頑張ってきましたが、このところ
限界を感じていました。職場を変えるのも、一つの
手だと思います。もし、教務の仕事をイチから学び
直せるような学校があれば、ぜひ紹介してください」

私が素直に頭をさげると、彼はうれしそうに笑った。

「そうでしゅか! 実は、いい学校を知っているん
です。例えばね、大宮にある学校なんかはどうです
か? ここよりずうっと給料がいいです、歴史も長
いですよ。ただね、キリスト教系の学校なんで、毎
朝、礼拝をするんだな。アーメンをしないとイケま
せん。山下先生、アーメンはイヤですか?」

「イヤじゃないけど、好きでもないです。アーメン
しないでいい学校は知りませんか?」

「もちろん、知っていますよ! 大丈夫、私もアー
メンは嫌いです。別の学校を紹介しましょうね」

そんな安請け合いをする金さんからは、酸っぱさ混
じりニンニク臭が一層強く漂ってきた。

▼学生も山下先生も見るからにアヤしいんですから

 2年生の受験シーズンが大詰めを迎えてから、不
合格続きで気力を失った学生や、生活苦で受験料す
ら工面できない学生が、日に日に増えていった。

 脱落していく生徒は、まず長期欠席をくり返すよ
うになる。そのまま放っておくと、行方知れずとな
り、不法滞在者へと身を落としていくのが常だった。
それを防ぐのにもっとも効果的なのは、自宅訪問
を適宜おこなうことであった。

 ウズベキスタン人学生のフィルーザは、年末から
登校しなくなっていた。アルバイト先をなくし、所
持金も尽きたという彼は、知人の家を転々としてい
るらしく、学校側は彼の居場所を特定できずにいた。

 しかし、新学期に入り、彼が身を寄せているアパ
ートが判明した。

私は田中さんの指示で、フィルーザがいるというヤ
サを探りにいった。そこは、西日暮里駅から5分ほ
どの線路沿いで、とても便のいい場所だった。

学生の家を訪れた際は、まず建物の外観を写真に収
めねばならない。これは、不登校学生を放置せず、
自宅を訪問していたとの証拠にするためだ。そして
学生に会うことができれば、近況を確認し、その上
で登校するように指導する。万が一、本人が不在で
あれば、ベランダの洗濯物とか郵便ポストのたまり
具合から生活の痕跡をチェックする。ルームメイト
が在宅の場合は、当人の外出先や戻り時間などを聴
取し、それをもとに再訪日を検討するのである。

日本語学校の職員は、そんな探偵まがいの仕事まで
やるのだが、たまたまその日は、一発でフィルーザ
をつかまえることができた。

玄関のチャイムを鳴らしても返事がなかったため、
開けっ放しのドアをのぞき込んだら、5、6枚のフ
トンが敷かれた部屋で、まさしく彼が起きあがろう
としていた。

「あれっ? 山下先生」

「あれっじゃないよ、フィルーザさん」

フィルーザは寝ぼけまなこのまま、私を部屋に招き
入れた。同居者らはみなアルバイトに出かけている
そうで、彼だけがゲームづけのひきこもりの生活を
送っているとのことだった。

「先生、私はすごく困っている。どうしましょう?」

 フィルーザにしてはめずらしく、無精ひげを伸ば
し放題だった。彼は母国に妻子を残してきた学生だ
ったが、相当の女ったらしで、身だしなみには人一
倍気をつかうタイプだったのだ。

「何がどうしましょうだよ。学校に来なさい。あな
たは留学生なんだからさ、勉強しなきゃダメだろう
?」

「でも、電車に乗るお金もないです」

「ゲームをしているヒマがあるんなら、学校まで歩
いてこいよ。しょうがねぇなぁ……ご飯はちゃんと
食べているの?」

「ご飯は友達がくれます。みんな料理の仕事をして
いるから、とてもおいしい」

「よかったね。でもさ、学校を卒業するのか、あき
らめて国に帰るのか、ちゃんと決めろよな。電車賃
は出すから、今から学校へ行って相談をしようぜ」

そう提案すると、フィルーザは二つ返事で外出の支
度を始めた。身から出たサビとはいえ、さえないパ
ラサイト生活にずいぶんと参っていたようだ。アパ
ートを出て最寄駅に着いたころには、いつもの調子
をとり戻し、若い女性とすれ違うたびにチラチラと
ふり返っていた。

 学校に着くと、待ち構えていた金さんが、フィル
ーザと二人っきりの面談を始めた。後で教えられた
のだが、フィルーザの遠い親戚にあたるボルタエフ
が、フィルーザの未納学費を立て替えると申し出た
らしい。金さんは、それをフィルーザに伝え、「明
日からにでも授業復帰するように」と説得した。

 肩の荷を下ろした私が自席に戻ったとたん、田中
さんがキッとした鋭い目を向けてきた。

「フィルーザさんは、在留カードを持っていません
でしたよ。学生を連れ出す時はきちんと確かめてく
れなきゃダメでしょう? カード不携帯で警官に声
をかけられたら、一発でアウトなんです」

「イケねぇ、そうでしたね」

「あの学生も、山下先生も、見るからにアヤしいん
ですから、そういうことには人一倍気をつけてくだ
さい!」

「えっ、アヤしい……私も?」

心外な言葉にやや傷ついたが、「じきに田中さんの
小言ともサヨナラかな」と思うと、何だかしみじみ
とした。


(つづく)


(やました・ともお)



【筆者紹介】
山下知緒(やましたともお)
1971年9月9日生まれ。2018年4月以降、
日本語学校教師を務める。民弥流居合術、駒川改心
流剣術をはじめ、小太刀、十手、棒、柔術などを学
ぶ。現在は手裏剣術を表芸とする武術道場「研武塾
」を主宰。手裏剣製作の勉強会「武具学会」を併設
して、多面的な武術研究に取り組んでいる。妻のコ
ミックエッセイ『ある日突然ダンナが手裏剣マニア
になった。』<リーダーズノート>に描かれた私生
活をNHKドキュメント番組「熱中人」が密着取材
して2012年1月に放映。2012年11月、D
VD「山下知緒 手裏剣道 験流手裏剣術入門」<
クエスト>を刊行。2014年4月、『古式伝験流
手裏剣術』<並木書房>を上梓。

≪研武塾道場≫手裏剣術をはじめ、居合術や古流剣
術等を稽古する武術道場。稽古日は毎週土曜日の午
後4時から午後6時。月謝6千円。道場所在地は西
武池袋線「東久留米駅」から徒歩2分。道場の詳細
や問い合わせは、
古式伝験流手裏剣術 http://kenryu-shuriken.jimdo.com/





▼きょうの記事への、あなたの感想や疑問・質問、
ご意見は、ここからお知らせください。
 ⇒ https://okigunnji.com/url/7/


 
PS
弊マガジンへのご意見、投稿は、投稿者氏名等の個
人情報を伏せたうえで、メルマガ誌上及びメールマ
ガジン「軍事情報」が主催運営するインターネット
上のサービス(携帯サイトを含む)で紹介させて頂
くことがございます。あらかじめご了承ください。
 
PPS
投稿文の著作権は各投稿者に帰属します。
その他すべての文章・記事の著作権はメールマガジ
ン「軍事情報」発行人に帰属します。
 
 
最後まで読んでくださったあなたに、心から感謝し
ています。
マガジン作りにご協力いただいた各位に、心から感
謝しています。
そして、メルマガを作る機会を与えてくれた祖国に、
心から感謝しています。ありがとうございました。

 
●配信停止はこちらから
https://1lejend.com/d.php?t=test&m=example%40example.com
 
 

-----------------------
発行:
おきらく軍事研究会
(代表・エンリケ航海王子)
 
メインサイト
https://okigunnji.com/
 
問い合わせはこちら
https://okigunnji.com/url/7/
 
-----------------------

Copyright(c) 2000-2021 Gunjijouhou.All rights reserved